ハルカ

 
                     空を飛びたい。
  翼を持たない私の空への憧れは強く瞳をキラキラさせて毎日空を眺めてた。
  私は空と海の間にある国サージェに暮す翼族である。
  ただしできそこないの翼族。翼族は皆白翼を背に生やした姿で生まれてくるはずなのに
  私の背にはそれはなかった。
  どうして翼がないのだ。これではまるで人間ではないか。
  と両親は嘆いたこともあったらしい。
  それから父と母は、突然変異の私を先に生まれた
  兄や姉達と同じように分け隔てなく愛情を注いで育てた。
  たまに大人になってから白翼が生えてくる翼族もいるらしいと、
  自分達の中で解決し、一人だけ翼を持たないことに戸惑い苦しむ私を元気付けてくれた。
  『どうして私には翼がないの』
 
  『大きくなったらお前にも生えるよ、リーファ』
父も母もそう言っていた。その曖昧な言葉をどうにか頼りに今日まで生きてきた。
  そして13の誕生日を迎えた。
  翼族は13で大人として認められる。自分の翼をはためかせ自由に
  一人でどこでも行けるようになったら、大人なのだ。
  「……でも私には翼がない」
  ずっと認められないかもしれない。
  大人と呼ばれる歳になっても、翼を持たぬままできそこないの翼族として
  永遠と等しい永い時を生きなければならないのだ。
  そんなの嫌だ。
  翼が欲しい。父のように母のように美しい白い翼が欲しい。
  飛んでいる時、羽根が舞い落ちる様が夢みたいに綺麗でいつもうっとりしていた。
  私にもあんな翼が欲しい。
  覚悟を決めた。
父や母がいつもここから翼を広げている高い峠。私もその場所から始めよう。
真上には青い空が見え、真下には白い海が見える。
一種の賭けだった。もしここで翼が手に入れば私は空へと飛べるが、
手に入らなければ白い海へとまっさかさまである。
ほとんど希望はゼロに等しい。
がくがくと足が震えながらも、峠から足を踏み出した。
怖くて瞼を閉じる。両腕で自らをかき抱きながら、恐ろしいスピードで海が近づく。
海へと急転直下、体は沈んで行く。
(もう駄目だ。)
と思われたその時。 
 
  (え……何!?)
  「私、浮いてる!」
  海に落ちる寸前、不思議な浮遊感に包まれた。
  ぎしぎしと背中が痛い。
  そろりと目を開ける。もう落ちないと確信できたから。
  「私、飛んでるんだ」
  背に生まれた白い翼が違和感なく自分に馴染んでいるのが分かる。
  仰向けの体。海に背中を向けた体勢に変わっている。
  「信じられない」
  嬉しくて眩暈がした。 たった一つの願いが、死を迎えるかと思った刹那に叶うなんて。
「夢みたい……」
翼の生えた体はとても軽い。
羽根が生えたような感じなのではなく本当に生えているのだ。
笑みが零れる。
「飛べるんだ」
バサリと軽やかな音がした。
翼をはためかせ舞い上がる。
一気に海が遠ざかっていくようだ。
ピチチチチッ。
空を飛ぶ仲間達が、私の旅立ちを祝福する。
「一緒に行こうよ」
返事をするかのように鳥がさえずった。
鳥たちと共に空を翔ける。
「綺麗」
はじめて訪れた雲の上は綺麗で、少し寒いけれどふわふわして温かくて
夢中になって歩き回った。
太陽の光が眩しくて目を細め、雲の上に寝転がる。
「柔らかい」
心地よさであっという間に眠りに誘われた。

やがて私は柔らかな光の中で目覚めた。
もう少しで目指していたあの場所に辿り着ける。
確信してまた翼を広げた。
下界を見ると青く透明な海が、どこまでも続いている。
雲の上は白く澄んでいて。

夢見た空。ずっと憧れていた背中の白翼。
私はこれで本当の意味での翼族になれた。



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