腕と首に欲望のキス





 心と身体がバラバラに砕けてしまうかのような悦を感じた。
 こんなにもまっすぐ抱かれたことなんて、なかった。
 朝になっても熱い体に求められ続け、貪欲に答えた。
 怖いくらいの幸せ。
 こんなの一度きりだ。
 私の心も身体も彼の暴力的な愛撫に馴らされ過ぎた。
 優しいオズワルトは彼じゃないみたいだ。
 味あわされてきた異常な行為の時の方が彼らしい。
   抱きしめられて眠りに落ちる。
 甘い陶酔の中に浸ったままでいるのを許されて、泣きそうだ。
 ぐっ、と堪える。この時が少しでも長引くように彼をそっと抱きしめた。
 酒に強い彼が泥酔するなんて、よほどのことがあったのだろう。
 記憶を抹消したいことがあったのだ。
それを塗りつぶすために  求められたとしても、歓喜しかなかった。
 血の匂いはしなかったことに安堵する。
 お酒の匂いに紛れているだけじゃないのを祈った。


「ん……くっ」
 頭を押さえつける。淫らにゆがむ表情を見ても何も感じない。
 誘われてついてきた時も顔の造作なんてさほど気にしなかった。
アントニア以上に美しいモノなどいないのだ。
 所詮、使い捨てが利く代用品に過ぎない。
 一度きりの欲望処理にすぎないと思えば歯止めなんて必要ない。
 こんな事、アントニアには決してさせない。
 何度も血で汚しておいて今更だが自分のモノを銜えさせるなど、できるものか。
 上目づかいで媚びてくる。
 堰を切って溢れ出すものを止められず、口内に出してやったが相手はまるで動じていない。
 嫌がる様子も見せず、寧ろ嬉しそうに飲み干していく。喉の動きがいやらしく感じた。
 口元をぐいと拭い、にやりと笑った。さすが娼婦というべきか。
 平然としている様子に呆れてしまうが、この時を楽しませてくれるなら問題ない。
「乗れよ」
 うっとりと微笑んで、腹の上にまたがった。そのまま躊躇いなく腰を下ろしてゆく。
 ず、ずと中に入っていく音がした。
「ん……ああ……すごいわ」
 揺れる乳房を揉みしだく。
 絡みついてくる中は執拗で、こちらの全部を搾り取ろうとしていた。
 厚顔はなはだしい。
 自ら腰を振って、近づいてくる。乳首を両手でつまんだら、締めつけが一層強くなった。
「あん……素敵」
使い慣れた台詞。演技ではなく本気だとしても興醒めだが。
 ひねり上げて乱暴に掴んだら
「や……んっ……」
 髪を振り乱して狂う。  前かがみに倒れてくる肢体。
 舌を小刻みに動かし、豊満な乳房を弄った。
 きつく吸ったら女の動きも早くなる。億劫で仕方がない。
 こちらは動かずとも相手が勝手にしてくれるから、好きにさせていた。
 空虚な思いは満たされず、忍ばせておいた短剣を取り出す。
 腕を引いて、切っ先を滑らせる。力をこめたら鮮血があふれた。
 表情を変えた女が逃れようとするも決して許さない。
 ぶるぶると顔をふるっていた。
「いや……やめて」
 身悶えている時とは明らかに違う様子だ。
「怖いのか。見かけにつられて誘ったお前が悪いんだ。
 まともじゃないかもしれないだろう? 」
淡々と冷酷に吐いてやる。
「逃げないなら極上の快楽の中でイかせてやるよ」
 俺は、イケそうもないが。
ぐるりと体を反転させ、位置を変える。
 勢いよく貫いたら、女は歓喜の悲鳴をあげて達した。
 半開きの瞳、薄く開いた唇からはだらしなく滴がこぼれていた。
 もし、口づけていたら殺していただろう。
 彼女と比べるべくもない、女を誇示して生きる欲深い姿に、反吐が出る。
 コトがすんだら、さっさと目の前から消えてくれればいい。
「起きろ……」
 達したばかりで、まだ呆然としている女に構わず、突き立てた。
 溢れんばかりに濡れているそこはやすやすと俺を飲み込んでいく。
「ん……はっ……や……ぁ」
 媚びて甘えている声だ。その証拠に貪欲にひくついている部分。
 腰を前後させれば、合わせるように腰を振ってくる。
 高揚で、赤く染まった肌、そびえる頂が毒の果実に思えた。
 指の腹で転がし、押しつぶす。
 乳房を捏ねる度押し返す弾力は、アントニアにはないものだが、
 わずかにもそそられることはない。厭わしいだけだ。
「やはり違うな……お前では満たされない」
 淡々とした口調に、女が憤りを見せた。
「な……何なの……無理やり付き合わせといて、私じゃ不満なの!? 」
 イったばかりで、起こされたことを言っているのだろう。
「まるで誰かと比べているみたい」
 睨みつけてくる眼差しには、滴が浮かんでいる。
「ああ、そうさ。お前なんて身代わりに過ぎないんだよ。
 抱いてやっただけでもありがたく思うんだな」
「……!! 」
言葉はなかったが、顔には全部出ていた。
 俺の体を引きはがし、女は寝台を降りた。
相手が離れた途端萎える自身は、わかりやすかった。
「こんな侮辱を受けたのは初めてよ! いいえ、屈辱だわ。
 見たことないような美形だからって誘った私が馬鹿だった。
 途中までは、もう一回会ってもいいって思ってたのに……」
 唇をかんで、素早く衣服を身に着けていく姿を醒めた目で見やった。
「だから、浅はかだったんだよ」
 壁に拳をぶつけたら、大げさに身を震わせて部屋を走り去っていった。
歪んだ表情を一秒でも長く視界に入れたくなかったから、ほっ、と息をつく。
 ―ああ、今回は消せなかったな。珍しい。
「相手にとっては幸いだったか」
 クックッ、と喉を鳴らして笑った。
 テーブルに置かれた酒を煽る。悪酔いでもしていなければ
 さっきの娼婦を追って、短剣をその身に浴びせてしまう。
 自分を咎めるだけの理性が、残っていた。
 淀んだ気配を察知したアントニアに、言い知れぬ怒りを抱いてしまう。
 彼女には何も咎はないが、血を浴びた事実を指摘される不快感はない。
 責め苛まれているようで、たまらない。
 脆弱さを暴かれた俺は、きっと彼女を惨たらしく弄んでしまうのだ。
 

 窓辺で月を見ていた私は、ふらり部屋に戻ってきた兄を受け止める。
 あからさまに酒の匂いをさせている。
肩にもたれてくる様子に泥酔しているのを感じた。
「……酒をくれ」
「もう十分飲んでらっしゃるわ」
 漂う匂いにこちらも酔いそうになる。
 ふわり、抱きつかれたまま床に倒れこんだ。
 月明かりの中、彼の姿がよくわかる。
 きつく、抱きしめられる。荒い息を感じた。
 衣服の上から、首筋に口づけを受ける。唇は軽い音を響かせては離れていく。
 お酒の匂いが、体にまとわりついてくる。
「んっ……お兄さま? 」
 背中の留め具を外されて素肌が外気にさらされた。
 腕にも鮮やかな口づけの痕が散らされていく。
 甘やかな陶酔に気が遠くなる。
 慈しまれているのではないかと錯覚する。
 鎖骨を舌が這う。びく、と跳ねた腰を足で押さえつけられた。
「ん……は……ぁ」
 髪に指を差し入れる。汗で湿っているのが手のひらに伝わってきた。
 膝を割られ、体が隙間なく密着した。
 衣服越しでも硬く押し上げるソレに気づく。ぞくぞくと身体がざわめいた。
(私を欲しがってるの? )
 どくん。心臓が高鳴って私のそこも、彼を求めて疼きだしたのがわかった。
 はしたなく濡れているのだろう。
 お酒に酔っていなくても、繰り返される愛撫ですっかり酩酊状態だ。
 間違っていても始めてしまった瞬間から、こんな風に愛されたかった。
 彼のことを拒めずにきたのは、夢を見ていたからだ。
 ふ、と微笑みが浮かぶ。
 ささやかな膨らみを幾度となく揉みしだかれる。
 限界まで張りつめている欲望が、意志を持って押し当てられる。
「あ……っ」
「ずっと昔から、お前が欲しかったよ。
 俺に乱されて、啼いて、懇願する姿が見たかった」
「お兄さま……っ」
 衣服の上から、押し当てられている状態でもどかしさが募る。
 生地越しに擦られていた。
「欲しいなら、ちゃんと言え。教えてやっただろう」
 舌が唇をこじ開けて、口腔内を暴れだした。
 しつこく舌を吸われ、歯列をなぞられて、ぼんやりと意識が霞む。
(こんな風に、してほしいのはきっと……。
 言ったら駄目。気取られていても)
 目元がじんわりと潤む。すすり泣きが聞こえたのか、唇をふさがれた。
「我儘な悪い子だな、アントニア? 」
 かちゃり、ベルトを外す音がした。
 彼が着ていたローブがばさりと宙を舞う。
 肩口にしがみつくとすぐに入ってきた。
 容赦なく、奥を貫かれる。
「ああ……んっ」
 隠そうともしない声に彼は満足したのか笑ったようだった。
 視界はほぼゼロと化しているが、聴覚はクリアに研ぎ澄まされている。
 響く生々しい水音。腰を打ちつける速度が次第に早くなる。
 四肢を絡めて全身で彼を感じる。私も感じてほしかった。
「お前以外はいらない。こんなにも満たしてくれるのだから」
 情熱的な言葉に、神経が覚醒するかのよう。
「ん……私だってお兄さま以外いらないんだから」
「当然だろう」
 ぐ、と強く押し込まれて何度か熱を吐き出された。
 脱力した体を受け止めた時、涙が零れ落ちた。
 気づけば寝台の上にいて、髪を梳かれている。
 連れて行ってくれたのだ。心が、甘い気持ちで満たされる。
「どうして、そんなに優しいの」
「やましいことがあるからかもな? 」
 笑って、からかう姿に、唖然とする。
 まるで微笑み合っていた幼いころのような笑顔だ。
 あの頃には決して戻れやしなくとも、彼は、面影を残している。
 少なくとも今宵の姿は。
 指に巻きつけては放す行為が、気恥ずかしくて頬を染める。
「あの……お兄さま」
 もう一度優しく愛してくれないだろうか。
 胸に頬を擦りよせて、見上げる。欲情に滾る眼差しが降り注いだ。
「あれだけでは足りないな。俺もそうだ」
「ん……っ」
 唇が合わさる。舌がもつれたと同時に中に彼がいた。
 揺らされ、思考が狂う。
 彼の動きに支配されていた私は、彼の掠れた声を聞き取ることができなかった。
「口直しが終わるまで付き合え。まだまだ汚れが取れない」
 喉が、痛くなるほど喘いでいた。
 限界まで開かされた腿。打ちつけられる楔。
 シーツを掴む指に力が入らない。
 意味をなさない言葉を叫び、やがて彼の名を呼んで果てた。
「あ……あっ……もう……オズワルトっ」
「っく……アントニア」
 崩れ落ちた体を受け止めて、瞳を閉じる。
 朝が訪れても、彼と繋がったままの状態だった。
 ふとした時に感じる違和感に声を漏らしそうになった。
 悦びで体が歓喜していたのだ。
 無防備な頬をなでて、貴重な時間をいとおしんでいた。