「ママさん、砌と明梨ちゃん、飲み物いらないそうです」
少し笑いながらそんな風に。
ここまでしてやる親友は他におらへんやろ。
「あら、もしかして」
含み笑いをするママさん。
実は、台所まで俺はわざわざママさんに伝えに言ったのだ。
今更何もないだろうけど、一応邪魔入ると雰囲気台無しやろ?
「そうゆうことですねえ。砌だったら今更過ち起こさんやろうし、
そっとしといてあげてくれます?」
にこにこ微笑む。
いちいち言わんでも邪魔するようなママさんじゃないが、
覗き見が好きそうなので言っておく。
「起こすなら過ちじゃなく起こして欲しいものだわ。
明梨ちゃんは良い子だし、砌とそうなっても私は賛成よ」
「物分かりええお母さん持って砌は幸せやな」
「そうよね、感謝してほしいわ」
笑いあう。
「砌、顔ええのにほんま不器用ですよねー、
そこが可愛いいうかからかってやりたくなるとこなんですけど」
「忍くんも充分かっこいいじゃない。
やっぱり今も彼女いないの?」
興味津々といった風情の砌のママ。
おったら良かったんですけど。
「今のところいらないです。何かと面倒やし。
砌と明梨ちゃんからかってると楽しいんで」
「相変わらず素敵な性格ね、うちの弟に比べれば全然いいわね」
「ほんまに、ママさんは、青さんが好きなんですねえ」
「愛は中々届かないけどね」
ふっ、と遠い目になる砌ママは、やっぱり美人だった。 「いやあ、届いているんじゃないですか」
「そうね。あの子も大分丸くなったから」
「まあ、泣く子も黙るほどのイケメンさんやし性格に難あるの普通でしょう」
「あなたが言うのね、それ」
「いいじゃないですか。済んだことです」
この人には、俺の気持ち全部知られていたのかもしれない。
「砌と友達でいてくれてありがとう」
しみじみ言われ、はっとする。
「何言ってるんですか。俺と砌は心の友ですよ」
「あはは。そうね」
「んじゃ。帰りますわ」
「また来てね、忍くん」
はあ、あいつらのキューピッドって損な役回りやなあ。
砌にゆうたこと、嘘とも言えんかったりする。
明梨ちゃんのこと前好きやったし。
あいつらが両想いなのに気付いとったから、身を引いたわけで。
最近までだから今は違うんやけど、
砌が明梨ちゃんを泣かすようなことあれば、彼女を奪うつもりでいた。
泣かせずに自分の物にする自信があったからな。
それはあまりにも大人気ないやり方やから、結局やらず終い。
砌は好きだし友情と天秤にかけてまで彼女を手にいれようとも思わなかった。
「ちゃんと上手いこといけよ」
俺はどっちも好きなんや。
どっちも苦しむのみとうないんや。
「憎めたら楽になれたんやろうな」
もう終ったことや。自分の中で完結させた。
遊びで女と付き合うのは飽きた。
そんなんお互いにとってつまらんやん。
何が起きても俺は味方やからな、何でもゆうてこいよ。
求められる限りは答えてやる。

砌と私、アルファベットで言えばB?
でもこれってどういう意味なの?
どう読めばいいって。
「ねえねえ、砌」
腕枕でお昼寝してたんだけど、目覚めちゃった。
やっぱりね、帰る時間とか気になるし。
肩をゆさぶってみる。
「え?」
呆けた顔の砌は面白いな。
「ABCのBってどういう意味?AはキスでCはセ……」
にこにこと笑う私の口元を砌がいきなり手で抑えた。
「もが……っ」
苦しいよ。
「そういうこと女が言わなくていいから」
「だって別に恥ずかしいことでもないんでしょ」
「この前と別人だな」
「ママに聞いたし、復活したから平気だよ」
「天然は恐ろしい」
恐ろしい!?
「唐突過ぎるんだよ。つーかさ、今時そういう言い方するか」
砌、苦笑い。
「だって気になっちゃたんだもん」
「上手く説明する自信ないんだけど、いい?」
「……う、うん」
砌はさらりと髪をかきあげた。
こうしてみると格好いいんだね。
「いや言えない。お前に聞かせられる話じゃない」
「うう、だっていずれはさ……」
「いいんだよ!なるようになるんだから。ならない時はどうにもならない!」
むっつりと怒ったように砌は言う。
「叔父貴なら上手く答えれられるんだろうけど」
「へえ、すごいんだねえ」
「……まあな」
「明梨、今度会えるかもしれないぞ」
「ほ、ほんと!格好良い?」
私は身を乗り出した。
「い、いてて」
「あ、ごめん」
砌の首しめかけちゃった。
「会えば分かるんじゃないかな」
「ところで何歳なの!叔父さん」
「20代後半……」
「……わっかーい」
「母さんとは歳が離れてるからな」
「ふーん、それはそうともう帰るね」
すとんとベッドを降りる。
砌はどこか残念気な顔。
あっさりしてるかな。もう少し名残惜しむのが普通?
「じゃあな、また明日」
「うん、安全運転でよろしくね」
「言われなくても」
「ふふ、じゃあね」
バタン。
扉を閉めて砌の部屋を出て行った。

明梨には参る。
いきなり行為の段階の話するかよ。
試してるわけじゃなかったんだろうし。
どんな顔して説明すればいいんだ?
頼むから俺に説明求めんなよな。あと、
気付いてなかったみたいだけど、D忘れてるぞ。
付け加えるのも馬鹿らしいしな。
何か疲れた。
とりあえず先へ進めたということでよしとしよう。
明梨にはあのまんまでいてほしい。
変わらないままで……なんて思うのは我儘かな。

翌日、砌の運転で夜の海を見に行った。
たまにはロマンチックな気分味わいたいじゃない?
「砂の上って裸足で歩くと気持ちいいね」
ざくざくと踏み鳴らして歩く。
「昼間は来たくないよな。人多いし熱いし」
「ははは、そうかも」
「たまには泳ぎたいんだけどね」
「こんなとこで泳ぐのは良くない」
「なんで?」
「べ、別に」
お前の水着姿を不特定多数の目に触れさせたくないんだよ!
なんていえるか、馬鹿。

顔、真っ赤だよ、砌。
私は驚いた。
「ま、いいか」
ふふふと笑いながら砂の上を歩く。
砌は私の後ろを歩いていた。
「明梨」
ふと呼び止められる。
「何?」
と思ったら、ふわと抱きしめられた。
「砌……」
強い抱擁に胸が苦しくなる気がした。
こんな感じ知らなかった。
抱きしめられたことは何度もあるけど。
昨日新しいキスの方法を知ってからかな。
彼と触れ合ってると口にできないくらい切ないんだ。
嫌な気持ちではないけどね。
「大学に行ったら会える日が減っちゃうね」
「その分濃い一日を過ごせばいい」
「それってどういう……」
「こんな」
昨日したみたいな深い深いキスをした。
逃げ出したあの時とよく考えたら同じことしてるんだよね。
「……ん」
体中の力が抜けそうになるから、慌てて砌にしがみつく。
抱き返してくれる腕は優しくて酔ってしまいそう。
「帰ろうか」
私を抱きしめたまま、砌が耳元で囁く。
息がかかって少しくすぐったい。
「うん」
車で家まで送ってくれた。
門限がない我が家にひたすら感謝。これは砌の家も同じ。
小さく手を振って運転席の砌に別れを告げた。

それからあっという間に夏は過ぎていった。
季節と一緒に気持ちも成長していったんだ。


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