番外編「melancholic blue」
彼女と過ごして1週間が経った。
一夜限りにしておくには、もったいない気がしている。
大人の男が、いいように弄んでいい存在ではないのだ。
もし、次に会えたら、
終わりにしたくないと伝えよう。
それが、言葉になるかどうか不明だが。
女と深い関係になったのは初めてでどうしたらいいかわからない。
「何、物思いに耽っちゃってんの?」
「何か用か。今は休憩のはずだが」
同僚の女がそばにやってきた。
いい気持ちで煙草を吹かしていたのに、気分が悪くなる。
いや、この女のおかげで沙矢との出会いに繋がったのか。
企業の健康診断に行った先で、階段から落ちた彼女を受け止めた。
思い出す俺を放置し、同僚は勝手に話し始める。
「……医者のくせに煙草に逃げちゃって。
間違っても禁煙外来に、勤務はできないわね」
ため息をついた。
「用があるのかと、さっき聞いたんだが」
「……煙草が増えてるのは、こないだからね。何かあったの?」
「お前に話すようなことは、何もない」
「抱いて……じゃなくて抱いてあげましょうか」
斎賀が、距離を近づける。変わり者の女医。
大学時代からの付き合いの悪友。
「……斎賀(さいが)」
「寂しがり屋で孤高の藤城青……、
私に甘えてすがって泣きついてもいいのよ」
バレッタで留めた長い髪が、風に吹かれている。
あくまで、同僚の医師であり、恋愛対象ではない。
今まで恋愛感情を抱いたのは、あいつだけ。
この胸を離れられない彼女が二人目になるのだろうか。
「……間違いで終わるのなら、虚しいだけだろ。お互いに」
斎賀につぶやいた言葉が、自分にはね返ってくる。
間違いで終わらせたくない。
もう一度、あの少女に会いたい。
「……私生活のことは詳しく知らない。
でもあなたが、真面目すぎるゆえに不器用なのは知ってる。当たってるでしょ?」
「かもな」
斎賀に、紫煙がかからないよう風に流す。
吸い慣れた煙草がいつもより、苦い。
「青は遊んだりしないものね」
「名前で呼ぶな……零子」
「たまには、学生時代を思い出してもいいかなって」
軽口を叩く零子に脳内の想い出を検索する。
遊びで恋愛はできないといつか父親にも言ったが、その通りで
本気で付き合った大切な存在だけだった。
周囲は慣れているだとか女性経験豊富というイメージを
持っているらしいが、知ったことではない。
「まだ忘れられないの?」
「お前に何か言ったか」
「一回だけ話を聞いたことがあるのを思い出した。
あの時がきっかけで友達になったんじゃない?」
余計な話をしてしまっていた自分に苦笑いする。
「とっくに振り切っている。今は綺麗な想い出だ。
あいつは大事な親友だからな」
別れてからも身体の関係を持った。
自分と同じ身体を持つ人は、甘えてすがる俺を慰めてくれたのだ。
寂しさを慰め合った戯れ。
心も体も相性は最高だった。
それは、今側にいる彼女も同じだ。
あの時以来、雷に打たれる衝撃を覚えている。
両思いの恋愛が終わった大学時代以来。
『お医者様になって独り立ちした頃、最高で最後の運命が待ってるかもよ』
あの言葉は予言だったのか。
一人でいきられない俺に対する最後の愛だけではなく。
あの言葉をもらってから数年が経ち、その時期になったはずだ。
「あの人も優秀な人よね。大学院に残って研究してるのがもったいないくらい」
まだ続けようとする斎賀を放置し背中を向ける。
携帯灰皿に煙草を押しつけて火を消した。
「俺じゃなくて他を当たれよ」
「クリスマスに誘うのも駄目そうね」
軽い冗談に苦笑する。
「……藤城家の人間は魂をかけて人を愛するらしい。
今度こそ本当に離れることはできないだろう」
目を見開いた同僚を残し屋上を去って行く。
口元を押さえる。煙草の臭いがまとわりついていた。
(……何の気もないのに身体だけ愛したりはできない)
プラトニックな関係から始められなかったなら、このまま全身で伝えていくしかない。
もしも、この先に光が生まれて関係性が変化したら、
いずれは身内以外一人しか知らない秘密も伝えよう。
瞳に写す本当の色で彼女を見つめよう。
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