15-2 Honey



テーブルの上にグラスを置いて窓の外を見上げている。
「今夜は月が綺麗かな」
「一緒に見よう」
 唇が重なる。
 背中で髪が解かれた。
 ベッドが視界に入らないのか、そのままもつれ合うように床に倒れこんだ。
 角度を変えてキスが降り注ぐ。
 床に横たわっているので、衣擦れの音が耳につく。
 舌が、絡んだキスに息が乱れる。
 火がついた体が、熱さで汗ばんでいくのが分かった。
「……っ……焦らないで」
 訴えるけど、乱暴なキスは急かしているようで体が勝手に反応する。
 何故と思うけれど、じわりと潤んだのを感じた。
 とっくに欲情している。本能を掻き立てられて、女として目覚める。
 心と体を震わせるキスだ。
 縺れ合わせて吸い上げる。
 視界に炎が揺らぐ。
 床に投げ出した手が震えている。
 耳朶を噛まれて、しびれが走った。
 覆い被さりながらも体重をかけないように気を遣ってくれている。
「菫子……小さいなあ」
「……涼ちゃんが大きいのよ」
 荒い息の中で、他愛もない言葉を交わす。
 生地の上から、胸の頂きを擦られて、呻いた。
「ここは、大きいけど」
「やらしいのよ……」
「菫子以外には欲情せえへん言うてるやろ」
 生地越しに触れたキスのせいで、欲望の箍が外れた。
 涼の頭を掻き抱いて押しつける。
 積極的になっている自分を止めようとも思わない。
「……ベッドで愛して」
 かすれた声は、聞き届けられ、すっと横抱きにされた。
 すぐ隣にあるベッドに横たえられ、見下ろされる。
 長く繊細な指が唇の中に侵入し、縦横無尽に口腔を探る。
 試しに含んで吸ってみたら、涼が狂おしそうな表情をした。
 噛んで、吸い上げる。
 相手を感じさせているはずなのに、自分も煽られている。
「……熱い」
 引き抜いた指を舐め、舌舐めずりした涼の眼差しはエロティックと表現するにふさわしかった。
「涼ちゃん……」
 ぞくりとした。魅入られ、捕らわれる。
 獲物を捕らえた瞳に、丸ごと奪われる予感に打ち震えた。
「抱けば抱くほどに夢中になる。
 もう、菫子以外見えへんのや……」
「知ってるわよ……わ……私もだもん」
「もう一回言って」
 尻すぼみになった最後の言葉を耳元で囁かれた声で引き出された。
「涼ちゃん以外視界に映らないって言ってるでしょ!」
 やけ気味に言うとご褒美なのか、キスが、贈られた。
 1、2、3回、全部違うキス。
 うっとりと受け止めて、見つめた。
 涙で滲んだ視界に、愛おしい人が見える。
 腕を持ち上げて、涼の動きを手伝う。
 下着の上は、するりと外され、床に放り投げられる。
 カーテンの隙間から洩れた月が肌を照らしている。
 涼ももどかしそうに、自分の衣服の上を脱いで、再び折り重なった。
「……やば。獣に変身してしまうわ」
「いつもでしょ」
「今日は月夜やで」
「……気狂い?」
「朝まで、狂おうや」
 涼の宣言と共に、首筋に指と唇が触れる。
 刺すような痛みが、変化する。
 肌に華が咲いていく。
 身をくねらせて、声を上げて、反応を返した。
 指を噛んで、官能を押し流す。
 愛撫をしながら、菫子の仕草を見ていた涼が、指を外させて代わりに唇を合わせた。
 ふくらみを指先で弄られ揺れて弾む。
 踊っているみたいで、変だ。
 肌がシーツに擦れて、立てる音は浜辺の砂のよう。
「っ………や……あ」
 柔らかな肌の谷間に落とされたキスが、じらしながら動く。
 赤く色づいた部分を含まれて、甲高く啼いた。
 唇の中に含まれたままに、指は肌をさまよい始める。
 腹部、足、つま先まで撫でられて、ぞわぞわと肌が騒ぎだす。
 リップノイズと共に離れた唇も指と同じ軌跡をたどる。
「……優しい狼やろ」
「無理して自制しなくていいのに」
 枯れた声で言うと、涼が笑った。
「無駄に挑発すんな。己の限界を確かめたいだけや」
 堪えているのが分かる声。
 腹部に感じる熱い感触。
 ジーンズの上から破裂しそうな欲望が、菫子を欲しがっている。
「焦らしすぎないで。涼ちゃんの本気はこんなものじゃないでしょ」
 挑発的な眼差しで見つめたら、息を飲む音がした。
 月の引力によって波も満ち引きを繰り返すように、
 月の魔力に導かれて、獣になる。
 それも悪くない。誘惑なんて上手くできないけれど。
「……しゃあないな」
 触れられる度疼く。
 彼を引き寄せて閉じ込めたい。
 熱くて溶けだしそう。
 唇が、離れないそこに意識が集中する。
 暴かれていくことは、怖いけれど、それ以上に涼を知ることが、何よりの幸せ。
 本気を見せつけられたら、本気を返すしかない。
 そう考えた時思考が、淡く濁った。 


「っ……」
 押しつけられているそれに、びくっとした。準備は整えられている。
 こんな体勢、信じられないと羞恥心があるのに、
 好奇心から、抵抗する気なんて浮かばなかった。
 後ろから擦られ、声を上げてしまった。
「……今日はほんまに獣やな」
 頭上から聞こえる声。
「り……りょ、うちゃん」
 音を立てて、押し入ってくる質量。
 自分の中で感じた彼は、全部を満たしていた。
 静止した後、リズムを合わせて、踏みしめるように階段を上がっていく。
 一度、登りつめた後、ベッドに仰向けにされた。
 スムーズに次の準備を終えた涼が、入ってくる。
 繋がった悦びで涙がこぼれた。
 ゆるやかな波を漂って、波打ち際に投げだされた瞬間の
 相手の表情がお互いの心に焼きついた。



「涼ちゃん……」
 微笑んで、背中を撫でる。
 広い背中は、菫子をすっぽりと隠すことができるのだ。
 手を当てて寄り添って温もりに浸る。
 先に目覚めてしまうとは思わなかったけれど、
 その分、眠っている涼を堪能できるのだ。
「……こんな風に私が寝ちゃっている時に写真撮ったのよね」
 思い出せば、憎々しい気分になる。
 散々しまえと訴えたら、ベッドサイドの引きだしに入れてくれたのだが、捨ててくれることはなかった。
   あの恥ずかしい写真に限らず、菫子の写真は増え続けている。
 涼の写真も菫子が持っているのでお互い様だ。
 写真は二人で撮ったものは少ないが、プリクラはいっぱい撮った。
 文字で遊んだりできて面白いので菫子は気に入っている。
 先ほど開けて閉じていない引き出しから、プリクラが覗いている。
「……ハニーとダーリンか」
 手のひらに置いた一枚のプリクラは、手を繋いでいる二人が映っている。
 菫子の方にハニー、涼の方にダーリンと文字が書かれたこのプリクラは、夏ごろに撮ったものだ。
 ハニーもダーリンも愛しい人への呼び名。
 甘くこそばゆくて、蜜月そのものだ。
 その日のデートの後は、照れと羞恥に襲われ穴に潜りたくなった。
 伊織とも一度撮ったことがあったが、あの伊織が、
 照れまくってしまい、結局勝手にフレームを選ばれてしまったのを思い出す。
 困った顔の彼女は可愛らしくて、それ故に貴重だった。
 ベッドにうつ伏せて、色々回想していると熱が逃げていく気がした。
 気がしただけで情熱の名残は、くすぶり続けているけれど、
 気づかない振りをしてやり過ごすしかない。
「だって……もう」
 数を口にするのは躊躇した。
「もう?」
「わあっ」
 大げさに飛びのいた菫子は、力強い腕に引き寄せられた。
 抱えあげられ、涼が下にいる体勢になる。
 溢れる滴を絡めるように、彼のソレが触れた。
「菫子も、無理すんな」
「っ……エロエロ」
 なぞる動きに、荒い息を吐き出す。
「褒め言葉でええの?」
 涼がいきなり入りこんできたので、背を反らした。
「……ええ反応」
 菫子が独り過去の思い出を回想している隙に準備を終えていたらしい。
 肌に触れる指が、卑猥に動く。
「……ま、まっ……て」
 奥を目指そうとしている涼自身を押しとどめるように身体を固くする。
「準備万端のくせしてよう言うわ」
 それも、無駄な抵抗だった。
 菫子も自覚していることをわざわざ口にして、逃げ道を塞ぐ。
 潤滑材となって、涼の動きを滑らかにしていることを教えた。
 ごくん、と息をのみこむ。もはや、抗うことなど無意味だ。
 彼を深く感じられて、自分自身も感じさせられるよう動けばいい。
 考えるというより、心で感じるままに。
 リズムは掴めているのだろうか。
 上下に揺れるしかできない。
 涼は、もっと上手に菫子を波に乗せてくれるのに。
「大丈夫……」
 泣きそうになるくらい優しい調子で言われ、胸が高鳴った。
 緩く笑って、涼の手を握る。
 いつも最後は、彼が菫子の望む世界へと連れて行ってくれる。
 世界を染め上げるのはお互いの姿だけ。
 そして、波にのまれて、魂までもひとつになった。


「寝坊しすぎた……!」
 携帯で昼だというのを知り愕然とする。
「今日、半年記念やろ。とりあえず菫子の願いは、叶えたと」
「う……まあ、前夜から朝まで過ごしているわけだしね」
「夜までずっと一緒にいれるんやから、まだまだいちゃいちゃしよ」
「……あはは」
 笑ってしまう。
 腕枕は心地よくて身を預けていると、眠りに誘われるようだ。
 おまけに、髪も梳かれているのだから眠っていいといいのだと判断した。
こうしているだけでもいちゃいちゃなのだ。
「……いちゃいちゃするのは夢の中でいいよね」
 告げて、涼の胸にしがみついた。
 固く抱き寄せられて、笑みを浮かべる。
「俺も寝よ」
 頬にキスを落とされ、眠りに誘われていった。

 起きた時は既に午後三時を過ぎていて、遅めの昼食を兼ねてホットケーキを焼いた。
 バターを乗せて蜂蜜をかけた濃厚なやつだ。
「あーんして」
 口の前にはフォークを突き刺したホットケーキ。
 小さく口を開けると無造作に放り込まれた。
「……自分で食べるのに」
 もごもごと咀嚼して飲みこんだ後、涼を恨めしげに見つめた。
「まあまあ。こんなべたべたなのも大切なんやから」
 意味不明だが、許すとしよう。
 記念日というものをことごとく大事にしてくれるマメさにも惚れ直したのだから。
 半年を越えて、これからも色んな特別な日を重ねていくのだろう。
「はい、涼ちゃんも、あーん」
 涼の口元に持っていくとあんぐりと大口が開いた。
「……うまっ」
 嬉しくて仕方がないという風に微笑む涼を見ながら、
 ホットケーキを食べると美味しさが何倍にもなる気がした。
「……ありがとう」
 唐突な言葉に涼は首をかしげた。
「何が?」
「プレゼント。ちゃんとお礼言ってなかったよね」
「菫子が喜んでくれたからそれでええんや。  ほんまは強引すぎたかなって思ってたし」
「そんなことないよ」
 ふんわりと微笑んだら、強く抱きしめられた。
 ガタン。
 椅子が軋む。
「……喜んでくれてひと安心や」
 瞳を閉じると、唇が重なる。
「大好きよ……ダーリン」
 自分でも驚くくらい甘い声が出た。
 涼みたく冗談ぶってみたのだが。
「俺もめっちゃ好きや……ハニー」
 視線が絡んだ瞬間、笑い合った。
 あたたかな腕の中にいたい。
 これからもずっと。
 この先の未来は不透明でも、隣りにいるのは涼しか思い浮かばない。
 惹かれて、夢を見て、堕ちた最愛の恋人。



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