風に揺れるキャラメルを見つめる。
 妖精が見える彼女は、時折別の場所を見ているようで、  妙に切なくなる。
 君と同じ世界を見つめられたらいいのに。
 飛んでいってしまいそうでいつだって目が離せない。
 いとしい、僕の妖精。
風になびくサマードレスが、ひるがえる。
 髪を一筋すくって口づける
 カモミールのにおいを体中に吸い込む。
 リディアだと、改めて実感する。
 口にしたら、当たり前じゃないと言われてしまうだろうが。
「エドガー……?」
 零れ落ちんばかりに見開かれた金緑の瞳が揺れている。
「案外早く気づかれちゃったね」
 にっこり。視線を合わせて微笑めば、頬を赤く染めて瞳をとがらせた。
「気づかない方がおかしいわ。穴が開くかと思ったんだもの。  それに髪にキスしたでしょ」
 恥ずかしいじゃない。
 か細い声でぼそぼそと漏らすリディアは憎いくらいかわいい。
「あんまり君が儚く見えたから」
 キャラメル色の髪が風に揺れ、今にも消えてしまいそうな印象を抱いたのだ。
「消えないわよ。約束したでしょ」
 心まで見透かしてしまう眼差しに強く射抜かれる。
 もっとたしかめたくて抱きしめた。
(見つめているだけで足りるはずもないのに)
 回した腕に力をこめる。
 コルセット越しなのが歯がゆいところだ。
 今でこそ頑なに抵抗することはなくなって、素直に腕の中にいるけれど、
ここまでたどり着くまで我ながらよく耐えたと思う。
 首筋を指先でそっとなぞると手のひらに爪が食い込んだ。
 恥じらいながらも甘い吐息を聞かせてくれるから、つい調子に乗ってしまう。
 後ろからでは表情が窺えなくてじれったいのだが、向き合ってしまったら理性がいくらあってもたりない。
 彼女の表情を見てしまったならば。
 自分への試練のようなもの。
 あの魅惑的な眼差しに捕らわれたいという気持ちを抑えているのだ。
 ふわりとリディアの髪が揺れる。
(振り返らないでくれ。どうか。君を思う一人の男の情けない表情がばれてしまう)
 抱きしめる腕の力を無意識で強めてしまったらしい。
「苦しいわ……エドガー」
 はっきりと主張する声が響く。

「あなたの顔が見えないと不安だわ。
 表情だけで気持ちを悟らせてくれるあなたじゃないけど。
 私もエドガーを確かめないと、怖いんだから」
 饒舌にこぼれた本音に、ちくりと胸が痛んだ。
 なんていじらしくかわいいんだろう。
「ごめん、リディア。僕も君に今の顔を見られるのが怖かったんだ」
「……隠さないで。私はどんなあなたも受け入れるから。とっても柔らかくて好きよ」
 はっとして腕を離す。
 くるりとこちらを振り向いた彼女は、はにかんだ笑みを浮かべていた。
「もう一度言ってくれる?」
 よく聞こえなかったとすました顔をする。
「もう言わない!」
 怒るのか照れているのか、やけ気味に言ったリディアの
 表情を見れば照れている方なのは明らかだ。
 一瞬も逃さずに見つめていたい。
「私のそばでは張りつめた心を休めてほしいの」
 参ったな。やはりリディアには敵わない。
 もう言わないなんて言っておきながら、こっちを喜ばせてくれるんだから。
「すごい殺し文句だね」
 直球で飛びこんでくる言葉。
 打算も計算も君は持ち合わせていないんだ。
 こっちも次に出てくる目が予想がつかない。
「茶化してるの?」
 膨らんだ頬をつつく。
「そんなことしないよ」
 くすくすと笑う。
「ありがとう、リディア」
 顔を真っ赤にして頷いた彼女がたまらなくて、  手のひらを掴んで引き寄せた。
 逃がさない。耳元でささやいて髪を撫でる。
 腕の中に閉じこめると、どうしようもない安堵を覚えた。
 思う存分甘えさせてもらおう。
 自己完結して、華奢な肩に頬を預けた。
「もっと素直になっていいんだよ」
 意味深に微笑む。
 未だほんの少し無理な願いかな?
 キャラメルが甘く匂い立ち、引き寄せられた。
 髪を耳にかけるとびくりと震えた。
 うつむいたリディアの顎を上向かせて口づける。
 一瞬で、離れた唇に寂しそうな顔をしたのをを自覚しているのだろうか。
 潤んだ眼差しが、僕を翻弄するから、
 今度は吐息も奪うほどのキスを贈った。