椅子
私は化粧台の前に座り、お肌のお手入れをしていた。
ベッドに腰かけていた青に抱擁され甘い時間の訪れを予感する。
長い腕が優しく体を包み、とくん、と心臓がひとつ鳴った。
「好きだ」
「私も大好き」
しなやかな長い腕が一度強く背中を抱いた後、
「ちょ……何してるの!? 」
ぐるぐると、体に巻きつけられたものは、縄。
時代劇で見かけるようないかつい代物ではない。
色も赤いし、形状は紐に近いものだ。
鏡に映る私は、あやとりのごとく体を交差する縄に唖然としていた。
青の属性が変態でドSなのは、とっくに知っていたけれど、
まさか、こんな趣味をお持ちだったとは。
器用に絡められた縄は、ネグリジェに食い込んでいやらしい。
試しにもぞもぞと動いてみたが、縄に変化はなかった。
やはり、自分では解けないのだろう。
「そんなことしたら余計絡まるぞ。
せっかく、解きやすいように縛ったのに」
私が愛するたった一人の男性は、縛ったとはっきり言った。
顎をしゃくり、邪(よこしま)な笑みを浮かべる人をじと目で見る。
この人、エロすぎ!
さすが、青先生。
「いい眺め」
「心で思ったことを口に出してもいい。変態」
「事後承諾か。お前も言うようになったな」
「……、こんなことするなんてびっくりだわ」
「吊るすほどヤバくはないだろ」
「つ、吊るす? 」
「そういうプレイ」
ジェスチャーで説明され、顔が真っ赤になる。頬が熱い。
この人は、どこまで奇怪な一面を見せるのか。
私はどこまでついていけるのか。
不安で、ぞくっとした。
「大丈夫。しないから」
にこにこと微笑まれて声を荒げる。
「も、もう!」
「緊縛ものでも今度観てみるか。分かりやすいかもしれない」
「聞くだけで、ハードだから遠慮します」
うろたえたので、言葉が早口になった。
相変わらず、涼し気な顔でとんでもないことを仰る。
そして、ふと気づいた事実に嬉しくなる。
(そうよね、健康な成人男性だもの。欲求不満の時もあるわよね)
ふふふ、と笑いがもれる。
「青もエッチなの観たりするのね! 」
「観ない」
「えっ」
「お前の反応を見て楽しんでいるだけだよ」
悪びれもしない青をじとっと睨む。
「沙矢、そんなことしても、可愛さが増すだけだ」
「可愛くなんてな……っああん」
「縄に食い込んだ乳房が美しいな」
縄の間に手を差し込み、ゆっくりと揉まれる。
耳朶も、食まれふくらみを愛撫されとろけそうになる。
息が弾む。
縄は食い込まない程度に調節して巻かれていて、
痛くはなく、窮屈さがないのが、不思議だった。
むしろ、何故か快感を強く感じている。
「あ……っふ」
首筋に押し当てられた唇。
音を立てて吸われている。
まるで、魔物に喰らわれている気さえしてくる。
相変わらずいたずらな指先は、ふくらみを揉み、頂きをつまみ上げてはこすっている。
私の奥の秘めたる場所は、しっとりと濡れてきていた。
きっと、指で触れられたら、簡単にイク。
彼によって慣らされ、体が知ってしまった。
「こんなに綺麗で色っぽいとは……」
溜息にも似た声が聞こえ、ドキッとする。
部屋はベッドの間接照明のみになった。
抱き上げられ、ベッドに下ろされた。
体を横たえられ、手首の戒めが解かれた。
縄の下からネグリジェも下着も器用に脱がされる。
呆然と、彼も脱ぎ放つのを見ていた。闇の中だから見えないけれど。
今の自分が、尋常ならざる事態でもどうでもいい。
繰り返された愛撫で、既に快楽に支配されている。
(縄が巻かれているのは、上半身からお腹とふくらはぎ……
何度も思うけどよくこれだけ複雑な結び目をあれだけの短時間で)
ニヤリと、ドSが笑う。
「拘束されたお前を抱きたいからな」
彼は、声でも私を犯している。
「もう……あなたの好きにして」
とろけきった思考は、みだらに抱かれることを望んでいる。
(本能のままもてあそばれたい)
かちゃかちゃ、とベルトを外す音、次に避妊具の包装を破る音が聞こえた。
瞼を閉じたり開いたりしていたけれど、
すぐに次の刺激で目覚めさせられることになった。
「あっ……んあ」
指が、滴る泉から蜜をすくい取り丹念に周りに塗りつけている。
赤く腫れ上がっているだろう蕾に微妙な強さで触れられると、
ナカから、また蜜がこぼれていく。
濡れたのを感じ取ると恥ずかしいけれど、
もたらされる行為には抗えずもっと、とねだるように腰を揺らしてしまう。
両脚がさらに開かれ、やわらかな髪が、秘所に触れた。
蕾をこねながら、蠢(うごめ)くそこを舐め回され、ぞくぞくとしたものが駆け上がる。
口元を押さえても、声は、漏れてしまう。
「ああ……っん! 」
断続的な喘ぎが、さらに高くなっていく。
舌で奥をつかれてびく、びくと背中が波打った。
「早いな……」
クス、と笑う声が、微かに耳に届く。
「綺麗すぎて、見ているだけで俺がどうにかなりそうだ」
赤い縄で、拘束した張本人はご満悦のようだ。
彼が、喜んでくれるならと考える辺り私も末期なのだろう。
ぱたり、両腕を投げ出しシーツに沈む。
髪を撫でられ、耳元に愛をささやかれて瞳を閉じた。
意識が覚醒した時、縄を解かれていることに気づいた。
さらり、髪を一房掬われ、ひとさし指が顎をなでる。
ぞくっとして背筋が震えた。
横向きで、彼が体を寄せている。
「縛られたままの方がよかったか? 」
「そんなわけないでしょ」
とんでもないことを言われ、頭(かぶり)をふる。
胸の下に回された腕の力が、強くなり、小さくうめいた。
縄がなくても、青に拘束されている。
「鮮烈な真紅の中、身悶えるお前が美しくて、鳥肌が立った」
「ぶっ……」
真面目にいうからおかしい。
褒められているのかもしれないけど、こういう時に言われると笑ってしまう。
「あっ……やぁん……っ」
声を上げて笑う私を懲らしめようと思ったのだろうか。
いきなり乱暴に胸のふくらみを手のひらに包まれてしまう。
強弱をつけて揉まれると、一度達した体は簡単に熱を取り戻す。
「どうしてほしいか言えよ」
耳朶を甘噛みされ、息を吹きかけられると腰が砕けそうになる。
腰のあたりに触れてくるソレが、薄い膜に包まれていることくらい感覚でわかってしまう。
焦らす余裕があるのが、うらめしい。
ぬるりと、濡れた場所にあたるだけで離れるから、もどかしくなった。
恍惚のため息は、こびているように聞こえるかもしれない。
「っ……あ、来て、あなたを奥に感じたいの」
じわり、目元が潤んでいた。
切羽詰まった嘆きに、息を飲む音が聞こえる。
「どれだけ、煽れば気が済む。
覚悟はできてるんだろうな? 」
甘い低音が、胸元で聞こえたと思ったら、頂きを唇に挟まれる。
吸われると同時に、一気に貫かれた。
「んん……ああっ……ん! 」
じゅくじゅくと音が立つ。
唾液が、頂からふくらみ全体に垂れていた。
舌で小刻みに突かれ、吸い上げる。
ぷるんと震えるそこを美味しそうに唇に含む青。
頂きが存在を主張し、かたく尖(とが)っているのが自分でもわかった。
二人が混ざり合う場所では、肌同士がぶつかる音がし始めた。
「お前……誘ってるんだろ」
「え、何もしてないわ」
「どんどん、奥へ誘い込まれてるよ。本当にどれだけ貪欲なんだ」
「あっ……いや、やめ……っん」
青はシーツの上に膝をついた格好になった。
自分では意識しないままに彼を翻弄しているらしい。
鋭く突き上げられ、声が抑えられない。
背中に、腕を回し、爪を立ててしがみつく。
切りそろえているから、傷をつけたりしないと思うけど、
逆に、食い込んでしまうかもしれない。
「この誘い受けが」
くっ、と笑う。
独特の邪笑が、薄く開いたまぶたの向こうに見える。
「っ……青、抱きしめて」
首筋に腕を絡めると、彼がまた笑った。
こんどはふふっ、という微笑み。
「お前も俺を抱きしめろよ」
こくりと頷くと、腕を引かれ、向かい合う格好になる。
繋がったまま、青の膝の上に乗せられ、下から突きあげられる。
「はあ……ん」
お互いの背中に腕を回し抱きしめあう。
頬を伝う涙を舌がすくい取る。
そのまま、唇を重ねた。
(好き……大好き)
両脚を絡めると、より青を感じられる。
私の奥で暴れる彼自身が愛おしくて、仕方ない。
このまま包み込んでいられたらいいのに。
動きは徐々に早くなり、登りつめるのを急かすよう。
途切れ途切れに喘いで、彼と共に揺れる。
「沙矢……愛してる。
言葉じゃ足りないけど、俺達は抱き合うことで伝えられるからな……」
青の言葉が、耳元に届いて、私は笑った。
微笑みながら、彼の愛を受け入れる。
「っ……いっぱい……ほしい」
「望むだけくれてやる」
鋭い一突きの後、青はうめいた。
(嫌になるくらい妖艶な人だわ)
薄い膜越しに吐き出された熱。
私は、高い声で啼いて一気に崩れ落ちた。
体がびくびくと痙攣するのを感じ、背中を反らせる。
青が、何事か呟いていたが、もはや聞こえない。
強い力で腕の中に抱え込まれて、安堵の吐息をついた私は、
抗えないまま、まぶたを閉ざした。
カーテンの隙間から差し込む光に、目を細める。ぼんやりと、瞼を擦る。
ベッドに縛られているような錯覚を起こす。
昨夜からのことを思い返すと、頬から全身に熱が走った。
長い腕の主は、こちらの腰に腕を巻きつけながら、眠っている。
朝陽が陰影をつくり、長い睫を際立たせてていた。
その無防備な姿に微笑が浮かんだ。
(子供みたいに無防備な表情を見せてくれるように
なったのは、私に素を晒してくれてるってことだもんね。
ぴりぴりと神経を尖らせていたあの頃の青は、もういない。
こんなに隙だらけで私の隣で眠ってるんだもの)
「あれ……? 」
指先に違和感を覚えて、シーツの中を確かめる。
「小指同士が赤い縄で繋がってる! 」
色っぽい……。
それにロマンティックだ。
繋がれた指先に、目を細める。
頬を緩ませていると、正面から抱擁を受けた。
「沙矢」
「青」
お互いの名前を呼んで微笑み合う。
指先の縄を解いても決して絆は解けることはないだろう。
背中で絡めた指先から、新たな熱が生まれるようだった。
雰囲気(ムード)に浸っていたら、耳を疑う一言が聞こえた。
「またしてもいい? 」
「えっと……」
「結局縛ったままヤらなかったし」
「ド変態っ」
声に笑いが混じっていたから私も笑って返した。
「沙矢が可愛いせいで、加虐心を煽られる」
「変な理屈言わないで」
「いや、真実だ」
そんな甘い声で言うのは卑怯よ!
とんでもなくセクシーなくせに、可愛いだなんて手に負えない。
彼のすることなら何でも許せてしまう。
愛があるのを知っているから。
「酷いことしないならちょっと位いいよ」
「ありがとう」
対応間違えた!?
喉を鳴らした彼にびくっとした。
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