その他に狂気のキス





追い詰められた壁際で、恐る恐る彼を見上げる。
 闇に閉ざされた部屋の中、青い光が交差した。
漆黒の髪、氷のごとき青い瞳。
 同じ色彩を纏った姿は、雰囲気だけは私と異質の存在に思えた。
 幼いころから残酷な一面があったけれど、成長するにつれ、それが顕著になり
 魔を使役するようになってからは、彼自身も魔と化してしまった。
 より強い力を求め、黒魔術に手を染めた兄ーオズワルトーが悲しくて恐ろしかった。
 やがて……少女でしかなかった私は、身を捧げることを求められ、
 背徳に身を落とした。実兄の手に導かれて。
 せめて、愛があれば救われたが、オズワルトには
 欲望と劣情と本能しかなかった。それで十分だと今では思う。
 堪えがたい地獄が、やがて甘さをもたらすようになり、  焼き尽くされたいと願っていった。
 彼が身体を傾けると、唇が重なって、背中がのけぞった。
 角度を変え何度も繰り返されるキスは、いつしか次の行為を予感させる深いものへ変わる。
 憎らしく、愛しい。
 その感情に突き動かされて、後先考えない行動に走ってしまった。
 がりっ。
「いい度胸だ……アントニア? 」
 顎を伝う深紅の滴に、はっ、と目を瞠る。
彼は自らの血を拭わなかった。
 ふるふると首を振ってももはや遅い。
 怒気をはらんだ眼差しに足もとまで震えた。
 乱暴に髪を掴まれ、長い腕で両手を一括りに束縛される。
 肩甲骨に歯を立てられた。
 舌でなぞられ、吸い上げられる。
強く噛まれた個所から、ぽたり、ぽたり深紅が落ちる。
 痛みと快楽とで感覚が麻痺してゆく。
 何をされてもどんな言葉を投げられても  ここしか、いる場所はなくて。
 触れた場所に熱が灯り全身に広がってゆく。
 喘ぎを上げ、彼の頭に腕を絡めると胸元に押し付ける格好になった。
「へえ? その気じゃないか」
 冷たさの中に甘さを含む声音。
 意志を伝える為に、彼をより強く縛りつけた。お返しとばかりに。
 衣服の上から敏感な箇所をいじられ、口に含まれる。
「挑発するお前が悪い。望みとあれば、存分に可愛がってやろう」
「ん……っ」
 口腔内を舌が蹂躙する。顎から伝うのは、血ではない熱い滴。
 弱々しい抵抗は意味をなさない。
 甘い悲鳴しか紡げないとあっては。
 寝台に組み敷かれたときには、衣服ははだけられていた。
 引き裂く一歩手前の荒々しさに、この激しさを拒めないのだと思い知る。
(愛しているから、飢えを満たしてほしい。他を求めないで)
 背中に腕を回し、もどかしくローブを掴む。
 こぼれた吐息はキスに封じ込められた。
甘く苦い血の味。私が傷をつけた唇で彼は、愛撫を繰り返す。
 膝を開かされ、顔を埋める場所に吐息がかかる。荒い息だった。
 欲情を隠そうともしない。闇の中ぎらついた眼差しをしているのを想像する。
 爪を噛んで堪える快楽。
 忍び込んだ指先が、はしたない声を引き出した。
 心臓が波打つ。下肢が痺れて、ばたりと寝台に沈んだ。
 思いのほか、優しく抱きしめられた時、中で彼の息吹を感じた。
 容赦なく穿たれる。尖りを吸われる。
 跳ねる体を、長い指先が執拗に愛でていた。
 視界は揺らぎ続ける。
(お兄様……オズワルト……! )
「んん……っ」
「アントニア、愛しているよ? 」

 こくり、無我夢中で頷く。
 信じているふりは得意だった。
 見えない明日を夢見ているから。