思い出のアルバム



青の実家である藤城家に来てそろそろ一月が経とうとしていた。
にも拘らずまだお屋敷内を全部把握してない。
お風呂とトイレは一階だけで家族用、来客用と二つずつあり二階も同じような感じ。
何となく開かずの間とかあったら面白そうだなんて私は考えてたりする。
クッションを抱えてもやもや考えていると、青がこちらを見ていた。
「お前って」
「な、何? 」
「女なのに少女だな」
「真顔で変なこというのね」
「ちゃんと大人なのに、少女でい続けられるのはすごいことだ。
勿論、悪い意味じゃないからな」
真剣な顔で言った青に私もふと思った。
「青だって少年のままじゃない」
「なんだって?」
聞き捨てならないな。
「最初は大人の男性だなって思ってたの。良い意味でも悪い意味でも」
青の穿いているジーンズの裾を握りながら見上げる。
白いジーンズ似合うね。
「でも少年でもあるんだなって。逆にそれが可愛くて」
ふわりと体が引き寄せられる。
「複雑だが沙矢に言われるのなら悪い気がしないな」
苦笑いの気配が伝わる。
抱きしめる腕の力が僅かに増す。
お腹の中の子供のことを考えてくれてるさり気ない優しさ。
青の肩に頭を預けて、首に腕を絡める。
「ねえ! 青の子供の頃の写真ってないの!?」
耳の側で大声上げてごめんなさい。
ふと思っちゃったの。
「…………」
もしかして固まった?
禁句だったのかしら。
沈黙してしまったことを疑問に思い、体を離して横から青を見つめた。
苦笑さえ浮かべていない表情は、なまじ顔が整っている分何だか怖い。
って言ったら青を傷つけてしまうわね。
はあとひとつ息を吐いて青は口を開いた。
「どうしても見たいか?」
「見たいに決まってるじゃない!」
思わず興奮で瞳を輝かせてしまう。
だって青の子供時代の写真だなんて貴重だもの。
「ちょっと待ってろ」
ぼそっと呟くと、青は立ち上がった。一人分のスペースが空く。
ここは青の部屋。白いグランドピアノが部屋の中央に置かれ、
楽譜などを置いてあるラックが、壁際に設置されている。
今座ってるのは、ピアノの長椅子。
元々一人用の椅子が置いてあったのだけど、私が来てから変えたのだ。
子供を授かってから、青はたまにピアノを弾いてくれるようになった。
年に一度藤城家に戻ってきた時は必ずピアノの前に座っていたそうだが、
やはり長年のブランクがある。その為か最初にお強請りした時は、あっさり
断られたが、諦めようかと考えていた時、お前の為にだけしか弾かないからなと
優しく微笑んでくれたんだった。
相当練習したのか元々才能があるのか、初めて聞かせてくれたピアノは、
とても上手くて、聞き惚れてしまった。
練習する時間なんてあまりなさそうなのにな。
青って何でもできる。できないものは無いのと問いたいが、
虚しくなるだけかもしれないので何とか止まっている。
いや、苦手な物はあるんだろう。言わないけどね。
「沙矢」
一人色々考えていると相も変わらず無表情の青が、気づけば隣に戻ってきていて。
分厚いアルバムを私に手渡してくれた。
「あ、ありがとう」
声が裏返るのも仕方が無い。
わがまま言っちゃったけど、今更、見たいという欲求を抑えられない。
まさにこの手にあるのだ。手放せるわけがない。勿体無い。
そろりとアルバムの表紙を開く。
手が震えるのは青への申し訳なさがあるからと
やはり期待で胸がいっぱいだからだ。
一ページ目に飛び込んできたのは赤ちゃんの青。
笑顔もあるのだが真顔も多い。
なるほど赤ちゃんの頃から青は青だったのか。でも……。
「……可愛すぎて言葉もありません」
青は鍵盤に手を伸ばし弾き始めた。
ちょっと照れたような赤い顔。
「青?」
「もういいだろう」
とか言いながらも指は鍵盤を引くのを止めない。
きっと私が諦めないの分かってて言ってるんだ。
止めてるわけじゃなくて独り言だわ。
「う、そんなこと言われたら余計見たくなるでしょ」
「お前のも今度見せろよ」
ピアノを引く手を止めて青は苦笑した。
「あ、うん! 私のなんて見ても楽しくないだろうけど、今度実家に帰った時にね」
「楽しくないわけないだろう。お前のなんだから」
青はクスっと笑った。
「ふふふ」
「赤ちゃんの頃は仕方ないとして、写真嫌いなのに子供の頃のもあるのね」
青は肩をすくめた。
操子さんとかお義父様が大事に取っていたに違いない。
気になる二ページ目を開くと2〜3歳の頃だろうか。
女の子に間違えられそうな男の子が映っている。
隣りには、お義母様らしき女性。
とっても綺麗で凛とした人だなあ。
そうか青はお母さん似なのねと心の中で呟いた。
「昔の女性の写真があったりするの?」
ちょっとワクワクしながら尋ねてみる。
「あるわけない」
青は、写真なんて形に残さなかったんだだわ。
束縛を嫌悪していたから。
「じゃあ何で写真嫌いなの!?困る理由ないじゃない」
「親父や翠に撮られまくってたからな」
「あーー想像できる!」
可愛がられ弄られ、青は青になったんだろう。
「逃げればよかったのに」
「周りが大人ばかりの世界で、姉でさえも一回り違ったからな、
俺だけガキで勝てなかったんだよ。歯痒かったさ」
「ああ嬉しい、青から子供の頃のこと聞けるなんて思わなかったもの。
さっきまでの青、ちょっと怖かったのよ」
「悪かった」
「ううん」
きちんと整理され、フィルムに挟まれた写真は20年以上経ってても
色褪せることなくあの頃の青の姿がそのままだ。
「幼稚園までの頃の写真が一番多いんじゃない」
「まあな」
小学校入学前までの写真は数十ページに及んで続く。
ほとんど青が一人で映ってて時々お義母様が隣にいた。
次のページを開くとそこにはいきなり成長した姿の青が。
「中学生の頃もやっぱり可愛い! 端正なお顔立ちで」
「俺をからかうとはいい度胸だ」
嫌な予感が……。いや今は気にしないでおこう。
「面影まんまよね。この冷めた眼差しとか……青だわ。
この頃の青に会ってみたいかも!」
「過去なんか行かなくても俺はお前の目の前にいる」
突然引き寄せられた。ガタンと椅子が軋む。
頬におでこにキスが降り唇を掠めた。
「お姉さんぶってみたいなあって思っただけよ。 いつもは8歳年下だけど8歳上になるじゃない。
からかったりできないかなって」
「悪い大人だな。どっちにしろ無理だろうが」
耳元で聞こえる声にぞくりと震える。吐息がかかったみたいな。
「子供でも相手は青だった」
「相手がお前だからな」
く! ひどい。納得してしまう私も私だけれども。
「生まれてくる子ども、青似だといいなあやっぱり」
「明日、病院だろ。そろそろどっちか分かるんじゃないのか」
「うん。男の子か女の子か知りたいけど楽しみはとっときたいし」
「お前の好きにしろ」
青が腕を離してくれるのを待って、再びアルバムを繰り始める。
「青、高校の頃からあんまり変わってないわねー!」
「そうか?」
「うん。あと中学の頃から結構変わったわね」
しみじみ思った。
「そんなもんだろ」
「中学と高校の頃は一枚ずつしかないのが残念だわ!小学生の頃なんて一枚も無かったし」
「あったことが奇跡だろうがな。男が好き好んで写真なんて撮るか」
「そうかも」
そろそろページは終わりを迎えていた。
「いっぱい見てお腹いっぱいよ。ね、この子も喜んでる」
「まだ動かないだろう」
「気持ちの問題なの。私とこの子は通じ合ってるんだもの」
にっこり笑うと頭を肩に押しつけられてととくんと胸がなった。
「買い物でも行こう」
気づいてる、青。夕焼けがとっても綺麗なのよ。
焼けるような赤い空が胸にしみて。
夕焼け見てたらあの空の下を歩きたいって思ったの。
「欲しい物でもあるのか?」
「一緒に見て回るだけでもいいのよ」
「安上がりなやつだよな」
「気が変わったらごめんね」
「その方が嬉しいが? じゃあコートとマフラー着て来い。部屋の外にいるからな」
「うん」
階下で青が待ってるのを見ると慌てて階段を下りちゃう私を見越した言葉だ。
一人の時はそんなことないのに不思議だ。
椅子から立ち上がって青の部屋を後にする。
自分の部屋に戻り、クローゼットを開ける。
この間お父様がプレゼントしてくださったコートとマフラーを着ると、扉を開ける。
オフホワイトのコートに狐の毛皮のマフラー。
青に聞くと特注品らしい。
狐の毛皮だなんて初めてでちょっと良いのかななんて思う。
はしゃぐ心を止められなくて顔から笑みを消せないの。
ドアを開くと階段の手すりに背をもたれて青がいた。
正面に彼の姿が飛び込んできた感じ。
青も青でやはりセンスよく決めている。
トレンチコート、渋すぎる。ドラマで刑事さんが着てるあれだ。
「マフラーは要らないな」
え? と首を傾げると外してこいというように促される。
ワケも分からなかったが頷いて大人しく従い外してまた戻ってきた。
「行くぞ」
さっと差し出された腕に自分の腕を絡めて階段を下りる。
彼の足は速いのに私にちゃんと歩幅を合わせてくれて。
ボソッと耳元で囁かれた言葉は、「寒くなったら俺のに入れ」。
そ、そういうことか。うわ、ドキドキだわ。
玄関までくると操子さんが頭を下げて見送ってくれたので
空いている方の手で手を振った。
今日は久々に車で外出。
地下駐車場には青のフェラーリの他藤城家所有の車を入れると全部で4台。
秋まで青が乗っていた愛車も大事に置かれている。
学会に出席されているのでお義父様の車はない。
以前青が里帰りした時は屋敷のすぐ外のスペースに止めていたが今は晴れて
実家に戻ってきたので、地下駐車場に置くようになった。
キーを車に向けるとドアのロックがオンからオフになる。
例によって青が中から開けてくれるのを待って乗り込んだ。
遮光カーテン閉めなくても冬なのにと思うが青はきっちり締めるのを忘れない。
冬という問題ではなさそう。
私がシートベルトを締めたのを確認して青はギアを入れて目で合図する。
頷くと軽やかに車が走り出した。

有料駐車場に車を止めて、歩き始める。
私が手を繋ぐより先に青の手がぎゅっと繋がれた。
見上げると小さく微笑んで手の力が強くなった。
私も照れて笑う。
「この前は公園デートで今日は買い物デートね」
語尾が弾んでしまった。
「ああ」
「クリスマス、今年は賑やかになりそうね」
「いや、二人きりだ」
「いいのかしら?」
「イヴを邪魔されてたまるか」
「そうね! 期待してます」
皆で過ごすクリスマスもいいけどイヴだけは恋人同士に戻るのね。
たった一日しかないんだもの。忘れられない日にしよう。
取り留めの無い会話を交わしながら街を歩いてゆく。
店が並んでいる通りで、キッチン用品を売っている店を見つけ、
わくわく胸が高鳴る。青に「入ろう」って手を引いた。
前から欲しかった物があったのが外から見えたんだ。
「ル・クルーゼの鍋!ずっと欲しかったのよね!!」
多分、いや絶対私の目は輝いていたに違いない。
青がじーっと鍋を持った私を見てる。凝視だ。
「ね、キュートよね、赤いハート型よ!」
鍋の底がハートの形をしていてお洒落でかわいい。
初めてカタログで見て以来ずーっと欲しかった。
「それだけでいいのか?」
「うん……高いじゃない」
がっしり鍋を抱えて離さない私に青は楽しそうな顔をしてる
「あ、お玉もセットで買っていい?」
「……ああ」
あ、呆れた。ってのどで笑ってる!
「ありがとうございましたー」
伸びやかな店員の声を背中に聞きながら店を後にした。
「青、ありがとう。このお鍋でシチューとか煮込み料理作るの。絶対美味しいから!」
「どれで作っても一緒だろ」
「青ってロマンチストなのにロマンが無いのね」
「妙な日本語使うな。別にどの鍋でもお前の料理は美味しいから一緒という事だ」
「街中だから恥ずかしいから!嬉しいけどこれじゃバカップルでしょ」
「他の奴らと一緒にされたくないな」
ぐいと引き寄せられて少し前のめりになり顔は青の胸元辺りになる。
聞こえてきた青の鼓動は意外に早鐘打っててドキッとした。
一目を気にしないのが青らしい。
私もとっくに慣れてしまったから文句は言えないわ。
「青の行きたい所は?」
「そうだな」
青はふと考えるように顎に手をやった。
もの凄く真剣な表情だ。
「あ、そうだ。お義姉さんに電話かけてみましょうか」
「何の為に?」
「驚かせようかなって」
バッグから携帯を取り出しボタンを押した。
3コールほどで相手が出た。
「こんにちはー沙矢です」
「まあ、沙矢ちゃん。今は外?」
あ、翠お義姉さんだ。
「ええ、青と買い物デートです。お姉さん今お暇ですか?
「いいわねー。私は今日は何の予定も無いわよ、エステの予約も入ってないし。
うち来るの?久々に妹に会えると思ったら嬉しいわ」
うきうきとした様子が伝わる声。
青が面倒くさそうな顔をしている。
「青、青、お義姉さんのお家行きましょ」
「突拍子も無く思いつくなお前」
「ハロウィン以来だもの。中々時間合わなくて会えないから」
「分かったから」
しょうがないなと溜息をついて青は、私から受話器を奪った。
「不法侵入するわけにはいかないからとりあえず家にいろ」
「素直じゃないわねえ」
電話越しにクスクスという笑い声。
「駄目よ!そんな言い方」
「いいのいいの。これで通じるから」
お義姉さんの笑い方がくすくすからからからに変わった。さすがだ。
「じゃあ待ってるわね」
「ああ」
プツッ。青は通話終了ボタンを押した。
「携帯、持ってて良かったわ」
「もう無くすなよ?」
「うん」
半年前、春日部長の車の中で失くした携帯(いや奪われた)。
すぐ利用停止にしたけど暫くすっきりしなかったのは確かで。
「青、行きたい所見つからないのかなって」
「あまり色々回ると疲れるだろう」
「全然平気よ」
「お前が行きたい所が俺の行きたい所だというのを忘れるな」
止めを刺された感じ。絶句しちゃった。

駐車場に戻り車に乗り込むと葛井家を目指して車が走り出した。


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