しるし  



 年が明けマンションに完全に引越しをすることができてようやく息をついた。
 俺は三が日が終わると仕事が始まったが、沙矢の休暇は日曜日まである。
 彼女の荷物も俺の荷物もたいした量ではなかった。
 業者に運ぶのを頼んだのは、大型の電化製品と家具。
 寝具メーカーから取り寄せたウォーターベッドは先に寝室に運ばれている。
 ウォークインクローゼットを含んで24畳ある寝室で、
 真ん中に鎮座したベッドは、黒一色で覆われ、カーテンも同色。  まるで闇の世界だ。
夜に利用する場所だから、
 ふさわしい気がしたのだけれど、
彼女は一人で眠るには怖いと呟いていた。
 俺がこの部屋を一人で使い、沙矢が自分の部屋で眠るのはあるだろう。
 お互い仕事をしていて、一人で眠りたい夜もある。
 抱き合うときは、気分で二つの部屋を選ぼうと思っている。
 沙矢の部屋のシングルベッドか、メインベッドルームにある
 キングサイズのベッドか。
 派手に転がるなら、でかいベッドだろう。
 色々、空想が広がってほくそ笑む。
 一人で入浴している沙矢がいるバスルームに
 忍び込みたい欲望を、必死でこらえていた。
 疲れている所か、気分は高ぶっていた。
 あの白い柔肌をくまなく愛撫して、ひとつになりたい。
 この場所に引越し、彼女と共に暮らせることの
 幸せは何物にも代え難くこれからを思うと、楽しくて仕方がない。
 約一週間抱かずに我慢したのだ。
(側にいると求めずにはいられなくなるものなのだな。
 距離を置いていた頃、よく彼女に触れずにいられたなと今では
 信じられないほどに、日々彼女を抱きたいという欲と葛藤している。
 彼女と付き合うようになるまで女に執着した記憶は、ないというのに)
 思考の海を漂っている内、部屋に、甘い香りが満ちてきた。
 ふらふら、と歩いてくる彼女はネグリジェを纏っている。
 よりにもよってボタンタイプで、胸元にリボンまでついている。
「お風呂、堪能してたらのぼせちゃった」
「……しょうがないな」
 頬まで火照らせて、誘惑しているようにしか見えないが、  ひとまず休ませようと思った。
 腰に腕を回し、ソファへと移動させる。
 ぐったりとソファに身を預ける彼女に、
 水を持ってきたら一気に飲み干した。
 潤んだような眼差しで見上げてくるから、たまらない。
 ぱたぱたと手で顔を仰いでいる。
 しっとりとした肌からはボディーソープの香りがしていて、思わず喉を鳴らした。
「なあに? 」
「引越しできてよかったな」
「私をここに連れてきてくれて、一緒に暮らそうって
 言ってくれてありがとう、青」
 愛らしく微笑んだ彼女を腕の中に抱き寄せた。
「俺が側にいてほしかったんだ」 
 天使の様な女だと改めて思う。羽を引きちぎって、どこまでも自分のものにしたい。
 悪魔そのものになりきってしまおうか。
「ううん、私もあなたに望んでほしかったの。
 今まで以上に近づく為には、同じ場所に帰らなきゃいけないって
 わがままに願っていたんだと思う」
「……沙矢」
 背中を抱きこんで手のひらで髪を梳く。
 柔らかな手触りの長い髪は、湿り気を帯びていて
 鼻を近づければシャンプーの匂いがした。
 指に巻きつけて絡める。
 ことんと背をもたれてくる彼女を後ろからきつく抱きしめる。
 珍しく甘えてくるのは疲れのせいなのか。
 心を預けて素直になっているということなのか。
 どちらでも構わない。
「気分は、もう平気か? 」
「ん。楽になったわ」
「今日は記念の夜にしたいんだ」
 びくんと震えた彼女だったが、何かを乞うようにしがみついてくる。
「たくさんキスしよう。二人の中で思い出に残るように」
 彼女は頬を染めて、頷く。
 可憐で美しい天使の本性を暴き立ててみたい。
「……っふ」
 指で唇をなぞる。ぬれた感触。
 唇で触れて確かめたらどんな心地がするだろう。
 淡く啄ばむだけの口づけを繰り返す。
 彼女が自分から求めてくるように、時折視線を絡めた。
 顎を掴み頤を傾ける。
 少し長めに唇を合わせたら、次第に体が熱くなってきたのが分かった。
 角度を変えながら、少しずつ口づけを深くする。
 甘い吐息がもれ聞こえる。
背中にしがみついてきた手のひらが、滑り落ちていく。
「窓から夜景を眺めながら愛し合わないか」
 耳元に吐息を吹きかけると、腰をくねらせた。
「ふ……えっ」
 ぱっちりと大きな瞳を見開いた沙矢は意味がつかめないらしい。
「どういう意味!? 」
「そのままの意味だけど」
 彼女なら問わずにいられないと思った。
 瞳に映る俺は、人を食った笑みを浮かべているに違いない。
「ここ、絶景なんだよ。夜景が美しい場所も選ぶ基準だったんだけどな」
 手元に持っていたスイッチでカーテンを開く。
「うわあ」
 沙矢から感嘆のため息が漏れる。
 開放的な窓には、街を照らす光が溢れ、
冬の澄んだ夜空には、  満点の星たちが輝いていた。
 惜しむらくは、流星群の見える日ではないところか。
「もっと側で見たいよな。俺もお前を腕に抱きしめて夜空と街の光を楽しみたいな」
 顔を赤く染めて、彼女はこくこくと頷いた。
 窓辺に立った彼女のうっとりとした表情がガラスに映っていた。
「綺麗……本当にこんな所に引っ越したなんて」
 涙さえ浮かべている姿に、嬉しくなって、後ろから肩を抱擁した。
 背を屈め、頬を彼女の肩に預ける。
頬を寄せてくるから、心臓がひとつ鳴った。
やましい気持ちより純然たる欲で、抱きたい。
 身の内の全て全てを感じ、己を感じさせたい。
 背中を辿りながら、腰に手を移動させる。
 腰骨の上で手のひらを揺らめかせたら、くぐもった声がもれた。
「感じやすい沙矢が好きだよ」
 顔を上向かせ、頭を傾けた。顎に手をやり頤を支える。
最初から、舌を突きいれ、深く口づける。
 舌を差し出し沙矢の舌と絡める。
 何度も出し入れすれば、彼女の体から力が抜けていく。
「ん……ふっ……う」
 吐息も唾液も混ざる中、唇に注ぎ込む。
「今はメイクラブだけど、俺たちはあの日までセックスだったな」
 唇を離すと、白い糸が引いた。
「……体だけの繋がりが心ごと繋がったからメイクラブ? 」
「そういうこと」
 きょとん、と聞き返す彼女の背中を強く抱きこんだ。
 足から、臀部、腰へと手のひらを進ませる。
 今までにあまり触れなかったヒップを撫でて揉みあげたら、彼女の体が、揺れた。
 柔らかでしっとりとした感触に、これまで触れなかったことを後悔した。
 この分だとまだまだ知らない部分がありそうだ。
「……お、お尻も好きだったの? 」
 無邪気な天然娘は、こちらの虚を突く言葉を不意に口にする。
「興味ないわけないだろ。こんなに可愛いらしいのに」
 するり、と撫でると沙矢は、少し笑ったようだった。
「親父みたいだわ」
「……心外だな。俺はお前と接していて、起たないようにするのが大変なのに」
 この先も、いざという時抱けないということはないだろうと断言できる。
「な……っ。やらしい! 」
「やらしいことしてるんだよ? 」
 そう聞こえるように告げたら、黙り込んだ。
「心配するな。お前以外だと何の反応もしないし」
「う、嬉しいけど、わざわざ断言しなくても」
「気づいてくれてるって? やっぱりお前って最高だよ」
 景色を存分に楽しめよ。
 体に染み渡るように声を届ける。
 耳朶を食みながら、胸元を掴んだ。やわやわと揉みしだく。
 後ろからではよく見えないが、彼女の息遣いから、
 乱れ、蕩けてきているのはやすやすと分かる。
 気の早い手のひらは、ネグリジェの上からブラジャーのホックを外していた。
 ぱさりと、邪魔な布がラグを敷いたばかりの床に落ちた。
「っ……何でそんなことできるの」
「これくらい、普通だろ」
 ニッ、と笑い衣服の中に手を忍ばせる。
冷たい手に、びくっと背をそらせた。
 中指の先に擦れたらしく、熱い息が漏れる。
 しばらく、弄っていると硬く立ち上がってくる。
 敏感場所に触れるように胸のふくらみをこね回すと
 喘ぎが、一層高く響くようだった。
「ふう……んっ」
「胸も大好きだけど、それは親父とは思わないんだ? 」
「っあ……失言でした。ごめんなさい……」
 喘ぎ混じりに言葉を紡ぐ沙矢の唇を後ろから塞いだ。
 ついでに、背中のジッパーを下ろすと、ヒップを覆う下着のみの姿になった。
「俺が親父だろうが、お前は生涯、女でいさせてやる」
 斜めからキスをする。
 少し不安定な格好で、それでも彼女は背伸びして応えていた。
 微笑み合えれば、それでいい。そんな関係もあるだろうが、
 俺たちは、ずっとこんな風に触れ合っていたい。
 男と女でいたい。
 下着越しに触れたら、溢れる雫が指を濡らした。
 こんなにも感じてくれたのだと思えば、喜びがこみ上げてくる。
 つ、と蕾以外の場所を辿る。
 割れ目を擦り、反対側の手では胸を愛撫し、声の変化を確かめた。
「くう……ん……っ」
 物欲しげな声は、明らかに何かを強請っているけれど、
 苛めたい衝動がどこまでも突き上げてきて、
 もどかしく触れるばかりに止めた。
 湿った音が聴覚を侵す。
 張り裂けそうな欲望が、彼女を欲して疼いている。
 それでも、もう少しだけ限界を試したくて。
「胸の頂も蕾も固いけど、どっちがいい? 」
「っ。あなたが触って気持ちよくならない場所なんてないの」
「それで? 」
「だから、好きなように触って! 」
 泣き叫ぶ声に、心をさらわれて、すっと手を動かしていた。
 頂も蕾も、指で押しつぶす。
蜜を塗り広げるように、円を描いた。
荒い息遣いに、追い詰められているのを知る。
 ぐ、と秘所の奥へと押しすすめた。誘い込むように指を飲み込んでいく。
 壁を探し、指先を折り曲げる。
 彼女の半身はとっくに崩れ落ちていて、腰を腕で支えて行為に没頭していた。
 甘い悲鳴を聞き届けてから、彼女をその場に残す。
 床に体を丸める格好で横たわった。
 ベッドの枕の下に隠してある避妊具の封を開け、自身にまとわせる。
 下着を脱がせ、荒い息をつく彼女の腕を掴んで立たせる。
「っ……あ、青? 」
「お前が欲しくて、どうにかなりそう」
 ヒップに当たるそれに、彼女は呻く。
「一緒にイこうか」
 足を開かせて、欲の塊を宛がう。
 下から一気に、貫いた。
「っあああ……! 」
 背中を抱きしめながら、体を窓に押しつける。
 ゆっくりと注挿を始める。弾ける音が響く度に、窓ガラスが曇った。
 熱気が、じわりと広がって濃密な世界を作り出す。
 窓ガラスに押しつぶされる格好の膨らみが、淫らだ。
 突き上げて、内部を擦る。
「愛してる……沙矢」
「っく……青……好き」
「お前の顔が見たいな。どんな顔で俺に応えてる? 」
 繋がったまま体を反転させる。彼女の背中が窓に触れる。
「……素敵」
「俺が。それとも行為? 」
「どっちも。だって、あなただもの」
 愛おしさばかり膨れあがる。
 膝を抱えあげて、腰で彼女の足を支えた。
勢いよく突き上げる。背筋が反り頤が仰け反った。
「沙矢……」
 首筋に甘く歯を立てる。
 愛している印を残すように、吸い上げる。
 中に残し外側にも刻みつける。
「……お願い、一緒に」
 彼女は、無垢で穢れないけれど知らない振りをしたりしない。
「……イこう」
 いつまでも暴れたがる己自身に苦笑しつつ、快楽の階段を駆け上った。
 薄い膜を隔て、迸りを放つ。貪欲な己を象徴するソレは、
 彼女の意識が飛んでもしばらく止まらなかった。
 ぐったりとした体をベッドに横たえ、自分も隣に寝転がる。
 髪を掻き分け、汗の滲んだ額に口づける。
腕の中に引き寄せる。
 柔らかな体はどこまでも甘く香っていた。
「……せい」
 舌ったらずな寝言に笑みが漏れる。
「愛しさは底を尽きないんだ」
 ちゅ。軽く舌で触れたそこに熱が灯る。
 眠りに落ちている体が敏感に反応していた。
 悪戯は自分を追い詰めるだけなのだ。
 含み笑いして、背中を抱きしめた。

床に散らされた布のかたまりを拾い上げて、頬を染める。
 着ていたはずのネグリジェはあっという間に脱がされ、
 熱いキスの熱が体中に染み渡っていって。
 彼の思うがまま、抱かれてしまった。
 一瞬だけでも、景色を焼きつけようと意識を向けようとしたが、
 結局青以外のことは何も感じられるはずもなかった。
 クリスマスの夜は、夜景を二人で並んで見たけれど、
 まさか、こんな愛され方をするとは。
 下着とネグリジェを急いで身に着けた。
「もう、不埒なんだから」
「そんな格好で誘っておいて。お前も同罪なんだよ」
「っ。違うもの。可愛いから着たかっただけなんだもの」
 必死に言い募る。彼は優雅に微笑んで、こちらを手招きする。
「……!」
 指をくいっと折り曲げる仕草がやたらセクシーだ。
「来いよ」
 操られるまま、彼が身を起こしているベッドに向かう。
 ベッドの間近で佇んでいると長い腕が伸びて、私を内に抱え込んだ。
「折角の休日だ。一日中ベッドで過ごそうか」
「……こうして、抱きしめてて」
 彼は、髪をなで、あやす様に背中を撫でている。
 ほう、と息をつきながら、彼への想いを抱きしめた。
 決して、眠りになんてつかない揺らがない気持ち。
「可愛いな……食べてしまいたくなる」
 性的な触れ方はしないから冗談だと分かる。
「忘れられないどころか、思い出しちゃうわよ」
 ぼそっと呟くと彼はフッ、と笑った。
「俺なんて、いつもお前のことを考えてるよ」
 笑う。今度は、冗談ではなさそう。
 朝にふさわしい小鳥の口づけを啄ばんで、二人同時に瞳を閉じた。



  
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