終幕

 
                  

静かな風が吹いている。
吸い込まれそうに深い闇の中に、漆黒の髪が揺れる。
かっては浮城で破妖剣士として名を馳せた、
最強の破妖刀、紅蓮姫の使い手ラエスリール。
胸に受けた深い傷が癒えぬままに、彼女は何処かを目指し、歩く。
一心不乱に歩き続ける彼女は、もう何も見えていないのかもしれない。
血を分けた弟をこの手にかけて、慟哭の果てに彼女は立ち上がった。
「・・・・・・・・・・」
呟きは風に掻き消された。







「姉上・・・・・・」
鋭い力の波動がその場を支配した。
「・・・やめ、ろ」
同じ血を分けたかけがえのない弟。
最期の最期まで分かり合えることは叶わないのか。
「私はあなたに側にいて欲しかっただけなのに」
乱華は、泣いていた。
魔性には涙など存在しないが確かに、ラスの目には彼が涙を 流しているのが見えた。
ラスは彼の涙に囚われて動けずにいた。
そのまままともに乱華の力を受けて倒れこむ。
「ずっと欲しかったんだ。その輝きも何もかもが」
乱華の切なげな言葉が、ラスの胸を引き裂く。
攻撃による痛みと、心に受けた傷みの両方で彼女は苦しむ。
また新たな衝撃がラスを襲う。
傷口からどくどくと血が溢れた。
傷つきながらも、ラスは決して呼ぶまいと心に誓っていた。
一人で彼と対峙して向き合うと決めたんだ。
だから闇主の力は、借りない。
闇主を呼べば、全てが終るだろう。
目の前にいる弟は消えて、私の命は助かる。
そんなの嫌だ。我儘でも無謀でも私は賭けたかったから。
こうして手を差し伸べる。

ラスは鮮血に塗れた手を、乱華に差し出した。
「何の真似ですか・・・」
乱華は凄惨な笑みを浮かべて、ラスを見つめる。
あまりにも狂気に満ちていて、けれど美しかった。
色あせない緑柱石の輝き。
乱華にとっては苦しみを生む原因にしかならなかった色。
人間の血を半分受け継いでいることで、半端な力しか持てない。
思い知らされるようで、厭うた瞳の色彩。
乱華は髪と同じ色彩を瞳にも欲し、求めた。
輝かしい黄金の妖主の息子に相応しい証を。
「・・・・・もう分かり合うことはできないのだろうか」
ラスは一塁の望みをまだ失くしたくなかった。
鉄の味がする唇からごふりと血が込み上げるけれど。
「分かり合う?生まれながらの矛盾を今更どう正すと言うのです?」
「・・・・乱華」
「紅蓮姫を手に取り戦いなさい。幕を降ろしましょう
この歪んだ螺旋の中から抜け出すのです。
どちらかが死ぬまで血を流し、奪い合って、綺麗さっぱり何も残さない。
未練は醜いですからね」
淡々とした物言いに、ラスは口を閉ざした。
紅蓮姫を支えにしてどうにか立ち上がる。
「・・・・分かった。本気でいく」
ぼろぼろになった衣服を着ていてもラスは艶やかで美しかった。
躊躇いはある。でもやらなければやられる。
割り切ることが必要なのだ。
乱華と戦うのは嫌だけれど、彼女にはもうとっくに選んでいた。
勝算はゼロに等しいかもしれない。
私が勝手に戦って死んだりしたら闇主は怒り、我を失うだろう。
乱華は、闇主によって殺される。
それだけは絶対に駄目だと思った。
相打ちでもいい、乱華の命を奪うのは私でありたい。
ラスは、6人目の妖主とも呼ぶべき相手に向かってゆく。
乱華は圧倒的に強かった。
だがラスも、負けてはいなかった。
魔性を屠る刃を実の弟に振り翳す。
複数の命が赤い刀身に吸い込まれてゆく。
紅蓮姫は、歓喜している。
多くの命をその身に宿す魔性ほど強い。
実の姉であるラエスリールと戦う彼の瞳は戦意できらきらと輝いていた。
「・・・くっ」
倒れこみそうになったラスは地にしがみつく。砂飛沫が舞う。
乱華は容赦なく新たな力を振るう。
「姉上、往生際が悪いですよ」
乱華は右の肩の辺りを押さえていた。
さっき紅蓮姫によって命の核の一つを失った場所だった。
ぽっかりと穴があいたような喪失感。
まだ彼の命の核は残っている。
だがラスも、全ての命の核の在り処が分かっていた。
ラスの瞳からは涙が溢れていた。

胸が締め付けられて痛い。こんな戦い望んではないけれど、
最早戦ってどちらかが死ぬか、双方が死ぬかしか道は残されていない。
決着をつけるしかない。
弟を殺した罪で苦しんでも。悲しみで胸を引き裂かれても。
闇主が、いてくれるから。彼を選んだ私は乱華に姉弟として触れ合うのを
求めることはできない。
私は確かに選んでしまったのだから。

あの時、殺してしまっていればよかった。
瞳を奪うだけに止めず、命を奪っていれば。
隙は充分あった。
姉上が紫紺の妖主との戦いに勝って勝利の美酒に酔いしれていて、
私があの場に現れたことに誰も気づかなかったのだ。
充分命を取ることさえできただろうに、
瞳の琥珀を奪うことに夢中で、 頭が回らなかった。愚かである。
あの時見逃してしまったツケが今回ってきている。
こんなに長い時間、かかって巡り会えたあなたは
美しさに比例するかのごとく強くなっていた。
涙を零しながら、容赦なく切っ先を向ける。
時折、微かに躊躇うのが見てとれるが、以前とは比べ物にならない。
変わりましたね、姉上。彼が側にいたから其れほどまでに変われたんだと
理解できてしまうから吐き気が込み上げる。
あなたは変わることを受け入れて、自ら選び取ってきた。
私を切り捨て、人間として生き、柘榴の妖主を選び、魔性であることがわかってからも
紅蓮姫を振るい眷属を殺め続けた。
「この憎しみは言葉で言い尽くせない。愛情と憎しみは紙一重だとよく言ったものだ」
乱華は自嘲の笑みを浮かべた。
「よくこんな光をあなたに作って見せてましたね」
どこか哀しげに乱華は呟き、掌から光を生み出した。
「だが、あなたは、力を持っていた。
私のように光を作ることに焦がれたあなただけれど・・・」
「包み込んで守る存在でいてくれなかった」
乱華は嘆きを吐き出す。掌で生み出した光を剣の形に変えた。
「それは・・・」
ラスは一瞬、目を逸らした。
道を違えた時からこうなることは決まっていたの
だろうと、考えれば悲しみは増すばかりだった。
「美しいあなたが憎い・・・姉上。朱金の光は穢れがないから、
私には毒なのですよ。あなたと違い心の底まで魔性ですから」
「・・・・・うあああああっ」
光の剣に体を貫かれ、ラスは呻き声を上げる。
乱華も二つの命を失っている。
戦いに終止符が打たれるのも時間の問題だった。
「これで終わりだ」
何もかもが。
乱華はうっすらと笑みを浮かべた。
地に伏したラスに光の刀身をつきつける。
ラスは苦しみに喘いでいる。
痛みで気が狂いそうになっていた。
肩で息を繰り返す彼女は、口元を濡らす真紅を
指先で拭い、紅蓮姫で乱華の剣を受け止めた。
「私は死ぬわけにはいかないんだ。例えお前を失ったとしても」
ラスは艶やかな微笑を浮かべてゆらり、立ち上がった。
涙を流しても、どうしようもない。
込み上げる感情を堪えて彼女は笑った。
「・・・・・・・姉上」
乱華もラスの微笑を受け止めて、笑った。
光の剣を地面に投げ捨てる。
「手を抜かないで下さいね。苦しみが長引くのは嫌ですから」
諦めるしかないと思った。
この人には勝てない。
絶対に失えない何かを手にした者の底知れぬ強さを持っている
この人に、何も持たない自分が勝てようはずもない。
「ああ」
ラスは、紅蓮姫を振り翳し、乱華の胸を貫いた。
最後の命の核から、力が失われてゆく。
紅蓮姫の許容量も限界にきていた。
「あ、ねうえ、・・・・・」
赤く染まった長衣。乱華は必死で宙に手を伸ばす。
ラスは地に腰を降ろし、そっと乱華の頭を膝に乗せた。
「もっとよく顔を見せて・・・下さい」
ラスは小さく頷き、乱華に顔を近づける。乱華は震える指先で、ラスの頬に触れた。
額や頬、唇を辿る指先。
ラスは何も言わず乱華を見つめていた。
「ありがとう・・・」
ガクリ。力を失った腕が地に沈んだ。
「乱華・・・リーダイルーーーーーーー!!」
幼い日に慣れ親しんだ名前で呼んで、ラスは弟の体を抱きすくめる。
涙はどこまでも溢れてくる。
ラスの腕の中で乱華の体は金の砂となり、指の隙間から零れ落ちた。
「うっ・・・・・」
ラスは行き場を失った腕で、自らをかき抱いた。
先ほどまで、そこにあった温もりを思い出そうというように・・・・。






何故争わなければならなかったのだろう。
胸に問いかけても時は戻らない。
この手でリーダイルの命を奪ったのだから。
覚悟をしていたけれど、辛くてどうしようもない。
「闇主・・・・・」
紅蓮姫を手に歩き続けるラスは、ようやくその人の名を呼んだ。
「終ったか」
「・・・・・・・・終った」
「傷を治さなければな」
闇主はとても優しい眼差しでラスを見つめると、彼女を地に下ろした。
自らも腰を下ろして、ラスの体を抱える。
闇主はゆっくりとラスの傷を癒してゆく。
「・・・・・・・・闇主」
闇主の肩に頬を預けてラスは涙を流した。
嗚咽が、喉の奥から込み上げる。闇主は黙ってラスの背中を撫でた。
「泣いても仕方ないのに・・・・・勝手だよな」
慟哭の中でラスは叫ぶ。
「泣きたい時は泣けばいい」
闇主から発せられた一言に、ラスはまた涙が溢れてくるのを感じた。
「泣いて悲しみに浸ればいいんだ。傷なんて簡単に癒える物じゃないんだから」
闇主はラスの体を抱きしめた。 ラスは闇主の背に腕を回す。
「お前は・・お前だけは失いたくない」
闇主は、ラスの気持ちを受け止めるかのように、一層力を込めてラスを抱きしめた。

乱華、謝ったってお前は喜ばないから、謝らなかったけど・・・・
いつか私も同じ場所に行くから、それまで待っていてくれ。



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やはり幕を降ろすといえば永遠のテーマである乱華とラスの姉弟の決着。
ということで好きシーンで創作30題開始。ええ私らしくダークで(おい)
好きシーンって何か違うだろってツッコミはとりあえずなしにして下さい(爆)
微妙な感じもありますが、どうだったでしょうか。
こんな扱いをする私ですが乱華ファンです・・・(苦)
拙い文ですが気に入って頂けると幸いです。
読んで下さりありがとうございましたv

2003.10.06龍咲麻弥