騙す
自分を騙すことと、相手を騙すことは、
どちらが、より不実なのだろう。
愛していると、囁きながら、愛していないと言い聞かせている。
(閨の中の睦言なんだよ、紛い言だ。
ぱらぱらと指先から零れる程度の)
吐き出す紫煙が宙に浮かんでは消える。
女の肉体を宿らせる清らかな少女は、時折顔をしかめながら眠っている。
安心して眠れない状況を打破するには、どうすればいいか、
答えは知っているはずなのに、自分を騙す。
真実、救われるのではなく一時楽になれればいい。
そんな弱さを、醜いと思った。
青は、くっと笑いながら、柔らかな肌を引き寄せた。
身勝手な欲は未だ、勢いを失わず彼女ー沙矢ーを求めていた。
「青……」
頬を包む手のひらを感じ目を覚ました沙矢は、
彼女に触れたまま、眠っている青に気づいた。
名を囁くと、彼だと実感する。
吐き出す息が、肩にかかる。長い睫が震えていた。
その寝顔を視界に焼きつけたくて、目を凝らして見つめる。
普段の鋭い表情が僅かに緩んで、彼の素を覗かせていた。
長めの前髪、切れ長の瞳、整った鼻梁、形のよい唇。
寸分の狂いもなく整った彫刻のような美貌を持つ人。
色を名前に持つ彼は、その色がとてもよく似合った。
澄み切った夏の空ではなく、深海の青。
「……ディープブルー」
手と手を取り合って泳ぎきる日がいつか必ず来る。
そう信じて自分を騙し彼を騙す。
愛に執着なんてしていない。
下手な芝居に興じているのだけれど。
気づいて。
悟られたくない。
二つの相反する気持ちが胸からあふれ出している。
広い背中にしがみついた。
ボディーソープと彼自身の匂いが溶け合って眩暈がするほどセクシーだ。
沙矢は、こてんと頬を預けて瞳を閉じた。
膨らみを押しつけているせいで、彼の欲を煽っていることなんて考えもしなかった。
腰の辺りで、かさかさと音が聞こえて、はっと気づいたとき体が反転した。
組み敷かれ見下ろされると、心臓が暴れる。
深遠の瞳が、沙矢を射抜き、懸命に見上げた。
頬、額、首筋、鎖骨へととめどなくキスは続く。
首筋に顔を埋められた時、内部を貫かれた。
熱い。焼き尽くされそうで、息を吐き出す。
擦られ、つぷと混ざった。意識が、朦朧とする。
「っ……あ、青……や……あ」
「何が嫌なんだよ。俺に抱かれるの好きだろ」
言葉と体の両方で責め苛まれ、血が沸騰するようだ。
背に爪を立てれば、更に勢いが激しくなった。
ホテルのベッドは、沙矢の部屋のベッドと違い、軋む音は立てない。
淫らな水音と、息遣いが響くだけだ。
絶え間なく上がる甘い嬌声と。
「私はあなたのこと……」
「言えないよな。すべてを壊したくないもんな」
安っぽいプライドが、邪魔をする。
紛いごとも積み重ねれば、真実に変わるのではないだろうか。
揺れる世界で、ぼんやりと宙を見つめる。
奔放に開かれた両足の間に、彼の体が割り込んでいた。
何故だろう。
彼の自由に抱かれながら、決して無碍に扱われていない気がするのは。
体重をかけないように、体をずらして、沙矢を抱いている。
僅かな隙間を開けて、触れ合っていた。
このやさしさは何より残酷で、沙矢を蝕む。
「好きだよ? 」
無感情の声音が肌に染み渡る。
「……好き……っ!」
無感情に対して、思い切り感情をこめて返す。
それが、沙矢にできる意趣返しだった。
この時間が、あなたに抱かれることが好きなのだと
きっと伝わっただろう。
寄せては返す波に飲み込まれる。
荒々しく、時折酷く優しく。
本能で、求め合いながら心は、空しかった。
すべてをさらけ出すには、臆病すぎて、
少しずつ、気持ちを探って時間を重ねていく。
二人にできる唯一のこと。
体がどくんどくんと波打つ。意識が溶けた。
「っ……く」
後を追うように青が、息を吐いて沙矢の上に覆い被さってくる。
行為の後の濃密な気配に彩られた部屋で、
指先を繋いで、二人は、眠りの底へと意識を閉ざした。
昂ぶっているのは、体じゃなくて心。
お互いが、欲して止まないものだった。