「明梨さあ、最近太っただろ」
「砌の鬼ー! 酷いっ」
きつい一言をぶつけられ、私は彼に訴える。
「事実だろ? 」
あっさりと彼に言われ、二の句が告げない。
底意地の悪い邪笑を浮かべている。
「乙女に向かって体重のこというなんて鬼以外の何物でもっ……ふぅっ」
唇が重なり、きつく抱きしめられた。
息が出来ない。
ああ、駄目だわ。またいつもの調子で流されてしまってる。
「良いダイエット方法、知ってるぜ」
唇を離した彼が私の腰を引き寄せる。
「その手には乗らないわよ! 」
びしっと言い放ち、逃れようと体を動かす。
これ以上流されてはいけない。
「あ、そう。そういう態度取るんなら、
強行手段取ってもいいんだな」
ニヤリ。
軽々と抱き上げられた。
さっき、重いとか言わなかったっけ?
「や……」
強引に車の助手席へと乗せられてしまう。
そのまま荒々しく車が走り出す。
「ど、どこに行くつもり!? 」
思いっきりうろたえる私に、 彼はしれっとした表情で、言った。
「着いてからのお楽しみ」
語尾が弾んだ気がしたのは、私の気のせいではないだろう。

「何で」
思わず呟いてしまう。
車はとある看板の目の前で立ち止まった。
もっと早く気付かない辺り、私はボケなのだ。
「スポーツジム……」
脱力した。またいつものようにいかがわしい所へ
連れて来られるのかと思った。
……腐ってるわ私の頭。
何で運動ってなると……そこを思い浮かべちゃうの!
いつもそこへ行っても適当にくつろいで
帰るだけで何も無いのに。
「なんでいってくれないのよ」
「変なこと考えてただろ? 」
「……ば、馬鹿! 」
顔が燃えるように熱い。
人目も気にせず、顔を押さえてしゃがみ込んだ。
「んじゃあとりあえず着替えて来い。 その後はこのメニューに添って順にやれ」
明らかな命令調。
何だか無性に神経逆撫でされるんだけど。
「……指示通り動けって言うの」
嫌気がさしてきた。
主導権握らせてたまるものですか。
「お前の為思っていってるんだぜ。ああ、じゃあ場所変える?
もっと簡単に痩せられて、おまけに綺麗に
なれるダイエット法が いいんだろう? 」
邪笑。
「……メニューに従い頑張ります」
「いい心がけだ」
満足気に、どこか残念そうに彼は言った。
……はあ。
溜息をつきつつ更衣室へと向かう。
用意周到な彼に渡されたジャージを握り締めて。
多分、お揃いなんだろうな。ふ、と笑みが浮かんだ。

手早く着替えて戻ると、彼はやはり先に着替えを終えて待っていた。
予想通りお揃いの柄の色違いのジャージを着ている。
「遅い」
くっ……。
「これでも急いだの! 」
「まあいい。準備運動するぞ」
偉そうに言うだけ言って放り出さないから、 好きなんだけどね。
あなたの体力には到底叶わないのよ。
「お前が嫌いだからこんなことさせてるんじゃないぞ。
そう苛められてるような顔するなよ。こっちだって
苛めてるわけじゃないんだからさ」
「……うん、分かってる」
「日頃の運動不足解消にもなるしな、無理せず
やっていこうな」
うっ。最後の最後で優しいんだからもう。
逆らえなくなってしまうよ。

喋っている内に準備運動は終った。
腹筋マシーンと走るやつ?
名前よくわかんないんだけど、まあいいか。
メニューにはそれらを繰り返すよう記されてた。
「頑張れよ」
楽しそうに手を振り、彼はグローブを手に、歩いていった。
サンドバック……というのが笑える。外見から想像できないのだ。
よし、がんばろうと拳を握る。
決意の元、ウォーキングマシーンに乗った。
少しずつスピードを上げてゆく。
一時間経過。
5分休憩。
腹筋マシーンへ。
「ぜ……ぜえぜえ」
一時間経過
ふらつく足取りで15分休憩。
「……もう限界か? 」
くっ。思いっきり馬鹿にされた。
ふん。まだまだいけるわよ。
ウォーキングマシーンへ乗り、1時間経過。
5分休憩して腹筋マシーンで腹筋50回。
ばたっ。
自分が倒れる音を聞いた。
あああ……情けない。
とか心で呟いたのを最後に、
眼がぐるぐる回ってそれきり意識を失くした。

「……い! 」
え、なあに。何か遠くで声がする。
「おいって! 」
「うあああっ!! 」
砌だぁ。
「私、どうなっちゃったんだっけ? 」
未だ、ふらふらする頭で考える。
「……倒れたんだろ。日頃、運動してないのに、急に無茶 しまくるから」
ごめんなさい。
二の句が告げません。
「ついててくれたんだ」
「当たり前だろ」
泣いてしまいそうになった。
彼は最後の最後でとても優しいのだ。
「明梨、帰ろう」
「うん」
砌が私の腕を引く。
ああ。休憩室のベッドに寝かされてたんだ。
「メニューは負担にならないよう考えてたんだぞ。
それをお前は無茶して」
「私もやればできるということを見せたかったの」
真顔で言った。
「だからって無理して調子崩しても仕方ないじゃないか」
砌は、苦笑して頭を撫でてくれた。
「うん。今度からは砌に従う」
「よろしい」
がしがしと髪が掻き混ぜられる。
私は満面の笑みを浮かべて、
「砌のこと見直した」
「何ぃ……」
お前に言われたくはないぞ、その台詞は。
と顔に書いてあった。
「だってまた変な所に連れて行こうとするかと」
顔を真っ赤に染めて爆弾発言。
「お望みならいつだって連れて行ってやるけど?
いっとくが本気だからな。」
「……望んでない!! 」
私はさっき倒れたことも忘れて、走り出した。
「おい。無理すんなって」
砌が追い駆けてくる。
流石にすぐに息切れがしてきて、抱きとめられた。
長身の腕の中に私は難なく閉じ込められてしまう。
「明梨、着替えて来いよ」
「はーい」
そうだった。私はまだジャージ姿のままだったんだ。
「……軽はずみな気持ちで言ったんじゃないから」
ポツリと砌が呟いている。
「もっと色んなお前が知りたいんだ。
好きと言う気持ちが嘘じゃない証拠を見せたい」
真摯な声だった。
うん。私も砌となら嫌じゃないよ。
「いつかね」
今、言えるのはそれだけ。
さほど遠くない未来にそんな日が来ると思うから、
その日を待っていよう。
振り返ると砌は、微かに笑ったようだった。



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