明梨は、淫らな確信犯だ。
喘ぐ声を聞けばますます興奮した。
俺は、彼女の反応を見るだけで気分が舞い踊るのを抑えられない。
長い間、育んだ恋だったが、温めた思いを
成就させて、今こうして抱き合っている。
セックスなんて、言い方好きじゃない。
愛を作る行為だからメイクラブだろ。
大人ではない俺が唯一大人になれる時。
彼女に無理はさせられない。壊したくない。
そう思うからひたすら優しく抱きしめる。
俺だけの明梨を。
声を出すのを恥らいながらも、大胆で
時々彼女が分からなくなる。
どちらが本性なんだと聞いてやりたくなる。
達して、彼女の上に崩れ落ちる瞬間、
細い腕が伸びてきて背中を抱きしめられた。
「おはよう〜」
間延びした声が隣りから聞こえる。
しょっちゅう夜を過ごしているわけではないが、
既にぬくもりも匂いも覚えていて、鼻をすり寄せる。
違う体温、身体の柔らかさ、甘い匂い。
「おはよう」
抱きしめようと腕を伸ばしたら制止の声がかかった。
「ちょ、ちょっと砌! 」
また顔を真っ赤にしている。
ベッドの中にいる時の顔とそうでない時の顔がこれほど違うなんて。
とっくに服を着ている彼女は、ゆっくりとした仕草でコーヒーを差し出した。
湯気が立ち昇り、琥珀色の液体がカップに浮かんでいる。
「飲むでしょ? 」
自分のカップはテーブルの上に置いて、俺に手渡す。
「お前、コーヒー飲めたっけ? 」
「私のはミルクティーだもん」
えへへと笑いながら、ごくごくと音を立てて飲んでいる。
お互いにシーツをぐるぐる巻きつけただけのあられもない格好だ。
「そっか。やっぱり」
「何よー。目覚めの一服でしょう。コーヒーでも紅茶でも変わらないじゃない」
屈託なく笑うその顔。
「もうすぐバレンタインだねえ」
話が飛ぶのはいつものことだ。
とっくに慣れて会話のリズムも掴んでいる。
「ああ」
「白いのと黒いのどっちがいい? チョコ」
「普通の」
「白、それとも黒? 」
不服だったのかまだ聞いてくる。
身体は押し付けてくるし、手だって握られた。
せっかく静まっているのに、また火がつきそうになって困った。
「黒。白は嫌いなんだよな。ホワイトチョコってバター使われてるだろ。
しつこい味はどうも駄目だ」
「おお、バレンタインは黒い方だろとか言われなかった」
「お前に毒されたんだよ」
「毒してないって! 皆と同じはつまんないんだよ」
そう、他に染まらない。
だから、好きなんだ。
「それもそうか」
「うん」
微笑み合う。
ベッドに肘をついて、カップを手にしている明梨。
「もう一回襲われたい? 」
「けだものー! 」
離れずにおいて、よく言うよ。
「はい」
パサリ。床に放っていたシャツを渡される。
「サンキュ」
シャツを羽織り、持っていたカップを奪い、ベッドサイドに
置いてある目覚まし時計の隣りに置く。
明梨の腕を引いた。
きょとんとする彼女に、艶めいた眼差しを送る。
ぶるぶる頭(かぶり)を振るのは何故なのか。
やっぱり、悪戯してやりたくなって、ぺろりと頬を舐めた。
「な、何、美味しくないでしょ? 」
「美味しいよ。俺の好物だし」
「うわー」
「黙れよ、少しは」
微かな苛立ち。早く手中に収まれよ。
「ん……」
無理矢理唇をこじ開けて奪うと甘いミルクティーと
ほろ苦いコーヒーの味が混ざり合った。
「……砌ママ、もう知ってるよね」
「……ああ」
時々からかわれるのだが、それは秘密にしておく。
明梨が赤面した挙句走り出すのが目に見えていたからだ。
まだ軽く話せるほど馴れきってはいない。
寧ろ、そのままでいて欲しい。
「一つだけ約束して」
耳に届いた声。
肩に頬を埋めて切なそうに。
「ずっとずっと一緒にいてね、砌! 」
きっと、がばっと音がした。
抱きついてくる力の強さに目を見張る。
「私ね、結婚するなら砌って決めてたんだ。最初から」
初耳だった。
「……さすが明梨だ」
「結婚すれば未来を一緒に生きられるんだよ。
二人で一緒にいようって約束を形に出来るんだもん」
彼女らしい生真面目な純粋さ。
「そうだな、結婚しようか」
「絶対だよ? 」
体を離してまじまじと見つめてくる。
真剣な眼差し。何でこうも俺を捕らえる?
「ああ……だから、ずっと一緒にいるから、今日も一緒にいよう」
遠まわしにまた愛し合おうと言葉に込めた。
「もう帰るんだからね」
「門限ないだろ。送っていくし」
「う……でもあからさまね」
「これが俺だから」
一瞬、呆れられて笑われる。
まあいつものやり取りだから気にはしないが。
口付けを交わす時間、うっとりと目を閉じる明梨。
また服を脱がせて横たえる。
首に回された腕を感じて覆い被さった。
背を向けて準備を整えると、背中に腕が回ってくる。
もうプラトニックとはいえないかもしれないが、
軽い気持ちで手を出したつもりはない。
たった一人だと決めている。
遠回りするよりはずっといい。
約束を叶える為に、傷つけたりしないよう心に誓っている。
久しぶりに会った明梨を抱く。
肩先に落ちた髪は夏から随分伸びた。
それだけ同じ季節を過ごしたんだ。
額に頬に、唇を掠めると、明梨はくすぐったったそうに身を捩る。
耳たぶを甘噛みすれば、淫らな吐息が漏れた。
耳の奥に舌を差し入れる。
明梨の体が跳ねて、ベッドが音を立てた。
首筋を吸い上げ、赤い痕を残しながら、冷えた指先を肌に滑らせる。
「砌……」
「何? 」
「手冷たい」
「きっとすぐに熱くなるから」
「……うん」
深く唇を貪る。
舌を絡めれば唾液が糸を引く。
「……あっ」
指先で捉えた赤い尖りを口に含むと激しく体をふるわせた。
一番柔らかなその場所を揉みしだく。
「……やっ」
明梨は頬を高揚させて喘ぐ。
首を横に振って、襲ってくる感覚に抗おうとしているかに見えた。
「恥ずかしがるなって。傷つくだろ」
「だ、だって……んんっ」
強引にキスをすれば抵抗する体が静かになった。
まだ慣れてないのだ。
俺も同じ。未熟だから、上手く安心させてやることができない。
「ごめんな」
「えっ」
「いや何でもないよ」
腹部を辿り、恥骨を撫でる。
反り返る体が無性に愛しい。
押し潰さないように肌を合わせて、足を絡める。
敏感な場所に指で触れる。
弾いて、口づける。
好きな相手同士だから感じて、濡れる。
その事を改めて知った。
何度も指を往復させれば、硬くなり膨れ上がる部分。
溢れる泉へと指を突き入れた。
指の数を段々と増やしながら、中を行き来する。
入れていた指を出すと、声にならない
悲鳴を上げて、明梨が、シーツを掴んだ。
腕の中でぐったりと瞳を閉じた明梨を抱き起こす。
髪を梳くと甘い匂いが鼻をくすぐった。
髪の一筋一筋にキスをする。
汗ばんで湿り気を帯びた姿は、いつもよりずっと色っぽく大人びていた。
念入りに確認して、再び覆い被さってベッドに肘をついた。
体重をかけて見下ろす格好になる。
彼女の中に入る前にも、既にそこに触れていた。
びくん、と一度震えて、求められていることを悟る。
「明梨」
「……ん」
俺の声でうっすらと瞼を開けた。
「いい? 」
こくりと小さく明梨は頷いた。
声に出して聞くと自棄(やけ)に卑猥な気がするのはどうしてだろう。
本能的な行為をするだけなのに。
潤った場所に苛烈な熱を宛がう。
痛みを少なくする為に、一気に奥まで貫いた。
肩先に食い込む爪。
痛みも分け合えるのは、嬉しい。
「……あああっん! 」
明梨の中を出入りしながら、舌先で尖りを転がす。
ふくらみもしっかりと手で押さえていた。
空いている手でもう一方の胸を愛撫する。
緩く深く、突き上げる。
互いに荒い息遣いが続く。
「……み、砌……」
どこか苦しそうに名を呼ぶ。
「ああ」
汗を散らして強く一番深い場所を突き上げた。
「明梨……っ」
何度か熱を吐き出す。
避妊具がなければできない行為だ。
意識が遠のく瞬間、もう一度彼女の名を呼んで果てた。
「おはよう、……って夜だけどな」
「う……ん……何時? 」
眠たげに瞼をこする腕を掴んだ。
赤くなるじゃないか。
瞳の端に浮かんでいる滴は、情事の名残。
俺もそれを見て泣きそうになるから、そっと手の甲で拭った。
痛みさえも越えて感じあえる悦びは胸を満たす。
「9時だな。まあ母さんには何も言われないだろうけど」
若いわねー砌ってばとか何とかからかわれるだけだ。
挙句の果てには父さんと話のネタにして遊ぶ。
そして言われるんだろう。
避妊はしたのか……って。
モラルはちゃんとわきまえてるに決まってる。
祖父は産婦人科医で、母も昔から口が酸っぱく
なるほど言い聞かせられていたらしい。
いわゆるお嬢様育ちでありながら、性の知識が
豊富だったのは、藤城の家に生まれたからだ。
臭いものには蓋をするということを嫌悪している。
奥ゆかしさとは無縁で正直かつあけっぴろげだけれど、
最後の最後で品性を保っているのはさすがといえた。
母も凄まじいが父にいたっては、セーフセックスだよ、砌とか言い放つ始末。
家には、避妊用のアイテムやら、検査薬まで常備してある周到さ。
邪(よこしま)にもほどがあるだろ。
そんな両親の元で育ち、女性は大事にしなければならないと教えられた。
一番大事なのは愛だ。愛に始まり愛で終わる。
俺が、ただの軽い奴だったら、成人するまでは
許してもらえなかったと、確信できる。
その辺に関しては厳しいのだ。当たり前だが。
「送ってく」
微笑む横顔にキスを落す。
明梨は、真剣な眼差しでこちらを覗きこんできた。
「約束を違えたら絶交だからね! 」
「おかしくないか、その言い方? 」
「連絡を切るんだから合ってるわよ」
言い切る明梨をそっと抱き寄せるとまだ熱い体が疼いた。
「着替えろよ、俺も着替えるから」
「うん」
明梨を残しベッドを降りると、背中を向けて衣服を身に着け始める。
シーツの中でもぞもぞと動いている気配がする。
横着をしているのではなく、羞恥のためだ。
沈黙の後姿がやがて振り返る。
「行こう」
「うん」
手を引くと嬉しそうな顔がそこにあった。
この笑顔をずっと見ていたい。
本当なら一時だって離れたくはないのだ。
手を繋ぎあったまま暫く動かなかった。
恥ずかしい程見つめ合ってから、歩き出す。
車で明梨の家に着いた後も、暫く二人で車の中にいた。
別れを惜しむかのように、ゆっくりドアを開いて、手を振る。
じゃあな。
そんな風に笑って。
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