馴染みの影が顔にかかる。
 柄にもなく甘い予感に、胸が疼く。
 誰かに想いを寄せることがあるなんて、恋は不思議だ。
 縁がないものだと思い込んでいたのに。
 ゆっくりと重なる唇に身を震わせた。
 どこまでもいたわりながら、愛情を示してくれるから
 つく、と胸が痛んだ。涙さえ滲んでしまう。
「朱瓔殿」
「……見ないでください」
 子供みたいな泣き顔が情けなくて、顔をそむける。
 頭を振れば、巻き毛が揺れた。
その揺れる髪をそっと撫でる手のひら。
「大丈夫……私しか見ていませんから」
 いつもの笑顔で諭されて、口を閉ざす。
 潤んだまなざしで、穏やかに微笑むサンボータ様を見つめて
 頷いた。口元をゆるめて笑み返す。
 そのまま、たくましい胸に頬を寄せて、背中に腕を回した。
 温かくて心地よくて、この人の側にいると何故こんなにも安心できるのだろう。
 私にはもったいないくらいの人だ。口に出したらやんわりと反論されるから
 胸の中にしまっておくけれど。
「大好きです」
 自然と、口から漏れていた。
 か細い声も、きっと聞き取ってくれるでしょう。
 恋も愛も知らずに人生を終えるはずだった私に
 陽だまりのような幸せをくれたただ一人の人だから。
 頬に唇の甘い感触。鳥の啄みの口づけを何度も繰り返す。
 頬どころか顔が熱い。今や真っ赤になっているに違いない。
 そろりと、首を持ち上げたら情熱的な眼差しと視線がぶつかった。
 跳ねる心臓に、気づかぬ振りをして、彼のまぶたに唇を寄せた。
 途端、気恥かしさに襲われる。
顔を離そうとしたが、さり気なく腕を掴まれていた。
 強く、腕の中に抱きこまれる。
 すっぽり包み込まれて、溜息をつく。
 私の小ささと彼の大きさ。
 腕の中にいるといつも体格の違いを感じさせられる。
「可愛いらしいことをなさるのですね」
 感心したように言われて、余計意識する。
 時折、穏やかに笑うこの人が、ほんの少し意地悪に感じる。
 照れを感じても平然とまっすぐに、愛を表現しているだけだ。
 分かっているけれど、認めたくはないが私は未だ子供で、
 大人の彼に近づきたくて、懸命に背伸びをするしかない。
 同じ歩幅で進んでくれる男性に、手をひかれるままではなく、歩きたい。
 先ほど口づけた額に、同じ口づけが、返ってきて、笑った。
 柔らかく微笑んだのが伝わればいいなと願いながら。