「ね、一緒におやつでも作ろうよ」
何が、ねなのか分からなかったが、砌が異を唱えるはずもなかった。
目の前には目に入れても痛くないほどめろめろの恋人がいる。
しかもエプロン姿だ。色はよりにもよって赤。
ハートを象ったデザインでその縁にフリルがあしらわれている。
可愛すぎて目に毒だ。
目がハートになった砌の姿は、傍から見れば
蹴り倒したくなるだろうが、いかんせん今は二人きりだ。
春休みの内にそれぞれアパートに引越しをした。
二人は誰にも邪魔されることなく
これからは自由に会えるというわけだ。
どうせなら一緒に住んじゃえばなんて無責任な母親の言葉に、
それじゃ駄目だろとモラルを重んじている彼は阿呆かと突っぱねた。
一瞬ぐらぐら来たのは、秘密だ。
大学生は勉強が本分だ。
しかも医学部なんて場所を選んだ為、
結婚する頃は25だ。
明梨は、女の子なので早く結婚したい気持ちもあるかもしれない。
だが、将来設計もあやふやなままでは。
明梨が冷蔵庫から材料を取り出している間、一人悶々と考えていた。
腕を組んでなにやら真剣な様子で、考え込み時折唸っている砌だったが、
「調子でも悪いの? 暑くないのに汗なんかかいてるし」
やっぱり鈍感な明梨は気づいていない。
「あのな、俺たちの結婚のことだけど……」
「私、砌がお医者さんになるまで待ってるよ。
だから大丈夫」
にっこり微笑まれれば抱きしめるしかない。
腕の力を加減し忘れてしまうほど砌は感激していた。
彼が、阿呆といわれる所以はこんな所にあるのかもしれない。
もっとも砌を阿呆というのは、親友の忍一人しかいないが。
七光り・サラブレッドなどといわれるのが嫌で人一倍努力してきた砌だ。
もともと頭も悪くはなかったが、医学部に入る為に彼はかつて
いけすかない叔父(見かけは泣く子も黙るようなイケメン)
に家庭教師になってもらうという屈辱も味わった。
……今となっては良い想い出か。
明梨といちゃついてばかりいたわけではないのだ。
いくら交際に寛容でも成績が下がったら、別れさせられていたことは間違いないだろう。
あれでいて手厳しい両親だ。
明梨の場合は、恋愛と他のことをきちんと分けているようだったし。
あんなほやほやしててもそういうの上手いからな。
ふう。明梨の肩に顔を埋めて砌は吐息をついた。
「重い」
「これくらいで何が重いんだよ。何度もお前の上に乗っ……」
あのからかい癖が、また出てきた。
砌は内心苦笑いする。
(結ばれてからは、直接的なこと言ってなかったんだけどな)
顔を真っ赤にした明梨が、彼からそっと距離を取る。
一瞬の間の後、
「……っ! 」
明梨に突き飛ばされ、砌は苦悶の表情で呻いた。
キッチンの壁にぶつかりずるずると背をもたれさせる。
「うわあ。ごめんね」
ばっと駆け寄り明梨が、砌の手を取る。
その隙を逃す砌ではなかった。
口元を吊り上げる。
「ちっとは警戒しろよ」
容赦なく抱き上げて二階への階段を上がる。
「おやつ! 」
「だから、俺はこれから食べるんだよ」
ニヤリ。悪質な笑みを浮かべる砌に明梨は、目を潤ませて制止のポーズをとる。
「駄目」
甘えた声と態度で言われても、もちろん、逆効果でしかない。
「んな期待してますって目で見られて止まれるかっつーの」
さっきの待ってる発言を聞いた時、
どうしようもないいとおしさが込み上げていた。
そして、欲情した。
抱いて突き上げて壊してしまいたくなった。
自分の中にそんなサディスティックな部分が、あるなんて思いもよらなかった。
……まさか血なのか。
砌は若干青ざめた。
あの性格の悪いサディストは彼をいじめるのが好きだった。
いじめるが、褒めるときは褒め、要するに
飴と鞭の使い方が抜群に上手いのだ。
確実にあいつの血を引いている。
可愛がりたいけど、いじめるのも好きだなんて。
俺は悪くない。かわいい明梨が悪いと勝手に結論づける。
「どうしたの、砌。今日はいつにも増して変だよ」
明梨にだけは言われたくないと。
砌はツッコミを入れたい気持ちでいっぱいだった。
「お前が可愛いこと言うからだよ。俺の理性がぶち切れること言うからだ」
「言ってないっ」
無駄な抵抗なのに砌の肩をぽかぽか殴る明梨。
気がつけばベッドの上に降ろされ涼しい顔で、見下ろされている。
「そういうのオレサマって言うんだよ。砌もだったんだ」
「他に思い当たる節があるのかよ」
「世に溢れてるらしいから」
まったく素直な……と砌は感心した。
嘘はないんだろう。
「……オレサマじゃないと思ってたんだけどな」
まあ、しょうがないかと開き直る。
「あ、オレサマじゃない! 赤ずきんに出てくる狼だよ」
止めを刺された。
砌は、取り戻しかけていた理性をきっぱり手放した。
「じゃあ美味しく食べてやるよ。ここには狩人もいないしな」
口調とは裏腹に優しく、明梨の上に覆い被さる。
彼女も内心は嫌ではないから、抵抗などしない。
それが分かっているから砌も調子に乗って進める。
舌を絡めて、唾液を吸い尽くすように貪る。
呆然とされるがままになることがない明梨は、自らも舌を差し出して砌に応えた。
水音が響いて、互いに顔が赤くなる。
表情にはこれから起こることへの期待も含まれている。
明梨が砌の首筋に腕を回す。
暗黙の了解で砌は、次の行動を映す。
額、頬、顎、首筋へと唇を滑らせて、ぺろりと舐める。
きつく吸い上げれば赤い痕が残る。
砌が、残す証。
いつもとは違う場所につけてしまったが、明梨は怒らないだろうと
身勝手なことにも考える。
しょうがないと許してくれる明梨に甘えてしまうのだ。
「暫くタートルネックを着てくれ」
「……あ、うん」
砌がボタンを外そうと腕を伸ばすと察した明梨が、
ばんざいの体勢になる。
「くっ」
「ん? 」
突然呻いた砌に明梨が、疑問を顔に浮かべている。
「かわいすぎだ! 」
「バカップル丸出しだね」
砌はにやけてしまうのを止められない。
「んっ……」
いきなり頂に唇を寄せるとすぐに反応が返る。
瑞々しく甘い桃色の果実。
舌でつついて、唾液で湿らせる。
乱れてゆく明梨に砌は本能を掻きたてられた。
制御が利かなくなる己が本気で怖い。
それも全部明梨が悪いのだけれど。
無意識で誘う彼女。
いつのまにか明梨は、砌の背中で指を這わせていた。
砌は、躊躇うことなく果実を口に含む。
段々固くなっているソレの弾力を確かめたくて唇で挟んで引っ張った。
甲高い声を上げて首筋が仰け反る。
砌は、自分のシャツを脱ぎ捨てると明梨をふわっと抱きしめた。
素肌同士で触れ合うと温もりを感じて嬉しくなるのは互いに同じだった。
もう一度明梨の体を横たえると、砌はふくらみに手を伸ばした。
やんわりと揉みしだき始める。
ぴったりと吸いつくきめが細かい肌は、
結ばれてから変わったのだろうか。
明梨は何も言わないけれどそんなこと聞けるはずもない。
幾分胸が大きくなっただろうか。
エロ親父全開だな。
砌は、一人ノリツッコミを脳内でしていた。
唇と手のひらでふくらみ飽きることなく愛撫しながら。
「あ……ふ……っん」
漏れ出す声は、甘さを帯びてきていた。
ちゅっとそこらかしこに口づけるとくすぐったそうに身を捩った。
笑っている明梨の隙をついて、秘所に触れた。
過敏に反応した体が震える。
「そこ、や……」
「もっとして欲しいくせに」
湧き出ている泉を何度も往復する。
疼いている箇所に雫をこすりつければ快感が増すようだった。
蕾はどんどん固くなる。自分の意志を持っているようだ。
舌で触れるとびくんと背をそらせて、明梨は達した。
「敏感だよな」
たった一度触れただけなのに。
感度のいい明梨が、好きでたまらない。
弛緩した体が落ち着くのを待って、舌を差しこむ。
開かれた奥はスムーズに、受け入れてくれた。
口を開き、目元も潤んだしどけない姿。
砌は自分が、彼女を乱れさせているのだと思えば満足感を覚えるのだった。
明梨が指を宙に揺らめかせている。
教えてもいないし本人は、普段とは別人なのだろう。
本能の衝動で動く女という生き物になっている。
砌は、意識的に誘われてごくんと喉を鳴らした。
手早く彼女の中へと入るための準備を整えて、足の間に腰を割り込ませた。
先にイカせるのは、こちらから意識を逸らせるためかもしれない。
無様な姿を見られるのは未だ慣れない。
丁寧にしているつもりでも、いつも焦ってばかりいた。
早く彼女の中に入りたくて、そればかり考えていた。
「あ……っ! 」
硬く熱いものが、秘所に触れた途端明梨は頤を反らせる。
朱に染まった体には汗がはじけていた。
(何て綺麗なんだろう。出逢った頃よりもずっと綺麗になった。
それが俺によってだったら嬉しいなんて、とんだ自惚れかな)
砌はほうと吐息をつく。
「明梨、好きだよ」
「私も好き、砌」
耳朶を甘噛みして明梨の神経を溶かす。
「っ……ふ」
陥落した明梨の腕が、シーツの海に沈んだ時、砌が腰を進めていた。
一気に這入った後一瞬動きを止める。
絡みついて奥へと導こうとするのに逆らうのは、かなり苦しい。
けれど、自分本位にするなんて愛がない欲望のままの行為だ。
頬を伝う涙を啜る。
泣き笑いの表情から満ち足りた顔になる明梨。
「……もっと来て」
彼女を小悪魔と言わずして何といえば良い。
砌は泣きたくなるほどの愛しさに駆られて貫いた。
喘ぐ声に急き立てられて突き進む。
十分に濡れたその場所は、這入ってくる砌をするりと受け入れる。
少しだけ乱暴に揺さぶる。
背中にしがみついた明梨が、爪を立て後を残したのを砌は感じた。
狂おしい気持ちのまま突き上げる。
温かくて、包み込んでいる場所にいれば
何もかも心さえ覗かれてしまう。
(弱くて醜い俺のことなんて彼女はとっくにお見通しだな)
両足を開く。
膝を抱え上げて激しく揺さぶりながら、揺れる膨らみを愛撫した。
「……あっ……っん……砌」
ぎゅっと爪を丸めてシーツを掴む明梨に砌は律動の速度を速めた。
頂点を目指す。
最後にもう一度突き上げると明梨は高く啼いてシーツの海に沈んだ。
脳内が白く弾ける。
眩い光が、舞い降りて消えていく。
衝動のままに明梨の中に吐精して、砌は彼女の上に倒れこんだ。
不規則に乱れた息を整える。
あっという間に睡魔におそわれた。
かしゃかしゃ。
生クリームを馴れた手つきで泡立てる砌に明梨は、感心していた。
ほうと吐息までついている。
「……よくするの? 」
「たまに、母さんのお菓子作りを手伝うくらいかな」
「絵が浮かんで笑えるんだけど」
明梨は、笑いを堪えようと口元を押さえていた。
「なんだとー」
「きゃー」
泡だてを振り上げる砌、それを防ごうと腕でかばっている明梨。
もちろん、実際に飛ばしたりなんてしない。
指についたクリームを舐める砌に明梨が、何故か顔を赤らめた。
「何か想像した? 」
にやりと笑う砌はきっと確信犯。
「し、してないよ」
慌てて否定する辺りが怪しいのだが、明梨は気づく由もない。
「明梨はおやつ欲しくないのか?」
「へ、クリーム乗せれば食べられるでしょ」
明梨が先ほどプリンを作ったのだが、その時冷蔵庫に生クリームがあるのに
気がついてどうせならプリンに添えようという事になったのだった。
砌はくすくすと悪戯に笑った。
「いつでも食べていいんだけどな」
含みを込めた物言いに明梨はまだ気づかない。
と思いきやみるみる内に顔を赤く染めた。
クリスマスに初めて結ばれたから三ヶ月、
二人で濃密な時を少なからず過ごしてきたのだ。
その意味も分かっている。
「……もぅ」
「冗談だよ」
いつだって抱きしめていたい。
そうさせてしまうのは、明梨だというのを知っているのだろうか。
砌は笑みを浮べたまま、盛りつけにかかった。
「俺って情けない男だけど、明梨のこと幸せにするから、
そう生きていく。お前の為じゃなくて自分の為に」
どれだけ時を重ねても明梨と一緒にいたいから。
お前の為に頑張るなんて、重い言葉で縛るつもりはなかったし、
結局、最後は自分が彼女といたいのだから。
「うん。私も同じ」
生クリームを乗せたプリンを明梨はお礼だよと 砌の口元に運んだ。
大きく開けた口は、案の定明梨の指先まで食べてにっかり笑った。
「美味」
「離しなさい! 」
声を荒げる明梨を面白がって指を吸い上げる。
きゅっと目を瞑った明梨に笑い声が届く。
「だから、ジョークだって」
むぅと頬を膨らませた明梨の頭は砌の手によって撫でられる。
「会いに行くよ」
「ん、私が砌に会いに行くんだもの」
「車で俺が迎えに行った方が経済的だろ」
砌は免許を取ってから何度か彼女を車に乗せている。
明梨は、今は必要ないからと教習所には通わなかった。
「そだね」
暇があれば会っているけれど、それも今だけ。
だから会える時は思いきり触れ合っていたい。
お互いが満足するまで。
どちらともなく近づいて唇をかわす。
キスが甘いのはプリンのせいじゃない。
二人はプリンの甘さも敵わないスウィートデイズを送っているのだから。
「あれ、今考えたこと同じかなあ」
「多分な」
砌と明梨は、にんまり笑い合った。