lunatic blue


忙しない日常の中、彼女との日々は確実に俺を潤していた。
 態度にも言葉にも出せず、我侭に振舞うことしか未だできていないけれど。
 抱き合った後不意に見せた表情が頭を離れない。
 一瞬、苦しそうに顔をゆがめた後、ふわりと笑うのだ。
 俺は、何もしてやれていない。
 罪悪感ばかり募るくせして、好き放題に扱うのをやめられない。
 それでも、笑う彼女に微かな苛立ちと、もてあました愛しさで
 執拗なほど抱いても、また抱きたくなる。
 一度抱いて、切れる関係などいくらでも積み重ねてきた俺が。
 欲を解放しても、満たされない何か。
 分かっている。失うのが恐ろしくて先へ進めないだけだ。
 車の中で、ふいに手を伸ばした煙草の火をもみ消した。
 昼休みに電話で話した時、彼女は声を震わせていた。
 泣いていることを必死で気づかれないようにしていた。
『あのね……、今夜、私の部屋に来て』
 甘い声が鼓膜を侵す。
 躊躇うように間を置いて告げられた言葉に喉を鳴らした。
 遠慮しているのだろう。俺は、誘われて嬉しい以外の感情はないというのに。
『車で一緒に帰るか』
『ううん、バスで帰るから迎えに来なくていい』
 きっぱりと拒んで、彼女は電話を切った。  ありがとうと、小さく呟いて。
 きっと夏の旅行から日が空いたから寂しかったのかもしれない。
 そこまで放置したつもりはなかったのだが、向こうから
 コンタクトを取ってくるほどだ。小さく息をついて口の端を歪めた。
  「久しぶり……と言った方がいいのか」
 開口一番、彼女の顔を見て告げたら、瞳を揺らして小さく頭を振った。
「いらっしゃい、青」
 緩く微笑む。安堵の表情。
 差し出された手のひらをやや乱暴に掴んで体を引き寄せた。
 バレッタとピンで長い髪をひとつにまとめている。
 既に入浴を済ませているのだ。
 バスローブ姿でお出迎えとは、何を考えているのやら。
 あからさまに誘っているとしか思えず喉が鳴った。
 一緒に入浴できなかったことは寂しいが、時間を考えれば仕方がないだろう。
「一緒に入りたくなかったのか? 」
「違うの……、お風呂狭いから」
 顔を赤らめ言い募る彼女の顎をつかむ。正面から視線を浴びせると、いくらか怯んだ。
「青っ……」
 手荒にピンを引き抜きバレッタを外した。
 解けた髪が背に落ちて流れを作る。
 腕の中で身じろぎする彼女の背をきつく抱きしめて、口づけを注いだ。
 漏れる息さえ逃さないよう間を置かず角度を変えながら何度もキスをする。
 濃くなるにつれ、袖を掴む指に力がこもる。
 震える指先は華奢で簡単にひねり潰せそうだ。
 お互いの息が弾んで、もっと先を求めていることを知る。
 二人の間で、白い糸が橋を作る。
 ねっとりと絡め合わせては舌を、唇を吸った。
「今夜は、どんな風に楽しませてくれるんだ? 」
 唇に直接注ぎ込んだら、ぶるぶると首を振った。
 腕の中、どくんと彼女の体が震えて、ぎゅっと腕を掴む力が強くなる。
「来て……」
 手を引かれている。奇妙な気分になりながらも、素直に従った。
 たまには、されるがままになるのも悪くない。
 沙矢相手だからそう思える。
 台所を抜けた部屋で彼女が足を止める。
 明かりをつけた部屋の中、赤いシーツが浮かび上がっていた。
 振り向いた彼女は、薄っすらと微笑んで俺を見上げた。
(どうしたんだ。いつもと雰囲気が違わないか?
一気に階段を駆け上ったせいか、大人びた雰囲気があるものの
 彼女のすべてではないはずだった。
 俺を積極的に誘おうとする姿に戦慄を覚える)
 枕カバーまで赤い色だ。
 柄はチェックでガーリッシュだが部屋の壁が白だから
 ベッドだけ浮かび上がって見えるのだ。
 視線をとらわれていた俺は、彼女の言葉で我に返った。
「お風呂入ってくる? 」
「先に食事を始めないか」
 空腹のまま俺を待っていたのだ。
 風呂へ入るのは我慢できなくてバスローブ姿なわけだが。
 彼女はこくりと頷いた。
 さりげなく椅子を引いてくれ、そこに座る。
 友人を呼ぶこともあったのだろう。
 二人がけのテーブルに、俺を座らせる。
 ここで食事するのは何度目だろう。
(お前を弄ぶ得体の知れない男と肩を並べている意識はあるのか? )
テーブルの上に並べられた晩餐は、パスタとサラダ、スープ。
 隅に置かれたワインのボトルに視線が吸い寄せられた。
  「……ワインはね、友達に買ってきてもらったの。
 その子の方が誕生日早いから。
 ごめん……少しだけ話してる」
 ぽつぽつと零れた言葉に苦笑いする。
 そんなこと聞いてもいないだろう。
 後ろめたい様子をしていたから、ふ、と笑みがこみ上げた。
「お前も、案外悪いな」
 彼女はびくりとしたが、構わず続けた。
「自分も飲むつもりなんだろう?
 わざわざ俺に飲ませるためだけに用意したんじゃないよな? 」
 目を泳がせるから、おかしくなる。
 顔を青くした様子から見て図星に違いなかった。
「友達もお前が飲むと分かってて協力してくれたんだろうな」
 確信。笑えるくらいだ。
「うう……ごめんなさい」
「図星を指されて謝ってるってことか」
 声を低くして耳元で囁くと、顔を真っ赤に火照らせた。
 なぜ、嘘をつけないんだ。
「私、少しでも大胆になってあなたを……」
「あなたを? 」
「……惑わせたかった」
 ちら、と上目遣いに見上げてくる視線に、してやられたと思った。
 無意識でここまでできるのか。
「冷めちゃうから食べましょう」
話をそらして食事を勧める彼女は耳まで赤くしていた。
「そうだな」
 クス。悪戯に微笑む。
 テーブルの上で手を握ったら引っ込めようとしたので強く握りしめた。
 そわそわしている風情の彼女を見ながら、
ワインを開けてもいいかと了承を得て、コルクを抜く。
 赤ワイン。度数は14パーセント。
 本来なら成人していない彼女がアルコールを口にすることは
 許されないことだが、無理に飲ませるわけではない。
 見てみぬ振りも同罪だが、今更社会の秩序(モラル)などどうこう言える人間でもない。
 未成年の少女に手を出した時点で、理性などかなぐり捨てている。
 愚かな過ちだけは犯さぬよう気を配っているが。
 当たり前のマナーさえ守れなければ楽しんだことを後悔してしまうからだ。
 無言で食事を進めながら、時折視線を送ってみた。
 絡む視線のせいか、瞳が潤んでいる。飲む前から酔っているのか?
 鼓動が不自然に跳ねた。勝手に体が熱くなり始めている。
「今はワインはいい。まあ後でもらうかな」
「分かった」
「お前は勝手に飲んでもいいぜ」
 彼女は、ふるふると首を振りかけたが、頷いた。
 さあ、どう変貌するんだ?
 食べ終わって食器を片付ける彼女に、手渡した。
 自分の分くらい洗えるが、多分断られるので口にはしない。
「バスルーム使わせてもらうよ」
「どうぞ。タオルも籠の中にあるから」
 ありがとうの代わりに小さく笑ったら、首を横に振った。
 使わせてもらうことに若干躊躇いがあったが、 
 彼女を抱く前には綺麗な体でいたいと思う。
 抱き合う前に向こうが入っていないのは逆に気にならない。
(汗のにおいにはフェロモンが含まれているから、たまらない)

バスルームから戻ると、彼女はキッチンにはいなかった。
部屋へ行くと、月明かりの下優美な肢体が振り返った。
「青……」
 震える声で名前を呼び、近づいてくる。
すっと近づいてくるから、距離をつめた。
 ぞく、りと背筋が震えるほどに、美しい。
 きっと自分では気づいてもいないんだろう。
 どうするのかと様子を見ていたら、
 まばゆく微笑みかけて背伸びをした。
 首に腕が回る。背伸びしているせいで床から踵が浮いている。
 数秒、間を置いて、唇が重なった。甘くやわらかな唇。
 たどたどしく口づけてきたことに一瞬目を瞠る。
(へえ。大胆になりたいとか言ってたもんな)
 啄ばむように唇を触れ合わせれば、彼女が舌を自ら絡めてきた。
「せい……好き」
快感を堪えるように唇を噛む姿を見やれば、ふいに腕が伸びてきた。
 本当にいつになく大胆だな。解かれていくバスローブが床にするりと落ちた。
少し強い視線で彼女を射抜く。
ごくん、と息を飲み込んで彼女のバスローブの紐も解いた。
床には二人が纏っていたバスローブが二枚。
 窓の向こうに見える月は、三日月だった。
 ああ、だからか。身を任せてみたいと望むのは。
 狂うほど獣になってみたいと願うのは。
 細い腕が、俺の腕を懸命に引いていたので従う。
 押し倒そうとしているが、どうやら力が足りないようだ。
 体の力を抜いて彼女のされるがままになる。
 覆い被さってきた柔らかな体。
 ボリュームのある膨らみが、重力にも負けず上を向いていた。
 俺の胸板と擦れている。
 既に膨れ上がりかけていた欲望が、はちきれんばかりになった。
 こんな体勢、初めてだ。ふ、とこみ上げる邪笑。
 以前訪れた際枕の下に隠した避妊具を手探りで確かめる。
 ちゃんとひと綴りあることに口元を緩めた。
 移動させていなかったのか、一旦しまって準備したのか。
 恐らく、一旦しまったのだ。
 女性が一人で、する際衛生面を考え使う方法もあるらしいが、まさか思いつかないだろうな。
 いや、恐らく彼女は、こんな風に振舞いながらも
 自分で愛撫することを深くは知らないはずだ。
 耳朶に歯が触れた。小さく噛んではなぞっている。
 その仕草は可愛らしいとさえ思えた。
 顔が快楽にゆがんでしまうのはお前にされているからだよ?
 頑張り屋の彼女にご褒美をくれてやろうか。
 手でまさぐられ、口に含まれることを待ちわびている胸のふくらみに手を伸ばした。
 やや乱暴に掴み、ゆっくりと揉みはじめる。
 彼女はすっかり酔っているようだった。
 瞳は潤みきっていて零れんばかりで、緩んだ表情がどことなくイヤラシイ。
 陶然(うっとり)としているのは酒のせいか。
 止めなかったが飲みすぎてないことを祈る。
 襲われた振りは、長くは続けられそうもない。
 されたことは、倍以上に返してやらねばならない。
 再び唇が重なる。沙矢の方から舌を割り込ませてきたから
 望みどおり絡ませて、唾液を啜った。
 唇で水音が上がるたび、彼女の奥も潤っているようだ。
 ぎりぎり触れない位置で体を重ねているが時折ぶつかっては
 相手が、潤んでいることを気づかされる。
 水分摂取の影響もあるはずだ。
 今の状況はヤバイ。危険は侵さずにいた己がこのていたらく。
 首筋から鎖骨へかすめていく唇。
 静かに降るキスの雨が心地よかったので、背中を優しく抱きしめた。
 彼女の行動はどんどんエスカレートし、ついに俺の胸に舌を這わせてきた。
「う……」
 思わず声が漏れてしまう。不本意にも背中が反った。
 不器用でもどかしいから余計感じるのだろう。
 彼女から、誤魔化しきれない感情が伝わるせいでもある。
 薄く瞳を開き、快楽に甘んじる。
 背中をきつく抱けば胸の膨らみを押しつけながら彼女が愛撫を繰り返す。
 お互いの肌の温度は恐ろしい勢いで上がっていく。
 抱きしめ合い、口づけを交わす。
 腕が交差すれば、より近づいた気がして去来する思いにとらわれる。
 かわいい女。手に負えず、そして手放せない存在。
「ふぅ……」
 漏れる吐息の甘さ。
 横になった体勢で、彼女の胸の頂を含んで吸い上げた。
 固く尖っておいしそうに実っていた。
 ふいに彼女が動いた。枕元を探り手に避妊具を掴んでいる。
 様子を見守っていると、俺の欲望に触れ着けようとしているではないか。
 驚きで目を瞠りながらも、逆に劣情を煽られた。
 もっと、啼かせてやりたい。
 健気な少女のすべてを俺のものにしたい。
 時間をかけて、俺の欲を薄膜で包んだ彼女は、
 たがが外れているのか、頬を染めたまま跨ってきた。
 導かれてゆく。
柔らかな襞がまとわりつき恍惚とした気分になる。
「あぁ……っ」
 普段の沙矢からは考えられない大胆さと行動力は、やはり
 酔っているからなのか。伝わってくる熱は尋常ではなく、
 思わず引きずられそうになるが、どうにか堪える。
 腕を伸ばし、やわやわと膨らみを揉みしだく。
 張りと弾力を備えた胸は、また大きくなった気がした。
 下から突き上げると、狂おしい声を上げる。
 お互いに腰を揺らしながらリズムを刻んだ。
「あぁ……はぁん……っ」
 一番奥で繋がって、息をつく。
 小さなベッドが悲鳴を上げている。はじけるような水音が聞こえる。
 熱い滴がお互いの大腿部を濡らしているだろう。
「……あ……っん」
 とろけそうな顔で、彼女は夢中で腰を動かす。
 こんなに強く深く繋がるのは、怖くはないのか。
 俺は内心少し恐怖を覚えていた。
 何に対する物かは分からなかったけれど。
「はぁ……はぁ……」
 倒れて来る柔らかな体を抱きとめる。
 解けた繋がり。それでもすぐに、また勢いを取り戻す。
 荒い呼吸、喘ぐ彼女に興奮を抑えられなかった。
「されるがままになっていると思うな」
 枕の下から、避妊具を掴み取り、唇で邪魔な残りを引きちぎる。
 体勢を変えて、組み敷く。腰を浮かせた体勢でうつ伏せにさせた。
 薄膜を素早く昂ぶりに纏わせて、一気に貫いた。
「挑発しすぎだな。どうなっても構わないのか? 」
「は……っ……ん……っ」
 切れ切れに喘ぐ彼女はシーツを掴んでいる。
 重力に抗えず下を向くふくらみを荒々しく掴んだままに揺さぶり始めた。
 腰を強く腕で押さえ込み、頂点にそびえる蕾を指の腹で擦る。
 ナカへの刺激と、胸への愛撫で、彼女は甘い声を上げ続ける。
 奥での繋がりが、心を繋げてくれるのだろうか。
 どうしようもないほどに体が熱く痺れていた。
「青……」
「沙矢」
「……ふっ」
 最後に奥を貫く。何度か吐精した後、腕の下の体はシーツの海に沈んだ。
切羽詰った声が耳に届いた。俺だけしか知らない彼女の行為中の声。

 意識を手放した沙矢は、静かな表情で、やはりとても美しかった。

 奇妙な気分だ。こんな風に翻弄されるなんて思っても見なかった。
 体をまた仰向けにし、乱暴に胸を愛撫していると、沙矢がうわごとを呟いた。
「もっと……ううん、もうしないで」
 夢の中にいるのか、ぶるぶると頭を振るう。
 じんわりと浮かんだ涙を見ない振りをして避妊の準備をした。
 もう一度、彼女の中に入り果てたい。
 その一心で奥へと一気に突き進み、激しく突き上げた。
 高らかな声を一度上げて、沙矢は意識を閉ざした。
 ただ、お前の涙を誤魔化したかっただけだ。
 了承も得ずにもう一度抱いたことは恨んでくれていい。
 膜越しに放つ熱は彼女を求める証のようで、存外正直な自分に苦笑いした。
 それほどに迸りは長く続いた
   ぶるりと身を震わせ、彼女の中から抜け出る。
 自分と彼女の事後処理をして、ごろりと横になった。
 彼女の頭を抱いて引き寄せ、髪を撫でてやる。
 寝息を立てる様子がとても可愛い。
 女の色香を持ちながらも愛らしさを失わない。
 俺は腕の中で眠る沙矢の額にくちづけた。
 目線で問うたら、悟ってくれた沙矢が頷いた。
 この部屋で喫煙をすることに、胸が痛むが手を伸ばさずにいられなかった。
 煙草をくわえて立ち上がる。
 探った衣類のポケットからライターを取り出して火をつけた。
 窓辺に向かい小さく窓を開ける。
 部屋の中になるべく煙を届けないよう紫煙をくゆらせる。
 前髪をかき上げる。夜明けの光が眩しくて目を眇めた。
 ふらふらと歩いてきた沙矢が隣りに立ち俺を見上げてくる。
 彼女が、側にいることが自然だと感じ始めていた。
 す、と腕を伸ばし長い髪をすいた。
 確かな気持ちが無意識に口から零れていた。
「お前に会わなければ、こんな気持ちを知ることもなかったな」
 戸惑い、微笑む彼女を見つめていた。
 清らかな涙を俺のためなんかに流すな。
 それ以上何も言えず、お互い背を向けた。
「ワイン、もらおうかな」
「え、朝なのに」
「夕べは結局飲ませてくれなかっただろう? 」
 口元を歪めたら、さっ、と顔を赤らめた。
「酔いが醒めるまでいてやるよ」
「……うん」
 傲慢な言葉にも嬉しそうに頷いて、彼女はキッチンへと姿を消した。
 明日が日曜日だということが、これほど喜ばしいとは思わなかった。





9話  10話 sinful relations