夜闇の中、星明りが天井から差し込んでいる。
 起きてみると、クライヴが側にいない。
 ルシアは瞬きを繰り返した。
「あれ」
 指先に感じる違和感を確かめようと、触れてみる。
 ぴったりと吸い付くように左手の薬指に嵌められている指輪。
 銀の輪の真ん中に薄青い石がちょこんと乗っかっている。
 きらりと青い光を放っているリング。
 顔の横まで腕を掲げてみるとルシアの瞳の色と同じ色だとわかった。
クス、と笑う。
「……クライヴ」
 どうやら寝ている間にクライヴがルシアの指に嵌めたらしい。
「何も言ってなかったのに」
 くすっ。おかしくなった。
 喜びが込み上げてくる。
 シャイな男は今何処にいるのだろう。
 顔にはっきり出さないまでも照れているはず。
「それにしても一緒に買いに行くんじゃなかったしら」
 二人で選ぶ状況を想像して恥ずかしくなったのだろうか。
 ルシアは笑みを零す。
 やっぱりあの人が大好きだわと。
 嬉しくて走り出したいのを堪える。
 この指輪が似合うのは、クライヴの隣にふさわしい大人の女性。
 意識しないとできないのが情けないが、ルシアは大人しく
 クライヴが来るのを待つことにした。
 するりとベッドから降りると衣装箱から服を取り出す。
 地下の部屋においていた物はほぼ移動させた。
 服を着替える時は、クライヴに部屋を出てもらう。
 彼が好みの服=ルシア好みの服だから文句はない。
 どうしても文句がある時は口で言えばいいだけのこと。
 クライヴの選ぶ服はセンスがいいしルシアの体型によくあったものばかり。
 体の線がくっきり出るものも多くて、恥ずかしいけれど、
 彼が見てくれるならと、ルシアは衣服を選ぶ。
 今日は、胸の位置にコルセットがあり、スカート部分がふんわりと膨らんだワンピース。
 レース地にフリルがさり気なく飾られている。
 どことなくお姫様っぽい服だ。
 コルセットがついた服は着るのも脱ぐのも大変だ。
 胸元を強調するように締め付けているコルセットに顔を赤らめる。
 広く開いた襟ぐりからは、白い肌が僅かに露出している。
 ……クライヴは、手間が取る服ですら楽しみながら脱がせているのだろう。
 多分ではなく確実に。
 隣りの鏡部屋(ルシア命名)で、くるんと回って確かめる。
 スカートの裾を掴んでいる様子が鏡に映し出された。
 その顔は、満足気な笑みが湛えられている。
 ゆっくり部屋まで戻るとクライヴが腕を組んで待ち構えていた。
 スカートの裾の両端を掴んでおじぎする。
 爪先立ちで少し背伸びをして。
 予想通りクライヴからは、目立ったリアクションは返らない。
 太陽が昇って沈むのと同じくらい当たり前のことなのにへこんでしまう。
 照れているにしてもわかりやすい感情表現して欲しいものだわと。
 立ち尽くした彼は食い入るようにルシアを見ていた。
 じーっと見られては穴が開くわ。
 クライヴの心中は、彼女が考えるより、
 色んなことが渦巻いていたのだが知る由もない。
「どうでしょう?」
「突拍子もないことをするな」
「本当にお前は無意識で俺を雁字搦めにする」
 ルシアは、ぽかんと口を開けている。
 クライヴは、バツが悪い気分になった。
 心なしか頬が、赤い。
「見惚れてたならそう言ってくださいよ。 時々意地っ張りなんだから」
 もうっとルシアがクライヴのひじを指で突く。
「ああ、想像以上で言葉を失ってたんだよ」
 はっきり認めたクライヴは手の平で顔を押さえた。
「クライヴってかわいい人ですね」
 ふふふ。ルシアは、さらりと言ってのけた。
「指輪、ありがとうございます」
 きらきらと光る手を掲げてクライヴに見せる。
「気に入ったならよかった」
「一緒に選ぶはずじゃありませんでした?」
 ルシアの問いにクライヴは、素知らぬ顔をした。
「初めてのお揃いですね」
 クライヴの指先に光るものを発見してルシアは瞳を輝かせた。
 グローブを外した手の平に直接収まっている指輪はルシアと色違いだが紛れもなくペアリングだ。
「指輪って人の指に嵌められてより輝くんですね」
 ルシアは、部屋中を歩く。
 駆け出してしまわないように意識しているのがわかりクライヴは、瞳を細めた。
 自分の側に戻ってきたルシアの腕を取る。
「靴を履かないと危ないだろう」
「え、ええ」
 クライヴは、近くに置いていたらしい靴を持ってくると
「屈め」
 とルシアに告げた。
 有無を言わさぬ口調なので命令に近いかもしれない。
 中腰になったルシアの足をそっと押さえると足先を自分の方に伸ばさせる。
 するすると自分の足に収まっていく靴に自然と顔を赤らめる。
 クライヴが、靴を履かせてくれているのだと意識してしまえば頬に熱が集まるのも必然で。
 踵の低い白い靴は、ベルトで止める仕様で、ルシアの細い足を美しく際立たせる。
 ワンピースの長い裾が足を隠し、靴の部分だけが顔を出す。
「転ぶなよ」
「……は、はい」
 さすがに何度も前科があるルシアは反論なんてできようはずもない。
 たとえ踵の低い靴でもそそっかしい彼女は、何もないところでも
 転ぶ可能性は決してゼロではなかったりする。
「午後から、修理屋の連中が来るから散歩でも行こうか」
「だっていなくちゃいけないでしょう」
「いいんだ。ちゃんと事前に伝えてある」
不在の旨をだ。
「え、でも」
 納得しないルシアの腰をクライヴが引き寄せる。
「俺が大丈夫と言っているんだから信用しろ」
「はい」
 こう言われれば不思議と従ってしまう。
 クライヴの言葉の持つ力は大きいのだ。
「俺に抱かれている声を聞かせてやりたいのか」
「こ、困ります!」
 ルシアは止めを刺された気分だった。
広い城内だから聞こえないと侮れない。
 自分たち以外がいるのにいちゃいちゃできるわけない。
 一人で興奮しているルシアは、腕が引かれているのに気づくのが遅れた。
 ぐいぐいと引っ張られ、クライヴについていく形になる。
 途中で立ち止まり、壁に向かって手を翳すとぼうっと壁が光り始める。
二度目でも関係なかった。
 壁の中を突き抜けるのは人間業ではない。
 クライヴの魔術の効果で体は何ともないが、息が詰まる感覚がする。
 大気も空の色も変化しているのを認識し、ルシアは魔界に来たことを知った。
 さほどの距離を歩かない内に門まで辿り着く。
「ケルベロスさん」
 大きな獣が振り向く。目の端が光った気がした。
 多分笑ったのだろう。
 クライヴが、馬鹿にしたような顔で、頭に触れかけた途端、
 ケルベロスは、ぶるんと尻尾を振り回して威嚇した。
『冗談も大概にしろ』
「冗談と分かっているなら受け流せ」
譲らない二人にルシアは苦笑する。
 奇妙な馴れ合いだが、不穏な空気は感じない。
『それで、何か用か』
 ケルベロスは、無愛想に応じる。
 ただし、クライヴに対してのみでルシアに対しては瞳を和らげている。
「ケルベロスさん、一瞬で表情変えて視線を移せるんですね」
 ルシアは妙な所で感心している。
ケルベロスは、変な少女だと改めて思った。
『お前達、お似合いだな』
 くつくつと喉を鳴らすケルベロスに、ルシアはぎゅっと抱きつく。
 クライヴが止める間もなかった。
「わあ。ありがとう。ケルベロスさんに認めてもらえるなんて嬉しい」
『私は構わないが、何か視線を感じるぞ』
 その声にはしれっとした響きがあった。
 わざとからかっているとみえる。
 要するに遊んでいるのだ。
「ルシア、性根の悪い魔獣の言葉をまっすぐ受け止めるな。
 それに、簡単に抱きつくのは感心しないぞ」
「え、大丈夫ですよ。ケルベロスさん怒ってないですもの」
 ルシアの天然ぶりにクライヴは舌打ちした。
 ケルベロスが鼻で笑っているような気がして無性に腹が立つのだ。
 内心でのみで表面上には出していない……はずだが、
 ケルベロスにはお見通しなので、余計彼を楽しませることになる。
『ルシアは、この前来た時よりも美しくなったな』
「ケルベロスさんってば、神妙に言わないで下さいよー」
 ばしばし。ルシアがケルベロスの毛に覆われた体を手の平で叩いている。
 勿論力は籠もってはいないだろうが、魔獣ケルベロスに
 このようなことをやってのけるルシアは、大物だ。
 ケルベロスに気に入られているからこそできる所業ではあるが、
 この図がおかしくて、クライヴは口を押さえた。
 地獄の番犬とも謳われているケルベロスが、人間の娘に対して軽口で話すなどありえない。
「クライヴったら笑い出すのが止められないなんて、よほどケルベロスさんに会えて嬉しいんですね」
 にこにこ。真に無敵なのはルシアなのではあるまいか。
 黒魔術師と魔獣が目配せして頷いた。
「無邪気なのも大概にしろよ」
 クライヴは心底憎々しげに呟く。
 ぐい。強引にケルベロスから引き剥がすと自分の方に引き寄せる。
 ルシアはきょとんとしていた。
『ライアン・クライヴのこんな姿を見られる日が来ようとはな』 
「俺もかの地獄の番犬の貴重な場面を見られていい記念になった」
「なんだか、クライヴとケルベロスさんって息ぴったり。羨ましいなあ」
 ルシアは、ほわーんとした表情を浮べている。
 魔界の乾いた空気が髪を撫でた。
「特に用はない。ただルシアを連れてきてやりたかっただけだ」
 用件をまだ言ってなかったのだ。
『久々というほど時間は流れてないが、あちらでは違うのだろうな』
 また会いに来ますとのルシアの言葉を信じ密やかに、待っていたケルベロスだったりする。
 尻尾を大きく振っていることからも彼の喜びが伝わってくる。
「じゃあ色んな場所へ行ってみませんか」
 わくわくとルシアの顔に描いてあった。
「まさか、とんぼ帰りじゃないですよね」
「そうだな……」
 クライヴは顎をしゃくる。思案しているようだ。
『命の花が、咲いているかもしれんな』
 ケルベロスは、ぽつりと漏らす。
 ルシアは当然ながら聞き逃さず、興味津々に耳を傾けている。
「お前もたまには良い情報をくれるな」
『貴様が喜ぶネタをくれてやるのは面白くないが、ルシアが喜ぶのなら我も嬉しい』
「ケルベロスさん、クライヴとも仲良くしなきゃ駄目ですよ。クライヴも!」
『くく。ルシアといると退屈しないな』
 内容自体は聞き流されていることにルシアは気づかぬまま微笑む。
 想像するだけで気味が悪いと、ケルベロスもそしてクライヴも感じていた。
「まあ、行ってみるまで咲いているかは分からないが、行くだけの価値はあるだろう。
 ルシア、行くか」
 ぶんぶんとルシアは縦に首を振る。
『場所は分かるのか……迷ったら困ることになるぞ。
 貴様のその便利な瞬間転移は一度行った場所しか使えないだろう』
クライヴは、どこか苦々しい表情をしていた。
 その様子に、ケルベロスは頷く。
『ふむ。なら何も言う事はないか」
 ルシアは、一人蚊帳の外にいる気分になったが、ケルベロスが首を横に振り
『気にしない方がいい』
 と宥めてくれたのでほっと表情を和らげた。
「行くぞ」
 ルシアは、自らクライヴに身を寄せた。
 腰を抱かれる引力に体を預けて、瞳を閉じる。
 一瞬の景色の移り変わりの後、緑色に輝く湖に到着した。
 湖畔には花々が咲き乱れている。
 行くだけの価値はあると言ったクライヴの言葉を理解したルシアである。 
「綺麗」
「命の花を探そうか」
「どれも同じ色で違いがないんですけど」
「いや、よく探せば一つだけ色の濃い花が咲いているはずだ」
「一つだけ?」
「一輪だけだ。残念だが見つけても取るなよ」
「分かりました」
 こうして命の花探しが始まった。
 一面が花畑なので踏み荒らしてしまうのは否めない。
 咲いている花は取ってもまたすぐに咲くという事なので
 取って確かめることにした。
「持って帰っていいですよね?」
「好きにしろ」
 折角取るのだからと思ったらしいルシアにクライヴは興味なさ気に応じた。
 クライヴにとって目的の物以外はどうでもよかった。
 クライヴが投げ捨てる花をルシアが拾って胸に抱える。
「さすがに全部は持って帰れませんね。籠でも持ってくればよかったわ」
既に花束状態で抱えきれなくなっていた。
 仕方なく、抜いた花を元に戻す。
 面倒な作業も苦にならないのだろうルシアにクライヴはほとほと感心した。
 やはり幻の花というだけあって、命の花は中々見つからない。
 咲いていないのかもしれない。
 機会を見てもう一度来ようと思い始めていたクライヴの瞳に
 一際目立つ黄色い花が目に止まった。
 同じ色彩の花が並ぶ中、その花は色が濃く鮮やかで
 自己を主張しているように見えた。
「ルシア!」
 後ろを振り返ったクライヴに突然、名を叫ばれ、ルシアはびくんと身を振るわせた。
「命の花が見つかったぞ」
「え、本当ですか」
 ルシアがクライヴの後ろから覗きこむ。
「花びらの中央から、雫が落ちてますね」
 他の花は濡れていないのに、一輪だけ雫をこぼしている。
 まるで泣いているかのよう。
「涙の雫みたい」
 きらりと落ちてくる雫をクライヴが手の平に掬って口に含んだ。
 雫がなくなってしまい、ルシアは、ずるいと叫ぼうとした。
「んんっ」
 唇がふさがれ何かが流し込まれる。
 熱くて眩暈がするのは、何故だろう。
 舌を絡められ、自然と反応を返す。
「ぷはあ」
 執拗に蹂躙する唇を離そうとルシアは少し強くクライヴの体を押し返す。
「苦しいじゃないですか」
 聞き流してクライヴは、命の花を見つめた。
「あっけないものだな」
 雫を失った花は、色も薄れ他の花とまったく見分けがつかなくなっていた。
「い、いいんですか。怒られるんじゃありません?」
 深くは考えてないのだろう。
「誰にも何も言われないさ。これは俺たちの為に咲いた花なんだから」
 意味深な言葉と深い笑みにルシアは魅了された。
 さらりと髪を梳かれてうっとりと陶酔する。
「命の花の雫を飲んだ二人は、新たな絆の証を授かる」
「新たな絆の証」
ルシアは、反芻する。
 言葉を確かめるように。
 気がつけば頭には花が一輪飾られていた。
 金髪に映える白い花だ。
 ルシアは顔を上げると、眩しさに瞳が焼かれる気がした。
 今の気持ちと、この景色とクライヴといる時間が優しくて。
 それとない言葉はこの間から聞いているけれど、今回は特別な感じを覚えた。
 抱き寄せられた体が温かい。
 クライヴとルシアの温もりが合わさって一つになる。
 肩を押さえられ、重なる唇。
 彩る景色がとても美しかった。

 二ヶ月が過ぎた。
 思えば二人が出会ってから八ヶ月が過ぎている。
 色々なことがあった。
 ルシアはクライヴの隣で色々なものを見て感じて少しずつ大人になった。
 見つめ合って、確かめ合った日々。
 時を越えて出逢った二人は軌跡を重ねた。 
 そうして二人はまた夜を迎えていた。
 飽くことなく繰り返されるキスの嵐。
 吐息が零れるたびに、唇に触れて。
窓を叩く雨音さえ二人を邪魔できやしない。
「ん……ふっ」
 急に離された唇。
 これから、甘く熱い夜がいつもなら始まるのに
 クライヴはすんなりと止めてしまった。
 ルシアの唇は開いたまま、キスを強請る。
 クライヴは、宥めるように唇を指先で押さえる。
「これで我慢しろ」
 指を滑り込ませた。 
 ルシアは夢中でクライヴの指に口づける。
 歯を立てて噛むと彼が眉を顰める。
 酷く官能的な呻きを漏らすクライヴにルシアはぞくぞくとした。
 とても男性的で、妖艶な表情だ。
 ルシアが指先に噛み付いた途端、おとがいを反らせた。 
 クライヴはふっと笑う。
 ルシアを感じさせる為の演技だった。
 否、感じているのは確かだけれどこれくらいで達することはない。
 思惑通りルシアは、蕩けた表情になった。 
 クライヴ以外見えないと瞳が言っている。
「クライヴ……ぅ」
 クライヴは、物欲しげに見つめるルシアをそっと身の内に抱え込む。
 潤んだ眼差しのルシアの額に口づけを落とす。
「最近、体の具合がおかしいことはないか」
 クライヴが、柔らかく問いかける。  ルシアは、内心びくっとした。
 いつも美味しいと感じていた物が、美味しく感じられなくなくなっていたが、
 些細なことだと、言っていなかった。
 時折、食後に感じる吐き気も食べ物が合わなくなっているからだと誤魔化していた。
 ニヤリと意味深に笑うクライヴにルシアは頬を染めた。
(鋭いクライヴには隠し事なんてできないのね)
それ以上何も言わずルシアを促す。
 あくまでルシアに言わせたい。言葉で聞きたいとクライヴは感じていた。
 内には奇妙な照れくささもあったのではあろうが。
 雨が激しさを増す。
 暗闇の中で銀髪と藍が、鮮やかに映し出されている。
「食べ物が美味しくないんです。それに時々吐き気も。
 実際には何も吐かないんですけどね」
 あははと空笑いする。
「すぐに医者に診てもらわなければな」
 やけに淡々と響いた言葉はそれでもいたわりに満ちていた。
「はい」
 ルシアは、クライヴの手の平に自分の手の平を重ねた。
 その手の平を自分の頬に寄せて、クライヴは微笑んだ。


 街の診療所でルシアの表情は固かった。
 まるで彼女ではない錯覚を覚えるほどに緊張した様子だ。
 名を呼ばれてぎこちなく返事をしたルシアの肩をクライヴがぽんぽんと叩いて診察室へ送り出す。
 振り向いた瞬間の笑顔はようやく彼女らしさを取り戻したものだった。
「ご懐妊でしょう」
 医師は、ルシアの体調などを詳しく聞いた後で確信した表情で言った。
「え、ほ、本当ですか」
「ええ」
 実はクライヴにも恥ずかしくて言ってなかったことがあった
 診察する上で医師には伝えなければいけない事柄だったのだが、
 それが、確信を持たせることとなった。
「ありがとうございました」
 嬉しいような気もするが実感が沸かない。
 戸惑いが強いのだ。
(いつかはと思っていたけれど、まさかこんなに早く……)
 外に出て来たルシアは、
「赤ちゃんが、できたみたい」
 抑揚のない調子で口を開いた。
「どうした。嬉しくないのか」
「ううん。まだ実感が沸かなくて嬉しいのかよくわからないんです」
 意外な答えだった。
「少しずつ実感が沸いてくるさ」
「うん。クライヴは嬉しい?」
 逆に聞き返されてクライヴは面食らう。
 胸に溢れた熱い気持ちをどう表現すればいいのだろうか。
「嬉しくないはずがない。お前と俺の子供ができたんだから」
 はっきりと聞こえた言葉にルシアが目を瞠る。
 手をさりげなく繋いでくれたクライヴに泣きそうになった。
「……クライヴ」
 じんわりと瞳を覆う滴。
(クライヴに言われたらまっすぐに喜べた。
 子供っぽく戸惑っていただけなのに彼が、腕を広げてくれて安心できたの)
「よかった」
 乱暴に掻き混ぜられた髪。
 くしゃくしゃになった笑顔。
 二人は手を取り合い城へと帰還した。
 何ヵ月後かには、二人に新しい家族ができる。
 クライヴは部屋で、ルシアの腹部を撫でながら口元を緩ませた。
 
 
15-2   17.lineage
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