「身体の奥で、あなたとひとつになりたい」
 口の中から指が消えた。
 糸を引いている指先をぺろりと舐めた彼はこちらに視線を向ける。 
 口でする愛撫ではなく、混ざり合いたい。
 精一杯の思いを込めて伝えた私は、彼の眼差しに射抜かれる。
 無遠慮な手が、バスローブを割ってきた。
 肌に触れる手は、冷たいようで熱を帯びていて、
 揺すられ、同時に固くなった頂きを擦られ、めまいがしてきた。
 掴まれた肩。テーブルに置いた左手が震えている。
 長身の彼は、身を折るように、影をかぶせて、唇を重ねる。
 少し上向けの体勢で受け入れながら、キスを返す。
 軽く響いていたリップノイズは、次第に水音が生じる激しいものになる。
 ほのかに混じるお酒の香り。
 青とのキスに酔って夢中になって、時間なんて忘れてしまう。
  指先から、手のひら全体、触れ方を変化させている愛撫に、息もできなくなる。
 唇が離れて、彼が、ふいに漏らした。
「柔らかくて、心地いい。形が丸く整っている理想的な乳房だ」
「うう……きっと普通に口に出せるのは職業柄ね」
「生殖器と生殖器を交接させて、成り立つのが性行為だ。
 人間にとって太古の昔から行われていた原始的な行為だろう。
 別にやらしいことではないんだ。
 動物と違うのは理性で本能を制御できることかな」
わかりやすく、説得力がある。
 私は、ごくんとつばを飲んだ。
「なるほど。仰るとおりです、先生」
「医学的に説明しているわけじゃないがな。
 要するに、入りたい。挿れたい。放ちたいってことだよ」
「元も子もないんだけど。感動を返してよー」
 あからさまなことを平然と言われ、雰囲気も台無しになる。
 胸元をぽかぽか叩くも効果はない。
「大胆に言ってほしいな。俺を受け止めたいって」
 するりと横抱きにされると、もう彼の意のままにされて構わないとさえ思う。
 首に頭をうずめて、肩を掴む。
 視界が揺れても大きな体に安心感を与えられる。
 たどり着いた先で、優しく横たえられると思っていた私は、
 思わぬ乱暴なふるまいに、驚いて彼を見上げた。
 押し倒された上に、彼の身体で羽交い締めにされたのだ。
 焦らすことなく、ローブの紐が解かれる。
 彼は、立ち上がった頂に顔を埋めた。貪るように舌が絡む。
ふくらみを覆う大きな手が、形を変えるほどに大きく胸を揉んだ。
「っ……は……だ、だめ」
「膝を立てて誘っているくせに、よく言うよ。
 意地を張ってても、素直なんだからな」
 無意識で立てていた膝を彼は、手のひらで強く押さえつけ、身体を割りこませた。
 生地越しにも、興奮が伝わってきて思わずうめいた。
 手で口元を覆う。
「散々焦らされて、限界かな」
「ん……っあ」
 舌の割れ目で頂きがなぶられた。
 甘く噛んでは離される。
 彼の唾液でふくらみは濡れて、奥もじゅく、と潤っているだろう。
 太ももが、秘所に触れてくる。
 彼自身は中へ入らないまま腰を前後された。
 私のバスローブは肌蹴け、彼はきっちり着込んだ状態だ。
 焦れったくて唇を噛む。物欲しげな顔になっていたら、嫌だな。
 ぶるり、と震えて慌てて、広い背中にしがみついた。
「清純なお前が快楽に導かれていく姿は、俺だけが見られるんだな」
「あ、当たり前じゃない……っ」
 たまらなくなって、自ら唇を重ねた。  彼から反撃される前に、舌を吸い上げる。
 やっぱり酔っているのかな。
 名残惜しくも唇を離すと唾液が、顎からこぼれた。
「愛しているよ、沙矢」
 彼の言葉には真摯な響きだけが込められていた。
 迷いもなく、伝えてくれる。
「ん。愛しているわ……っあ」
 耳たぶに歯が立てられ、生地越しに突き上げられただけで、深く沈んだ。
 意識が、遠のいてしまう。悦楽の頂点。

 海の底、光を求めて手を伸ばしていたら強い腕に掴み上げられる。
「……イク瞬間の顔が綺麗だ。狂いそうになるくらい。
 実は、初めての夜からそう思っていたよ」
「な、綺麗……じゃないわよ……」
 自分ではわからないけど、とんでもない醜態を晒しているはずだ。
 口を開けたまま、呆けた表情の自分を描いて、うなだれてしまう。
その瞬間、顎(あご)を指で拭われた。まさかと思う。
 恥ずかしいことを平気でするんだから。
「馬鹿だな。男は何もかも晒して無防備になった姿に、そそられるんだぜ」
 呟きながら頂きを噛まれ、吸われる。きゅん、と奥がうずいた気がした。
 首に腕を絡めて、見上げる。
 彼は余裕たっぷりなんだろうけど、私には余裕なんてまったくない。
 息は整ってきたけど、視界はじわりと潤んでいる。
「青……青っ」
 背中の皮膚を指先で掴んだ。短く整えた爪だけど逆に食い込んでしまうかも。
 引き寄せられたみたいに、彼が、中に入ってくる。
 一瞬、苦しげに低く呻いたのが聞こえた。
 それでも、ほっとしたように、微笑むから、微笑み返した。
 じんわり、瞳の端に雫がたまっている。
 痕を残しながら、すべてを自分のものにする。
 はじめから、痛みよりも強い快楽があった。
 確かに、シーツには赤い染みが残っていたが、
彼が残したのだと思えば嬉しかったのだ。
「んん……っ……来てっ」
 皮膚を掴むと、汗で滑った。
 彼がもっと近づく気がして、自ら腰を揺らし、舌を絡めた。
「可愛いおねだりされると後が、どうなるかわからないぞ」
「いいの……っ……」
「つけていようが、そんなに変わらないだろう? 」
 彼と直に感じ合いたくて、飲んできた薬。
 併用するのも正解なんだと思う。
改めて問われると頷くしかない。
 直に繋がったのは一度きりだけど、
 彼は快楽以上のものを与えてくれるから関係ない。
「うん……」
「拘らなくても、心が繋がっているんだ。
 いや、ずっと前から繋がっていたことに
気づかない振りをしていただけだな。
 これからも薬は飲み続けたいのか? 」
「……、青が駄目ならやめるわ」
 彼は繋がったまま動きを止めて、私の頬を撫でる。
「お前の気持ちは、どうなんだ?
俺は、少しでも無理をするべきではないと思うよ。
 避妊具は身体に何の支障もないが、お前が飲んでいる薬は、
 合わなかったら副作用が起きる場合もあるし、負担も大きい。
 今は、大丈夫でも将来的に何かあったら、といつも不安に駆られてる」
 私の中で、彼の欲望が、震えた。これは青自身の震えではないかと感じた。
「たとえ沙矢が20歳になっていてもだ。
 俺からは決して飲めと強いることはないし。
 結婚してから、子供を作る時に、避妊具なしで
  したほうが、後々の喜びが大きいだろ」
 つけないでってわがまま言えるかなって思ったけど、
 なんて、甘えた考えだったんだろう。
 彼は、飲み始めたその日から私を諭してきた。
「うん……。つけててもあなたを決して遠くに感じないもの。
 本当、私ってヤらしい……ん……急に動かないでっ」
 突かれた奥。いつも思うけど、
最後に放たれる熱を直接受け止められないだけで、変わらない。
 心の距離が近いんだもの。
 生理的な涙と、感情があふれた涙がとまらない。
「ヤらしいって、今頃気づいたのか? 」
「ひ、ひどい」
「褒め言葉だ。お前が、俺を意地悪だと言うのと同じようにな」
「……ああ言ったらこう言うのね」
「可愛くなくて結構だよ」
 吐き捨てた青が、ゆっくりと腰を動かす。
 ぬかるんだ蕾も指先で押されて、悲鳴をあげそうになった。
 避妊具越しでも、熱は感じるし、肌から溢れる雫は絡み合ってる。
 二人が奏でる水音が、聞こえる。
「キスして……っ」
 心も身体も高ぶって、真っ白な世界が徐々に近づいてくる。
 すべてを手放す前に、もっと感じ合いたい。
 私がしたのとは違い、彼からのキスは、もっと激しくて切ない。
 首筋を伝う雫を構うことなく舌を吸い絡め合わせた。
「愛してる……これからもお前しかいない」
 狂おしい声で彼が言い、胸の頂きを食んだ。
 泣きたくなるほどの愛しさをありがとう。
 伝えたくても、もう、意識が保てなかった。
 別々の肌の温度を分けあいながら、ほとんど同時に夢の中へ堕ちた。
 そのことを知ったのは、目を閉じる瞬間に彼が覆いかぶさってきたからだ。

「きゃっ……な、何で触ってるの? 」
「触りたいから」
 目を覚ました時、背中越しに彼に胸を揉まれていた。
 また、快感が胸を襲い、甘い息が鼻から抜けそうになる。
 しれっと言い放った彼は私を抱き起こし、頂きを吸い上げた。
 舌で掬っては口の中で転がす。微妙に動きを変えられたまらなくなった。
 彼はその身体で私の身体を縛りつけていて離れられない。
「……はあ……んっ」
 ぴん、と弾かれ指の間で摘まれる。
 びくんびくん。波打つ身体は、何度も昇り詰めた後だからか、
 更に敏感になっていて、思わず彼の頭を胸のふくらみに押しつけた。
「も、だめ……なの……! 」
「やってることと言っていることがまるで逆だが」
 そんな所でしゃべらないで!
「っあ……! 」
 吸い上げられ、雫をなすり付けられる。
 自分の唾液でべたべたのそこを彼は、何度も揉みしだく。
はあ、はあと荒い息を紡ぐ私の耳元にささやきが降り注ぐ。
「イケよ……」
 彼の声が胸元で聞こえ、私は次の瞬間高らかな声を上げた。
 微妙な強弱をつけて噛まれて首をのけぞらせる。
 腕にしがみついて、見上げる。
 降り注ぐ視線は、あの頃以上にやさしい。
「青のエッチ……そんなに胸が大好きなのね」
 ぼそっとつぶやいたら、彼が、喉を鳴らして笑う。
「胸だけじゃなくて、全部愛しているから心配するな」
 少し冷えた指が、秘所を弄る。
 急激に訪れた刺激に息を詰めた。
「俺を存分に食わしてやっただろ」
「その言い方……」
 うう。言葉数は決して多くないのに、
 頭の回転がやたら早いからか饒舌だ。到底かなわない。
 パジャマをはだけほとんど裸の私に対し、
しっかりパジャマを着込んでいるのが憎たらしい。
 涼し気な表情で、疲れている風情は感じられない。
 彼だって、仕事が終わった後のはず。
 なのに、何故こうも元気なのか。
 時計の針は0時を回ったところだ。
「沙矢に癒やされて俺は毎日頑張れるんだな」
「しみじみ言うのね……」
 彼の活力源になれているの?
  私もきっと綺麗と元気の素だわ。
 特に抱き合った翌朝は肌も潤っていて、お化粧のノリもいい。
 ごにょごにょと口の中に言葉を残した私は、青が、
 ベッドの引き出しから何かを取り出すのを見た。
 




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