お留守番  



  「え、今、なにか言った? 」
「さあな」
「んもう、教えてくれないなんて意地悪」
 かちゃかちゃとシートベルトを締めながら、むっつりとした様子だ。
「今日は、子供の頃以来のお留守番というものを頑張ってみたんだ」
「あ、お留守番ってかわいい」
「ご褒美をおねだりしようかな、さーやに」
「何でも言って! あ、ケーキのお土産(みやげ)以外で。バイキングは持ち帰れないから」
 見当違いな方向で申し訳なさそうにするから、おかしい。
「とっておきのスイーツなら、今俺の目の前にあるから、それでいい」
「っ……ふっ」
 肩を掴み、唇を奪う。
 大きく見開いた瞳が、ぱちぱちとまばたきする。
 文句のつけようがなく可愛くて美しい。
 息を吸う合間に何度も口づけた。
 決して濃厚なものではないが、二人の熱が高ぶるのは時間の問題だった。
 もっと、キスをしていたい。
「甘いな……」
「ケーキ食べたからかしら」
「お前の唇そのものが甘いんだよ」
 腕の中に拘束した身体が、びくんと震えた。
 これ以上は危険だと、知らせる合図のようで俺は何事もなかったかのように頭を切り替える。
 ギアに手を置き、発進の準備を整えた。
 ぼうっとしているのか、沙矢は何も言わない。
「続きは帰ってじっくり楽しもう。お前にもご褒美やるよ」
 さっきの言葉を教えると理解したのだろう。
 嬉々とした様子で、彼女がこちらを振り向いたのが分かった。
「ご褒美楽しみ」
 その前に存分に頂かれるのはお前だがな。
 心のなかで嗤(わら)いながら、ハンドルを切った。
 帰り着いた部屋で、彼女が感嘆の声をあげて、俺に微笑んだ。
「青、お掃除してくれたのね。ありがとう」
 軽やかな声が響いて、踵が浮いた。
 しなやかな腕が巻きつき、俺の首筋に絡められた。
 不意打ちで抱きつかれ面食らってしまった。
 キスの時、目を瞠った彼女よりも驚いていたかもしれない。
「沙矢」
 頭を撫で、艶やかな髪を撫でる。
 頭に触れても子供扱いだと、彼女は怒ったりはしない。
 俺を信頼して、すぐに意のままになってしまう。
「俺がお前を翻弄してるんじゃなく、
 お前が俺を翻弄してるんだよ。
 触れたい、口づけたい、抱きたい。
 理性で押し殺せる感情が、お前には役に立たないんだ、沙矢」
「怖いくらい、真剣な目で見るのね」
 小さな手が頬に伸びる。
 俺は大きな瞳に吸い込まれそうになった。
「どこで、愛しあおうか」
 耳元に吐息を吹きかけたら、背中から震えた。
「……声と目だけで心臓がどうにかなりそう」
 切ない表情でか細い声で彼女はつぶやいた。
 まるで泣いているように。
 背中を強く、抱きしめる。
 そっと触れた後、掻き抱いた。
「これから、あなたと甘い時間を過ごせるのね」
 今日の彼女は、可愛らしさと艶やかさが同居しているようだ。
 抱きあげるのではなく、手を繋いで、寝室へと向かった。
 それが相応しいと思ったからだ。
 ベッドの上に二人で座る。
 キスをしながらシーツの上に倒れこんだ。
「もう、待ってやらない」
「っ……」
 息を飲んでいた。
 反応がいつも面白くて、調子に乗ってしまう。
 上下しているふくらみに手を押し当てた。
「あ、だめ、そんなに……っ」
 ワンピースの上から、荒々しく揉みしだいた。
 触れていると彼女の息が荒くなり、肌も熱くなるのが分かる。
「どれだけ興奮してるんだ。こんなに硬くして」
「ち、違う……」
 盛り上がった胸の真ん中で存在を主張している乳首を探り当てて笑う。
 つまみあげたら、か細い声で啼き声を上げる。
 膝を立てていたので、身体を割り込ませた。
 組み敷いて、首筋にキスを落とす。
 魅惑的な曲線を撫でながら、時折強めに奏でる。
 甘い声で俺を誘うのは、成熟した大人の女と少女の境にいる美しい存在。
 知り尽くしているはずなのに、触れれば触れるほど深さを知る。
「んん……っあ」
 はだけた素足を視線と指、唇で愛でていく。
 舌でなぞったら、腰を浮かせて反応した。
「綺麗だ……」
 夕食もとらずに、日の陰った部屋で、妖しい行為に没頭する俺たち。
 互いに、目の前の存在しか見えていない。
「俺の服、脱がせろよ」
 きょとんとしたのか、一瞬沈黙があったが、指は素直に動く。
 緩慢な仕草でボタンが外されはだけたシャツを払い落とす。
「……駄目よ、ワイシャツの下にはちゃんと下着を着て」
「雰囲気(ムード)を大事にしろよ」
 真面目に注意され、くすっと笑う。
 ジッパーを下ろし、脱がせたワンピースを床に放る。
「ゆっくり? 」
 顔を赤くしながら、彼女は頭(かぶり)を振った。
 自ら、下着に手をかけようとしたから驚き、手を掴んだ。
「俺はお前を脱がせるのが好きなんだからな」
 女に、これ以上気を使わせるのは野暮だ。
 焦らしすぎたのを反省し、邪魔な下着をいっぺんに取り去った。
 途端に、腕で隠そうとしたから、邪笑してしまう。
 分かっているのに、問いかけるから意地悪いと言われるのだろう。
「何故隠すんだ」
「反射で……」
「ちっとも隠せてないが」
 押し倒し、肌同士でふれあう。
 胸板でこすると乳首は硬さを増していく。
 枕の側に手をついて、身体を上下に動かす。
 狂おしい声を上げた彼女が、背中に腕を、俺の腰に自らの両脚を絡ませる。
「んっ……」
 上唇から下唇を舌ではさみ、ねじ込ませる。
 溶けるくらい、みだらにキスをして熱を上げよう。
 お互いの唾液が、顎から首筋へ滴っている。
「俺はお前が欲しくてたまらない」
 下着越しに突き上げると、くったりと身を沈めた。
 甘い吐息をひとつついて。
 下着まで脱ぎ、避妊の準備を整える。
 相変わらず素直な俺自身は、しっかりと矛先を向けている。
 戻ってきた彼女は、目をうるませていた。
「お前も泣くほど俺がほしいんだな」
「そうよ」
 涙声ですがりつきながら、ねだる。
「抱いて。あなたに狂わせて。待ってくれないとか嘘ばかりね? 」
 聞き取りにくいほどの声だったけれど、耳にしっかり届いた。
 切なさで、身が焦げそうになる。
今日は嘘つきと二度言われたな。
「だから好きにしてるだろ」
「……っ……ああっ」
 ゆっくりと、彼女の中へと欲望を突き入れていく。
 腰を揺らしながら、キスをする。
 一気に搾り取られそうで、呻く。
 指や唇で愛撫しなくても、とっくに濡れそぼっていた場所は、
 難なく俺を飲み込んで、絡めとった。
「っ……あ、だめ」
 真っ赤に色づいているだろう乳首を吸い上げ、唾液で肌を汚す。
 わざと音を立てれば、より感じるようだった。
 蜜が、溢れて、滑りを良くする。
 擦れ合う下半身が、しびれて、身体の奥に火を灯す。
 彼女も腰を揺らし、こちらに応じる。
「ここを同時に、いじると、溢れるの止まらないな」
 乳首と、秘所の蕾を同時に指先で転がしたら、嬌声をあげる。
 ナカで締められると、欲望は爆発へと近づいていく。
 くつくつと喉を鳴らした。
「青はいつでも余裕たっぷりね……」
「楽しいから笑ってるんだよ」
「ドSすぎて性質(たち)が悪いわ」
 悪態をつく唇を激しいキスで塞ぐ。
 彼女の身体を反転させ、繋がったまま馬乗りになった。
 重力に逆らえず下を向く乳房を下から揉みしだく。
 腰の動きもさっきより早くなっていた。
 肌がぶつかり合う音が、弾ける。
「人間らしい欲を隠さない俺たちは美しいだろ」 
 彼女から言葉は返らない。
 声にならない声で、啼くだけ。
「欲しがればいくらでもやる。俺もいただくけどな」
「あっ……んっ」
「この体勢じゃ、お前のイヤらしく悶える顔も見えないけど、たまには新鮮かな」
「な、何言ってるの……ばか」
 顔を上向けた隙に口づける。
「喘ぐ声が好きだよ。可愛くて卑猥で」
 聞きたくて、声を漏らす動きをする。
 出し入れするスピードを緩めたり、いきなり早めたりして
 反応を確かめていると、もう限界が来ているのに気づいた。
「イケよ。俺もすぐにイクから」
「……あああっん! 」
     後ろから貫いて、達したのを見るのはほとんどなかった。
 この体勢を好んでいないからだったけれど。
 臀部を高くあげたまま、上半身を沈ませる格好が、
 あまりにも綺麗だったから、今まで味わわなかったのを少しだけ悔いた。
 見とれて、しばらく彼女の中から抜け出るのを忘れたほどだ。
「本当に俺はお前に夢中だよ」
 我ながら、呆れるくらいに。
 それから、少し眠った後夕食を摂っていなかったことに気づき二人で、笑った。
 はじめての真夜中のディナーは、あまり量が入らなかった。
 飢えを満たした後だからだろう。
「まだ、聞かせてもらってないわよ。ご、ご褒美はあげたでしょ」
 語尾を尻すぼみにし、うつむく姿にしのび笑う。
「お前はほしい時にほしい言葉をくれる……って言ったんだよ」
「そ、そうかな」
「無自覚だからいいんだ」
「夕食は入らなかったが、お前をもう一度食べたい」
「だ、駄目……じゃないわ」
 駄目と言いかけて言い直すなんて新たなパターンだ。
「躊躇ってみせるの可愛いな」
 顔を赤らめている。
 照明の下では表情が隠せなかった。
 抱き上げて、連れて行った浴室(バスルーム)で、
 壁を背に、絡み溶け合った。
 しなやかな両足が俺の腰に絡み、崩れ落ちないように背中を抱く。
 半ば抱え上げて、下から貫いては、深くくちづける。
 欲の証を薄い膜越しに吐き出した瞬間に、意識を飛ばした。
 今日はお互いにタガが外れていた。
 眠りについた後もう一度、抱き合うなんて。
 一糸まとわぬ姿で、無防備に眠る彼女をしばし抱きしめて、恍惚のため息をついた。
「また起きてきたら、恥ずかしそうに笑うのかな」
 その姿も愛しくて、しょうがなかった。



  
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