制服  



 エレベーターの中で、すとん、と下ろされた床にブーツの音が響く。
 そういえばヴァレンタインから一週間。
 真昼間から、なんて場所へ行くのかしらと思ったけれど、
 着いた途端出くわしたカップルは、余韻に浸りながらホテルから出てきた。
 私達だけじゃなかったと安心したけれども。
 私は先ほどから浮かんでは消える疑問を口にする。
「何で休憩ってあるのかしら。短い時間でくつろげないわよね」
「体を休ませる意味の休憩じゃないんだよ。
 切羽詰った時に利用するんだし」
「……ええっと」
「だから俺たちには関係ないよ。
 そんなのじゃ足りないんだもんな? 」
「な、何で聞くの! 時間なんてわかんないもの。
 あっという間にあなたのことしか考えられなくなるから」
「やっぱりお前は可愛いよ」
「んん……っ」
 部屋まで待ちきれないとばかりに、彼は深く口付けてきた。
 絡み合う舌。羞恥心をあおる水音が響く。
 キスに意識を浚われかけた時、
 エレベーターが、目的の階に着いたのを知らせた。
ふらっと傾いた体は、力強い腕に支えられた。
 いつの間にやら、彼の服の裾をつかむ癖がついてしまっていたが、
 彼は不快に感じるどころか、いつも快く受け入れてくれていた。
 頭を撫でて、可愛いと言ってくれるから甘えてしまう。
 ふ、と見上げたら微笑み返されて赤くなった。
「私をこれ以上甘やかさない方がいいわ」
「大して甘やかしてるつもりはないが」
 掴まれた手はとても強くて彼の激情を伝えてくるようで。
 どくん、とひとつ心臓が鳴る。
 彼の腰にぎゅ、と腕を回して、頬を胸に埋めたら、
 逆に、余計心臓が騒ぎ出してしまった。
 部屋の扉の前で、抱擁しあう。
 髪を撫でる手の動きに、やっぱり甘やかされてると思った。
「好き……」
「俺も好きだよ」
 手を繋いで歩く。
 ベッドの端に二人で座った時視界に入ってきたものに目を見開いた。
「な、あれ……!? 」
 開いた口がふさがらない。
 マンションの部屋は、バスルームと離れているから
 いくら透ける仕様でも大丈夫だけれど、部屋の隅にお風呂の扉が
 あるものだから、色々と困る事態になるだろうと想像ができた。
「どっちが先に入っても見られるじゃない」
「そもそも一人で入るようには、なってないんだよ」
「あ、そっか」
 ぽん、と手を打つ私の横で、彼は立ち上がった。
 クローゼットを押し開いて、こちらを振り向く。
「おいで」
 呼ばれて、とことこと歩いていく。
 クローゼットの中には色んな服が、入っていた。
「既成だから、合わないかもしれないが、逆に窮屈なのもエロくていいな」
「……ばか」
「俺は、これでいいから、好きなのを選べ」
言われて、改めて青の服装を見つめる。
 彼はスーツ姿でラブホテルに来たのだ。
 今更感があるが、何だか変な気分がしなくもない。
 ジャケットとスラックスと同色のネクタイが眩しい。
 クローゼットの中にあるのは、コスチュームという代物だ。
 胸うんぬんはともかく、体にフィットする服しかないのは間違いない。
 ばさり、と服を探っていたら女子高生の制服を発見した。
「それ、いいな」
 横で見ていた青が腕を組んで、頷く。
「……じゃあこれにする」
 セーラー服とブレザーとあったが、流石にセーラーを着るには抵抗があった。
 無難にブレザーにする。
 普段のスーツとあまり変わらないのも抵抗感がない。 
 チッ、という舌打ちに横を振り仰いだが、彼は真顔で感情は読み取れなかった。
「セーラー服がよかったの? 」
 ああ、という風に彼が目配せする。
 青がそういうのだから拘る必要もないか。
 高校時代着ていたのはブレザーで珍しくはなかった。
 選んでいたブレザータイプの制服を戻し、セーラー服を懐に抱える。
きょろきょろと辺りを見回す。当然ながら愛しの彼氏(照れる! )と
 目が合い、恥ずかしくなって目を逸らす。
(あんな瞳で毎日見つめられているのよ、陽香)
 会社の同僚であり親友の彼女はすっかり青のファンだ。
 影では、様づけで呼んでいるのだから驚く。
誰にも誇れる自慢の恋人だ。
 中身が、どんな人なのかは私だけの秘密。
 どこか隠れる場所があればいいのだけれど……。
「……後ろ向いててやるから」
 身長差のせいで、元々上から目線なのに
 物言いまで上から目線だなんて、恐れ入る。
 お互いに背を向けた格好になってようやく着替えを始める。
 するり、と脱ぎはなったワンピースをきちんと折り畳んで
 セーラー服を着る。赤いリボンのついたやつだ。
 プリーツスカートは膝丈より短めで、
 普段履いているタイトスカートより短い。
 白いニーハイソックスまでご丁寧に付属されていて、
 すごいーと思わず手を叩いていた。
「着替え終わったわ」
「一人で芸でもやってたのか」
 ニヤ、と笑われて、顔を赤らめた。
「これ一式セットなのよ。すごいじゃない」
 スカートの裾を掴んでくるん、と回る。
 青は目を瞠ったようだったが、何故かその後じとっと見つめてきた。
「どこで教わった。小悪魔が」
 吐き捨てた彼が、すたすたと近づいてくる。
 視線を下げて長い足をじいっと見つめていたが、
 顎を掬われて彼の視線に囚われる。
「だ、誰にも教わってないってば」
「お前は自然と俺を誘惑する術を身に着けたんだな」
 唇に息がかかった。
 頤を反らしてしまい、傾いた私の体は青の意のままに床へと沈んだ。
 力強い腕に抱きしめられる。
 薄く開いていた唇に、舌がねじ込まれた。
「んん……っふ」
 制服の上から、手のひらが乗せられる。
 火傷しそうだった胸は更に体温が上がっていく。
「本当にはちきれそうだ」
 繰り返される激しいキス。
 胸に押し当てられた手は決して動かないけれど、息は既に上がっていた。
 膝を割られ、彼の足が両足に絡みつく。
 彼の熱さに、じたばたと足掻いた。
 より、強く押さえつけられ逃げられなくなった。
「征服しようとしてるの……! 」
 もう既に陥落している。
「そんなのじゃ俺は笑わない」
「笑わそうとしてないわ……? 」
 制服と征服。気がついた途端おかしくなってきた。
肩を震わせだした私に彼が、憮然とした様子で呟いた。
「あの時のお前は、俺に抱かれる期待で震えていて、
 気が狂いそうになったよ。今は別の意味で、お前を犯したくてたまらない」
「お、犯すとか言わないで。物騒よ」
 少し体を離した彼が、私の体の横に肘を突く。不穏な眼差しが、貫いた。
「っ! 」
 シュル。軽い音を立ててリボンが引き抜かれる。
 ふ、と見上げる。彼はスーツで、私はまるで女生徒のような姿だ。
 淫靡な感覚に支配される。背徳といえばいいのだろうか。
「先生みたい」
 彼は意外にもノリが良かった。
「きっと、新任初日からお前に堕ちてたな」
 私が高1の時、彼は大学卒業直後の新任ということになる。
「教育学部出てそういう道に進んでいたら、高校時代のお前に会えたかな? 」
「あ、えっと」
 まじめな答えに首を傾げてしまう。
 彼は家を出る時、スーツ姿だが、部屋のクローゼットに
 白衣がびっしりと詰まっているのも発見している。
  「青って医学部出てる? 」
  聞かなくてもいいやとまだ聞いていないし、
彼からも詳しくは話してくれない。
「俺の職業について、一緒に暮らしていて分かったこともあったんじゃないか」
想像することもなかったのだが。何故考えなかったのだろう。
「先生? 」
「まあな」
「あっ……っん」
 にっ、と笑った青に鈍感な私は、何故気づかなかったのと思う。
 いきなり制服の中をまさぐられ、背がのけぞった。
 こんなえっちな先生がいたら恐ろしすぎる。どっちの先生だとしても。
 直に触れられるよりもどかしいが、逆に感じたりもして。
 高揚する気持ちと共に肌の温度が上がる。
 生地に擦れるから、肌があわ立つ感覚がした。
 器用に探り当てる指が、頂を摘んでいた。
「っ……やっ……あ……」
 生地越しに、揉まれ、すぐに硬くなった
頂の感触を楽しむように  彼は、指の動きを早めた。
 甘い疼きが、生まれていた奥底にタイミングよく指が伸びてくる。
 ふくらみの上と、秘所の硬い部分をそれぞれ生地越しに愛撫される。
 湿った音が、聞こえ始めた。
 言葉にならない喘ぎを、塞ぐように口づけられた。
 いつしか覆い被さっていた彼の焦熱は、
驚くほど  熱く、硬く、大きさを増していた。
 足に触れた途端、腰が揺れた。 
 淫らな舌先と指に攻め立てられ、息が荒くなる。
「もっと、俺を欲しがれ。お前の欲望はそんなものじゃないだろう」
生地の上から、尖った蕾をぐい、と押しつぶされ、  じん、という痺れが、走る。
意識が途切れて目覚めた時、彼は上着を脱いでいた。
「いじめないで…… 」
 じわ、瞳に溜まっていた雫が、次々に頬へと零れていく。
「可愛がってるんだよ」
 舌が頬に触れる。視界に映る彼が、切なげに笑った。
 彼の頬に手を伸ばし、両手のひらで押し包む。
「……私お風呂に入りたいわ」
「俺はもう我慢できないんだけど」
「……一緒に入りたいの」
 大胆な台詞を言ってしまっただろうか。
 くすり、と笑って彼が離れる。
 湿った肌にまとわりついた衣服は邪魔な代物でしかない。
 けれど、力なく脱力した体は、立ち上がろうとした瞬間  腰から崩れ落ちかけた。
 その体をふわ、と抱き上げて、青は、バスルームを目指した。
 瞼を半ば下ろしていた私は、ゆらり揺られたままにバスルームへとたどり着いた。
 扉が蹴破られる乱暴な音がして、驚く。
 欲情に滾る瞳に、理性の全てを奪われるようで。
 下ろされたのは、バスマットの上。ひんやりとした感触にびくりとする。
部屋から差し込む照明の光で、バスルームの中は明るかった。
 羞恥心と躊躇いよりも、突き動かされる衝動がある。
「潤んだ瞳で、何を求めてる? 」
 顔を覗き込んでくる彼に、瞳を揺らす。睫から、雫が落ちた。
「聞いてやるよ、お前のおねだり」
 心臓がばくばくとうるさい。彼は私を試してる。
 甘く優しくて意地悪。心をまるごと見せてくれても
 同じ人であることに変わりなくて。泣きたいくらい愛しい。
 乱れた衣服を、一刻も早くその手で……。
 彼の肘を掴んで、瞳を見つめる。
「ぬ、脱がせて」
 頬が熱い。精一杯の勇気に彼は、満足そうに笑って、
 制服とプリーツスカートのホックに手をかけた。
 息をつく間もなく取り払われた上下の服。
 ブラジャーと、ショーツの姿になった。
「……何も着てないよりエロいな」
「もうっ」
 伸ばした腕を掴まれる。彼は悪戯に笑った。
 ぷち、んと外れる音がしてブラジャーがふくらみの上から消えていた。
 役目を果たしていないショーツもするりと引き抜かれる。
 心もとなさに、きゅ、と目を閉じて、自らを抱きしめる。
 彼に抱きしめられて包まれなければ安寧は得られない。
 素肌で触れて欲しい。
「ごめんな……お前が、可愛らしいから俺は」
 頬、首筋、鎖骨にキスが落ちる。
 自ら、ぎゅっと首筋に腕を絡めたが、彼はなだめるかのように
 キスをして、ベッドから離れた。
 衣擦れの音と、封を切る乾いた音。
 私を抱きしめながら、覆いかぶさってきた彼は、薄い膜をまとっていた。
「っ……はあっ」
 彼自身が、太ももに触れて私は息をつめた。




  
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