Sweet night


ささなかなホームディナー。
 お家で家族で過ごすのが一番贅沢だと思うの。
スープをかき混ぜて小皿にとって味を見る。
 いい感じだ。
 テーブルクロスを白にして、花を赤にしてみた。
 どちらかの色を淡くするならテーブルクロスの方がよかったのだ。
「……涼ちゃん、キャンドル飾ってくれる?」
「ラジャー」
 軽快な返事に吹き出しかける。
 彼の明るさはいつだって救い。
 細長いろうそくを食器棚の引き出しから出して、涼ちゃんに手渡す。
 テーブルの上で灯された明かりが、
ロマンティックな夜を演出している。
 涼ちゃんがテーブルの上の準備をしてくれているし、
食事の準備を急がなければ。
「かーな」
 どうやら、今度は奏と遊んでいるようだ。
 名を呼んで笑う。
 心底いとしそうに。
 顔を見なくても声で分かる。
 その姿にじーんとなっているなんて絶対言わないけど。
 変なところに注目しているあたりが、彼らしくておかしい。
 言葉を話し始めたとはいえ、まだちゃんとした言葉を話せるわけではないのに、
 真剣に突っ込みを入れて問いかけているし。
 子供の目線で話せる人なのだろう。
 そんな所が羨ましくて、見習いたい。
 彼はこのまま変わらないだろう。
 将来、いい父親になっているのが想像できる。
 親父って呼ばせるのだけは勘弁してほしい。
 おふくろとか、おかんとか呼ばれるのには抵抗があるんだから。
「ぱ……ま?」
「どっちや、奏」
「どっちでもないから」
 苦笑の響きに、涼ちゃんはちょっとだけ落ちこんだみたい。
「大人しくしといてな」
   奏を看てくれている涼ちゃんを見て、目を細める。
 美味しい食卓で喜んでほしい。
 パンを皿に盛って、大皿料理を真ん中において、スープの皿を二つ。
「涼ちゃん、座って」
 うきうきとした様子で涼ちゃんは椅子に腰を下ろす。
「いただきまーす」
 手を合わせて食事を始めた。
「涼ちゃん」
 グラスにシャンパンを注ぐ。
 弾ける気泡の音。
 グラスを合わせて笑いあう。
「ケーキは明日だから」
「ん、楽しみにしてる」
「いつも感謝してるの。
 どんなに疲れていても笑顔を絶やさないし、奏の面倒も看てみてくれる。
 いいパパでありいい夫な涼ちゃんへの感謝の気持ちを込めて
 お疲れ様会を兼ねているのよ」
 涼ちゃんの目元に滲んでいる雫に、もらい泣き寸前。
「さんくす」
「もう。私が言おうと思ったのに先手打たないでよ」
 くすっと笑った。
 だって、笑うしかないでしょ。
「だからね……涼ちゃん、ありがとう。これからもよろしく」
「こちらこそ、ありがとう。菫子は最高の奥さんで幸せやわ」
 今度こそぐっときた。手で目元を擦る衝動に駆られたけど……
 涼ちゃんの方が早かった。
「なっ!」
 頬にくちづけされ、思いのほか動揺してしまう。
 不意打ちは卑怯だわ!
「食事中に立つのはお行儀悪いわよ」
「……じゃあもっと椅子近づけてや。そしたら立たなくてもちゅうできるやんか」
「今は食事中なの!」
 ぷるぷる。拳が震えた。
 後で飽きるほど、愛を語るんでしょう。
 待てないなんて駄目よ。
「大声出したら奏に聞こえるで?」
 顔が真っ赤になった。それ言われるのはきつい。
「……うん。夜は長いしね。ちゃんと楽しいこと考えてるから」
「楽しいことってなんやろな」
「た、多分楽しいはずだから」
 うっ、と怯んだ。
 お楽しみは考えてある。
 恥ずかしかったけど一回だけだからと言い聞かせて準備を整えた。
 多分、気に入ってもらえるんじゃないかな。
 涼ちゃんってば、あからさまよ。顔に全部書いてあるんだから。
 凄まじい勢いでおかずを平らげる涼ちゃんに呆気に取られた。
 あれ、ってまんざら嘘じゃないかも。
 何とかと食欲は比例するって……うわあ。
「おかわりあるわよ」
 顔の筋肉を総動員させて平静を装おうとしたら、引きつった。
「あはは……おかわり」
 涼ちゃんは、手を上げておかわりの合図をした。
 大丈夫?
 その時けたたましい泣き声が聞こえてきた。
「「奏!?」」
 私と涼ちゃんは、同時反応した。
ここで息が合ったことに心にぬくもりが灯る。
 今のは、もう眠くてしょうがないって泣き声だった。
 最初は慣れなくてもっと大変だったけど、泣き方によって
 何を要求しているのか、掴めるようになったし、
 好きなものだって分かった。
割と好みははっきりしているみたい。
「片づけしとくわ」
 涼ちゃんの声に、心が軽くなる。
「ありがと、お願いね」
 食器を片付ける音を耳に捕らえ、奏を抱っこする。
 リビングの向こうにある寝室へと奏を連れて行く。
 抱き上げて暫くあやした後、寝室の隅にあるベビーベッドに奏を下ろす。
 頭を撫でて、背中をぽんぽんと叩いてやると、段々と  落ち着いてきた。
 ひっくひっくとしゃくり声が止まる。
 ティッシュで鼻を取って改めてみると鼻が真っ赤になっていた。
「トナカイ?」
 くすくすと笑って、もう一度頭を撫でた。
 すうすうと寝息を立て始めたのを見て、奏の側から離れる。
「いい子で寝てるのよ」
 クローゼットから、掛けておいたサンタクロース変身セットを取り出して、むうっと考える。
 腕組みして数秒唸り、顔を赤らめた。
 熱を持った頬を両手で押さえる。
 再びクローゼットを開けて中に入れていた袋を取り出す。
 チェック柄の黒いタイツとアニマル柄のスリッパを履く。
 料理中は、履けなかったからここでお披露目。
 とりあえず、戻ろう。もう少し時間があればきっと覚悟できるわ。
 ベッドの下にはこっそりと箱を隠してある。
 ドアを開けてリビングに入れば窓辺で外を眺めている涼ちゃんがいた。
 少し距離をとって、見上げればなにやら頬を緩めている。
「何にやにやしてるの? 思い出し笑い?」
   声をかけたら、微かに驚いたらしく上ずった声が。
「思い出し笑いのどこが悪いんや」
「あ、開き直った」
 正直者のむっつりすけべなんだから!
「奏、寝たんやろ」
「寝たわよ。涼ちゃんに似て寝つきいいから」
「ええことやないか」
「そうね」
 うん、親のいい所を吸収しているわ。  窓辺に立つ涼ちゃんを見上げて笑ってみた。
 涼ちゃんは、ますます頬を緩めて顎をしゃくっている。目線まで怪しい。
「かわいいな」
「目つきがヤらしい。
 最近ますます親父くさいわよ」
「そんな目にさせとるの誰やねん。
 それに親父って響き、好きやし……何てったって奏の親父やし」
 むぅ。と唸ってしまった。
 ああ言ったらこう言う屁理屈大魔神なんだから。
 つまりは、親父って呼ばれるの希望ってこと?
 個人的には、お父さんでいいと思うんだけど。
「クリスマスやし、そろそろサンタからプレゼント欲しいな」
 まさかそうくるとは。もちろん、渡すつもりよ。
 でも甘えておねだりされるのって初めてで、
 逆に戸惑った。嬉々とした様子で待ち遠しそう。
 ああ、ついにこの時が!
 半ばキレて、宣言した。
「わかったわ。大人しくそこで待ってなさい!」
 びしっと指を突きつけて、リビングから寝室へと向かう。
 着替えて鏡で全身を見て、ぽかんと口を開けた。
 こんな格好したお姉さんをテレビで見たことがあるけど、  自分が同じ姿になるとは。
 着て違和感がないのが逆に怖い。
色気は皆無だけどと空笑い。
 実を言うとかわいい格好をしてみたかったりした。
 露出は足くらいだし、色気とは無縁のはずだから、
 涼ちゃんもまさか変なこと考えないわ。
化粧台の前に座り、お化粧を始める。
 化粧下地、ファンデーション、チーク、アイシャドウ、マスカラ。
 肌に近い色合いできわめてナチュラルなメイク。
 リップをほんのりピンク色を乗せて。
 睫毛はマスカラで大きく見せる効果を狙い、カールさせる。
 眉は、整えておいたからいじらなくて大丈夫。
 ささっと帽子を被って、手櫛で髪を整えた。
 後ろには箱を持って。
 深呼吸をしてリビングへ通じる扉を開けた。
 
    「今日は特別よ。一度きりだから!」
 拳を握って、釘を刺した。かなり力が入っていたかもしれない。
「コスプレなんて初めてやし……新鮮や」
「コスプレなのかしら。サンタの格好しただけよ」
 別にそんなつもりは欠片もなかったわ。
「うん、コスプレ。めっちゃ似合ってるで。ほんまサプライズやな」
 うわ、ご満悦。ここまで喜んでもらえるなんて、どうしよう。
「はい、プレゼントね……涼ちゃんも私を楽しませてくれなきゃ駄目よ!」
 笑顔で、後ろ手に隠していた箱を突き出す。
「きっと驚くわよ。ミラクル6点セットなんだもの」
「6点……」
 にこにこ。涼ちゃんが箱を抱えて寝室に入っていくのを笑顔で見送った。
 私だけがこんな姿してたら変だし、
 彼もサンタになってもらわなきゃ割に合わないものね。
 テレビでも見て待っていよう。ソファに座って、視線を画面に向ける。
 後ろを涼ちゃんが通り過ぎていくのに気づいたが、  特に気にしなかった。
 そわそわして落ち着かなくてテレビに集中できないので  早々に電源をオフにした。
 がちゃり。
 ドアが開いた瞬間、期待に目を輝かせてしまった。
 ぶっ! 思った以上にウケる。何やら愛嬌があるんですが。
 トナカイの頭が重そう。ご、ごめん。
 でも顔用の穴が開いているタイプにしてよかった。
 もし全身着ぐるみだったら、大人二人で何やってんだろうって思ったもの。
 それは、奏がもう少し大きくなったらやってもらおうかな。
「メリークリスマス、マイワイフ!
 今日は素敵なプレゼントを用意したでー」
 ノリがいいんだから。
 ううっ、涼ちゃん、こんなん着れるかー!とかやったりしないのね。
 いい人すぎて、悪戯が過ぎたことを反省する。
 ぐすっ。
「う、うん」
「あかん。涙はまだ早いで!」
   涼ちゃんは肩に担いだ袋を床に下ろして箱を取り出した。
 案の定、箱を私に渡した瞬間抱きしめようと腕を伸ばしたから、ささっと避けた。
 じゃあ、箱を渡さないで。
 明らかにへこんでいる涼ちゃんに、
「箱が潰れちゃう」
 もっともな正論をぶつける
  「そ、そうやな。 堪忍」
 アクセサリーが入っていると思われる形状の箱を手で撫でて
 包装を開けていく。飾ってあったリボンを折りたたんでテーブルの上に置いた。
「かわいい……涼ちゃん、ありがとう」
 ウルトラマリン色のティアドロップ。きらりと海の色が、輝く。
「喜んでもらえたら、何よりやから」
 目をこすりながら涼ちゃんを見上げた。
 目は真っ赤だろうな。
「落ちないメイクでよかった」
 次から次へと涙が頬を滑る。口に入ってちょっぴり塩辛かった。
「貸してみ」
 涼ちゃんが後ろから回って、ネックレスを首にかけてくれる。
 ヒールのあるブーツを履いているから、普段より背伸びしなくてすんだ。
 金具を留める音。
 涼ちゃんが、背中からきつく抱きしめてきた。
 息が詰まるほどの抱擁。
「涼ちゃ……苦しっ」
 訴えると腕の力は弱まった。
「すみれ……」
「どうしたの」
「ずっとこうしてたいなあって」
「いつもしてるじゃない」
 まるっきりバカップルの会話だ。馬鹿夫婦かしら。
  「腕から逃がしたらどっかにいってしまいそうに不安になる。おかしいか?」
 弱音をさらけ出しても受け止めてもらえる。
押し付けじゃなく、信じているから。
 せつなげな囁きに胸がきゅんと疼いた。
「ううん、……そんなことないよ」
 吐き出された息。
「涼ちゃんはそれでいいの。私もついていくっていったじゃない」
 いつだって初めて彼に恋したあの日の気持ちがよみがえる。
 私が本音で対等に向き合える人。
「すみれ!」
 ぎゅっと抱きしめて、離される。
 きょとんと見上げたら、素早く唇が重なった。
「ん……」
 息を漏らす。
 瞳を閉じて、微かに唇を開いていた。
 激しく口づけられると、体が震えてきた。
 ちょ、ちょっと待って。
「涼ちゃん、それさっさと外して」
「あ」
 トナカイの頭をかぶったままだった事実に呆れる。
 二人ともすっかり忘れていたけど、お互いサンタである。
 慌ててトナカイの頭を外した涼ちゃんが、さっと髪を掻きあげる
 その姿を食い入るように見てしまった。
 うそ、信じられない。
「どした?」
「涼ちゃんが、ありえないくらいかっこよく見えたから。
クリスマスマジックって偉大ね」
   かっこいいに力を込めたことを分かって!
 どうやら、願いは通じたみたい。
「ありがとなー、うわ舞い上がりそう」
「きゃあ」
 え、えっ。
 軽々と抱き上げられて、リビングのドアが蹴破られ、バスルームのガラス戸が開いた。
 サンタドレスのままバスルームの中に連れてこられ、なす術もない。
 涼ちゃんがドア越しに通せんぼしてるから逃げられない。
 鍵が閉まっちゃった。
 さっきシャンパン飲んだのよー。
 お互いグラスに半分も飲んでないし、酔ってはないと思うけど。
喉が鳴る音が聞こえた気が。
 人を食べものみたいに、この野獣!
 睨んでやるが、堪えた様子はない。
「そんなんせえへんかってもかわいいのに」
「メイクはね、強くなる魔法をくれるの」
「ふうん。前もゆうてたな」
「唇はどう?」
 ぷるぷる感を意識したんだけど。
 息を吸って、吐く間に唇が奪われる。
 素早かった。
「んっ……」
 乱れる息の中、
「さっきのでまだ気づいてなかったんや」
 目元がとろんとなっている。
 アルコールが入っているからか、キスだけですでに上せそう。
 唇の色が褪せちゃう気さえした。
 胸元を肌蹴られて、襟元をくつろげられる。
 私の全身を見てはっと目を見開いた涼ちゃんに、うつむく。
 そうだよ、おそろい着てたんだ。
 セットで売ってたから、どきどきしたけどこれしかないと思った。
 立っていられない私を涼ちゃんがバスタブの中に下ろす。
 上着を脱ぎ放って、向かい合う。
 なぞった唇が、耳元に吐息を残す。
 甘い声が漏れてしまう。
「……、最初からそのつもりだったの?」
「どうやろ?」
 嘯いた涼ちゃんは、じいっとこっちを見ていて
 一瞬たりとも目を離さない。
 くてん、と力をなくして、腕がバスタブの縁に当たる。
 はあはあと息を吐き出す。
 半眼で見つめて、腕を伸ばして口づける。
「と……うこ?」
 濡れた唇が、ぞくぞくと痺れるようで。
 胸が高鳴っていた。受身だけじゃない夜にしたいって。
 いきなり首筋に押し当てられた唇は強く、
 思わず耳を塞ぎたくなるほどの音が聞こえる。
 より扇情的な気分になっていく。
 行為は、手順を踏んで進んでいく。
 漏れる声を我慢できない。
 敏感な場所に触れるから、体が火照り始める。
「素直でかわいい。俺が、こんな風にしたんや。
自惚れとちゃうもんな」
 感じている自分を見られるのが恥ずかしくて、
足をばたばたとさせてもがく。
 言葉にさえ敏感に反応してしまってる。
 閉じ込められて、身動きが取れなくなって、何故か安堵を覚えた。
 彼が求めてくれていることを実感しただろうか。
 やけに高い心臓の音が、バスルームに響く。
 どきん。どきん。そっと押さえても未だ鳴り続けてる。
「どきっとしたんや?」
 かっと羞恥の表情が灯る。
「そんな顔は卑怯やで」
 意地悪な口調は意識しているの?
 わざとらしさが、本当にイやらしい。
 羞恥に、指が震える。
 口づけられて、勝手に声が出た。
 脱がされたものが、軽く放り投げられた。
 ばっと両腕で隠そうとしたけど、
涼ちゃんはえっちくさい表情で腕を掴む。
  「誘っておいて今更、あかんやろ。
初々しい反応が俺を暴走させるってええ加減理解しようや」
 ふいうちだ。いつもはこんな顔見せないのに。
 涼ちゃんはずるい。私は敵うわけない。
 悪戯な唇は、容赦を許さないから、高い声を上げるしかなくて。
「ええ声や。もっと聞かせて」
 跳ねた背を支えられ、抱き上げられる。
 気がついた時は、涼ちゃんを見上げていた。


 最後に、上りつめる時名前を呼んだ。
「涼ちゃん……っ」
 爪を立ててしがみつく。
「すみれ……」
 荒い息、上下する肩。
 ふっ、と意識が遠ざかり、戻ってきてからしばらくぼうっとしていた。
 涼ちゃんはバスルームから一度出ていたらしい。
 目が合う。虚ろな目で見つめ返した。
「ぼうっとしてどした?」
「……待ってたの」
 ひどく甘えた声になっていたかも。
 言うべき台詞は、自然と出てきた。
「いこうな」
 蛇口を閉めた後で、抱き上げられる。
 お湯が溜まっていた。
温かいまま保つことができるから、
 後で入るつもりなんだろう。
 背中に腕を回して抱きついた。
「ん……ちゃんと心ゆくまで愛したる」
 涼ちゃんは唇をついばんで歩き始めた。
 軽いリップノイズの音が、くすぐったい。
「……!」
 口をぱくぱくと開閉させるけど、涼ちゃんは  知らん振りで寝室の扉を開ける。
 背筋がびくっとした。
「まさか感じた?」
 指で唇に触れた。
「……だって涼ちゃんが」
「俺が?」
 涼ちゃんが、変なことをするせいで大きく体を震わせた。
 唇を噛んで堪える。
「……へえ生地越しでも刺激くるんや」
 そっとベッドに下ろされる。
 額を指で突かれると、ベッドに沈んだ。
 涼ちゃんがもたらす刺激にはしたない声を上げて、応えてしまう。
「……ん」
 唇を重ねるのだっていちいち焦らす。
 顎を伝う雫。
 口元に手をあてがう。感じすぎて怖い。
「啼けばええ……我慢は体に毒やから」
 赤い印が、ところどころに散っていく。
 ちく、とする。でも、それだけで、
 涼ちゃんは場所を選んでるみたいだった。
 触れられているだけじゃ嫌で、手を伸ばしてみた。
 我ながら大胆すぎて、平静じゃできないことだ。
「やるな……」
 涼ちゃんが、嬉しくて踊りだすんじゃないかと思ったくらい。
 背中を震わせているから、私も返せたらしい。 
 今夜は受身なだけの自分から卒業する。
 積極的に、愛されるだけじゃない、自分からも愛するように。
 涼ちゃんは今までで一番いじわるで、多分これからも
 いじわるなんじゃないのかしら。
 それでも優しさの上のいじわるだから、安心して任せられる。
 一緒に行こう?
 私が上げる声に彼も興奮して感じてくれているのなら、
 満ち足りた気持ちが膨らむ。
 やっぱり恥ずかしいけど、幸せな気持ちが大きいから
 この時だけはどんな自分も見せてもいいの。
 ……後でちゃんと言おう。
 う、でも調子に乗って意地悪されちゃうかな。
 でもほんとうの意地悪じゃないし。
 朦朧とする意識の中で、クライマックスへと向かう。
 導かれた先で何もかも真っ白になる。
 痺れた手足を投げ出す。
「愛してる……菫子」
「……っ……涼ちゃ……あいしてる!」
 枯れた声で互いの名前を愛の言葉を叫んだ。
 くっついて溶けてしまえればいいって、いつも思う。
 強く腕を絡ませあって登りつめた。

 ちゃぷ。お湯を溜めたバスタブの中で向かい合う。
 花の香り。
 テーブルのポインセチアを勿体無いかもと気が引けつつ浮かべた。
 アルコールには酔うことなく、お互いに酔った。
 もう次の日です。クリスマス。
「涼ちゃん」
「何や、菫子」
「何でもない」
 なんか、温かくって、ほわほわした気分だった。
 疲労感より、充足感がある。
「すごい奉仕精神やったな」
 にんまり笑われ、耳まで真っ赤にしながらぼそぼそと言った。
「…… 私だって何かしたかったの。
 涼ちゃんの全部から、愛しているって伝わってくるから、
 私も伝えなきゃって。だから、頑張る」
 言っちゃった。
「それって殺し文句やで。菫子は天然タラシ決定」
「何それ」
 タラシじゃないわよ。
 ありのままの想いを伝えたに過ぎないわ。
 ふふ。なんかすっきりした。
 笑ってお湯をかけるとかけ返される。
 ばしゃばしゃ。子供みたいにはしゃいで、笑って。
「ああ、もう大好きや」
「りょ、涼ちゃん!?」
 いきなりきつく抱きしめたられたから、腕の中でもがいた。
 苦しいってば! いちゃいちゃしすぎじゃないの!
 しょうがないから許してあげるわなんて、
内心では高飛車な発言をしながら動揺を黙らせる。
また鼓動が早まっていた。
 しばらく、ばくばくする心臓を宥めた後、
 涼ちゃんの耳元に、小さく呟いた。 
「うん、私も大好きよ、涼ちゃん」
 ゆっくりと、自然に唇を重ねた。
 メリークリスマスって呟きながら。
           

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