お留守番  



 今日は、新しい車が納車される日。
 数年乗っていた愛車とも別れだ。
 我ながら浮き足立っている自覚もある。
「青、私そろそろ出ようかと思うの。陽香待ってるし」
「ああ。待ち合わせ場所まで送るよ。今の愛車で最後のドライブだしな」
「ありがと」
「連絡くれたら迎えに行くよ。新しい車でな」
「青、お留守番ね。日曜日に一緒にいないの本当に珍しい」
 沙矢を送って一度戻り新しい車を受け取ることになっている。
  「そうだな。陽香さんと楽しんでこいよ」
 20歳になったばかりの沙矢は、まだ友達と楽しく遊びたい頃だ。
 女性同士なら、尚更。
 俺に嫁ぐことになり、独身でいられるのもあとわずか。
 その貴重な時間を大切にして欲しい。
 もちろん、結婚しても彼女を無理に束縛したりするつもりはないが、
 今より自由ではいられなくなるのは確かだった。
 微笑み合いながら駐車場に向かう。
 助手席のドアを開け、運転席に乗り込む。
 俺が、先に乗車している場合は別だが、沙矢を乗せてから、乗り込むのにも随分慣れた。
 彼女を乗せたのは一年には満たないのに、思い出深い。
 送り狼になったあの日ももうすぐだと苦笑する。
「……青、何で仕事じゃないのにスーツなの? 」
 今更な質問をされたのは、発進準備もそろそろ整うかという頃だった。
 隣を見やれば、沙矢がきょとんと首を傾げている。
「仕事みたいに堅苦しいスーツじゃないだろ」 
「あ、意外に派手だわ」
 名前と同じ色のジャケットとスラックスの上下、
 白いワイシャツ、少し薄いがスーツと同じ色合いのネクタイ。
「やっぱり、はしゃいでいるように見えるか」
「いいんじゃない。時にはハイになった青も見たいもの」
「お前を抱くベッドの上じゃいつもハイだけどな」
「べ、ベッドに限らないんじゃ……って、そうじゃなくて」
 際限もなくいちゃいちゃしてしまいそうなので、いい加減エンジンをかけた。
 彼女は、天然なのでこの手の爆弾発言をよくしている。
 うぶで純真な彼女による大胆なセリフの数々は結構くる。
 こちらに、どんな気持ちをもたらかしているかなんて知る由もない。
 計算高さのかけらもないが、計算で動くのも嫌いじゃない。
 沙矢なら、何でも許せる。惚れた弱みだった。
 小さく窓(ウィンドウ)を開け車を走らせていると、春の穏やかな風が心地よく吹き抜けた。
 桜の花びらが、ひらひらと舞い散り季節を感じさせてくれる。
「綺麗ね。ほんのり胸に残る切なさの余韻がたまらないわ」
 ルームミラーに映る横顔にどきりとした。
 こういう時彼女を大人だと思う。
 初めて会った時も少女っぽさの中に女を見た。
 少女から大人に変わる美しい時に、出会った。
 この先大輪の花を咲かすだろう彼女の隣にいるのが俺であることを誇りに思う。
 単純にうれしかった。
 待ち合わせ場所に行くと、沙矢の同僚であり親友の女性がいた。
 車から勢い良く飛び出していく姿に苦笑しつつ、追いかけるように車を降りる。
「あ、青さま、おはようございます。今日は沙矢をお借りしますね」
「どうぞ。いや、もとより俺のものじゃないですよ」
 沙矢はきょとんとしている。
「なるほど惚気ですね、ごちそうさまです」
 詳しくは説明しなかったが、陽香さんは、分かった風に頷いた。
「青って嘘つき卒業してなかったのね! 陽香の前でかっこつけちゃって」
 悪気なく言い放つ沙矢の耳元で、ねっとりとつぶやく。
 呪文のように。
「覚えてろ」
 びくっと、すくみあがった沙矢は、陽香さんの影に隠れ彼女の裾を掴んでいた。
「見ていて飽きませんね、沙矢と青さまは」
 くすっと笑いながら、頭を軽く下げ、隣にいる沙矢をうながした。
 はっ、と我に返った沙矢は、こちらに向かって顔を赤らめた。
(無駄に……かわいいんだから、苛めたくなるのもしょうがないだろ)
「新しい車で帰って留守番してるから、連絡くれ」
「うん! 青も気をつけてね」
 手を振り去っていく二人の女性を見送り再び車に戻った。
 メーカーに、新車を受け取りに行き、乗ってきた車を名残惜しくも手放し、
 帰路についたのは、沙矢と別れて一時間ほど後のことだった。
 同居をし始めてから、仕事から帰宅後や、休日など
 共に過ごすことが多かったから、彼女のいない時間が、不思議に思える。
 いや、俺が、待つ方が珍しいからだろうか。
 普段も、仕事柄仕方ないとはいえ待たせてばかりだったから、
 一人で家にいることに違和感を覚えている。
 普段掃除が行き届いていない場所を徹底的に綺麗にしようか。
 さすがに、今日は親友と水入らずでゆっくりするだろうし。
 書斎から、寝室、浴室を順に掃除して回った。
 リビングとダイニングは汚したらその場で
 綺麗にしているから、目立った汚れはない。
 浴室乾燥機で、乾かしていた洗濯物を部屋まで片づけた。
 沙矢の下着や衣類を除いて。
 彼女は、もちろん俺の洗濯物も部屋に持ってきてくれるが、
 逆は嫌らしく、一度手伝ったら、申し訳無さそうに遠慮された。
 俺は、姉がいたせいで特に気にせず忘れかけていた。
 デリケートな問題だ。
 この先結婚しても家事は共同。
 沙矢が仕事をやめようが続けようが、任せっきりにしないつもりだ。
父もいわゆる亭主関白ではなかったし、俺もその血を継いでいる。
 藤城家に戻ったら、彼女もあまりやることがないかもしれないが、
 今後の生活を考えると、近い将来戻るのはプラスの選択なのだろう。
 俺がこの先独りだったと仮定したら、不摂生していただろうことは想像に難くない。
 帰る予定は変わらなかったが、もっと面倒だったろう。
 仕事場では医師として、プレッシャーをかけられ、
 家に帰れば見合い話を山程持ってこられ、気の休まる隙もなく日々を送る。
 そんな未来が来ないことをありがたく思う。
 沙矢と出会ったことで、俺の人生に色がついた気がしてならない。
 普段から汚さないようにしていたおかげで掃除はあっけなく終了し、時計を確認する。
 午後のお茶の時間だ。
 一人で飲むのは味気ないが、たまにはいいだろう。
 紅茶の茶葉をティーポッドに入れ、電気ケトルで沸かした湯を注いだ。
 蒸らしている間に、携帯を確認する。
 着信の光を確認すると、写真付きのメールが届いていた。
『今、陽香とケーキバイキングに来てます。たまにはいいかなって』
 家にいる時に沙矢からメールが来るのも貴重な体験だ。
 皿には色とりどり小さめにカットされたケーキが盛られていた。
 陽香さんもだが、あの細い体のどこに入るんだと思う。
 女性というのは甘い物は別腹らしいけれど。
『また今度は、ランチのバイキングでも行くか』
 返信すると、沙矢からも返信が届く。
『うん! 青も食べるときは食べるものね』
 お互い、似たようなことを考えていたらしい。
 苦笑いし、紅茶のカップを傾ける。
 鼻で香りを楽しみながら、口に運ぶ。
 残念ながら、スイーツはないが、夜にはとっておきのスイーツをいただくので問題ない。
 バスルームの掃除が未だだったと思い出し、徹底的に掃除し、あるものを補充しておいた。
 予期せぬ事態には常に供えておかなければならない。
 結婚した後も子供を作る時以外では、避妊は怠るつもりはない。
 確かに、直に沙矢を感じるのは、とてつもない快感で、この上ない喜びだが、
 守るときは守らなければいけない。
 医師の家に生まれた俺は意外に硬いポリシーを持っている。
 どうでもいい存在ほどに頑なに、それを順守した。
 何の境もなく繋がりたいと思う気持ちは多々あれど、
 鉄の理性で抑えているに過ぎない。
 きっと、沙矢は知らないことだろう。
 人間のみ、快楽を理性でコントロールすることができる。
 だから、楽しめるのだ。
 書斎に戻り、書類仕事をこなしていた時、携帯が着信を知らせた。
『そろそろ、迎えに来てほしいの。そんなに遠い場所じゃないから』
『分かった』
 メールの後、電話もかかってきて、迎えに行く場所を説明してくれた。
 徒歩では結構かかるだろうが、車なら15分ほどでむかえる場所に彼女はいた。
 夕方5時。
 もっとゆっくりしてもいいが、やはり夕食の時間までにとは思ったのだろう。
 急いで、地下駐車場に停めた新しい愛車に乗り込むと最愛の女性が待つ駅まで向かった。
 近くの駐車場に止めると歩いて、沙矢を迎えに行った。
 向こう側からかけてくる存在に、内心舌打ちする。
 慌てなくても、すぐに側に行くのに。
(目立つところで、人目を惹くようなことをするな! )
 息を切らして側まで来た沙矢を抱きとめる。
「もう、苦しいわ」
「お前が悪い」
 少し強く抱きしめると、腕の中で身じろぎした。
「え、私何かした? 」
「走らなくてもいいんだ。落ち着いて待ってろ。
 お前はどうして、自分が目立つことを自覚しないんだ」
「それは、こっちのセリフだわ」
 少し体を離し、正面から見つめる。
 逆にぷん、と頬を膨らまされ、わざとやってないはずなのにずるいと思う。
「可愛すぎるって言ってるんだよ」
「なんで怒るように言うの」
 噛み合っているのかよくわからない会話。
 そういえば、公衆の面前だというのを今更意識し、そろりと手を握った。
 包み込むと柔らかくて小さな女性らしい手の感触にどきりとする。
 歩きながら、話しかけると声が弾んでいるのが分かる。
「ケーキ美味しかったか? 」
「うん! 全種類は食べられなかったけど満足したわ」
「よかったな」
にこにこと微笑む姿に、楽しい時間を過ごしたのだとたやすく想像できた。
「陽香、すごく綺麗になったのよ。やっぱり恋してるからかしら」
「他人のことはよく分かるんだな。お前も俺に恋して、美しく咲いたんだろ」
「青ったら自信満々ね……自分ではわからないけどあなたが言うなら間違いないわ」
 車に乗り込む間際、くすぐったそうに彼女は言った。
「まったく、俺がほしい言葉をほしい時にくれるんだから」
 聞こえないほどの低音でささやき、運転席に乗り込む。
「え、今、なにか言った? 」
「さあな」
「んもう、教えてくれないなんて意地悪」
 かちゃかちゃとシートベルトを締めながら、むっつりとした様子だ。
「今日は、子供の頃以来のお留守番というものを頑張ってみたんだ」
「あ、お留守番ってかわいい」
「ご褒美をおねだりしようかな、さーやに」
「何でも言って! あ、ケーキのお土産(みやげ)以外で。バイキングは持ち帰れないから」
 見当違いな方向で申し訳なさそうにするから、おかしい。
「とっておきのスイーツなら、今俺の目の前にあるから、それでいい」
「っ……ふっ」
 肩を掴み、唇を奪う。
 大きく見開いた瞳が、ぱちぱちとまばたきする。
 文句のつけようがなく可愛くて美しい。
 息を吸う合間に何度も口づけた。
 決して濃厚なものではないが、二人の熱が高ぶるのは時間の問題だった。
 もっと、キスをしていたい。
「甘いな……」
「ケーキ食べたからかしら」
「お前の唇そのものが甘いんだよ」
 腕の中に拘束した身体が、びくんと震えた。
 これ以上は危険だと、知らせる合図のようで俺は何事もなかったかのように頭を切り替える。
 ギアに手を置き、発進の準備を整えた。
 ぼうっとしているのか、沙矢は何も言わない。
「続きは帰ってじっくり楽しもう。お前にもご褒美やるよ」
 さっきの言葉を教えると理解したのだろう。
 嬉々とした様子で、彼女がこちらを振り向いたのが分かった。
「ご褒美楽しみ」
 その前に存分に頂かれるのはお前だがな。
 心のなかで嗤(わら)いながら、ハンドルを切った。
 帰り着いた部屋で、彼女が感嘆の声をあげて、俺に微笑んだ。
「青、お掃除してくれたのね。ありがとう」
 軽やかな声が響いて、踵が浮いた。
 しなやかな腕が巻きつき、俺の首筋に絡められた。
 不意打ちで抱きつかれ面食らってしまった。
 キスの時、目を瞠った彼女よりも驚いていたかもしれない。
「沙矢」
 頭を撫で、艶やかな髪を撫でる。
 頭に触れても子供扱いだと、彼女は怒ったりはしない。
 俺を信頼して、すぐに意のままになってしまう。
「俺がお前を翻弄してるんじゃなく、
 お前が俺を翻弄してるんだよ。
 触れたい、口づけたい、抱きたい。
 理性で押し殺せる感情が、お前には役に立たないんだ、沙矢」
「怖いくらい、真剣な目で見るのね」
 小さな手が頬に伸びる。
 俺は大きな瞳に吸い込まれそうになった。
「どこで、愛しあおうか」
 耳元に吐息を吹きかけたら、背中から震えた。
「……声と目だけで心臓がどうにかなりそう」
 切ない表情でか細い声で彼女はつぶやいた。
 まるで泣いているように。
 背中を強く、抱きしめる。
 そっと触れた後、掻き抱いた。
「これから、あなたと甘い時間を過ごせるのね」
 今日の彼女は、可愛らしさと艶やかさが同居しているようだ。
 抱きあげるのではなく、手を繋いで、寝室へと向かった。
 それが相応しいと思ったからだ。
 ベッドの上に二人で座る。
 キスをしながらシーツの上に倒れこんだ。
「もう、待ってやらない」
「っ……」
 息を飲んでいた。
 反応がいつも面白くて、調子に乗ってしまう。
 上下しているふくらみに手を押し当てた。
「あ、だめ、そんなに……っ」
 ワンピースの上から、荒々しく揉みしだいた。
 触れていると彼女の息が荒くなり、肌も熱くなるのが分かる。
「どれだけ興奮してるんだ。こんなに硬くして」
「ち、違う……」
 盛り上がった胸の真ん中で存在を主張している乳首を探り当てて笑う。
 つまみあげたら、か細い声で啼き声を上げる。
 膝を立てていたので、身体を割り込ませた。
 組み敷いて、首筋にキスを落とす。
 魅惑的な曲線を撫でながら、時折強めに奏でる。
 甘い声で俺を誘うのは、成熟した大人の女と少女の境にいる美しい存在。
 知り尽くしているはずなのに、触れれば触れるほど深さを知る。
「んん……っあ」
 はだけた素足を視線と指、唇で愛でていく。
 舌でなぞったら、腰を浮かせて反応した。
「綺麗だ……」
 夕食もとらずに、日の陰った部屋で、妖しい行為に没頭する俺たち。
 互いに、目の前の存在しか見えていない。
「俺の服、脱がせろよ」
 きょとんとしたのか、一瞬沈黙があったが、指は素直に動く。
 緩慢な仕草でボタンが外されはだけたシャツを払い落とす。
「……駄目よ、ワイシャツの下にはちゃんと下着を着て」
「雰囲気(ムード)を大事にしろよ」
 真面目に注意され、くすっと笑う。
 ジッパーを下ろし、脱がせたワンピースを床に放る。
「ゆっくり? 」
 顔を赤くしながら、彼女は頭(かぶり)を振った。
 自ら、下着に手をかけようとしたから驚き、手を掴んだ。
「俺はお前を脱がせるのが好きなんだからな」
 女に、これ以上気を使わせるのは野暮だ。
 焦らしすぎたのを反省し、邪魔な下着をいっぺんに取り去った。
 途端に、腕で隠そうとしたから、邪笑してしまう。
 分かっているのに、問いかけるから意地悪いと言われるのだろう。
「何故隠すんだ」
「反射で……」
「ちっとも隠せてないが」
 押し倒し、肌同士でふれあう。
 胸板でこすると乳首は硬さを増していく。
 枕の側に手をついて、身体を上下に動かす。
 狂おしい声を上げた彼女が、背中に腕を、俺の腰に自らの両脚を絡ませる。
「んっ……」
 上唇から下唇を舌ではさみ、ねじ込ませる。
 溶けるくらい、みだらにキスをして熱を上げよう。
 お互いの唾液が、顎から首筋へ滴っている。
「俺はお前が欲しくてたまらない」
 下着越しに突き上げると、くったりと身を沈めた。
 甘い吐息をひとつついて。
 下着まで脱ぎ、避妊の準備を整える。
 相変わらず素直な俺自身は、しっかりと矛先を向けている。
 戻ってきた彼女は、目をうるませていた。
「お前も泣くほど俺がほしいんだな」
「そうよ」
 涙声ですがりつきながら、ねだる。
「抱いて。あなたに狂わせて。待ってくれないとか嘘ばかりね? 」
 聞き取りにくいほどの声だったけれど、耳にしっかり届いた。
 切なさで、身が焦げそうになる。
今日は嘘つきと二度言われたな。
「だから好きにしてるだろ」
「……っ……ああっ」
 ゆっくりと、彼女の中へと欲望を突き入れていく。
 腰を揺らしながら、キスをする。
 一気に搾り取られそうで、呻く。
 指や唇で愛撫しなくても、とっくに濡れそぼっていた場所は、
 難なく俺を飲み込んで、絡めとった。
「っ……あ、だめ」
 真っ赤に色づいているだろう乳首を吸い上げ、唾液で肌を汚す。
 わざと音を立てれば、より感じるようだった。
 蜜が、溢れて、滑りを良くする。
 擦れ合う下半身が、しびれて、身体の奥に火を灯す。
 彼女も腰を揺らし、こちらに応じる。
「ここを同時に、いじると、溢れるの止まらないな」
 乳首と、秘所の蕾を同時に指先で転がしたら、嬌声をあげる。
 ナカで締められると、欲望は爆発へと近づいていく。
 くつくつと喉を鳴らした。
「青はいつでも余裕たっぷりね……」
「楽しいから笑ってるんだよ」
「ドSすぎて性質(たち)が悪いわ」
 悪態をつく唇を激しいキスで塞ぐ。
 彼女の身体を反転させ、繋がったまま馬乗りになった。
 重力に逆らえず下を向く乳房を下から揉みしだく。
 腰の動きもさっきより早くなっていた。
 肌がぶつかり合う音が、弾ける。
「人間らしい欲を隠さない俺たちは美しいだろ」 
 彼女から言葉は返らない。
 声にならない声で、啼くだけ。
「欲しがればいくらでもやる。俺もいただくけどな」
「あっ……んっ」
「この体勢じゃ、お前のイヤらしく悶える顔も見えないけど、たまには新鮮かな」
「な、何言ってるの……ばか」
 顔を上向けた隙に口づける。
「喘ぐ声が好きだよ。可愛くて卑猥で」
 聞きたくて、声を漏らす動きをする。
 出し入れするスピードを緩めたり、いきなり早めたりして
 反応を確かめていると、もう限界が来ているのに気づいた。
「イケよ。俺もすぐにイクから」
「……あああっん! 」
     後ろから貫いて、達したのを見るのはほとんどなかった。
 この体勢を好んでいないからだったけれど。
 臀部を高くあげたまま、上半身を沈ませる格好が、
 あまりにも綺麗だったから、今まで味わわなかったのを少しだけ悔いた。
 見とれて、しばらく彼女の中から抜け出るのを忘れたほどだ。
「本当に俺はお前に夢中だよ」
 我ながら、呆れるくらいに。
 それから、少し眠った後夕食を摂っていなかったことに気づき二人で、笑った。
 はじめての真夜中のディナーは、あまり量が入らなかった。
 飢えを満たした後だからだろう。
「まだ、聞かせてもらってないわよ。ご、ご褒美はあげたでしょ」
 語尾を尻すぼみにし、うつむく姿にしのび笑う。
「お前はほしい時にほしい言葉をくれる……って言ったんだよ」
「そ、そうかな」
「無自覚だからいいんだ」
「夕食は入らなかったが、お前をもう一度食べたい」
「だ、駄目……じゃないわ」
 駄目と言いかけて言い直すなんて新たなパターンだ。
「躊躇ってみせるの可愛いな」
 顔を赤らめている。
 照明の下では表情が隠せなかった。
 抱き上げて、連れて行った浴室(バスルーム)で、
 壁を背に、絡み溶け合った。
 しなやかな両足が俺の腰に絡み、崩れ落ちないように背中を抱く。
 半ば抱え上げて、下から貫いては、深くくちづける。
 欲の証を薄い膜越しに吐き出した瞬間に、意識を飛ばした。
 今日はお互いにタガが外れていた。
 眠りについた後もう一度、抱き合うなんて。
 一糸まとわぬ姿で、無防備に眠る彼女をしばし抱きしめて、恍惚のため息をついた。
「また起きてきたら、恥ずかしそうに笑うのかな」
 その姿も愛しくて、しょうがなかった。



  
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