背中合わせ  


 キス。
 愛情表現の一つ。
 唇から言葉よりも雄弁な魔法で気持ちを伝える。
 意識しすぎると、変な失敗しそう。
 例えば、口噛んじゃうとか。
(それでいいのなんて、軽く言ったつもりじゃないからね!)
 ふう、と息をついたところで、抱き締めていた腕が離れた。
 鏡に写ったのは涼ちゃんの背中。
「キスしたかったら、正面に来いや」
 ちょっぴり傲慢な声音が聞こた。
(……何か今まで下手に出てましたみたいな)
 とにかく私を促す為に動いてくれたってことだ。
 こんな時間って不思議でもう少し続けばいいって
 思ってたけど、いつまでもこうしてても仕方がないものね。
 鏡の中でお互いの顔を見るのが不思議で
 どきどきの余韻に浸っていたこと涼ちゃんは気づいてる?
 ガタンと椅子から立つ。
 背中に、ぽすんともたれたら、なかなか心地よくてうっとりした。
 大きくて広いな。
 器も大きくて、本当にすごい人。
 絶対口に出しては言ってあげないけど。
「こうしているのもいいね」
「俺の背中に隠れられるからって」
 苦笑する気配に、口の端を緩く持ち上げた。
 伸びてきた手を繋ぐ。
 骨ばってて大きな手と自分の小さな手を絡め合わせると、じんわりと温もりが伝わってくる。
 ぎゅっと絡められると、一度心臓が跳ねるのはいつものこと。
「顔が見えないのは寂しいな」
「でしょ。急に背中向けられて、しゅんとなったのよ」
「しゅんやと……ああ、もう駄目や」
 涼ちゃんが動いて、体がかくんと傾いだ。
 腕を引かれ、真正面から抱きしめられる。
「……涼ちゃん」
 彼のの体に埋まった格好で、ほうと息をつく。
 腕が緩んだので、見上げたら、切なげに見下ろす眼差しがあった。
 背伸びしようとしたら、彼が屈んでくれる。
「苦しいくらい大好き」
 袖をつかんで、顔を上向ける。
 背伸びして、腰を低くしてくれた状態でようやく届いた耳元で囁いた。
「なんちゅう殺し文句」
 満足そうな様子に、微笑む。
 下唇が厚めの彼の唇に自分の唇で触れた。
「……これでいい?」
「合格や」
 ちゅっと軽い音を頬に感じた。
 そして唇へ返ってきたキスは
 甘酸っぱくて、心まで溶けてゆきそうだった。
 




    好きシーンで創作30題  

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