「……あなたがそんな体にしたのよ? 」
 これが精一杯だ。これ以上は恥ずかしくて口にもできない。
「可愛いな。嬉しいことをさらっと言ってくれるんだから」
 好きだよ。
 ぷちん、と外された下着が背中にまとわりついた。
 いきなり吸い上げるから、足をばたつかせて身悶える。
 舌でなぞり、噛んで、口の中に含む。
 いやらしく音を立てて胸を味わう彼の頭を引き寄せるように腕を伸ばし抱きしめた。
 柔らかな髪を撫でる。なんてさわり心地いいんだろう。
 少し茶色がかっていることを今更知る。細かい所までよく見てなかったのかな。
 決して照明のせいではないだろう。指先に絡めて吐息をつく。
 青が胸元から顔を上げて濡れた頂を見下ろした。
 いつも思うけどエッチの度が過ぎるわ。
 卑猥な目で熱く見つめるんだから。
「大分よくなったか? 」
 ドキッとする。さらりと髪を撫でながら言われ、こくこくと頷いた。
「うん、平気よ」
昨日までは少々辛かったけれど、ずいぶん楽になった。
 ピルを飲み始めたから次はもっと軽くなるかもしれない。
 ばさり。パジャマの上着を放られたので、きょとんとする。
 もういいやと思いパジャマを素肌の上に着たら笑い声が聞こえた。
 くすくすといやらしい人だわ。
 青の側に寄り添っていれば寒くないから平気なだけだ。
 他に理由はない。
「もう。青が脱がしたくせに! 」
「お前に無体を強いるのを我慢する為には、これ以上触れられないんだよ」
 うっ。あと二日を堪えられないんじゃ駄目よね。
 引き寄せられてことん、と彼の胸に頬を預ける。
 細いようで意外と筋肉があって固い胸板。
 耳をすませると、心臓の音が聞こえた。
 とくん、とくんと規則的なリズムは、言葉とは裏腹に冷静で彼そのものをあらわしていた。
 私は未だに胸がバクバクして破裂しそうなのに。 
「行こうか、今度俺の家」
「ふ……えっ!? 」
 なんて言ったの? 今までほとんど知らなかったのに、急展開でついていけない。
 彼の生まれたお家に連れて行ってくれるの? 
 髪を撫で梳いていた彼がふいにもらした一言は衝撃的で、脳内で
 言葉の意味をぐるぐると考えてしまった。
「お姉さんにもお会いできる? 」
 沈黙が暫く続いていた。青もしかして寝ちゃったのかな?
 それとも不味いことを言ったのかしら?
「起きてる? 」
 ぎゅっ、と抱きついたら低い声音が返ってきた。
「かわいいことをするな。心臓に悪い」
 険のこもった声にびくりとしたけれど、別に怒ってはないみたい。
 甘い吐息が、肩に落ちてきたんだもの。
「心臓に、悪いことするのはいつも青の方よ? 」
「今日はお前の勝ちだ。家へ誘ったら姉のことを言うんだから」
「え、だって。電話かかってきたから気になっているんだもの」
 ため息が聞こえた。
「結婚して実家を出ているからいないよ」
「なんだ。そっかあ」
「父に会ってもらいたいんだ。若干複雑だが」
「どうして? 私はオッケーよ。寧ろ嬉しすぎて泣きそう」
 青のお父様ってどんな人なのかしら? 」
 声が弾んでいるのが不思議だったのか、青が小さく唸って
「会えば分かる」
 と一言告げて、ぽんぽんと頭を撫でた。
「ったく……風邪ひくぞ」
 素早く、パジャマのボタンが留められていく。
 こっくり、と頷いて彼の腕の中に潜り込んだ。
 その時突然、電話が鳴り響いた。
 青は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
 彼は無視しようとしたが10コール過ぎても鳴り止まない電話に
 小さく舌打ちしてして、ベッドサイドの子機を手に取った。
 こんな時間に誰だろう。
おうちの電話にかけてくるって緊急の要件じゃ!?
「……もしもし」
 地を這うような低い声。
 感情でてるから!
 あわてて彼の服の裾をぎゅ、と掴んだ。
 受話器から声が聞こえた気がしたけど、彼は気にせず元の位置に受話器を戻した。
 苗字を名乗らなかったのは悪戯電話を危惧してだ。
 電話帳に名前は載せていないが、どこからか調べてかけてくるらしい。
「青……どうかしたの? 」
「何でもない」
 暫く時が止まっていた。
 何だか、もう一度電話が鳴る予感がする。
 ごろりと横になろうとした瞬間、けたたましく電話が鳴り響いた。
「ほら……やっぱり」
「……しつこいな」
 ぶつぶつ呟く青。
 私は電話相手に申し訳なくなり受話器を手に取った。
「もしもし……どちら様ですか」
「えっ……あなた!? 」
 澄んだ女性の声が耳に届いた。あれ、この声って。
「以前電話掛けていらっしゃいましたよね? 」
「ええ……、もしや青の彼女? 」
 楽しげな様子に、ほっ、とする。
「……は、はい」
「まああ! 私はね青のお姉さまの翠さんです」
 今の台詞が脳内で反芻する。
青のお姉さまは翠さん。
 姉と弟で両方とも色が名前なのね。
 青が、ベッドの縁に腰掛けている。
 しっかりと私の腰を抱いて、半ば膝に乗せられる格好になっているけれど。
「ふふ、驚いたかしら。ついでにいえば青には高2の甥がいるのよ。
 歳が近くて兄弟みたいなの。あなた、いくつ? 」
「20です」
「まあ、若いわね。青も隅に置けないじゃない!
 そんな年下の子ゲットするなんて」
「青はすごく若くて年上に見えないですよ! 」
 歳の差を感じないことを伝えてみた。
 ロリコンって言われたくないものね。
「……沙矢、電話代われ」
 台詞と共に受話器を奪われた。
 青は電話がかかってきた時から、感情を表に出している。
 そういえば、以前お姉さまから掛かってきた時も、
 不愉快そうだったかもしれない。
 姉弟の関係に溝があるとか?
「せめて携帯にかけてもらえませんか?
  一体何時だかご存知ですか。大体……」
 まだ青は言い足りないようだったが、相手の勢いに言葉を遮られてしまった。
「あら、携帯にもかけたんだけど、留守電だったもの。
 いつかけてもいないし、夜中ならいるでしょ」
 ハンズフリーにしてくれる青の親切をどう取ればいいのか。
 お姉さま、青がいたら都合なんて関係ないんですね!
「この間も言ってたけど、電話する前に
 これから電話する予約でもしろって言うのかしら。
 そんなおかしいことできないわよ。やあね」
「で、一体、何の用ですか? 」
「夜中に掛けて女の子が電話に出たの初めてね。
 そうか青もそこまで心許せる相手に巡り会っちゃったか。
 翠お姉さま、ちょっとジェラシー! 」
 青の額に青筋がうっすらと浮かんだ。
「お父様が青の顔見たがってたわよ? 年に一、二回じゃなくて
 もっと頻繁に帰りなさいよ。遠くに住んでいるわけじゃないんだし」
「……、わかりました。早く寝ないと肌に悪いですよ。もう若くないんですから」
「相変わらず可愛げがないわ。口数多くないのにどうして余計なことだけ」
「あなたは余計なことしか言いませんが」
「わー、喧嘩しちゃ駄目っ」
「今日のところは可愛い彼女に免じて許してあげるわ。
 またね」
 最後に電話越しにリップノイズが聞こえて、通話は終了した。
 お互いに別れの挨拶もなく唐突な切れ方だった。
 深くて思いため息が聞こえる。
「た、楽しいお姉さまね」
「声が上ずってるぞ」
 えへと笑ったら、後ろから腕が回ってくる。
「んっ……」
 首筋に這う舌が、熱く。なまめかしく動く。
 吸い上げて、噛みつかれる。
 こんな見える場所に痕を残されると困る。
 青は分かっててやっているの?
ぐらり、のしかかってきた彼に押し倒される。
 後ろ向きに倒れた。悪戯な指先が忙しなく動く。
 パジャマの上から、きつく膨らみをもまれて、吐息が鼻から抜けた。
「……覚えておけよ」
「な!? 」
下着の上から、頂を弾かれてくぐもった声をあげた。
 心なしか熱い彼の体のおかげで少しも寒さを感じずに眠ることができた。

 その日は帰宅が遅くなるということで、バスで帰ることになった。
 電車の時間がある陽香に別れを告げ、一人でバス停に向かう。
 その時、クラクションが鳴り響いて思わず駆け寄ってしまった。
 青、もしかしたら早く帰れることになったのかな?
 車は、やけにゆっくりと近づいてきて停止した。
彼の車とは違う黒い左ハンドルの車。
 よく聞けばエンジン音だって違うのに、どうして冷静な判断力を失ってたの?
「やあ」
 その声に震えていた。
 車のミラーが開いて、見知った顔が現れる。
「送ろうか」
「あ、あの結構です」
 運悪く周囲には誰も歩いていなかった。
 ロビーで、青を待たなかった自分の行動を呪う。
「まあ、そう言わずに」
 その時後ろの席から細い腕が伸びて車内に引きずり込まれた。
「兄さんの物になれば、将来も安泰よ」
 くすり、笑う声にびくっとした。女性物の香水の匂い。
 春日佐緒里……。
「嫌よ」
 半ばパニック状態で、降りるためにドアを開けようとしたが
 細い割りに強い力で押し戻された。
 彼女に押さえつけられている間に、車が走り出した。
「今日はお迎えないんだ」
「……知ってるんですか」
「その辺のモデルなんて、勝てないほどの男前がロビーまで迎えに来るんだよ。
 皆知っているに決まってるさ。それこそ社内中のうわさの的じゃないかな? 」
「藤城先輩はこんな子供が好みなの……」
 独りごとを聞きとがめた私は、青が言っていたことを告げる。
「佐緒里さん? 青は面識ないと言ってました」
「……興味がないもの以外視界に入らないのよ。
 私は彼と同じ大学だったの。藤城先輩には色々な女が告白していたわ。
 私の知る限り大学内で付き合っていた女はいないようだったけどね」
 聞いてもないのにべらべらと語りだした
彼女の口調は苦々しくて、悔しげだった。
 とっくにきつく回されていた腕が解かれ、自由に息が出来るようになっていた。
「藤城青はとにかく有名で、みんなの憧れの的だったわ。
 顔だけじゃなくてすべて揃っていたもの。
 見向きもしてくれなくて、ずっと忘れられなかったの」
 医学部ではない彼女は、4年で卒業して社会人になったため、
 その後の青のことを知る機会はなくなったという。
 とつとつと語られる話に耳を傾けながら、
 バッグの中の携帯を掴み取った。
「馬鹿ね! 掛けさせるわけないでしょ。本当に隙だらけ」
 無残にも奪われた携帯の電源が切られる。
 腹立たしくて、じたばたともがいた。
 タイトスカートから足が覗いてしまうのも構わず暴れた。
わめき散らす。運転席から、舌打ちが聞こえた。
「ん……っ」
 口元にハンカチを押さえられ、意識が遠のく。
 ぐったりとした意識の向こうで、男女の会話が聞こえる。
「手を貸すんだから、私にもいい思いさせてよね」
「ああ。佐緒里がいてくれてよかったよ」
 不安と絶望をかき立てられた。
 帰りたい。
 青に会いたい。

「ああ、気がついたかな? 」
 嫌だ、この声聴きたくない。
 びくっと、身が震えた。
 起き上がろうとしたが、体が動かなかった。
 体が、痺れている。けだるささえ感じているのは何故?
「駄目だよ。未だ目が覚めたばかりでしょ」
 体を撫でる無遠慮な手つき。
 視線が肌を舐め回すようでおぞましい。
 見慣れない天井。
 広いベッドの上に横たわっていて、真上から覗き込んでくるのは……。
「佐緒里……さんは」
「帰ったよ。運がよかったら彼を連れて来てくれるんじゃない」
 私の携帯は取り上げられたままだった。
「犯罪ですよ……」
「君が欲しいんだよね。こうでもしなきゃ僕の物になんてならないじゃないか」
 理解不能の言い分に、この人には話が通じないのだと
 悲しくも分かってしまった。
 部長という立場にいながら社員を無理やり車に乗せ家へ連れ込む。
 もう取り返しがつかない。
「はは……ふふふ」
 体は痺れていて辛いが、笑いがこみ上げてくる。


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