また明日



付き合い始めて三ヶ月経った。早いものでもう6月だ。
 そう言えば七日目でお互いを名前で呼ぶようになったんだっけ。
 苗字で呼び合うよりも距離が近い気がして嬉しくて  私は何度も名前を連呼した。
 砌、砌と。
 呼ぶ度に彼は照れながら「なんだよ」なんて言う。
 ぐしゃぐしゃって頭を撫でる手はとっても優しい。
 温かい時間がゆっくりと流れていく。

「明梨、葛井くん」
 由来が教えてくれて、教室のドアの所を見ると砌が立っていた。
「生徒会終ったから、帰ろうか」
「ん」
 週に二度生徒会はある。色々大変そうだ。
 砌は、忍さんに引きずられて生徒会に立候補して会計の座についた。
 忍さんは会長に立候補して見事にその座を射止めた。
 どうせなら副にしろやと忍さんに言われたけれど、お前の補佐は勘弁してくれ
 と砌は言ったらしいの。酷いよね。
 砌の親友である成田忍くんを忍さんと呼ぶようになったのは、何となくそんなイメージがした為。
 私も砌と付き合うようになって自然と忍さんとも仲良しになった。
 彼は砌と正反対で大人びた感じなんだけど、いつも笑顔だから
 感情が読み取れないと思っていた。多分底知れない部分を持っているはず。
 会計立候補者は他にもう一人いたけど私はちゃんと砌に入れた。
 恋人同士という贔屓目じゃなくて、砌なら会計に相応しいって思ったから。
 数学得意だし、普段から細かい。
 ワリカンの時はきちんと半分ずつ出すし。
 ……ほとんどの場合は彼が全部出してくれるんだけど。 
 色々思案していた私は沈黙したまま隣を歩いていた。
 一応校内なので手繋いだりべたべたいちゃいちゃはしてない。
 砌が、ふいに顔を覗きこんでくる。
「何考えてるんだ」
「え、忍さんのこととか砌のこと」
「忍のことが先かよ」
「副会長やればよかったのに。砌ならできたと思うよ。
 忍さんの補佐が嫌だからって本音なの?」
「目立つのが嫌だったんだ」
「へ」
「会計は縁の下の力持ちだろ。俺は会計が相応しいんだ」
「忍さんが嫌だったわけじゃないんだね」
「忍の隣りには俺って同学年の奴らは思ってるだろうけど、
 そればっかでもないんだぜって」
「いいじゃん別に。私は三人でデートでも大歓迎だよ」
「そういうのはデートって言わないの」
ぎゅって手の平が握り締められた。
 駄目だよ、皆見てるよ。
 目立たないようにしないとって思ってるなら止めないと。
 由来に言わせれば名物カップルらしいよ、私と砌。
 校内皆が私たちが付き合っているの知ってる。
 やっぱ砌が有名人だからでしょ。
 忍さんだって男前だけど、彼の隣りにいるからじゃないよ。
 砌は砌でものすごくかっこいいから、自然と人の目を集めてる。
 でも素直には言ってあげないもん。
 皆と一緒に黄色い声上げたら同じファンに過ぎないみたいだから。
 彼女だから特別な時にしか言わないの。
 砌がもっともっと素敵だって私しか知らないもの。
 可愛いって意見には大賛成だけど。
「いてっ」
「ん? ああ、ごめん」
 振り回した鞄が砌の膝にあたってた。
 こんなのしょっちゅうだから気にしない。
 故意ではないのです。 
 下駄箱でスリッパから靴に履き替えて、校門に向かう。
 何故だか先を歩き出す砌を追い駆けるようにとてとてっと走ってついていった。
「……ふう」
 砌は、ひと息ついたらしい。
 校門前で背を屈めて膝に手をついている。
「疲れた? 今日の体育、男子は、持久走だったんでしょ。
 砌、早かったらしいじゃん」
 男子と女子は体育の授業が別だから側で見ることができなくて残念だけど。
「……忍の次にな」
「へえ、1、2位の座を二人で独占なんだ」
 はっきりいって私は誰が早かっただのその手のことに疎い。
 興味がないわけではないけど耳年増な情報通ではなかった。
 砌と付き合うようになって気になりだした私に、わかりやすすぎと由来にも言われた。
 一応、クラスのことだからチェックは入れてるが彼女の好きな人は別のクラスにいるとか。
 ちょっと照れたのか砌は鼻の頭を掻いている。
 うん、うん。誉められて嬉しくない人はいないよね。
 私は背伸びして、よしよしと頭を撫でてあげた。
 6.5センチのヒールがついたローファーを履いていてもまだ少し高い。
 砌の身長は現在176.5cm。
180は欲しいといつもぼやいている。
 十分だと思うんだけどなー。
 私は158cmだから18cmも高いじゃん。
 こっちなんて高校入った時点で止まって伸びてないんだよ。
 確かに砌の親友の忍さんは183センチもあるけど、もうこれ以上伸びるはずがないんだから。
「帰ろ」
 顔を覗きこむと、
「あ、ああ」
 砌が言葉を返してくれた。
 こんな場所で立ち止まってぼうっとするなんて、よっぽど疲れてるんだね。
 早く家に帰って寝た方がいいよ。
 二人、並んで歩く帰り道。
 砌は歩幅をあわせてくれるから、ぎゅっと手を繋ぐんだ。
 初めはぎこちなく触れていた手のひらも今は自然と掴んでくれる。
 大きな手は私の手をいつも包み込んでくれる。
 駅まで15分。
 電車を待って、乗ったら私が先に下りてそこで別れる。
 やっぱり電車内で手を繋いでたらそれなりに目立っちゃうけど、
 気にしてられないもん。ほんの15分しか一緒に乗っていられないもの。
 学校から駅まで歩く距離を入れても30分ちょい。
 降りる駅が同じならよかったのにって贅沢に思っちゃうの。
 早くお休みが来ないかなって。
 砌と私は、歩く時時々目をかわして笑う。
 照れかくしなのかポケットに手を突っ込んでるのが可愛い。
 顔を覗き込んだら時々口をパクパクさせて俯いたりするのが、本当面白い。
 可愛いなって思ってたら、大胆になったりもするから砌ってよく分からない。
 こないだ、突然、壁際で砌の腕に閉じ込められてキスされた。
 びっくりして目を見開いて、ドキドキして彼の袖の服を掴んで目を閉じた。
 ファーストキスだった。
 砌の為に取って置いたんだよ、きっと。
 キスくらいでと思われちゃうかもしれないけどそれぐらいときめいたんだ。
 時間の流れがゆっくりで景色がすごく綺麗だった。
 夕焼けの橋の下で、オレンジ色の光が二人に差し込んでた。
 回想に耽ってたらあっという間に駅に辿り着いてた。
 話さないのが勿体無いなあなんて、今更思っちゃった。
 もうすぐ電車が来る。乗る前に言ってしまおう。
 よしっと決意を決めて口を開いた。
「砌、明日ね、うちに来る? 」
「……え」
「ほら砌も生徒会ないし、授業終ったらすぐ帰れるじゃない」
 砌が意外そうに驚いてる。
 あんまり唐突で驚かしちゃったかな?
 うわ、後からどぎまぎしてきたよ! 恥ずかしいっ!
 急に言わなきゃよかったかな。だってママが会いたがってたんだもの。
 私が毎日のように砌の話するから気になるみたい。
 危ないよ! 砌の足が線からはみ出していた。
 この線から出ちゃいけないって放送されている側から、駄目だよ。
 私は腕を引っ張って彼を白線の内側に戻す。
 動揺しているの?
 普段は変な行動取らないのにな。
 逆に私の方が、明梨って変だよなって言われるばっかりよ。
 ガタンゴトン。
 電車が、駅の構内に入ってくる。
「……行く」
「え? 」
 タイミングが悪かった。電車の入ってきた音でよく聞こえない。
「行くに決まってるだろ! 」
 その大きな音でも掻き消せないくらいの大声で砌は叫んだ。
 そんなに低くなくて結構通る声だから聞き取りやすい。
 すっと届いた言葉に、笑みが浮かぶ。
 靴の踵をとんとんと叩いて喜びを表現した。
 電車のドアが開くと同時に、砌が私の腕を引いて電車内へと体を滑り込ませた。
 すごい勢いで、力も強くてああ男の子なんだねって思った。
 ふいの強引な仕草に弱いかも。
 気付けば顔が真っ赤になっていた。
 真っ直ぐな視線に貫かれそう。
 乗車する人の列が終るのを待って、ドアのまん前の段差に腰を下ろした。
 ひんやりとした感触が伝わってくる。
 座るところじゃないんだろうけど、座席は満杯だし、つり革だとくっつけないから
 ここを取れる時はなるべくここに座っていた。
 二人で座ったらぎゅうぎゅうではっきりいって狭いんだけどね。
「楽しみにしてるね! 」
「俺も楽しみ。明梨の家に行くの初めてだもんな。
 誘ってくれるなんて思わなかったから嬉しい」
「ママに言ったら飛び上がって喜ぶだろうな」
「……喜んでもらえるなら嬉しいけど」
 目を逸らした砌の表情が知りたくてしつこく追い駆ける。
 ぐいと体を横に傾けて首を傾げたり。
「あのな……これ以上惑わせないでくれよ。頼むから」
 砌は顔を手で抑えた。
あああって感じでうな垂れてる。
「だって気になるんだもん」
「っ……」
 顔を熟れたりんごのように真っ赤にした砌は、電車内なのに構わず
 私の腕を引いて腕の中に招き入れた。
 何が起こったのか掴めなくて呆然としてたら、
 ぼっと体中の熱が集まったみたいに、顔が熱くなっててようやく事態に気づいた。
 段差の上は狭いから余計に密着してしまうんだ。
 こてんと砌の腕の中に頭を預けたまま、動けなくて固まってた。
 顔から火が出るとはこのことだ。
 ほんの数秒間で離れたけどとっても長い時間に感じられた。
 体を離したのは私が降りる駅に着いたから。
「砌のおかげで揺れなかったよー」
 本当は顔から火吹きそうなくらいだったけど、誤魔化すのに必死。
 戸惑ってるのなんてばればれかな。私も砌がドキドキしてるの分かるし。
「そっか」
 砌はふっと瞳を和らげた。
 電車が止まった瞬間の振動を直に受けてしまう場所なのに二人でいたから意識しなかったのも事実。
 振動よりも強の心を震わせてるのは砌だ。
 ささっとスカートの埃をはらって立ち上がる。  砌も私と一緒に立ったけど手は離さないまま。
 名残惜しくて降りる瞬間まで手を離さない私たち。
「じゃあね、また明日〜」
「じゃあな」
 すとんと電車から降りて地面に着地する。
 車内に向かって手を振ると砌も小さく振り返してくれた。
 こっちはぶんぶんと振ってるのに少し動作が静かなのが不満だけどその笑顔に免じて許してあげるね。
 ドアが閉まって電車が動き出すまで、電車の中と外で見つめ合ってる。
 私は砌を見送って、砌は私を見送る。
 動き出す瞬間に、私の瞳に映った砌は眩しいくらいの笑顔だった。
 彼の事が好きなんだと改めて実感する。
 帰る瞬間から、もう明日学校で会える時を思い浮かべてる。
 焦らなくても明日なんて、あっという間に来るのに
 時間が早く過ぎたらいいのにって思うの。
 砌に会える明日が待ち遠しくて仕方ないから。
 



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