sinfulrelations


open the newgate-4-



5月半ばの日曜日キッチンではゆったりと時間が流れていた。
あれから一週間が過ぎたけど、
春日部長にどうやり返したのか、青は教えてはくれることはかった。
ただ意味深な微笑みを浮かべ、
『心配するな。もう奴はお前に手出しできないから』と言うだけで。会社に行っても春日部長の姿はなかったから、彼の言葉が全てだったのだろう。
怖くなるから春日部長の今後の行く末は気にしない事に決めた。同情する必要もないのだから。

私を癒してくれたその後で、青がくれた言葉は胸の中に響き、私の中で魔法になった。
死ぬまで永遠に解けない魔法。
言葉と体で包み込み抱きしめたプロポーズ。

青は珍しくコーヒーをお代わりし、私は食べ終わってもテーブルを離れなかった。
彼の仕草を表情を見ていたかった。
向かい側の椅子で頬杖をついて、彼の方を見つめると
私の視線に気付いた彼が微笑みを返す。
静か過ぎる時間を大切に過ごしている。
その時、ふいに彼が立ち上がった。
私は、じっとその様子を見守る。
スローモーション。ゆっくりと彼が、私の側に来て手を握った。
指先を確かめるみたいに、何度も自分の手で触れる。
「青?」
問い掛けても言葉は返らない。
未だ指先に触れたまま動かない。視線も手の平も。
何してるのかといえばまるでサイズを確かめている感じ?
そういえば青から指輪なんて一度ももらったことなかったわ。
ネックレスや髪飾りなんかのアクセサリーはもらったことあるけど、指輪だけはまだもらったことがない。
青なりのポリシーだったの?
「沙矢、もうすぐお前の誕生日だな」
考え事をしていた私ははっとした。
青が私の手を握ったまま、言葉を掛けてきた。
「え?あ、うん」
目を瞬かせ、彼を見つめ返す。
「その日は平日だけど、休みをとって一緒に過ごそうか」
「嬉しい。ありがとう」
バタンと椅子が倒れるのも構わず、私は勢い良く立ち上がり、
青に抱きついた。
青と朝から一緒に過ごせる誕生日なんて初めてだもの。
考えただけでワクワクした。
去年までは夜だけ共に過ごしてたんだね。

「お前、指細いんだな」
改めてそう思った。
青は言葉の最後に呟いた。
「そ、そう?」
「強く握れば折れてしまいそうだ」
そう言いながら、私を抱き返す。
指先を絡め合わせる。
「27日楽しみにしていてくれ」
「ええ、楽しみにしてるわ」
青はそれ以上何も言わなかったから私も聞かない事にした。
だってもう10日ちょっとで誕生日は来るもの。
待ちくたびれるほど遠い日じゃないんだ。
そう思うと知らず笑みが浮かんだ。
気の遠くなるほどの長い時間、私たちは、抱きしめあっていた。

午後から二人で、雑誌に載ってた有名なオープンカフェで、イタリアンなんて
食べて、それから、映画は、以前から青が見たいと言っていたサスペンス物を見た。
ハラハラして息つく暇もないスリリングな展開の連続。
気付けば青の手を握って、肩に寄りかかってた。
そんな私の肩をさりげなく抱いてくれて。
いいの。周りもカップルだらけだったんだから!
いちゃついてるとか気にしなかったわ。
あっという間に時間は流れて、二人でジュエリーショップ
の中にいる。この店の前、駐車スペースがなくて
青、少し不機嫌だった。一旦引き返して、駐車スペースを
探しに行ったものね。無駄足といえば無駄足かもだけど。
10分くらい歩いてまたジュエリーショップへ。
ショーケースに並べられている指輪をじっくり眺めること数分、
青はおもむろに口を開いた。
「ピンクダイヤとブルーダイヤありますか?」
店員さんが驚いたように目を瞠った。
やっぱ、高価なんでしょ?
「ええ……ありますけど」
パンフレットを差し出され、二人して食い入るように見つめる。
「沙矢、どれがいい?」
どれもこれも想像を絶するほど高いんだけど……。
うーー青って一体!?
「え、えーと何だかすごい高くて、気が引けちゃう」
背伸びしてボソボソと青の耳元で囁く。
「気にしなくていい。俺が買うと言ってるんだから。
買えない物を無理して買おうと思わないし」
そ、そうよね。でも。
「もしかして俗に言う給料の3ヶ月分?」
「いや、1ヶ月分だ」
お前の分だけで。
そ、そう。
普通の人の三ヶ月分くらいじゃないの?
春日部長もこれくらいもらってたのかしら。
どうでもいいけど。
青、医師免許も持ってるのよね。
仕事は違うけど。
「じゃあこれ」
私は薄い色のピンクのダイヤのリングを指差した。
「あら?青はブルーよね」
「選んでくれる?」
にっこりと微笑まれ、私はドキドキした。
いい加減、バカップルになってきてる自覚はある。
「あ、これなんてどう?」
「じゃあこれにするよ」
濃い色のブルーダイヤのリング。
何だかとても青に似合いそうな気がした。

金額のこと気にしすぎかもしれないけど、
二人分の指輪の値段ってとっくに三桁いってるし。
「親父の所にいればこんなの余裕で買えるんだろうが」
家業を継ぐつもりなかったから。
「お父さん、嫌いなの?」
「そういうわけではないが、苦手かもしれないな」
そんな会話を交わし、私達はお店を出た。
名前を入れてもらって出来上がるのは一週間くらいらしいんだけど、
27日に受け取りに来るとの旨を伝え、少し預かってもらうことにした。
青が注文書にサインをしている時、私の文字とは全然違う大人の字だと感動していた。

27日、約束どおり休みを取った。
偶然、金曜日だったので三日連続で一緒に過ごせるということになる。
青が私を慰めて癒してくれた日以来、抱かれてない。
二人ともそういう素振りは見せなかったし、言葉もなかった。
一緒に暮らしだしてからは、久々だった。
週1、2度は必ず愛し合ってた私と青なのに、不思議な感じがした。
勇気を振り絞って隣に横たわる青に話しかける。
理由があるのかな。私は嫌な気持ちはないし。
「青、そういえばあの日から抱いてくれないね」
「よほど俺の体が恋しいか?」
「体なんて言い方しないで。意地悪」
「意地悪?よく言われるなあ」
ニヤリ笑う青。でも嫌な笑い方じゃない。
「何か寂しい」
ぽつりと呟いて肩にしがみつく。
「お前が誘ってくれてたら……いやいや俺の決意が」
何、葛藤してるの?
「青……?」
「入籍するまで沙矢断ちするって決めてたんだよ。
妻になったお前を思いっきり愛したいから」
「せ、青、あの、今まで何度もしてるでしょ?」
「お前も直接的に言うようになったよな」
「う……青こそ何よ。沙矢断ちって失礼ね!」
「……まあそういうことだったということで」
あ、過去形。今日、27日だもんね。
「機嫌直せ。今日の夜から新しい俺達の始まりだろ?」
青が柔らかく笑った。
そっかあ。夫婦になるんだ。
「入籍届け出さなきゃね」
すごい嬉しくて声が弾んでしまう。
青が立ち上がり、どこかへ歩いてゆく。
「起きるの?」
抱き合ったりしてなくても、休みの日は目覚めた後も
こうやってベッドの上で語り合うのが常の私達だ。
お互いに寄り添ってるだけで幸せだったりするしね。
クスっと微笑んで青は寝室の扉の向こうに消えた。
やっぱこのベッド。広すぎるわ。
部屋が広いから入るんだろうけど……どう考えても一人用じゃない。
私が一緒に暮らし始める前まで寂しくなかったのかしら。
家空けてて外泊する日の方が多かったと聞いたのも
頷ける気がした。それ以上は知らなくてもいい領域かな。
何度も経験ある人じゃなかったら、あんなに上手くは
ないような気が。初めての日も痛くなかったし。
……あの人に本当に毒されたわね。
「沙矢」
「はい?」
そうこう考えてる内に青が寝室に戻ってきたみたい。
間の抜けた声を上げてしまって恥ずかしい。
起き上がり、ベッドの上に座った。
その隣に青も腰を下ろす。
「サインしてもらなきゃな」
真摯な眼差しで青は入籍届けの用紙を差し出す。
「今更、NOなんて言わないだろう」
確かめるように青は言う。
「勿論よ。じゃあ、私の部屋に戻って書いてくる」
「目の前でサインする様子が見たい」
「緊張して書けないからっ!」
バタバタ走って寝室を飛び出した。
そうよ、目の前で書くなんて緊張してきっと書き損じる。
マンションは半端じゃなく広くて私が越して来る際、空き部屋がちゃんとあった。
部屋がないのに来いとは言えないでしょうけど。
こんな大きい所なのに掃除が隅々まで行き届いてて、青、マメなんだなあって
つくずく思った。私だったら一人でするなんて手に負えないだろう。
一緒に暮らし始めてからは二人で掃除(だけじゃなく家事も分担で)してる。
てきぱき動く彼に見惚れててぼーっとしてたら時間が過ぎて怒られた事もあるなあ。
まだ5ヶ月しか経ってないのが不思議なくらいいっぱい一緒にいるような。
それだけ今まで離れてたって事かな。
部屋に戻って、深呼吸。
鉛筆立てにあるボールペンを握り締める。
水無月 沙矢
生年月日。あとは印鑑。
何とか震える手を押さえながら書けたわ。
また寝室に戻ると青が外出の準備を終えた所だった。
「書けたか」
こくりと頷き、見せると彼は微笑んだ。
「じゃあ行くか。まずはジュエリーショップだな」
「急いで用意するから」
「別に急がなくてもいい。女は準備が多いからな」
青、さすが……。
「それじゃ待っててね」
「車に乗ってるから、ゆっくり準備して来い」
「分かったわ」
部屋に戻ってお化粧をして着替えて。
鏡の前で自分の顔を見つめた。
恋人としての最後の私の姿。
今度この鏡に自分を映す時は青の奥さんになってるのね。
「行って来ます」
誰にともなく告げて、マンションを出た。
車に乗り込むと、軽やかに走り出す。
辿り着いたジュエリーショップで二人分の指輪を受け取る。
車に乗ってすぐ互いが互いの指に指輪を嵌めた。
私が青の手を取り、嵌めた後、青もまた私の指に嵌める。
一瞬日の光が当たって、キラキラと輝いた。
眩しい、誓いの指輪。
二人とも感慨深かったのか静かに見つめ合って束の間、時が止まっていた。

車が走り出し区役所へ。
すんなりと受理され、私達は夫婦になった。
区役所を出たところで改めて、
「これからよろしくね、青」
手を繋いだままに微笑む。
「こちらこそこれからよろしく頼むな?」
握り返す手の強さに、安堵を覚え、
私はこの人と生涯共に生きようと心に誓った。

夕食を食べて家に帰って、シャワー浴びた後、
寝室で向かい合って座って見つめ合う。
夫と、妻となった相手の顔を互いの瞳に映す。
「何か照れちゃう」
目の前にいるのは恋人ではなく夫。
そう考えると気恥ずかしさに襲われる。
「初夜だしな」
私たちほどその言葉が似つかわしくない二人もいないと思うよ。
「結婚式はもういいんだけど、ウェディングドレス着たいな」
やっぱり憧れる物がある。
「子供が出来ないうちに挙げなければな」
「……子供」
 ぽっ、と顔が赤くなる。
「楽しみなことばっかりね」
「これからは二人で悲しみも苦しみも分け合うんだ」
「そうね」
手を取り合い、ベッドに沈む。
互いが互いの衣服をもどかしく脱がせて、抱きしめ合って。

青は唇を耳元に添わせる。
くすぐったくて身を捩った次の瞬間、甘く噛まれていた。
じわりと体が熱くなる。
髪の間に差し込まれた手が髪を梳く。
青の優しさに酔いながら瞳を閉じると、唇が重なる。
「はぁ……」
すぐに舌を絡め合う。
びりびりと体中に電流。
苦しいくらい長い時間口づけを交わす。
彼の指先が体を彷徨い始めている。
肌の上を滑る指が心地よくて、勝手に体が跳ねる。
膨らみを包み込む手。頂を口に含む唇。
愛されることの幸せをひたすら感じた。
時折青の愛撫が自然と荒々しくなるのは愛情が強い証拠なんだって知ってる。
ゆっくりゆっくりと手と唇は肌を行き交い、私の秘められた場所へ。
「……はぁん……ふっ」
濡れた自分の声。
青は私の唇を塞ぐ。
指が感じる場所に触れると私は激しく身を反らせた。
「あぁ……」
荒くなる息に構わず青は指を秘所に忍び込ませる。
軋み続けるベッドの音が耳につく。
青の背にしがみつき、快感に耐えた。

瞬きすると、青自身が私の中に入って来た。
私を見つめながら、緩やかに動く。
「やぁ……ん……あぁ」
膨らみを揉みながら強く律動を繰り返す青。
出たり入ったりを繰り返される度、頤が仰け反ってしまう。
誘っているのか、私は彼を締め付けてしまったらしい。
少し苦しげに顔を歪めた青が、動きを速める。
一気に限界が近づいた。
「はぁ……はぁ……青、来て」
「沙矢」
口づけが重なった時、私の一番奥に青がいるのを感じていた……。
入籍した夜。
夫婦となって初めての夜は、甘くて激しいそんな夜だった。

壁に頭を凭れさせている青の腕に頬を寄せる。
まだ朝じゃない。日付も変わっていない。
「言うの遅くなったが、誕生日おめでとう」
「あ、ありがとう。私も入籍のことばかりしか頭になくて忘れちゃってた」
苦笑。
青が抱き寄せる。
「プレゼントは悪い。用意するの忘れた」
申し訳なさそうな青。
「あなたとの結婚が私にとって最高のプレゼントよ」
唇が重なった。
舌を絡めない淡いもの。
夜はまだ終らない。朝も続いてゆく。




モドル ススム モクジ


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