悪いコ



 腕の中で羽を休めているのは天使かそれとも悪魔か。
 天使の貌を纏った悪魔であることは確かだ。
 濡れた赤い唇が妖しく俺を誘う。
 もうすぐ、天国から地上に戻ってくるだろう。

「お目覚めか?」
 気がつくと、青が肘をついてこちらを見ていた。静かな横顔にドキリとする。
「寝てたわけじゃ……」
 気恥ずかしくて思わず枕に顔を伏せる私を強引に上向かせる青。
「動揺するな。単にイってただけだろ」
 青が長い指で髪を撫でてくれる。その感触の心地よさに目を細めた。
「ずるいわ」
「何が?」
「私一人余裕なくしてばかりで、青ったら平然としてるもの。  フェアじゃないわ」
「しょうがないさ。女と男の体の仕組みは違うものだ」
 笑ってる顔はとんでもなく艶っぽい。
「特に青だからじゃないのかな。分かんないけど」
「決まってるだろ」
 青はニヤリと笑う。
 彼の肩に頬を寄せた。
「お前こそ天使の貌をした悪魔のくせに」
「……っん」
 囁きが耳元で振ったと思ったら、すぐに唇を塞がれた。
「はぁ……ん……ああ」
 深い口づけに息が乱れる。
「唇が濡れるとやけに艶めかしいな。毒々しい赤だ」
 ペロリ。舌が唇をなぞり、指で触れる。
 そのまま侵入してくる指をそっと啜る。
「……あ……あ」
 駆け上がる快感に押し流されようとしてる。
 唇の中にまで人の感じるポイントはあるのだ。
 指先で口の中をくすぐられるから、舌で触れる。
「お前にまた食べられたいな」
 もう満足に反応を返せなさそうだった。
 いきなり胸の頂を含まれてビリビリと体中に痺れを感じながら、  青の腕の中に堕ちていった。



「あああ……駄目っ」
「何が駄目だって?」
 ふざけた顔と口調で言ってやる。
 イキすぎた時決まって駄目って言うよな。限界を訴えているのはわかるが、
 もう少しバリエーション増やしたらどうだ。
 無意識上の言葉だから、考えて口にしているわけではないだろうが。
 毎回同じじゃつまらないぞ。
 膨らみで円を描いて揉みしだき、沙矢の中でも円を描く動作を同時にしている。
 腰を激しく動かす度にきつく締めつけられる。
 そうしてたまらなくなってまた突き上げるのだ。
「はぁ……ん」
 あられもない声が漏れる。
 わざと奥までは攻めない。
 浅い場所を行き来して、焦らす。
 潤んだ眼差しが俺を見上げている。
 欲しそうな、辿り着きたいと訴えている大きな瞳。
「ちゃんと言えよ?」
「……っ」
「悪いコにはご褒美をやらない」
 耳たぶを噛んで吐息を吹きかけながら囁いた。
 すぐに沙矢の中から出てゆき、  未だ震える続ける濡れそぼったそこを指でつつく。
「は……っ」
 イキそうでもう一歩のところでイケない中途半端な快感に、沙矢の体は震えている。
「イかせてやろうかどうしようか?」
「意地悪っ……あん」
 指先で秘所を弄り、片方の手では膨らみを鷲掴む。
 頂をひねリ上げればすすり泣くような悲鳴が上がった。
「一人は嫌だろ。二人で一つなんだから」
「……う、うん」
   掠れた声が返ってきて微笑む。
 沙矢を抱き起こして、位置を入れ替わる。
 頬を紅潮させ、虚ろな眼差しでこちらを見つめる沙矢。
 頭だけ起こして壁に凭れると、沙矢の腕を引く。
 バランスを崩した沙矢が前のめりに少し倒れた。
 ぐいと腕を左右に引けば、沙矢の足が大きく開いてゆく。
「こんなの……」
「これでもお前にとって良い方を選んだんだけどな」
 言いながら突き上げた。
「あああああっ!!」
 最奥をいきなり掻き回せば、髪を振り乱して悶えた。
 腰では律動を刻みながら、乱暴に左右の胸を揉み上げる。
「ああ……や……ん」
 揺れる体。
 この体勢を保つ為にはロクに身動きも出来ない。
「悪いコはどっちなのよ」
 吐息に混じった声が聞こえた。
「どういう意味だ」
「離して、あなたばかりの好きにはさせないわ」
「離すも何もお前が離してくれないじゃないか」
 締めつけて俺が出て行くのを拒んでいるのだ。
「あああっ」
 もう一度貫いた時、奥で熱の奔流が弾け、薄い膜越しに熱同士がぶつかった。
 沙矢の体が後ろに反り、繋がりが解けてゆく。
 ふわりと浮いた髪。俺はただその体を抱きとめた。
「……青」
 放心状態の沙矢が、俺を呼ぶ。
 脱力しているのか、いつもよりも体の重みを感じた。
「私が悪い子ならあなたは、悪い男ね。そして最高にいい男だわ」
「本気でお前をそう思うわけないだろ。時に意地悪をしてみたくなるんだ」
「青はいつも意地悪でしょ」
「お前が俺をそうさせる」
 くすり。笑って強く抱きしめた。
 愛情が通い合う関係だから許される。
 感情を表に出さなかった頃も相互同意の上でしかしたことはないつもりだ。
「いや、でも今日はどうかしてたかもしれない」
「何かあったの?」
「昔を思い出して……な」
「私は気にしないから。忘れられないことかもしれないけど
 そんなにあなたも気にしないで。だって今が大切でしょ」
「ああ、そうだな、悪かった」
 「優しい意地悪なら、いっぱいしてもいい。青が変わってしまうのは嫌だから」
 温もりに満ちた言葉に目頭が熱くなる。
 湿った髪を撫でれば甘い香りがした。
「ありがとう。俺はお前に借りばかり作ってこれからも生きるんだろな」
「いっぱい返してくれればいいわ」
 彼女は鈴を転がしたような声で笑った。
 力を込めて抱きしめる。
 愛しさが溢れてたまらない。
 また欲しくなる。
 抱きしめていた体を離し見つめれば、沙矢は小さく頷いた。
 体の位置を入れ替えて沙矢が横たわる。
 額に頬に、唇にキスを落として、同じ場所に指先で触れる。
 微笑み、肩を掴む手の強さ。
 舌で唇を割って熱を送れば、絡んでくる熱。
 何度も唾液を啜って互いに飲み込んだ。
 びりびりと体が打ち震える。
 新たな快楽が、訪れる気配がした。

 ふいに身を起こし、青の肌に指を這わせた。
 青の肌を私の唇で彩ると愛しい人の香りがする。
 彼が私にする愛撫と同じやり方で肌を吸い上げれば仄かな赤が散ってゆく。
 青は私の肩に口づけを落とす。
 これが与え合うってことなんだ。
 愛を作るっていうことなのね。
 躊躇わずにきつく青の肌を吸った。指先を這わせ、その頂に唇を寄せる。
「ああ……沙矢、最高だ」
 官能的な声に、心臓がドクンと鳴った。
「……はぁん……あっ」
 肌を愛でている時それは起こった。
 いきなり突き上げて、私に存在を伝えてきたのだ。
「ああああっん!」
 何度も私の中を行き来する。青の肌への愛撫を止めないままに
 それを受けていた。愛撫し合っている。
 凄まじい快感に体が痙攣を起こす。
 疼くそこを突き上げながら、潤んだ場所を指で擦られて、限界が近づいていた。
 いつの間にか片方の腕は、彼の背に回し、片方の腕はシーツを掴んでいた。
「うぅ……ん……ふっ」
 唇が塞がれる。
 糸を引いた唾液が二人の間を繋ぐ。
「……青……」
 体が反る。
 しっかりと青の背に爪を立てて捕まった。
「綺麗だよ」
「あ……あ……ん」
 膨らみを押し上げるように揉まれながら、私は瞳を閉じた。
 脳裏には駆け上がった白い世界が浮かんでいた。



「青」
 名を呟いて頬にキスをする。
 きっと意識は目覚めているんだろうけど、彼は安らいだ顔で瞳を閉じたまま、
 隣に横たわっている。私の体を抱き寄せた格好だ。
 体を優しくて強い力で抱きしめられていて、逃れられない。
 私もこの腕の中にいたくて胸に体を預ける。
「独り占めしたいの?」
 クスクス笑ってしまう。
 こんな顔をするようになったのは、青に毒されたのか影響受けたのか、
(どっちにしてもすっかりあなた色に染まってるわね。
 独り言のつもりでも、あなたは聞いているのでしょう?)
 今日に限ってあなたは私が先に起きることを許した。
 これは私へのご褒美かしら?
「好きよ。あなたの腕の中は本当に温かいわ。あの頃よりもずっと」
 頬に口づけた後唇を重ねた。
 軽く啄ばんで離そうとした瞬間、青の口づけが返った。
「愛しているよ……幾度となく呟いてもまだ足りない」
 耳元で囁かれる甘い声。
「やっぱりあなたの腕の中でだけは悪いコでもいいでしょ?」
「ああ、悪いコでいてくれ」
 笑い合う。
 キスを交わし、抱擁して、約束した。
「子供できたら悪い子にならないようにちゃんと育てなきゃね」
「俺のような?」
 私は小さく笑った。
 真面目な顔で言う青。
 かっこよすぎるあなただから余計おかしかった。
 こんなかっこいい人滅多にいないのに、性格がどSの人なんて
 きっと他にいないだろう。



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