フェイクキス

 
                  
私達は恋人なのだろうか。そうであって違うような。
精一杯の想いが彼に伝わっていると良い。
こうして彼と同じ夜を過ごせるのはなんて幸せなのだろう。
いつかは温かな陽射しが降り注ぐことを願い、名前の通りのクールな彼と一緒にいる
時々とても寂しそうな顔をする彼のことを私は、どうしても嫌いになれない。
寧ろ、会うたび、同じ時を過ごす度に想いは募るばかりだった。

顎を持ち上げられると視線がぶつかった。視線を高くして長身の彼を見上げる。
鋭い眼差しに走る物は……?
女の眼差しであなたを見つめていることを見抜かれている。
いつからこんな眼差しを覚えたの、私。
眼差しが揺れる。心臓が高鳴り始めた。
「……ん」
唇を触れ合うと温度の無さにゾクリと体が震える。
こんなに冷たいのは、きっとあなたの気持ちが分からないから。
見えなくてただ底知れぬ闇に引きずり込まれる。
「……」
唇を離し、彼が何かを囁いた。
聞こえぬ程微かな声。こちらに気取らせぬようにしているみたいだ。
また唇が触れる。今度は熱い物が唇の中へと入り込む。
唇自体は冷たいのに、まるで燃え盛る炎。
こちらのくすぶる炎を揺さぶって、感情を導いてゆく。
好きと言う言葉も無いままにキスは繰り返され、続く行為も……。
抱きしめる力はいつも強くて、だからこそ、彼が本気だと信じていたい。

耳たぶに唇を感じ、その後指先が触れてピアスを外す。
落とされることなく、側に置いてくれる優しさ。決して乱暴に扱わないのね。
背伸びをして、彼の背に腕を回した。
「好き……」
私の言葉を聞いているのかいないのか彼は黙って、首筋にキスを落とした。

甘い声が耳元でリフレインのように木霊する。
嘘偽りのない本心に恐ろしささえ感じた。
聞きたくない。そんな言葉。どうか言わないで欲しい。
俺の心中の願いを彼女は悉く無碍にする。
この関係を続けるには、余計な物を持ち込んではいけないのだ。
痛みが胸を襲う。卑怯な俺に、もっと苦しめと。
好きだと言えないままでいいのかともう一人の俺が問いかける。
本当の気持ちを伝えたい想いも強くて離れられない。
もしかしたら感受性の強い彼女には、言葉よりも確かに伝わっているのかもしれない。
激しさを抑えられないことに自分自身が一番気づいているから。
黒髪に指を挿し入れて梳いて、その艶やかな感触を味わう。
俺の唇は冷たいだろうか。何も言わない俺に彼女は時折目を伏せる。
口づけと愛撫は加減を知らず。
彼女も同じように俺の心を手探りで掴み取ろうとしているのか?
だから、矛盾した関係でも側にいる。
壊れそうな華奢な体を何度も抱きしめた。
激しく強く。
誰よりも愛していると言葉でいつか伝えられたら……。
初めて会った時、一目で惹かれた女に。
もう一度キスを重ねた。頬を伝う涙を唇で掬い取る。
立てられた爪に彼女の激しさを感じて、妙に嬉しくなる。
こんな男だけれど、側にいてくれる彼女。
いつかは本当の気持ちを伝える。

今はフェイクキスしか与えられなくても
待っていてくれるなら……。


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