Fall in blue
2
それから、6年後。
小学校卒業をした日の夜、父に思いきって告げた。
「目の色を隠してほしいんだ。
眼科の先生にお願いしてくれるかな」
父には、これだけで通じると思った。
「……それは、何故? 私は青の目が好きなんだけどなあ」
「……だよね。お父様が、お母様の面影を
僕の目に感じてるのは分かってた。
僕もお母様と同じ目の色は、誇りだったけど。
名前が目の色に由来してるのも知ってたけど」
「何かあったのかい?」
物珍しそうな視線が、時折、突き刺さって、嫌な気分になることもあったのは確かだった。
境を隔てられた気がした。
お前は、普通と違うと言われてるようで。
(綺麗って何だよ……やめてくれ……)
「お母さまは、4分の1、異国の血が入ってたんだっけ」
「正確には違う。青のお祖母様が、半分
外国の血が入っていたけど、色んな種族の血が混ざってたからね」
「お母さまが、日本の血が薄いのは理解したけど……僕の目の色が青いのは、変だよ。普通に過ごしたいんだ!」
「了解した。眼科の先生に頼んでみよう。
春休み中には、青も私や翠と同じ瞳の色になるよ」
「……ありがとう。わがまま言ってごめんね。お父さま」
「青はもっとたくさん、わがままを言っていいんだよ」
父が、そんなことを言うものだから、正直に口にした。
「もう頭を撫でないでね」
「中学を卒業するまでは、撫でさせてくれよ」
「……子離れしてよ」
「一生、無理かもしれない」
父が、嫌なことを言うので話を変えてみた。
「……ファーストキスは、6つの頃だった」
「……青、そんなに私を泣かせたいの。
もう、お菓子を買ってあげないよ」
「お菓子なんてねだったことないだろ。
子供扱いすんなよ」
「子供らしくしてほしい」
父の言葉に、苦々しいものがこみ上げる。
普通の子供でいられれば、どんなにかよかっただろう。
瞳の色を青色から、茶色に変えた。
これで、周りと馴染めそうだと安堵したのは事実。
色が変わったところで何も変わらないのを知ったのは
すぐだった。
王子様……ってなんだそりゃ。
ないだろ。
そんな夢物語は、寝てからの夢だけにしてほしいと思ったから、現実を見せてやるしかなかった。
性別、老若男女問わず寄ってきた。
中学を卒業する頃から、少し男っぽくなったと
周りから言われ出した。
女に間違われることはなくなった気がする。
男からも好かれるのには、驚いたが、
そういう世界もあるのだと知っていたので
否定する気にはならなかった。
俺自身、本当の恋を経験したのが異性ではなかったというのもある。
特に同性愛という意識はなく、彼を全身全霊で愛していた。
それ以来恋愛はしていない。
異性、同性に限らず誰かを愛する自体、よく分からなくなった。
恋愛経験が豊富だとか、それはある意味間違っていない。
だが、今のところ魂で愛したのは一人だけだ。
これは、俺とごく一部の親しい人間しか知らないこと。
T大学医学部医学科で医学を学び医師免許を取ったあとは、短い期間だが、
ヨーロッパ旅行をした。
言語を覚えられても、やはり日本が一番好きだなと実感し帰国の途についた。
帰国後は、T大学付属病院に病理医として勤務することになった。
臨床医ではなく、病理医を希望したのは、病気の研究をしたかったからだ。
いずれは、藤城総合病院で、臨床医として勤務することに
なるのだから、自分の好きに生きたいとも思ったのもある。
発見が遅れれば、完治が難しくなる大きな病も、早く治療を始めれば、助かる可能性が、
極めて高くなる。本当なら病気自体なくなればいいのにと思う。
母のように若くして亡くなることが、さだめられた運命だなんて、
悲しくなる。
だからこそ、病気の研究をしていきたかった。
大学院に行くことも勧められていたが、医師として生きていくのを選んだ。
敷かれたレールを歩くのではなく自分の意思で道を選び掴んで生きていきたかった。
医師になって三年目の春のある日のこと。
「藤城せーんせ!」
「ふざけた呼び方するな」
「冗談通じないの?」
「あいにく、通じない。何か用があるなら手っ取り早く言ってくれないかな?」
「今日は、早く帰れる日よね。うん、デートしよう……デート」
「寝ぼけたことを言わないでくれ。するかよ」
「……じゃあまたクリスマス頃にでも
誘ってみる。寂しい頃でしょうから」
同僚の医師に、苦笑する。
大学を出て以降、女性に興味を持ったのは沙矢だけだった。
「用は本当にそれだけか……」
「……私と一緒に、明日、会社の健康診断に行ってくれないかな。
そこは、うちの病院が診ることになってるのよ」
「……は?」
「私は女性社員を診るから、男性社員を診てほしいの」
「……前もって伝えておくべきことじゃないのか」
「行く予定だった先生が、体調壊したの。
明日は休ませてくれって」
「舐めてんのか。健康管理くらいちゃんとしろ」
「だから、藤城くん、一緒に行きましょう。
車に乗せてとか言わないから」
「当たり前だ。死んでもお断りだ」
「うっわ、ひどー」
無視して、置かれた紙を見つめた。
「会社の三時の休憩が、終わった後に健康診断だな。わかった」
「お礼に、ランチでもおごるわ」
「……昼は、一人で食べるから結構だ」
あしらうと、同僚は、ひらひらと手を振って去っていった。
どうせ悪ノリの冗談なのは分かっていたが、
珍しくやたら絡んできたのは、失恋でもしたのだろうか。
同業者は、やめておけと
アドバイスしてやったのに、聞かなかった同僚の女性医師。
俺自身、同業者などは、勘弁だった。
どうせ、愛しいものは、俺のそばから、
いなくなる。
幼き日から、学習していることだ。
翌日、企業での健康診断を終えた後は直帰していいと
いう話だったので、しばらく会社に
留まることにした。
休憩したいと言ったら社員食堂に案内されたので、コーヒーを頼み時間を潰す。
たまには、病院以外の空気を味わうのもいいものだと思った。
白衣は畳んで鞄かばんにしまっているので、スーツ姿だ。
「ごちそうさまでした。コーヒー、とても美味しかったです」
「ありがとうございます、先生。
もう、毎年いらしてくださいよー」
「今日は、来られなかった医師の代わりに、
伺っただけですので、もう来ないと思います」
「残念だわ。稀に見るイケメンに、せっかく
会えたのに」
「あなたこそ、素敵ですよ」
親子くらい年の違いそうな調理員の女性に、そう言うとからからと笑った。
「藤城総合病院、私もかかりつけで定期受診しています。
あそこの産婦人科は、通いやすくて」
「ありがとうございます。父も喜びますよ」
軽い会話を交わし、社員食堂を出る。
1階まで、エレベーターで降りた瞬間、どくっと、心臓が波打った。
「……藤城くん、私は運動のために階段で降りたのよ。
あなたもその無駄に長い足なら、
さっと駆け下りれたでしょうに」
同僚医師もまだ残っていたらしい。
どこで暇を潰していたのやら。
エレベーターから、降りてきた俺を見つけて
歩いてきた。
(白衣のまんまかよ……目立つだろ)
「階段?」
「ほら、あそこ……って、あの子、危なっかしいわ!
さっき、診た時、目を引く子だったから、覚えてたのよ。確か名前は……」
「疲れてるみたいだな……」
階段の方を見るとふらふらとした足取りで
降りようとしている女性がいた。
残念ながら、顔まではよくわからない。
激しい胸騒ぎを覚えた。
「気をつけて帰れよ。じゃあまた月曜日にな」
「じゃあね」
同僚に挨拶をし、階段の方に向かった。
見上げる。どこかで会ったことのあるような……不思議な錯覚。
そして、運命の瞬間が訪れる。
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