束縛



 青は、洗面室の鏡で自分の姿を写していた。
 何かが足りない。
 そう、愛する彼女が足りない。
「沙矢」
 扉を開けると敏感に察知した沙矢が、リビングから歩いてくる。
 広いマンション内でもささやくだけで、十分届く。
 彼女の意識は常に青の方に向いているから。
 軽い足音を聞いているだけで眩暈(めまい)すらする。
(さあ、おいで)
「なあに? 」
 扉の前で律儀に問いかけた彼女をぐい、と中へと引っ張り込む。
 沙矢は、その力強さに驚き青の姿に、一瞬ぎょっとして顔を赤らめた。
「も、もー、早く服着てよ」
 風呂上がりの青の放つ色香に、心なしかよろめいている。
「沙矢……おまえの番だよ」
「え、お風呂……って、じ、自分で脱げるから! 」
 いつもは、ベッドでも脱がされているのに、
 抵抗感か声を荒らげるも、青は、難なく彼女の部屋着を取り払い洗面室内の籠(かご)に置いた。
「は、恥ずかしいんですけど! 鏡に写ってるじゃない」
 羞恥で頬を染める彼女を腕の中に抱き寄せる。
 キャミソールまで剥ぎ取られ、もはや上下の下着姿だけの彼女は、
 上半身裸に下半身の下着1枚の青に羽交い締めにされていた。
 その様子は、まざまざと姿見に映し出されている。
 照明のせいで、ばっちり見られている。
「……せ、青」
「いいな、その姿も綺麗だ」
「や、やだぁ」
「裸より恥ずかしがってるな」
 背中に腕を回し、足を絡ませると、沙矢の身体が、急に熱くなった。
 彼女の心模様を表している。
「……そこ……だめ」
 弱々しい抵抗をものともせず青は更に足を彼女の腰に脚を絡ませた。
「……っあ」
「どうかしたか」
「な、なんでもない……ってちょっと! 」
 青は沙矢の豊満な胸に顔を埋めた。匂いを味わうように頬を押しつける。
 さらに、ブラジャーの中に手を入れ、下から揉み始めたからたまらない。
 指の腹が頂に擦れて、沙矢は濡れた吐息を漏らした。
 その間も腰に脚は絡んだままだ。
 腰も押しつけられているような。
「や、やぁ……」
 ぶるぶると震え出した沙矢は青の背中に腕を回ししがみついた。
 自ら身体を押しつけているのも、意識していない。
「沙矢……」
「……っ」
 青はとどめとばかりに、耳元を唇で食(は)み、太ももを絡ませた。
 青の腕の中くったりと力の抜けた身体が持たれかかるのをささえる。
「本当に感じやすいやつだ」
 くっ、と笑いながら、ぼんやりと意識をさまよわせている
 沙矢の肌を覆う下着を両手で一気に剥ぎ取った。
 自らも下着を脱ぎ捨て、足で浴室のドアを蹴り開ける。
「まだまだこれからだぜ」
 青は、赤く色づいた沙矢の胸の頂きをちゅ、と吸い上げる。
 腰から震え出した彼女に、深く口づけながら、彼女の身体をバスタブの縁(ふちに下ろした。
「おや、なんでまた震えてるんだ」
「だ、だって、青が……っ」
「ん?」
 問いかけると膝を擦り合わせて震えた。
 きっと、太腿(ふともも)に触れた青自身を意識したのだろう。
 彼女の太腿(ふともも)に触れ、滴さえ垂らしている青の屹立したモノ。
 沙矢は、全身を赤く染めて、頭(かぶり)を振るう。
「感じてないとでも言いたいのか? 寂しいな」
「変態! 」
 いきり立った剛直で、擦(こす)ってやれば鼻から甘い声を漏らす。
 罵(ののし)る声さえ、濡れて掠れているのだから手に負えない。
 青は、クスッと笑う。沙矢の前に跪(ひざまず)いて、下から掬うように乳房に触れた。
 程よい弾力を持つふくらみは、彼の手の中で形を変える。
「はあ……っん」
「どうしてほしい? 」
 沙矢は、恨めしげに、青を睨んだが、彼に通じるはずもなかった。
 手のひらで掴みながらも羽に触るように柔らかな動きだ。
 物足りないと感じているだろう。
 刺激に慣れた彼女には。
「さ……さわって、もっと」
「こうか? 」
「く、くすぐったい……っ」
 やわやわと撫でたら声を弾ませた彼女だが、まだ満足してないに違いない。
 触れそうで触れない青に、唇を薄く開いている。
「青がしたいように……私を愛して」
 沙矢はいじらしく訴えた。
「俺の思い通りにしてもいいってことか」
「は……っあ……あ」
 舌でなぶり、口内にふくむ。ちゅく、ちゅく、と吸い歯を立てる。
 したい放題乳房を弄(もてあそ)ぶとそこは、唾液まみれに汚れた。
 あかりの下で、ぬらぬらと光りエロティックに青を掻き立てる。
 はあはあと、肩で息をする沙矢は、また達したようだ。
「おいおい、俺がイカない内に何回イクんだ? 」
 咎められたと思ったのか、沙矢の瞳が潤む。
 彼女は何を思ったのか、青を抱きしめてきた。
 胸のふくらみが、彼の胸板で押しつぶされる。
「……焦らしちゃ嫌」
 沙矢の声は媚を含んでいた。
 もう、耐え難いと言った様子に、青は喉を鳴らす。
「仕方ないなあ、わがままなお嬢さんは」
 青は、至極(しごく楽しげに微笑む。
 シャンプーを置いてある場所の後ろに隠してあるそれを一つ掴み、
 沙矢に見せつけながら、自らに纏わせていく。
 しっかり根元までつけたのを確認し、沙矢の身体を抱き上げた。
 新しい湯を溜めていた湯船の中に、彼女の身体を下ろし、自らも彼女の身体の中へと腰を落とした。
「はぁぁ……んっ」
「大丈夫だ。後できっちり洗ってやるから。今度は焦らさずにお前を楽しませてやるよ」
 わななく膣内(ナカ)を抉(えぐ)りながら耳に息を吹きかける。
「は……っあ、……あ」  喘ぐ唇を塞いで、舌を絡める。
 ゆさゆさと下から揺さぶれば、襞が絡んで恍惚とした心地になる。
 身体の相性が合いすぎたために、近づくのが恐ろしかったのだろうか。
 きっと、心ごと食われてしまう。
 沙矢という清純な天使の面をかぶった堕天使に。
 脚を彼女の腰に絡めると、沙矢も背中に腕を回す。
「ああ……っ」
「……名器だな、間違いなく」
 青は独りごちた。
 彼の先端に絡みつく襞は、心地よく、恐ろしい勢いで持っていかれそうになる。
「出すぞ……っ」
 快楽にたゆたう沙矢に、宣言し、大きく腰を回した。
 薄膜越しに飛沫を放った瞬間甘やかな悲鳴が上がった。

「あ……だめっ」
 バスタブ内で、抱き合った後。
 青は全身を使って、沙矢の身体を洗っていた。
 自らに先にソープを泡立て、それを擦りつける。
 もちろん、後ろから臀部に、大きな肉欲が当たるように。
 ぬるぬるした感触のせいか、
 何度もイカされているからか、沙矢は幾度と啼いては、見悶える。
 壊さない程度と、言い聞かせるが、青の理性など脆いものだった。
「……青っ……」
 沙矢が、泣きそうに彼を呼ぶのを聞いて、青は限界だと思った。
 前のめりに傾いだ身体を後ろから貫く。
 ゼリーがたっぷりと施(ほどこ)されている避妊具は、なんとも言えない快感に違いない。
 背中から、胸の頂きをつまむと、沙矢の膣内(ナカ)が、強く締めつけた。
「あん……っ」
「もう終わるか? さすがにお前もやばいだろ?」
 いたずらに声をかけたら、
「ば、ばか……っ……もう」
 顎をつかみ、憎まれ口を叩く唇を塞ぐ。歯茎を舌でなぞる。
 素早く突き上げたら、彼女は今度こそ意識を飛ばした。
 声をかけても戻ってきそうにない。
「やり過ぎたかな」
 一応の責任は感じている青は、彼女の身体をもう一度綺麗にし、
 自らもシャワーを浴びた後、バスルームを出た。
 洗面室にある長椅子に彼女の身体を横たわらせバスタオルをかける。
 目を覚まさない愛しい女の頬に口づけを落とし、
「許してくれるよな」
 傲慢に告げた。


 目を覚ました時、抱きしめられていた。
 寝室のベッドの上、愛する人とがんじがらめに四肢を絡ませている。
 むしろ、絡ませられているというのが正しい。
 青は沙矢をどこまでも束縛し、愛し合うことを望んでいる。
「しょうがない人だわ」
 もぞもぞと、身じろぎしたら、腰に絡んだ腕の力が強くなった。
 背中からの抱擁は、まだ熱が醒めやらないことを伝えてきて、赤面する。
「ど、どうしよう」
 自分を想ってくれて、彼が興奮しているのならとても嬉しい。
 女としての自尊心をどこまでも、満たしてくれるみたいで。
「……でも寝てるのよね」
 腕の力は増したが、寝ていると信じたかった。
 あんなに、淫らに情熱をぶつけ合ったのだ。
 さすがに、彼ももう今夜は無理だろう。
 沙矢は、ほんの少し身体を離して布団を引きかぶった。
「……沙矢」
「ふ……えっ!? 」
 どうやら青は、起きていたらしい。
 沙矢は、びくっ、と肩を震わせた。
 自分の甘さを悟り青ざめる。
 藤城青という人物を舐めていた自分は浅はかだった。
 背中から感じる負のオーラは、離れたことに対する不満だ。
 振り向かなくても伝わってくるのが怖い。
 なんという男だろうか。
「青、起きてたの? 」
「うたた寝はしていたが、俺のうさぎが逃げるのを見て目が覚めたんだ。
 生意気だよな」
「うさぎなんて飼ってないじゃない」
 無自覚な沙矢は、後ろを振り向かずに答える。
青は、くっ、と笑った。
「お前だよ、可愛いうさぎの沙矢」
 ぎゅ、長い腕が、沙矢の身体を反転させる。
 あっという間に組み敷かれ、彼女は青を見上げる形になった。
「まだ夜は長い」
「朝は早いのよ! 」
 青は、今日が日曜だというのも構わず夕食の後は、沙矢を捕食し、
 何度も既に食らい尽くしている。
 かよわいうさぎと、猛獣の構図はできあがっていた。
「……明日からの活力源に、もう一回抱かせろ」
「……青の底なしっ」
 のしかかられ、体重をかけられては、逃げる気力もなくなる。
(……嫌じゃないから本気の拒否なんてできないわ)
 沙矢は、思わず凝視した。
 青が枕の下から避妊具を取り出し、跨いだ沙矢の上で自らに身につける様は、凄まじい早さだった。
 伸ばした腕は空を切る。
 彼の熱く太い焦熱は、奥を貫くと一旦動きを止めた。
 長い腕が、沙矢の背中を抱擁する。
 首から下に、口づけの跡を残しながら、腰を動かし始めた。
「っ……ああ」
「本番、まだだったろ」
「ど、どういうこと……」
 ごく浅い場所で、出たり入ったりする青自身は、沙矢のいい所を知り尽くしていた。
 長い指が、秘所にある蕾をきゅ、っと押す。沙矢は、甲高い悲鳴をあげた。
 腰が、自然と揺れてしまう。
「お前もまだ欲しかったくせに」
 青は自分の都合のいい風に解釈し、彼女が、もう一度意識を飛ばすまで、  愛しぬいた。

 青の愛を受け止められるのは自分だけだと、沙矢が再認識した夜だった。
   


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