指先



 あなたの指先が好き。
 私を愛撫する繊細な指先。
 体中が覚えているあなたの仕草がとてもいとおしい。




 ダイニングキッチンのテーブルの上にはデスクトップカレンダーと、
 花瓶、キャンディーを入れたワイングラス。
 整然としたテーブルには少しずつ物が増えていった。
 このマンションは私が引っ越してくる直前に、買ったらしい。
 青は、私が来るまでの僅かの間に色々と整えて準備していた。
 私が持って来た物といえば、多くはない洋服と下着、ベッドくらいだったのに、
 用意してくれた私の部屋のクローゼットの中には、たくさんの洋服が
 入っていた。色んなデザインの上質な洋服達。
 私が好みのデザインを選んでくれていただけでなく、サイズもぴったりで
 何で知ってるんだろうと首を傾げた。
 何となく聞けなかったんだけど今日こそは聞いてみたい。
 椅子から勢いよく立ち上がった私は、隣に佇む旦那様に問いかける。
「青、私の洋服のサイズ知ってたの!?」
「どうしたんだ、そんなに興奮して」
 何でもないことのように笑みを浮べている青。
「引っ越す前、体験宿泊した時ににいっぱい服贈ってくれたでしょう
 サイズとか教えたことなかったのに、すっごい驚いたのよ。
 ある意味ちょっと怖かったわ」
「下着まであったし!」
 青の顔を覗き込んでじいっと見つめた。
「教えてくれたじゃないか」
「言ってないわよ」
「体で」
「……セクハラっ!」
 うわーやっぱそういうことか。
 顔を真っ赤にしてしまう。
「何回も抱き合ってれば自然と分かるものだろ」
「何それ」
「85、56、83だよな……いや今は成長してるかな」
 にやけた口元さえ品を感じる。
「どうしてそこまで細かく」
 驚きに目を瞠った。
「触診」
「まだお医者様じゃないくせに! いつしたのよそんなこと!」
「お前が意識真っ白になってる間に」
「うわ、何してるのよ!」
「メジャーで計って欲しかった?」
青は口の端を緩く吊り上げた。
なまじ顔が整いすぎてる分とても意地悪に見える。
「青が言うとやらしいニュアンスに聞こえるのは何故かしら」
「そういう意図で言ってるから」
駄目だ。口で敵うわけないんだわ。
 ダメージは、与えられそうにもない。
「下着まであったのはどうして? もしかして……」
「自分が買った物を脱がせるのはまた違った気分だからな」
「違った気分って?」
「さあ?」
青は悪戯っぽく笑う。
 やっぱり、そういう目的だったのかと、ちょっぴりの呆れと恥ずかしさがある。
いつの間にか背後に立たれているのに気がついてのそりと横移動する。
 ちらちらと後ろを振り返りながら。
 くくくって笑われてるのくらい知ってるけど。
 後ろに立たれるのは何だか……ちょっと怖い。
 背が高いから私の姿なんて隠れてしまうのだ。
 青はポーカーフェイスを作り、私の動きに合わせて同じように移動する。
「楽しいか?」
 こちらに聞きながら面白がっているのだ。  とりあえず隣に来てなんて言えない。
 キリがない、と小さく溜め息をついた。
よし、走って逃げよう!
キッチンを走り抜けると、スリッパの音がパタパタと響く。
 後ろを走ってついてくるかと思われたが、ついてくる気配がない。
 どこかゲームに買った気分で、心の中でガッツポーズをした。
 このまま逃げてしまおう。
 自分の部屋に入り鍵をかけた。
 彼に誘われたら逃げられるわけがない。
 嫌じゃないけれど、最近しすぎじゃないの。
 思いっきりしたいだけみたい。
「お休み、青、今日は私ここで寝るね」
 抱かれたい。あの腕の中で眠りたい。
 心の中にくすぶる炎を収めようと必死になる。
本当は体中があなたを求めて泣き叫んでいる。
 ドアにもたれて座り込んだ。
 ガチャリ。
 その時、部屋の扉が小さく開いた。
 大げさに肩を揺らして、恐る恐る振り返った。


 何を得意気にしてるんだか。
 あまりにも可愛らしい沙矢の行動に、笑みが零れた。
 ゲームみたいだなと思い、影を追う。
 妙なことをしている自覚がありつつも引っ込みがつかない。
 楽しくて仕方がなかったからだ。
 パタパタと走る沙矢の背中を見て思った。
 どこへ隠れたって無駄だ。
 どの部屋の鍵も俺が持ってるんだから。
 管理しているのは俺だって事忘れているのか。
 唇を歪めて私室に向かい、チェストの三段目から目的の鍵を取り出した。
 歩いて行き隣の部屋の鍵を開ける。
 鍵が掛かっているのは分かっていたから、ノックはしない。
 念のため、扉をほんの隙間程度開いて覗いた。



 心底不思議に思い、青を見上げた。
 扉が少し開いたと思った瞬間、避けたのだけど。
「鍵、持ってないと思ったか」
「!?」
 はっとした。
 そこに考えが至らなかった自分が悲しい。  ドアノブに鍵穴がついてるのを失念していた。
 青はやっぱり楽しそうだ。
 無表情に見えても心の中は笑ってる。
 一緒に暮らした中で学習したことだ。
 座りこんでいたら、あっという間に抱き上げられる。
 ふわりと体が宙に浮く感覚がした。
 軽々しく抱き上げられて運ばれてゆく。
 隣の寝室の扉を開けて中へ入ると青は、片手で難なく中から鍵をかける。
 静かにベッドの上に下ろされた。
「……本気で逃げたわけじゃないわ」
 笑った。部屋の全部に鍵が付いているから成立したかくれんぼだ。
 開けられるのに閉めたのも私だが、逃げ切りたかったわけではない。
 結局は、捕まえられたかったのだ。
「知ってる」
 くっくっと笑いながら、肩に手をかける。
 二人で入っている浴室に鍵をかけるのはよく分からないなと思う。
「……青」
 シャツのボタンがゆっくりと外されてゆく。
「青、二日続けて……」
「お前を求める気持ちはそう簡単に抑えられないな。
 共に暮らしていて今は夫婦なんだ。何故躊躇う必要がある?」
「……真顔で言わないで……んっ」
 唇が塞がれた。
 歯列を割り、舌が絡んでくる。
 激しい熱の交わりに、吐息が乱れる。
 頭がぼうっとして視界が霞む。
 力が全部抜けていきそうになり、広い肩を掴んだ。
 止まない口づけに瞳が潤んでいた。
 シャツが肌蹴られ、下着越しに胸を揉みしだく。
 頂も押さえ、優しく刺激をくれる。
 胸を愛撫する手を抑えないまま、空いている手でスカートのホックを外す。
 どんな時も私から視線は外さない。
 見なくても、指先は覚えているのだ。
 スカートをひき下ろした手が下着越しに触れてきた。
 胸への愛撫と同時に秘所に触れられ、つま先が、震えた。
 快感の波が押し寄せてくる。
「あっ!?」
 唇を開けられて指先で歯列を撫でられ、喉の手前までを攻められる。
 こんな場所に触れられて感じるなんて不思議な感覚だった。
 下着を取り去られて、膝の上に乗せられる。
 肩口に顔を埋めていると、彼も衣服を脱いでいるようだった。
 最後の下着だけは脱がず私をそっと抱きしめると、柔らかな仕草で横たえてゆく。
 どこまでも妖艶な眼差しが降り注ぐ。
「……抱いて」
 自然と口から漏れた懇願は、抱きしめてなんて柔な願いではない。
 彼を感じたい。
「二人の願いを叶えようか。一つに溶けたいという願いを。
 抗う気持ちなんて脆くて簡単に霧散してしまう程度のものだった。
 本当はまた指先で愛して欲しかったのだ。長くて美しい指先で。
 昨日と今日は別。新しい私たちで、愛を作るの。
「ふ……あっ……ん」
 頂を甘噛みされる。
 口に含まれて舌で転がされると、次第に硬くなっていく。
 片方は指で弄ばれ、片方は唇できつく吸われる。
 眩暈がしそう。
 大切に扱ってくれているのが分かる。
 何度も背を反らせ、爪が食い込むほど強くシーツを掴む。
 空いているもう一方の手では秘所に触れられていた。
 ゆっくりと段々と早くペースを変えて中心の蕾を描き回す。
 硬くなっているそこからは、蜜が溢れていく……。
 指で頂を押し潰され、同時に秘所にも激しい刺激を加えられて、痙攣が起きる。
 一瞬のスパーク。脳裏が一気に白く染まった。



 ぼんやりと瞼を開けると見下ろされていた。。
 どうやら横たえられているみたいだ。
「……ああんっ」
 秘所の中に指が入り込んでくる。
 浅い場所をじっくりと攻める動きに、ぞくぞくと体が震える。
 唇が戦慄く。腰が揺れていた。
 狂おしい気分が呼び起こされる。
 指は何度となく入り口の近くを突いてくるのだ。
 ビリビリと体中が震えて、頤が仰け反る。
 段々と奥へと向かう指を締め付つる。
 体が悦びの悲鳴を上げていた。
 虚ろな視界の向こうに、サディステイックな笑みが見える。
 眼差しで問いかけられて、現実と別世界を彷徨う私は、首を縦に振った。
 かくん、と人形みたいに。
全てを脱ぎ去って覆い被さってくる青を見上げて、目を細めた。
 膝を割って、腰を絡ませる。
 熱い場所が触れ合っただけで、また濡れた。
 ……直に触れられていることに気づかないはずはない。
 薄い膜を通してと、素肌とはやはり違う。
 夫婦だから、構わないのだけれど、結婚してから初めてだ。
 思考が、焼かれていく。
(子供ができたとしても本望よ)
「ああああああああ……っん!!」
 最奥を貫かれた。
 そのまま動きが止まり、唇を合わせた。
軽く啄ばんで、深く舌を交わらせる。
胸への愛撫が再び始まった。
下から押し上げる動作で、揉み上げられ、声にならない喘ぎ声を出してしまう。
気持ちよくて、胸を突き出すように体を浮かす。
青は意地悪く笑って、ふくらみに顔をうずめた。
 頂を口に含まれて吸われているのを感じた瞬間、
 青自身が、膣内<ナカ>で動き始めた。
 肌に赤い華を咲いてゆく。
 痛いくらいの力で吸われ、所有印が刻まれる。
 赤く色づく肌がとても愛しい。彼のものだという証。
 円を描いて動きながら、胸を揉みしだく。
 内部をめちゃくちゃに掻き混ぜられる。
 体は揺れ続けている。
 青を受け入れている場所は、収縮を繰り返す。
 限界へと昇りつめてゆく体と体。
 スピードを上げて律動を刻む。腰をくねらせて動きを合わせた。
 背中に抱きついて指を折り曲げて、爪を立てる。
 深く突き下ろされる。
 互いに吐息が、乱れていた。
 はあはあと荒い息を吐き出しては激しく絡めあう。
「……あああ……青、青っ」
 ぐいと抱き起こされて、最奥を強く貫かれた。
 二人の汗が体の上で混じる。
 激しい結合に眩暈がする。
 私の熱と青の熱が体の奥で溶け合った。
「愛してる、沙矢」
「青、愛してるわ」
 強い力が体を抱きしめる。
 繋がったまま、シーツの海に沈んだ。
 視界に幕を降ろす。
 髪を梳く優しい指先を感じていた。



 しどけない姿で眠りに落ちた沙矢を見つめながら、髪を梳く。
「……約束守れなかったかもしれない。許せ」
 ハネムーンベビーを作るという約束。
 我ながら、自分勝手なことを言うものだ。
 舌を出して悪戯っぽく笑った。
 ハネムーンではとっくにお腹の中にいるのかもしれない。
 とりあえず、結婚式に急に大きくなってるなんて事はないだろうから大丈夫か。
 入籍してから、避妊することがほぼなくなった。
 今日は、滅多になく羽目を外してしまい避妊をせずに彼女の中で
 熱を吐き出してしまった。だが何を思っても今更だろう。
 結婚しているし、問題もないと自己解決している。
 別の言い方をすれば開き直りだ。
 汗で肌に貼りついた髪をそっと直してやる。
 しっとりとした手触り。濡れた髪が、色っぽさを醸し出している。
   額に、頬に口付けを啄ばむ。
 淡い夢の彼方に堕ちた愛しい女の姿を見つめる。
 離れたらまた欲しくなるのは何故なのだろうか。
 再び体を重ね合わせたくなる。
 頭を引き寄せて、髪の一房に口付けを落とし、指に絡めた。
 ふっ、と笑みが浮かぶ。
 掬い取った髪からは、自分の髪と同じ湿った香りがする。
「……ん」
 腕の中の体が身じろぎした。
 見ているとぱちぱちと瞬きをして、沙矢が瞳を開けた。
「おはよう」
 くすっと微笑みかけ、頭を撫でた。
「もう朝なの?」
 惚けた問いを投げかける様子も微笑ましい。
「まだお前がイってから、そう時間は経ってない」
「別の言い方してくれるつもりはなさそうね」
 恥ずかしそうに笑った後胸板に頭を摺り寄せてくる。
「温かい。私、この瞬間とっても好きよ。何度も言ったかもしれないけれど」
 穏やかな顔で目を細める沙矢の肩を強く抱いた。
「俺もかな」
「かな?」
 聞き返さずにはおれないらしい。
「俺もだ」
 からかうのを止められないのは、悪い性質か?
「青ったら」
 呆れられたのかもしれない。
「何か文句でも?」
「ううん、大好き」
「そうか」
 無邪気すぎるのは、これ先何年経とうが変わらないのだろうか。
 昔は、見せてくれなかったがな。
 あれは俺も悪かったのだが、共に暮らし始めてこんな沙矢を
 見られるようになってすごく幸せだ。
 迷うことなく爪を立ててくる指先、彼女の仕草ひとつひとつを
 すぐに頭の中に描くことが出来る。
 他人からすれば馬鹿らしい惚気だな。
 笑みを浮かべて頬を寄せる沙矢にキスをして瞳を閉じた。



 青は私を抱いたまま眠り始めた。
(珍しいこともあるわね。いつもとは反対だもの)
 抱きしめている時、少しだけ迷う指先も好き。
 体の上を彷徨って、一瞬躊躇い、指は、優しい動きになる。
 激しい性質を隠したいの?
 そんなことをしたって、無駄なのに。
 あなたの激しさは隠せるものじゃないわ。
 そんな所も優しさが伝わってくるから嬉しいのよ。
 冷静で情熱的なあなたの性格が、現れているから。



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