このお話には少々残虐な場面が含まれます。
ご注意下さい。
苦手な方は飛ばしてくださっても構いません。

>>>8.恋の罠





久々に夢を見た。
 ルシアがいた時は見る事もなかった
 愚かで青いガキの頃の夢。
 両親共に魔術とは無縁の世界で生きていた両親の元に何故俺が生まれたのか。
 疑問ばかりが心中を渦巻いていたあの頃。
 生まれてこなければ良かったんだ。
 一人になった時にそう思った。
 

「もう魔術を使ってはならないぞ、クライヴ。
 お前の力は、自分で制御もできない未熟なものだ。
 神が与えた才といえど、分不相応という言葉がある。
 私の言っていることは分かるな?
貴族の子息として立派に後を継げるように頑張るんだぞ。
 折角恵まれた頭脳があるのだ。教養を身につければお前は……」
「待ちなさい、クライヴ」
 すたすたと立ち去っていくクライヴを父親が咎める。
 これまで何度同じ事を言われたか分からなかった。
 大貴族だか何だっていい。知るもんか。
 クライヴは、子供ながらに自分に枷を嵌められたようで嫌だった。
 毎日家庭教師がやって来て、クライヴの自由を束縛する。
 屋敷の中で過ごすことしか許されず外へ出ることは滅多となかった。
 同じ年頃の子供との交流もなく、次第にクライヴは屈折していった。
 退屈を紛らわせる唯一の楽しみが、魔術。
 魔術を学ぶことは苦ではなかった。
 魔術が使えると知っても、やはり原理を知らない以上はどうにもならない。
 言葉を唱えずとも、心で念じれば手の平から炎が生まれたり風を起こせたが、
 子供のままごとじみていることがかなり不快だった。
 クライヴは、屋敷内の地下にある書庫に行ってみる事にした。
 やがて棚の中に眠った古ぼけた魔術書を発見した彼は、
 この屋敷にまさかこんな物がと驚きつつ歓喜に震えた。
 魅入られるように、本の虜になり毎日毎晩書庫に入り浸った。
 自分の使える自由時間と、睡眠時間を削ってまで魔術書を読みふけった。
 クライヴは無我夢中で、知識を取り込んでいく。
 魔術書を読みながら、それを紙に書き写し頭の中に叩き込んだ。
 3冊の魔術書を読み終えた後、勝手に本を持ち出した。
 露見した時のことはその時考えればいいと。
 書庫に放置されていた本なのだ。
 気づかれる可能性も少ないだろう。
 子供じみた甘い考えが、やがて身を滅ぼすことになろうとは
 彼はこの時思ってもいなかった。

 ある日の夕食後、クライヴは父の部屋に呼ばれた。
「クライヴ、私の言いたいことは分かっているな」
 クライヴの表情は変らない。
 態度が悪いと言われても、彼は感情を隠す術を実行していただけなのだ。
 後にそれが癖となって染みついたせいで、誤解を招くことになるのだが未だ彼は知らない。
「あんな物早く処分しておけばよかったな。
 お祖父様が、どこぞから買って来て大切にされていた物だから
 一応、書庫に保管していたのだが……ろくでもなかった。
 今すぐ本を渡しなさい」
「……嫌です」
 クライヴは魔術書を持ち歩いていた。
 肌身離さずいつも持っている。
 手放したら不安になるというように。
 挑戦的な瞳を父親にぶつけている。
「クライヴ」
 クライヴは有無を言わさぬ口調にも怯まなかった。
 逆に自分の要求を突きつけた。
「優れた師の元で魔術を教わりたい。
 独学のみでは限界があります。
 私は、家を出ようと思います」
 クライヴは淡々と欲求を口にした。
 上手く言えているとは思わない。
 伝わってくれればと思った。
「何を言ってる」
 険のある眼差しにさすがにびくりとなった。
 だが、引き下がりたくなかった。
 子供故の手に負えない純粋さがクライヴを突き進ませた。
「貴族の子息として、相応しくないというのなら喜んで出て行きますから」
 口端を歪ませて笑う様に、神経を逆撫でされた父親が叫ぶ。
「出て行ったとして生きていけるのか。この屋敷を出たことなどない
 世間知らずがよく言う。所詮、向こう見ずな子供の浅知恵だ」
 子供相手といえど情け容赦がない。
 子供として生きさせてくれないのはどっちなのか。
 子供らしく過ごさせてくれれば、また違っただろうに。
 魔力を備えた異端児だからこそ余計に、厳しく育てられた。
 物心がつく頃には大人と同じ扱いをされ、同じ目線で物を見ることを要求されていた。
 クライヴは唇を噛んだ。
 親の庇護もなければ何も出来ない無力な子供である事実を
 突きつけられた悔しさで涙が滲んでいた。
 何よりも反論できない自分の情けなさに泣いた。
 奪われた魔術書が、暖炉の火にくべられる。
 その様をクライヴの瞳は映していなかった。
 虚空を見つめて笑っていた。
 父親は、クライヴの姿にぞくりとするものを感じた。
 壊れたのだろうかと。
 否、そんな道を辿ってしまったのはクライヴのせいだけではない。
 束縛された環境の中で生きることを強いた周りもよくなかったのだ。
 少年らしさの欠片もない大人びた表情でクライヴは、
「ご満足ですか? 俺は痛くも痒くもありませんよ。
 もうとっくに俺の中に同化してますから」
 言い放った。わざと父親の神経を逆撫でているのだ。
 魔術書の内容全てを覚えたことで前よりずっと自由自在に
 魔術を扱えるようになったクライヴにとって最早、
 貴族の跡継ぎの資格への未練などあるはずもなく
 ただ、これまで育て生かしてくれたことへ僅かの感謝をしているに過ぎなかった。
「……この家の系譜にお前の名が連なっていることさえ不愉快だ」
「喜ぶがいい。父が直々に引導をくれてやろうではないか」
 ぎりと首を絞められる。
 込められていく力に顔を歪めた。
(誰が死んでやるものか。殺される位なら、俺が殺してやる)
 にやりと不気味に微笑んだクライヴは、垂れ下がっていた手の平をすっと宙に掲げた。
 ぶつぶつと低い声で呪文を唱える。
 大炎が父親の体を包み込み、さっきまでの立場とは逆転した。
「やめ……助けてくれ! 」
「さようなら」
 苦悶の表情が、見る見るうちに炎の中に溶けて消えていく。
 最初から存在していなかったかのように、跡形もなく父親の姿は消失した。
 不思議なことに体を包んでいた炎は、部屋の家具などを少しも
 焦がすことはなく、父親が消えると同時ににすっと消えていった。
「俺をこの世に誕生させて下さりありがとうございました」 
 無表情の中に、一筋の涙が頬を伝っている。
 クライヴが見せた唯一の人間らしさだった。
 それからは怒涛だった。
 自らが父を殺したことを母に告げて、泣き叫んだ母に
 手をかけた。私も殺してと望んだからだ。
「……俺は、馬鹿だな」
 クライヴは、何もかも終った後でようやく事の重大さを自覚した。
 父を死に至らしめたことは後悔していない。 
 あの場で、黙って死を受け入れるほどの可愛気は持ち合わせていなかったからだ。
 母を絶望の淵に追いやってしまったのは、酷だったかもしれない。
 たとえどんな男であろうとも父だけが心の支えだった母親にとって
 もたらされた父親の死は、自分の精神が死んだ瞬間だったのだ。
 ライアン・クライヴは公爵と公爵夫人の死と共に、屋敷から姿を消した。
 主も後継者も失った公爵家は滅亡の一途を辿ることになる。
 やはり、俺が殺されていればよかったのだろうか。
 幾度となくそう思ったが、後を追うにも虫が良すぎるとも思ったのだ。
 あの世でまで煙たがられたくはなかったし、せめて死後は二人きりにさせてやりたかった。
 身勝手なエゴなのは承知の上だ。
 その後、念願だった魔術の師に弟子入りすることも叶い、魔術師への道を着実に突き進んでいった。
 一筋縄ではいかない風変わりな師ではあったが、
クライヴも負けず劣らず 変わり者だったので特に問題はなかった。
 魔術師としてひとり立ちしたのがクライヴ14の時。
 由緒ある公爵家の生まれであったことが、皮肉にも彼の名を世に知らしめてしまうことになる。
 両親を殺し、闇に手を染めてしまった男の人生は、それからも
 闇へと堕ちていく一方だった。
目的の為なら手段を選ばず、ただまっしぐらに突き進んだ結果
 賞賛と畏敬の眼差しを人々から送られることになった。
 人助けから裏に通じる黒い仕事まで、自分が楽しく満たされると  思う仕事なら何でもやった。
 人の恨みを買うことも少なくなかったが、同じだけ
 人を救っていたので悪い評判ばかりでもなかった。
 そうして魔術師として着実に名を広め、世に稀な大魔術師と謳われる
 ようになった頃、クライヴは突然人々の前から姿を消した。
 あれだけ派手だった彼の名声はとんと聞こえなくなり、
(よくも悪くも彼は目立つ男だった。容姿といい振る舞いといい)
 完全に闇に堕ちて、魔物の世界に行ってしまったのだとか、死んだのだとか
 知らない所で勝手な噂だけが流れていた。
 単に飽きてしまっただけだったのだが。
 轟く轟いた名声もうっとうしくなり、疲れたクライヴは、
 森の奥深くに眠る古城に引きこもった。
 どれだけ、あがいても本当に欲しいものは手に入らず。
 どこか物足りなかった。
 金があっても精神的には満たされなくて、
 結局何を求めているのかずっと分からないまま日々を送っていた。
 あの金の髪の少女に出会うまで。
 しなやかで美しい、ルシアに触れるまで。
 探していたものをようやく見つけた気がした。
 離れてみて、確信した。  
 俺の魂を救ってくれるのは彼女なのだと。
 クライヴは宙に手を伸ばしていた。
「ルシア、戻って来い」
 命令ではなくそれは願い。 
 声を切なく空気を振るわせた。
 時空の彼方にいる少女に、届けと。


6.時空の刻印   8.恋の罠
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