いつだって君の誘惑には勝てない。
 とても艶めいているのに、無垢さも持っていて、
 年月を重ねて、以前にも増して美しくなっている。
 女性として輝いているから、若々しいんだろう。
 いつまでも、君が君である為に僕も努力を惜しむつもりはない。


 今日は結婚記念日。
 子供が大きくなり、年齢を重ねていてもあの時の新鮮な気持ちは
 失ってなどいないと自信を持っていえる。
 むしろ、あの頃よりもお互いのことを理解して許しあっていると思う。
 万年新婚夫婦と高校生の息子に吐き捨てられても、ほめ言葉だと受け取る。
 穏やかさも大切だけどときめきを失くしちゃおしまいよ。
 真顔で言ったら言葉を失ってたわ。
 きっとあの子も将来期待通りの男になってくれるはず。
 願望ではなく確信だ。
 化粧台でメイクをし終えると、口の端を吊り上げる自分が鏡に映っていた。
 約束の時間は8時。
 夕食の準備をしてメモを置いて家を出る。 
 雨が降っていてもヒールを履いて歩く。
 白い傘はお気に入りのもの。
 雨で少し歩みが遅くなっても十分間に合う。陽は仕事が終わった後来るから
 確実にこちらの方が早く着くだろう。
 毎年違うホテルを予約する。
 レストランで食事した後泊まるのだ。
 車を使わず、電車を使って目的地へ向かうのは、
 出会った頃と同じ気持ちでいることを自分に確認したいからかもしれない。
 あの頃も待ち合わせ場所へ向かうのに電車を使っていた。
 運転手による送迎は問答無用で拒否をした。
 私はあの頃のまま何も変わらない。
 心の根っこの部分は同じだからと。
 年に一度の日。
 この日だけは主婦やら母親やらのしがらみから離れて二人だけの時を過ごすのが許される。
 気合も入るというもの。
 年末は陽が忙しいし、時間が取れたらクリスマスもイヴも家族で過ごすのだ。
 去年からは、息子も彼女ができてイヴも夫婦二人きりだったりするけれど、
 家の中と外でのデートはまた違うだろう。
 電車で30分、駅で降りて直近のホテルに向かう。
 ホテルのロビーで陽を待つ時間も好きだ。
 化粧室で、メイクと服装をチェックしてソファに座る。
 足を組んで、ゆったりと構える。
 場所柄色々な人間関係が垣間見れて退屈しない。
 じっくり観察しているわけじゃなく、ちらちらと視線を向けている。
 見ていないようで見ているそんな感じ。 
 時計を見たら7時30分。
 直にやってくるだろう陽の様子を想像して密かに笑む。
 嵌めている腕時計は、陽とのペアウォッチで、3年前の結婚記念日に贈られたもの。
 うるさくない程度にラインストーンが飾られている。
 気に入っているが防水ではないから普段はしていない。
 嵌めたり外したりするのは面倒だから。
 結婚指輪の場合は別だ。
 窓を叩きつける雨音が、自宅を出た時よりも激しくなっている。
 自動ドアの開閉が忙しい。皆が急ぎ足でホテル内に滑り込む。
 エレベーターの方に目をやると、長身の男が降りてくる。
 こちらに向かって颯爽と歩いてくるのは陽だ。
 彼は視線をさまよわせることもなくまっすぐに足を向ける。
 すがすがしいほどさわやかな笑みを浮かべて手を上げた。
 夏用のスーツを着こなしている様は、涼しげで暑苦しい印象を与えない。
「あら、早いわね」
「俺も融通が利く立場になったしね」
「その分普段忙しいでしょう」
「好きじゃないとやってられないだろうね」
「行こう」
 腕が差し出される。
 ソファから立ち上がると、するりとその腕に捕まった。
 バッグは自分で持つことを知っているから陽はそのまま歩く。
 彼も空いている方の手に鞄を抱えている。
 レストランに入ると、出入り口でバッグと鞄等を預けて、予約していた席に進む。
 椅子を引いてくれるのを待ち座った。
 ウェイターが水を持ってくると、陽がネクタイを緩め始めた。
 女性は男性のネクタイを緩める姿に弱いとか言われているが、
 私は当たっていると思う。
 無造作でどこかけだるげな様子に思わず釘づけになるのだ。
 素早く緩めて、かっちりと留めていたワイシャツのボタンを1つ外す。
 口の端を緩く持ち上げてこちらを見ている。
「料理も楽しみだが一番楽しみなのはメインディッシュだ」
「私こそ楽しみにしてるわ」
 余裕たっぷりに、笑い合ってメニューを見た。
 コース料理を選んでベルを鳴らす。 
 やってきたウェイターに、オーダーをして再びお互いに向き直る。
 手には同じ指輪、腕には同じ時計。
 やっぱり今日は特別な日だ。
 膝の上に置いている手に陽の手が伸びてくる。
 やわらかく握り返す。
 テーブルの下だから傍からは分からない。
 指先を何度か折り重ねて触れ合う。ささやかな熱。
 指輪を嵌めた手が触れて冷たい感触が伝わる。
 ぎゅっと握って離す。
「今年もこの日を迎えられてよかった」
 しみじみとつぶやく陽に口元を押さえたが、こぼれる笑い声を隠せなかった。
「……どうしたの改まっちゃって」
「ここまで来れたのが当たり前だったなんて思わないよ。
 君とこの日を迎えられたことを感謝してる」
 真摯な眼差し、深く響く言葉に胸が締め付けられた。
 勝手に瞳がじわりと熱くなる。
 グラスの水を飲んでどうにか気分を落ち着かせる。
「一緒にいてくれてありがとう、陽」
 言葉にならないなんて、嫌だった。
差し出されたハンカチで頬をぬぐう。
 やがて料理が運ばれてきて新たなグラスに赤ワインが注がれる。
 グラス越しに映る陽の姿。
 こつん。グラスを合わせると高い音が響いた。
 乾杯とささやく陽の声が耳をくすぐった。


 エレベーターに乗っている間、陽の腕に掴まっていた。
 自然な二人になれている自信はある。
 共に長い道のりを歩いてきたんだもの。
 視線を交わしている間に、エレベーターは部屋のある階にたどり着いた。
 陽がキーで部屋を開け、部屋へ入った途端待ちきれないとばかりに、唇が触れ合った。
 バードキスを何度となく繰り返してくすくす笑う。
 小鳥が嘴を啄ばむみたいな口づけ。
 昔は照れくさくて好きじゃなかったわ。
 何故照れてたのかしら。
 相手をいとおしいと思えばこそいたずらに触れ合いたいのに。
 キスをしながらベッドの前まで進む。
 足が絡んでそのままシーツに倒れそうになった所で、陽の体を押しとどめた。
 彼の唇に指を押し当ててウィンクする。
「……本当は君が欲しくてたまらないけれど汗くさいって言われたら嫌だからね」
 苦笑いの陽に、ふっと笑う。
「汗の匂いは男っぽくて好きだけどね。そうがっつかなくてもいいじゃない。
 未成熟の青い二人じゃないんだから」
「手厳しいね」
 くくっと喉で笑いながら陽は、外したネクタイをこちらに渡した。
 バスルームへと向かうのに、指先で誘うのを忘れない。
 まだまだよ、あなた。
 色っぽい仕草に、昔なら一瞬で落ちていただろうけれど
 今は、適度に焦らすことも楽しいのよ。
 やがて聞こえ始めたシャワーの音と雨の音が同化する。
 窓を叩く雨の音は止まない。
 カーテンが、開け放たれているから雨に煙る夜景が、よく見えた。
 いつ止むのだろう。朝までには止むかしらとぼんやり思う。
 耳からピアスを外して、ベッドボードの引き出しの中に入れる。
 足音がして振り向くと陽がバスルームから戻ってきていた。
 バスローブを身に纏って、ゆっくりと忍び寄る。
 ベッドが軋む音に気づいて、するりとベッドを降りた。
「この頃隙がないね。その隙を見つけるのも楽しいけど」
 陽の言葉にくすくす笑いながら促せば、
 留め具を外し、ジッパーも僅かに下ろしてくれる。
「ありがとう」
 陽のそばを通り過ぎる時、待ってるよという低音が響いた。
 衣服を脱ぎ落としてバスルームの扉を開ける。
 バッグから取り出したシャワーコロンを持って。
 シャワーの温度調節をして、体を洗う。
 シャボンの泡が心地よく肌を包んでうっとりと瞳を閉じた。
 スポンジを肌に滑らせる。
 丁寧に洗った後、シャワーコロンを吹きつけた。
 甘い花の香りが、鼻腔をくすぐる。
甘すぎず、刺激的な香りがとても好きだ。
 バスローブをふわりと纏い部屋へと戻るとベッドの縁に座りこちらを見ている陽がいた。
「おかえり」
 情欲に燃える眼差しに焼かれそうだ。
 隣に腰を下ろした私の手を取り、抱き寄せると耳元に息を吹きかける。
「悪い女だ。どれだけ俺を誘い惑わしたら気が済むんだ」
「私が満足するまでかしら」
 嘯いた。
 お互いの体が、滾っている。
 この熱さは、より燃え上がることを求めているのだ。
 どちらともなく唇を重ねた。
時が止まったように暫くそのままでいた。
 やがて段々深くなる口づけ。
 吐息が漏れて、陽の肩を掴んだ。
 衣擦れの音。バスローブの紐を解かれてシーツに沈む。
 露になった肌を陽はじっと見つめている。
 瞬きする。
 欲望を隠そうともせずに彼は首筋に唇を押し当てた。
 一瞬、息を止めて見上げてしまう。予期せぬ行動だったかもしれない。
 いつもなら、先ず耳朶を愛撫するのに。 
「ふ……っ」
 肌を吸い上げる生々しい音にさえ感じる。
 肩から鎖骨の辺りに触れられ、身をよじると、
 肌蹴て体に纏わりついていたローブが、床に落ちた。
 点々と赤い花が散らばっていく。
 背中を辿る指の冷たさに思いもよらぬ声を上げてしまう。
 にやりと口の端を吊り上げて、陽が肌の上で舌を小刻みに動かす。
 蛇に似た動きでいやらしかった。そして例えようもなく艶かしい表情だ。
 ふくらみにそびえる頂を摘ままれる。
 指で摘まれて空いた隙間は、ちろりと舌先が触れた。
 指と唇両方の刺激で、電流が体を駆け抜けていく。
 空いた手でもう片方の膨らみを揉みしだかれる。
 吐息が、膨らみにかかる。
 口に含まれ、頂を弾き転がされ、わけが分からなくなっていく。
 ふくらみの間にある頭を押さえつける。
 もっと触れてと引き寄せているみたいだ。
 次第に陽の動きも激しくなってくる。
 両の膨らみを揉まれ、感じすぎて自分の指を噛んだ。
 すぐに気づいた陽に腕を外され、鼻からぬける濡れた声を漏らす。
 軽い音を立てて指に口づけられる。
 執拗に舐められて、身をよじる。  ばたつかせた足を陽は自分の足で押さえつけた。
 絡んだ四肢に、びくりと震える。
 挟まれた足で、体を大きく開かれた。
 雫をたたえる泉に熱い舌が触れて音をたて始める。
 きつく掴んだシーツを握りしめた。
「きれいだ」
 頬を落ちる涙をぬぐう指のやさしさ。
 指が入ってくる。
 難なく侵入した指を内壁が締めつけている。
 巧みな指先は私の中で蠢く。
 別の指が入れられて違う動きを見せる。
 一気に官能の階段を駆け上った私は、ぴんと背が弓なりに沿ってシーツに沈む。
 上がっていた息が整った時、耳朶に触れる唇を意識した。
 耳たぶに歯が当てられたと同時、ゆっくりと陽が入ってくるのを感じた。
 彼は何もかもスムーズで、過去一度として雰囲気を崩したことはなかった。
「動いてもいいかな」
 わざわざ確認するあたり律儀というか意地が悪い。
 ふっと微笑んで頷くと、陽が、動き始める。
 膨らみを愛撫しながら、下肢同士で触れ合う箇所の上部に指で触れた。
(何もかも忘れて、狂ってしまえばいいの)
 腰を動かされ、蕾も擦られる。
 秘部が疼いて、自らも腰を揺らす。
 互いに刻むリズムが心地よい。
「ん……ふっ」
 汗が散る肌は高揚している。
 絡む二人に、ベッドが揺れる。
 いきなり起き上がっても陽は慌てることはない。
 彼は未だ中にいる。
 口づけると激しい口づけが返される。
 鋭く突き上げられて、背中に腕を回した。
 抱きつくように密着すると熱くて溶けるんじゃないかしらと思う。
皮肉を言おうかと思ったけれど、倍の反撃が来るから止めておく。
 彼は本当に年齢を感じさせない男だ。
「はあ……愛してるわ、陽」
「ああ……、翠、愛してる」 
 濡れた声を聞くだけでイきそうになる。
 愛の言葉で、自由に羽ばたける。
 腕が離れ、シーツの海に身を投げ出した私の上に、
 力の抜けた陽の体が覆いかぶさってくる。
 濃厚な戯れの気配が室内に満ちている。
 不規則な息が整うまでの時間、湿り気を帯びた陽の髪を撫でていた。
 いとしくてかわいい男だ。
 そっと背中に指を這わせれば、微かに跳ねた。 
 くすくすと笑ってしまうのを止められなかった。



「……う……ん」
 まどろみから目覚めれば頬杖をついてこちらを見ている陽がいた。
 しっかりと腰を抱かれている。
「やっぱり翠しかいないね」
「は……」
「抱き合う度に新たな発見がある。
 また欲しくなってきたよ」
「……ちょっとは懲りたほうがいいわよ。お互いに」
 呆れてため息をついた。
 昔のように頻繁に抱き合っているわけではないが、その分濃い。
「いいんじゃないか。愛し合っているんだし」
「真顔でいけしゃあしゃあと……」
「嫌?」
 既にしっかりと体を拘束しているくせによく言うわ。
「ノってあげるわよ。ただし飽きさせないでね」
「了解」
 いつの間にか点けられていたベッドライトに、抗議しようとした唇は
 塞がれ、みだらな声を漏らすしかない。
 今日くらいは、貴方の思うがまま踊ってあげる。


 雨が降りしきる中、何度も愛を交わし続けていた。
 夜明けは未だ訪れない。