手を繋いでいれば、不安などなかった。 
 彼となら、支え合い歩いていけると思っていた。
 突然すぎて、現実を理解していても
 心がついていかなかった。
(さよならも言ってなかったのに)



 横たわったまま、宙に手を伸ばす。
 飲み込まれてしまいそうな底の見えない闇。
 恐怖はなくむしろ、足を踏み入れたい気さえする。
 何故だかわからないのだけれど。
   寝台に散った自分の長い髪を掬ってみる。
 リジムが褒めてくれるから、手入れにも磨きがかかった。
 喜んでくれるならきれいだと言ってくれる自分でいたいと強く願った。
 毎日が充実して、忙しかった。
 考えることは山ほどあるのに時間が足りず、
 自分に今できることを精一杯やった。
 イェルカも生まれて親子三人、これから賑やかに
 楽しくなるのだろうと想像するだけで楽しかった。
   行かないで、何度となく心中叫んでも、
 二度と届かず声は枯れたように喉の奥に封じ込められる。
 周りの人々の姿さえよく見えず、声も聞こえない。
 一人になってしまった気がしていた。
 私は今泣いているのだろうか……?
 頬を指で触れても乾いた皮膚の感触があるだけ。
 彼を責めるのは間違っている。
 リジムが、一番無念に違いないのだ。
 あの落馬の瞬間まで、自分が死ぬことなど露ほども思いよらなかったのであろうから。
 うつぶせになって顔を埋めた。

「リジム……?」
 ふわり。柔らかな抱擁に包み込まれた。
 羽のような感触にただ安堵する。
 彼は何も言わない。
 回された腕に頬を寄せて、腕を添える。
 細身のようで精悍だった彼はいつも、やさしく抱きしめてくれたことを思い出す。
 言葉なんて交わさなくていい。
 この瞬間を分かち合えるのなら。
 髪をなでて微笑み、耳元で囁く。
 くすぐったくて笑みがこぼれた。
 見つめあい、口づけを重ねる。
 温度がなくても、あったかいと感じた。
 これは、幻?
 いや、確かにリジムだ。支えあっていけると信じた彼だ。
 瞳に、じわり熱いものがこみあげる。
 手を伸ばして、互いに触れられる距離にいられたことが、
 どれだけ幸せだったのだろう。
 些細なことこそかけがえがなかった。
もっと側にいることを大切に生きればよかったと、後悔しても尽きない。
 離れていても、リジムが生きているから、生きてこられた。
 そっと瞼を閉ざす。
 もう少しここにいさせてほしい。
 またきっと、想いのままに走るから。



やがて、背中を抱きしめてくれていた腕が解ける。
 光が、目の前ではじけて霧散した。
 ありがとうと、心の中でつぶやいた。