自分の今の体勢が、妙に落ちつかない。
 幾度となく、抱えて運ばれたことがあるにもかかわらず、今更ながら意識してしまったのだ。
 触れ合うほど近づいて、この方はなんとも思わないのだろうか。
 私だけが鼓動をはやらせて、戸惑っているのかしら。
 頬に手を当てればやたらと熱を発していて  まるで本当に発熱しているようだ。
 自分は清くないのだと死にそうな思いで伝えたけれど、
 意に介した風もなく、彼のふるまいはこちらを温めてくれた。
 あの時、真に救われた。
 過去の苦い記憶から連れ出してくれた。
 婚約した私とサンボータ様ははいずれ、結婚することになる。
 その日が、待ち遠しく思う自分が不思議だ。
 いつからこんなにお慕いしていたの。
 ずっと同志だった。
 そばにいる時間も長くて、それなりに彼のことも理解しているつもりだけれど。
 さりげない優しさが沁みる。
 必要以上に構いすぎず、欲しい時に欲しい手を差し伸べてくれるから、
 知らず知らずのうちに甘えてしまっていた。
 私のせいでこの人に不快な思いをさせていたら、嫌だ。
 ちく、と痛みが胸を襲う。
 見上げれば、柔和な双眸にぶつかった。
 そっと草原の上に座らせてくれた。
 膝に手のひらを置いていると、隣に腰をおろす気配を感じる。
 笑顔の彼を見て、表情を和らげた。
 きゅっと手のひらを握りしめる。
「久しぶりにあなたと一緒の時間が過ごせて嬉しいです」
「まあ。ありがとうございます」
 元から細い目が更に細められた。
 未だぎこちないが、ゆっくりと確かに歩いていければ。
「私に遠慮なさらないでください」
「……遠慮だなんて」
「あなたは、手がかからなさすぎて」
 少し寂しいのです。
 まさか、そんな言葉を聞くとは思わなかった。
 ほろ苦い顔。そんな表情をさせたくない。
 どうすればいいだろう。
「もっと甘えてください」
 はっと顔をあげる。
 ただ真摯な眼差しがそこにはある。
 答えたいのに上手く返事をする自信がなくて、ためらう。
 その時大きな手のひらが、髪にふれた。
 時が止まったのかと錯覚を覚える。
 風の音がさわさわと空気を揺らす。
 子供にするように撫でたかと思えば、艶やかともいえる仕草でといていく。
 その手櫛は、髪に自然に馴染んでいる。
 少々扱いつらい巻き毛は彼によって軽やかに揺れる。
 されるがままに任せて、じっと動かずにいた。
 ふふ。
 笑い声が漏れる。
 楽しそうですねと彼も微笑んだ。
 自分の居場所を見つけた。この人に守られて、ゆるぎない未来をあるいていこう。
 ここでなら甘えることも許されるのだから。
 今は難しくても少しずつ。
「抱きしめさせてくれますか」
 人に遠慮するなと言っておきながら、いつも穏やかに思いを注いでくれるが、
 時折、ふいに驚かせるから性質が悪い。
「はい」
 勢いよく頷いて、彼も驚いたらしい。
 聞こえた笑い声に、唇を尖らせて、睨んでみせるとおどけて応じる。
 背中に回された腕に、ほんのり心があたたかくなる。
 恐る恐るしがみついて自ら腕の中に閉じこめられる。

 とくん。
 重なった心臓の音。
「私も同じです」
 重ねられた手が、彼の衣服の上に寄せられた。
 同じ高鳴りに、心が弾む。
 いとしいってこんな気持ちを言うのだ。
 思わず縋りついたわたしを抱き寄せる力が、心なしか強まった気がした。