KARAKARA(2)



 心の大事な部分から溢れるありったけの想いをぶつける。
「俺を先に好きになってくれたのは菫子や。
 薫と付き合っとったのに、いつの間にやら菫子が頭から離れんようなって
 結果的にあいつを傷つけた。けどな、もう同じ間違いはしたくない。
 弱いところも全部、含めて菫子なんやから、
 二度と、卑屈な自己完結は許さへんで。な」
 菫子は変わらなくてもいい。
 生半可な気持ちで言っているわけじゃない。
「分かった……」
 菫子の手のひらにカップを握らせて、離れる。
 カップの中身を飲み干した彼女は、表情を和ませた。
「菫子は俺のこと好き? 」
「好き」
「それは、友達として? 」
 菫子は、ゆっくりと深呼吸して、口を開いた。
「男の人として好き。大好き」
 澄んだまなざしと強い口調。
「……ありがとう。めっちゃ幸せ」
 自惚れていたわけではなかったが、正直ほっとした。
 顔にも出てしまったかも。
 菫子も、砕けた笑みを浮かべている。
「だったらな、俺らちゃんと恋人同士になろ」
 友達と恋人の一線を踏み越える分かりやすい方法。
「キスくらいじゃ、友達を抜け出せんかったみたいやし?
 恋人同士が想いを伝い合うにはどうすればええか知っとる? 」
 わざとらしく軽く言う。あまりにお固く言っても
 不安がらせるだけだと思った。
 気持ちが一つになって初めて求め合える。
「知ってるけど、どうすればいいのかは分からないわ。
 涼ちゃんが、教えてくれる? 」
 本気で、腰が砕けるほど、体中の血が沸き立った。
 無邪気に、何て事を言うんだろう。もう、止まれない。
 菫子の体を横抱きにする。想像以上に華奢で驚く。
 それでも抱き心地は悪くない。ふんわりと柔らかいマシュマロのようだ。
「あ……涼ちゃ……」
 リモコンで、部屋の照明を落として、そっとベッドに菫子を横たえる。
 中腰になった体勢で、下になった彼女を見つめた。
「菫子……好きや」
 軽く唇を合わせる。
「ん……」
 ただたどしく返してくる口づけが愛しい。
 小鳥がさえずる微かな余韻のキスを繰り返す。
 お互いの息づかいと、衣服がシーツに擦れる音は、無音の部屋でリアルに響いた。
 壁時計なんて無粋なものなくてよかった。
 舌で唇をなぞり、隙間から侵入させる。
「ん……っふ」
 口内を探って、舌を吸い上げ、絡め合わせた。
 舌先で触れ合っていると、橋がかかる。
 吐息と喘ぎとが、紡ぎだされて、雰囲気が盛り上がる。
 頬を薄い朱色に染めて、夢中で口づけに応える彼女は、いじらしい。
 唇を離すと、小さく唸る声がした。
 くすくすと忍び笑って、頬、額、耳の裏、首筋をかすめるように啄ばむ。
「や……くすぐったい」
 菫子は、楽しげに笑いながら、身をよじっていた。
 視線が合うと、お互い笑い合った。
「菫子、めっちゃかわいい」
「……涼ちゃんもかっこいいわ」
 くす、笑って、自然と互いの衣服を脱がせ合う。
 闇の中でも、菫子の肌をしっかりと捉えてしまう自分に苦笑した。
 小さく息を飲んでしまったのも仕方がない。信じられないくらい綺麗だったのだ。
 羞恥に頬を染めながらもこっちを見つめ続けている菫子に、次の愛撫を始めた。
 首筋と鎖骨を舌でなぞって、少し強めに吸い上げる。
 手を伸ばしてきた菫子にはっとする。
 強く掴んで、しばらくした後に離す。驚きに目を瞠っていた。
 耳たぶの辺りを舌で円を描く。歯を立てたら、甘く啼いて微かに背を反らした。
 菫子は、声を抑えようと、手で口を覆っているが、すすり啼くような喘ぎは抑えきれない。
 胸の頂を唇で掬う。極めて慎重に触れていたが、段々と自分でも
 本能のままに愛撫を繰り出し始めていることに気づく。
「……っ……ふ」
 口に含んで、軽く噛んだり、指で弾いてみたりした。
 小柄な割に、豊かなふくらみを頂を指の腹で転がしながらやわやわと
 揉みしだいていたら、菫子は無意識だろうに、両脚を開いた。
 口の端が上がってしまうのを自覚する。
 胸への愛撫をやめないまま、空いている手を移動させる。
 指を両脚の間に差し入れて触れると、びくりと腰が揺れた。
 割れ目に、指を沿わせて、一周して戻す。
 しっとりと湿っていて、指が滑る。
 ぺろ、と周囲を舐めたら、菫子は足を閉じようとした。
「こんな所触らないで……汚いのに! 」
 俺の枕に顔を埋めて、恥じらっている。
「汚くなんてない。菫子の匂いがする」
 顔を埋めて匂いを吸いこみたいくらいだ。
「……だって……」
 困った様子に嗜虐心を煽られて、たまらない。
「何言いたいか、わからへん」
 いつもの、俺のまま言ったら、菫子は唇を尖らせて不満げだ。
「悪いようにはせえへんから。緊張するならずっとしゃべっとこうか? 気も紛れるやろ」
 そう言う自分の顔は相当ワルい顔をしているはずだ。
 可愛がるように苛めたい。菫子がそうさせる。
「……っ……しゃべってもらっても聞こえないもの」
 それどころではないんだろう。
「感じてるからやろ? 俺のせいやな」
 舌を絡めたキスをしながら、頂を弾き、割れ目を往復させる。
 菫子は、目を閉じたまま、小さな体をくねらせた。
 背中を抱きしめながら、ゆっくりと覆い被さる。
 決して、押しつぶしてしまわないように。
 ベッドが、二人分の重力で音を立てた。
「菫子……俺がお前を抱きたいのは、愛してるからや。全部そっから来てる」
 愛がなければ、衝動も起きない。心ごと生身の菫子がほしい。
「わかってる……っ……こんな私でよかったら、あげるから涼ちゃんのこともくれる? 」
 潤んだ眼差しで俺を見上げて、腕を指で掴んだ。
 震える声音は、一生懸命伝えようとしているのがわかる。
 この時の、菫子を俺は絶対に忘れない。
 焦がれて夢中になって、まるごと菫子のものになる。
 一瞬破顔して、軽くうなだれてしまった。
「あかん……やっぱかなわんわ。惚れられた時点で勝敗は決まっとったってことか」
「……涼ちゃんを好きになった時点で負けているわよ」
「うわ、喜んでええかわからん」
 複雑すぎる心境だ。
「プラスに考えればいいのよ」
 菫子は、くすっと笑う。素の彼女がそこにいる。
「のせられるのも悪くないか」
 苦笑いを浮かべる。緩慢な動きで、泉の奥に指を入れた。
 じれったくて、我慢できなくなるだろう緩慢な動きばかり繰り返す。 
 わざと動きを止めて、じっとしていたら、
「ん……やめないで」
 うわ言が聞こえた。
 欲しい言葉を聞けた途端心は躍る。調子に乗ってしまいそうだ。
 全身を眺めまわす。キスをし、耳を舌でなぞっても、まだ菫子は意識を保っていた。
 どうにか抑えているという方が正しい。
 達する寸前のしどけない表情に、暴走する欲望が、主張した。
 あらかじめ、用意しておいた物をベッドサイドの抽斗から取り出す。
 口で封を切って咥えて、素早く纏わせ、ベッドに乗り上げる。
 より一層菫子に近づいて、見下ろす。  薄く開いた瞳で、こちらをしっかりと見ていた。
 息を飲む音。
 顔に手が伸びてきて、頬に指先が触れた。
 菫子は、柔らかく微笑む。
「……愛してるわ」
「ああ……愛してる」
 笑み返す。
 体重をかけないよう最大限の注意を払い、肌を触れ合わせた。
 膝を割って、自分の体を滑りこませる。
 薄い膜を纏わせた自身で、菫子の秘所に触れた。奥を目指して。
 背中に、腕が回される。
 それを合図と理解し、一気に膣内を貫いた。
「っ……涼ちゃん……っ」
 動きを止めて、菫子の様子を確かめると、瞳を閉じていた。
 汗で張りついた前髪をよけて、額にキスをする。
 頬や額、顎、首筋までキスの雨を降らせ、ゆっくりと動き始める。
 次第に、痛みより恍惚の表情が表に出てきた。
「あっ……っん」
 出入りする度に、離さまいと絡みつく。女の性<サガ>なのだろう。
 菫子は、身を震わせている。
 瞳に一筋の細い涙を光らせていたから、甘いキスで拭った。
 速度を増すほどに声が、低く変化する。
 背中に立てられた指を意識し、繋がっていることに喜びを覚えた。
 膝をついて、突き上げる。浅くとも、敏感な場所に擦れてひどく感じるはずだ。
 腕を引いて、重なるように肌を合わせた。
 途切れ途切れの声にめまいを覚える。甘い声よりかすれた声の方が、一層色っぽい。 
 背中を爪でひっかかれて、一瞬、顔をしかめてしまう。
 動きを強めて、速度を上げて、揺さぶった。
 足を絡めて、閉じこめられて、大きく、菫子の中で跳ねた。
 手を繋いで引っ張りあげる。
 向かい合って抱きしめあう。
 何度もお互いを呼び愛をささやいた。
「……っ……卑怯や……初めてのくせして」
「な……わかるの? 」
「……きつすぎやから」
 きつすぎて、早々に果ててしまいそうで恐ろしかった。
「分かんない……っ……」
「いずれ、その内わかるようになるって」
「ん……っあ」
 最後に、強く貫いた。
 唸り声も吐息も混ざって、同じ時に意識が光の向こうにとけていった。


「……あどけない寝顔やな」
 目を覚ました時、隣りには、寄り添う小さな生き物がいた。
 あの後、どうにか意識を保って、処理を済ませたのだが、
 疲れていたので、すべてのケアを終えた途端菫子に折り重なるように寝てしまったのだ。
「ん……」
 眠りの淵に落ちている菫子は、とても無防備だ。
 漏れた吐息は甘い余韻を残していて、思わず塞いでしまいたくなったが、
 寝ている女を襲う趣味はないので止めておいた。
 歯止めが利かなくなるのは、目に見えていたからだ。
 自分はよくても菫子がかわいそうだ。
 髪を撫でて寝顔を見つめているのも、また一興というか、
 穏やかな幸せを感じられるではないか。
 こちらに身を預けて、安心しきった表情で眠り続ける菫子の
 頭を撫でて、ベッドから抜け出そうとしたのだが、
 腕が掴まれていた。緩やかだが、力強い。
「……と……菫子? 」
 驚いて菫子を見たらうっすらと目を開いていた。
「……ここにいて」
 甘えっぷりが半端ない。普段もこうだったらいいのに。
「ああ、えっと気持ちは嬉しいんやけど、寧ろ本望なんですが、
 側にいるとまた襲いかかってしまいそうで……」
 あまりにも可愛すぎて小憎らしくて、
 手を出さずにいられた今までの俺の理性に乾杯。
「え……っ! 」
 その途端すさまじい勢いで手を離されて大ショック。
「……頭を冷やしがてらシャワー浴びてくるわ。
 菫子も俺が終わったら、使って」
「ありがと……行ってらっしゃい」
「行ってきまーす……こっち見ん方がええで」
 ベッドを抜け出した時、横から悲鳴が聞こえた。
「……きゃああっ」
 やっぱり明るい場所では駄目か。
 慣れていないのだから仕方がない。
 今までいっぱい色々すごいことしたというのに。
 ちら、と振り返ればシーツに潜り込んでいる塊が見えた。
 それを横目に、そそくさと準備を始める。
 部屋の隅にあるクローゼットから、上下のパジャマを取り出して
 胸に抱えると、浴室へ向かった。
 いちご柄のパジャマ。例のアレを用意した日に、これも買っておいた。
 着ている姿が見たい。絶対似合うはず。その先の妄想は、置いておくとして。


 シャワーを終えて戻ると、菫子は窓辺に佇んでいた。
 窓を隙間程度開けている。寒くはないのだろうか。
「上がったで」
「……うん」
 上の空っぽい。
「すーみれ」
「は……い? 」
「漢字が菫やから、すみれ。折角やから愛称つけてみようかと」
 恋人になってから呼ぼうと取っておいた呼び方だ。
「……そう」
「熱いのもわかるけど、温度差で風邪ひくで」
 微笑みを向けて、窓を閉めた。
(まだ火照りは冷めてないやろ? )
 移動しようとしていた菫子を後ろから抱きしめた。
 違う体温。けれど同じ時を分け合うことができる。
 腕の中の檻で、小さな体を包みこんで、しみじみ呟いていた。
「愛ってええな」
 実感していたのだ。
「……そうね」
「気がない返事やな……苛めたくなるやんか」
 びくっとした菫子は、慌てて腕から抜け出した。
 小さいと動きも軽いのだ。
 浴室へと向かう菫子に、告げる。
「パジャマ置いといたから」
「……用意周到よね」
 信じられない。
 ぼそっと言われた言葉も耳に届く。
 呆れられたが、もしもの時の為の準備はいつだって必要だから気にしない。
「これからは、遠慮せずに向かっていくから、覚悟しろや」
 強気な台詞を独り呟いて窓の外の空を見上げた。


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