ゆっくり咲き誇ったであろう大輪の花を手折り、  自分の手で汚すことを望んだ。
 自分の弱さ、愚かさ。
 少女は、子供ではなくて、最初から女で、  激情の赴くままに、求めた。
 すべらかな頬に手を伸ばす。
 背中に生えていた純白の羽を無残に毟り取った男は、シニカルな笑みを浮かべていた。
 堕ちた自覚もないままに。
 今宵も美しい薔薇の蕾を、残酷に愛でる。

 真夜中。ホテルの部屋で、二人の男女が、淫らに絡み合っていた。
 時間など存在しないかのように、求め合う。
 闇に揺らめく四肢は、互いを離すまいというかのように何度も交差する。
 どちらがどちらの肌か、息遣いか分からない程に密着していた。
「……っああ……んふ 」
 甘い悲鳴は唇に塞がれる。
 腕の下で啼くのはまだ十代の少女だということを一瞬忘れそうになる。
 何故、彼女は子供ではなかったのだろう。
 欲しいと、願う存在ではなかったならばこんなに苦しまなかった。
 髪を撫で、唇に指を差し入れる。
 彼の指を口に含んだ彼女は、無邪気に吸い上げた。
 きつくなる締めつけ。
 戦慄く肌を、抱き殺したくて、青は衝動のままに突き上げた。
 時計の音が煩い。
 けれど、時を気にしなければ彼女を離したくなくなる。
 この音は自分への戒めだと思った。
「……何故俺はお前を抱くんだろう」
「……えっ」
 自問自答しているかのような呟きに、
 彼女は、ぶるりと背筋を震わせて、頭を振った。
 沙矢にしてみれば、好きだから抱かれているのだ。
 気持ちを確かめたくて、彼の側にいるに過ぎない。
 横向きに対面し、抱き合う。
 漏れる息も濡れた音もすべてを分かち合っていてさえ気持ちだけが、ない。
 沙矢は、涙を堪えるように目を見開いた。
 背中にしがみつけば、熱が注がれる。
 何度となく身が震えて、弾けるその瞬間、光が見えた気がした。
 青は、彼女に一足遅れて、避妊具越しに飛沫を放つ。

「……私が欲しいからでしょ」
 理由付けがあるならそれしかないのだ。
 たとえ衝動でも、彼女に手を出さずとも
 他に相手はいくらでもいるだろう。
 青のような男は、不自由はしていないはずだ。
 けだるい身をぐったりとシーツに沈めて、沙矢はバスルームに消えた男を思う。
 このホテルに二人で来るのは二度目。
 前とは違う部屋なのは思い出の余韻を残さないように考えているのかもしれない。
 空調を効かせているので初夏特有の蒸した空気はないが、
 行為後特有の熱が、部屋にこもっていた。
 青が燻らせた紫煙のにおいが、微かに残っている。
 灰皿に残る吸殻に、そっと手を伸ばし口に含む。
 中途半端な長さで火を消した煙草。唇に感じる苦味に顔をしかめた。
 美味しいとは思えない。
 青が愛用しているからこそ、こうして唇で感じてみたいと思う。
 暫し唇で確かめた後、灰皿に戻した。
 喫煙者だが、決してマナーが悪いということはない。
 空調を利かせた上で、煙が来ないように気を遣ってくれるし、
 ベッドで吸うのは一本程度だ。
きっと、もてあました感情をなだめていると感じた。
 あの瞳で、見つめられたら拒めない。
 宙を見やり、ほうと息をつく。
 早く、彼に戻ってきて欲しいが、戻ってきたら別れが近づくのだ。
 恨めしい。時間というものに縛られなければ
 いつまでだって共に過ごせる。 
「青……」
 大好き。
 愛していると、いつだって心中では呟いている。
 氷は、いつの日か溶けるのだろうか。
 シャワーの音が止んでいた。
 どくん、心臓が跳ねる。
 やがて、彼がベッドの側に来て小さな声で、行って来いよ
 と呟いた。こくん、と頷いてベッドを降りる。
 脱がされ、散らばった衣服で肌を隠してバスルームに走った。
 青はすれ違いざまに見た沙矢に、はっ、と息を飲む。
 薄暗い部屋の中でも尚、彼女の表情を捉えてしまった。
 唇を噛んで、瞳を揺らす。とても傷つき苦悩している表情だ。
 その姿は儚くあまりに綺麗で魅せられてしまった。
 大人へと変わろうとしている少女特有の美しさがそこにあった。
 あの夜、どこかで鐘が聞こえた。危険を知らせるものか何かを期待させるものか。
 久々にこの胸を騒がせる事が起きる。
 確信にも似た予感を覚え、あの場所を離れられなかった。
 普段なら、用が済んだらさっさと立ち去っていたはず。
 それでも、青は、その場所で佇んでいた。
 何かを待ち受けるかのごとく、そこにいて、
 落ちて来た少女を受け止めた。
 あの日を悔やんでいるわけではない。決して。
「お前も、俺も同じ穴の狢(むじな)だよ」
 一晩だけの火遊び。割り切った関係ならば慣れていたはずだ。
 朝になったら後腐れなく別れる。後ろは振り返らない。
 それが、一番だと思っていた。
 彼女が初めてで唯一だ。
 会いたい。
 また同じ夜を過ごしたいと日々思いを募らせている。
 微かな衣擦れの音。
 ふと、視線をやれば、バスローブ姿の沙矢がいた。
 やけにゆったりと歩いてきて、立ち止まる。
 青は、分かっていながら、視線を逸らした。
 試してみたくなった。
 静かな部屋に響く呼吸の音。
 間接照明に、照らされた白い肌が、危うく誘う。
「……あの」
「何だよ」
 床に落ちた影でふるふると首を振ったのが分かった。
「まだ時間はある……よね? 」
 不安げに震える語尾に、くっと口の端がゆがんだ。
 抱かれている間はあんなに大胆で奔放なのに、口では、はっきり言えない。
 青と違い、穢れを知らない。
 この先何度抱いても、精神的な意味で清らかさを失わないのだろう。
 ゆらり、ベッドの端から立ち上がる。
 きつく抱きしめて、頭を押さえる。
「っ……ふ……」
 いきなり強引に唇を重ね、舌をねじ込ませる。
 角度を変えてキスを奪いながら、バスローブの紐を解く。
 もう一度抱かれたくて、バスローブを纏って来た彼女を古風で、慎ましいなと、笑った。
 いくらか強引に押し倒せば、相手が瞳を閉じるか閉じまいか逡巡していた。
「この時間の俺は、お前だけのものだ」
 一つしか渡せない真実のかけらだとしても。
「嬉しい」
 屈託もなく微笑む沙矢をほんの少し憎らしく感じて。
 大きな瞳を潤ませている姿に紛れもなく欲情した。
 首筋に歯を立てる。舌でなぞって痕を残す。
 肌理細やかな肌は、いつだって指で触れて、確かめたくなる。
 ベッドに散らばる黒髪からは、洗い立ての香りがした。
 時間や物、二人で共有するそれを愛しく感じてしまう。
 そんな身勝手な自分を許せなくて、誤魔化すように肌を愛撫する。
 やさしく、乱暴に。
 背中に回された腕から震えが伝わってくる。快感か不安によるものなのか。
 意味深に尋ねたりしたのは、ほぼ確信していたから。
 心を預けることができない男でも、感じている。
 濡れて、青を欲しがっていることを教えてくれる従順な体。
「青……っ」
 頬に手を伸ばし、触れてきた。
 躊躇いながら往復して、腕を下ろす。
 素直に可愛いと思う。
 こんな男に抱かれるべきではないのかもしれない。
過ぎる思いは一瞬で消え去った。
 毟った蕾は、自らが堪能するためにある。
 他の誰にも触れさせない。
 自分だけが、彼女を独占する権利がある。
 胸の谷間に顔を埋める。揉みしだき、頂を柔らかく噛んだ。
 沙矢の腕が伸びて青の頭を胸元に押しつける。
 無意識なのか分からないが、
 もっとして、と強請られていると感じ、調子に乗ってしまうのだ。
 小刻みに舌を動かして掬う。固くなり存在を主張するそれは瑞々しかった。
 押し返してくる弾力の膨らみを揉みあげて、形を変える。
 柔らかくなった体を押し開いて、両膝を立てさせた。
 滴りが、足を濡らしているのが分かる。
 秘所の泉に口づけたら、高らかな声を上げて、シーツに身を沈めた。
 肩を上下させる姿を横目に避妊の準備をする。
 すばやく覆い被さり、ベッドに腕をつく。
 彼女を腕の下に囲う格好だ。
「……お前は俺のものだろう? 」
 思わず喉が鳴った。
 青が期待通りの答えをくれる。
 頬を押し包んで問えば、瞬きして、小さく頷いた。
 それが、彼女の精一杯。
 腰を押しつけたら、背中にきつく腕を回して応じる。
「……来て? 」
 艶やか。けれど、清純でやはり罪を犯しているように思えた。
 処女だった彼女を奪ったのは、己。
 受け入れたのは、知らない様で知っていた彼女。
 お互いが、共犯者には間違いなかった。
 狂おしい思いのまま、貫く。
 たちまちあがる甘い悲鳴に、本能を揺さぶられ、
 承諾を得ぬまま腰を動かし始める。
 時には膝を立て、押し這入り、どこまでも求めた。
「は……っあ……っ……ん」
 頂を軽く噛んで、吸い上げる。
 繋がった部分が熱く痺れてたまらない。
 やがて、揺らし始めた腰を抱えて、貪欲に突き上げた。
 二度目の絶頂は殊のほか、早く、沙矢が意識を飛ばした後で青もすぐに後を追った。
 迸りを放つ。
 特有のけだるさが足元からやってきて、沙矢の横に倒れこんだ。
 伸ばされた指が、彼の指先を掴む。
 離れたくないという意識の現われなのだろう。
 それを強く握り返して、離した。
 横たわり、背中を向ける。
 自分の処理をして彼女の方も綺麗にする。
 夜が明けたら、別々の日が始まる。
 それまで、もう少しだけ共にいよう。
 心に決めて、瞳を閉じる。
 神経は研ぎ澄まされていて、眠ることなどできないのだけれど、
 静かな時に身を浸すだけでも、いいのだ。
 穏やかな寝息が聞こえてきても、表情だけはどうしても見ることはできなかった。
「俺はいつか、お前を咲かせる事ができるのか? 」
 独りごちる。
 ため息にも似た呟きは闇に溶ける。
 宙に手を伸ばし、手のひらを押し開く。
 爪が食い込むほど強く握り締める。
 指先でぱらぱらと散り零れた花びらを拾い集めるように。
 



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