『分からせてやるよ。明日な』
あの不敵な捨て台詞のせいか、疲れているはずなのに眠れない。
その明日は、もうすぐ終わるというのに彼からそのことを教えてくれる節はない。
メールも電話もしたけれど、あのセリフの真意は分からずじまい。
彼は、仕事が遅くなるというので、バスで帰った。
年の差の彼を想うたび、胸は熱く焦がれる。
抱かれなくても、側にあの人がいるだけで穏やかに眠れるだろう。
メールの着信を知らせる音がした。指定着信なので相手は分かっている。
確かにまだ真夜中と言う時間ではないが、まさか……あのこと?
ベッドの中、うつ伏せの状態で携帯を開く。
『激しく、淫らに絡みたい』
目が点になる。唐突にそんな一言が書かれていたら、心臓(ハート)にも脳にも悪影響。
「ちょっ……」
心臓に手をやれば動悸が激しく、腕も脈が速い。
メールだけで何でこんなに過剰に反応してしまうのか。
私は、いてもたってもいられず、着信履歴から電話をかけた。
「ああ……どうした? 」
「あなたのせいで余計眠れなくなったわ……」
くっ、と笑う彼が憎らしい。明らかに反応を楽しんでいる。
「元々眠れなかったんだろ。俺がいないと」
「ぎゃ……そ、そうなんだけど」
「じゃあ眠れるようなことしようか? 」
「ええと、電話じゃ無理なんじゃ……」
「無理じゃないよ」
「……っ」
電話越しに吐息混じりの声が伝わってきて、ぞくっと体が震えた。
「沙矢、好きだよ」
「や……」
舌を舐める音がした。甘い声がどこかへ連れ去ろうとする。
電話越しにリップノイズ。
触れられていないのに唇同士でキスを交わしてる感覚に陥る。違う。
脳内で、リアルに浮かんでしまうのだ。
舌が、口内を暴れまわる。その動きも、詳細に。
彼との日々が、私に刻み付けた物は、心にも体にも残っている。
「うっすら、色づいてきているな。美味しそうな果実だ」
「……っんあ」
唾をすする音。頂を口に含まれたのだ。
「固いな。弾いて、擦ったらどんな風だろう」
「青……!? 」
さすがにそれは、感じ取ることができない。
顔を赤らめたまま彼の言葉を待ちわびる。
「自分でやるんだよ、ほら俺が愛撫するときのように」
「だ、だ……って」
「かまとと振るなよ」
知っているのに知らないふりを装うな。そう彼は言いたいのだ。
「や……それは、あなたに会えなくて寂しかったから」
瞳が潤む。
「自分で自分を慰めた。正しいよ。間違ってなんかない。
お前がどんなふうに自分を愛するのか、教えてくれればいいだけだ」
甘く、攻め立てる言葉に、抵抗できるわけなかった。
ただでさえ彼の声は抗えない効力を持っているというのに。
そろそろと、パジャマの上から触れる。
まだ固くなっていないそれを、弾き、指の腹で擦る。
直じゃないからか、淡い感じ方に戸惑う。それでも体に火がつくのだけれど。
「っ……ああっ……ん……っく」
あられもない声が漏れてしまい、唇をかみしめる。
「噛むな、お前のサクランボの様な甘酸っぱい唇が、傷つく」
何でもお見通しらしい。
「唇噛むんじゃなくて、その硬いところを吸え」
「な、そんなことできるはずないでしょ」
とんでもないことを言われ、抵抗する。
「横向きに寝転んで、着ているものを脱ぎ捨てろ。
もしかして、俺が贈ったパジャマ着てる? 」
「うん。すごく着心地がいいのよ」
「それは何より。俺が贈ったんだから、脱がせ甲斐もあるってものだな」
そんなつもりで服を贈ってくれたの。
スーツも、パジャマも。
ごろり、と転がって、パジャマのボタンを外していく。
ネグリジェタイプなので、割と脱ぎやすい。
小さな衣擦れの音が響いていた。
自棄な気分で、ブラを外してしまう。
シーツの上に置いた受話器に耳を近づけると、低い声が卑猥に囁く。
「そう、そのまま背中を丸めて。届くだろ、手と唇」
ごく、と唾を飲み込む。
「胸が大きいからな、お前」
かあっと、頬が熱くなった。
「そ、んなこと言わないでよ」
「躊躇いを捨てて、触ってみろ。俺はどんな風にお前を愛してる? 」
自分で、触れると重たいなと感じる。小さな手ではどこか心許なくて、
あの大きな掌に包まれて愛撫されて初めて、恍惚を覚えるのだ。
「んん……っ」
やわやわと揉みしだく。最初は優しく、段々と強く。
下から押し上げるように触れた時人差し指に頂が擦れた。
びくびく、と背筋が震えた。冷たい空気に触れていた肌に熱がこもる。
「可愛いよ……お前の肌は今薄桃色に色づいてるんだろ」
青を思い出して、頂を押しつぶしては擦った。
息が、上がる。見つめられていないのに、直接視姦されているような。
「舌を忍ばせて? そっと触れて、掬うように」
「青……っ……」
名前を呼びながら、彼に必死で応える。
つ、と尖らせた舌で既に固く尖った頂をなぞった。
舌先で転がすとじわじわと快感が、押し寄せてくる。
夢中になってふくらみを揉み、時には頂を吸い上げると、
少し、罪悪感に囚われた。
私自分で何をしているのと。
派手に、奥で水音が立った。
「聞こえるよ、息遣いも高らかな叫びも。もっと、先まで行こうか。
いい具合に濡れてきたみたいだし? 」
やめて、そんな風に言わないで。
声からくる刺激はとんでもなくて、自分の体を抱えて悶える。
このままでは、下着どころかシーツまで汚してしまいかねない。
微かに残った冷静な部分で、痺れる体を起こし、ベッドの下に手を伸ばした。
ベッド下の収納にしまってあるバスタオルを体の下に敷き、下着を下ろした。
「うう……」
しっとりと濡れて足まで伝う滴。淫らな、女という生き物の証な気がした。
「俺の指は、お前の秘めた場所で滑り、そのまま飲み込まれる」
想像上で、彼に抱かれている錯覚を味わいながら、
その通りに、行為を進めていく。
つ、と触れたら、驚くほど潤っていて、人差し指が粘着質の糸を引いた。
「中指は固く咲き誇る蕾を往復し、薬指が中へ、入りこむ」
「はあっ……ん」
下肢ががくがくと震える。全身が性感帯になっているかのよう。
蕾に滴るものを掬って擦りつければ、たまらないほどに痺れた。
つぷ、と飲み込まれてゆく薬指。
「ピアノの鍵盤をかき鳴らすように、小刻みに中を犯す」
彼の解説は、抽象的な時もあるけれど、逆に分かりやすくて、
私の体を私より知っているからこその自信を感じた。
「感じる場所は、意外と浅い場所。そこで、抜き差しを繰り返す」
「放っておかれているふくらみを無心に揺する。自分の手じゃ足りないくらいか? 」
伝わらないのが分かっていて、首を横に振る。
「っああ……」
下肢に伸ばした指、ふくらみに触れる手のひら。
腰を無意識で振ってしまう。指の動きがスピードを上げていた。
青がするように、彼が教えてくれたすべてを再現するなんて不可能で物欲しげに呻く。
もっと、確かな存在感をここに埋めてほしい。
こんなにもあなたを待ちわびて、どくどくと脈動し続けているのに。
「ああ……っあ……ん! 」
がく、と全身が痺れて、昇りつめた。
自分で、したのは片手に足りないくらい。ここまで大胆にはなれなかった。
彼の持つ力強さ、私を穿つ鋭さじゃないと、燃え尽きることはできないから。
これは、イケナイことじゃない……、電話の向こうで
導くあなたが求めてくれてるって知ってる。
「……綺麗だよ、沙矢」
どこまでも甘く響く声が、受話器越しに聞こえてくる。
ぼんやりとした意識で、瞼を押し開く。濡れた声は媚を含んでいた。
「……激しく、淫らに絡みたいの」
「泣くな……」
優しく、撫でてくる声に、すんと鼻をすする。
ぽろぽろ、と零れる涙が肌に伝い、落ちてゆく。
「俺は、自分で自分の首を絞めた。意味分かる? 」
「ううん……」
「受話器越しに、沙矢を感じて欲情した。イクかと思った」
「ええ!? 」
「今すぐ、お前の中に入れる準備が整ってるんだよ」
意味を悟った途端に、また全身が炎と化した。
「恥ずかしいわよ……やだ」
「嘘つき。その空虚を満たされたいんだろ? 」
「や、やめて……」
体を丸めて自分の全身を抱きしめる。
「今年は一日早めに休みを取った。有給も取ってないしたまにはいいだろう。
30日からは、一緒にいられる」
実感すると、胸が喜びに打ち震えるようだ。
「うん! 」
「年始の仕事明けまでに完全に引っ越せるかな。大きなもの以外は早めに運ぼう」
「忙しくなるわね」
「今頑張れば後が楽だから」
「そうね」
私の荷物の少なさを知ってるから提案しているんだろう。
「明日、会えるかな? 少しの時間だけでも。顔を見て話したいんだ」
「私も会いたい。また会社で待ってるわね」
「いや、心配だが一人で帰っていてくれ。俺が沙矢の部屋に行く」
「分かった。でも何で? 私の部屋狭いわよ……」
「もう少ししかそこで過ごせないからな」
「大歓迎よ。待ってるわ。あ、お泊りする? 」
「本気か? 」
「はっ……そんな意味じゃなくて!
青に抱きしめられて眠りたいの。
お休みまではそれだけでいい。あなたとは別の意味で身が持たないもの」
くっくっ、と笑い声が響く。
彼が言った持たないの意味は、よく分かった。
私もきっと同じだけど、身が持たない……。
「本当にお前って、あいくるしいんだから」
「青のおかげで、よく眠れそうよ。疲れたもの」
気だるさと眠気が半端ない。指先まで力が入らない。
自分でするのもアリとは思うけど、青に愛される方がいい。寂しくはならないから。
「可愛い沙矢に免じて、明日は添い寝してやる。
望み通り優しく包み込んであげましょうかお嬢様」
次に放たれた丁寧な言葉の方が、意地悪に思える。
(普段よりもってことは、相当危なくない!? )
「……約束ね」
吐息が聞こえ、受話器越しにリップノイズがした。ちゅ、と軽く響く。
「きゃ」
「おやすみ」
「お、おやすみなさい」
通話を終了すると、ぐったりした体を横たえて、眠りについた。
夢を見ないほどの深い眠りだった。
軽快なメロディが鳴り、炊飯器がご飯の炊けたお知らせをしてくれた。
鍋にはナスとトマトの入ったドライカレーを作っている。お肉は合挽きミンチ。
一人だとルウを使ったカレーを作ることはほぼない。
食べたくなったらレトルトだったけれど、二人で食べるなら、
たくさん作っても平気なのが嬉しい。
テーブルにお鍋をどーんと置いて重ねた皿を横に置く。スプーンも揃えた。
とん、とんと軽く扉を叩く音。
「はーい」
扉を開けると青が、立っていた。
目にまぶしいスーツ姿に、うっとりとしてしまう。
「いらっしゃい」
「お帰りなさいが、早く聞きたいものだ」
彼は、微笑んで胸に抱えた花束を手渡した。
真紅の薔薇とかすみ草だ。
赤と白、相反する色なのに一緒になると、自然と調和する。
「大人になった沙矢へのお祝い」
「ど、どういう意味! 」
「もちろん、精神的にだよ」
あわわわ、またからかわれてる。
「……ありがとう」
窓際に置いた花瓶に飾ることにした。
鮮度が失われたらドライフラワーにして、ポプリでも作ろう。
「座っててね」
「いい匂いだな」
「ドライカレーよ。お口に合うかどうかわかんないけど」
花瓶に水をくんで、花を飾る。甘い香りが漂う。
彼に食べてもらうのは不安な部分もある。舌が相当肥えているから。
優しいから、全部食べてくれるんだけど。
ささっと皿にご飯を装い、ルウをかけたら、彼が受け取ってくれた。
色の濃さは、中間。黒くないし茶色くもない。
「中辛なら、割と誰でも食べれるでしょ」
「嬉しいよ」
グラスにお水を汲んでテーブルに置く。からんという音が涼しげだ。
「いただきまーす」
神妙に両手を合わせる。青も小さな声で頂きますと言っていた。
「茄子が、とろけそうに柔らかいな。トマトも甘いし美味しいよ」
「わあ。ありがと」
急に抱きつきたくなってしまったが、食事中なので堪えた。
「おいで」
力強い腕に引き寄せられ、膝に乗せられた。
「でも、食べにくいじゃない。あなたも」
「俺はお前に食べさせるから、お前が俺に食べさせてくれればいい」
何だろう、その理屈。
うっ、と怯んでいたら、薄く開いた口をこじ開けられカレーが放り込まれる。
咀嚼して飲み込んで、真っ赤な顔で睨む。むむ。
「えい」
青は、上品に口を開く。
わざと大目にスプーンに掬い彼の口に放り込む。彼は難なく咀嚼し飲み込んだ。
喉の動きまで注目してしまう。
食べ終えるまでお互いに食べさせ合いっこしてたら、自分で食べるより、余計時間がかかった。
そろりと膝から降りて、水を飲む。
「歯磨きしなきゃ」
食後の歯磨きを忘れてはいけない。カレーなんて食べたら口は臭うし大変だ。
「青の歯ブラシ、使い捨てのが、あるからね」
「悪いな」
申し訳なさそうに瞳を細めるから、にこっと笑った。
歯磨きを終えて、身の置き場に困ってしまった。
私はパジャマに着替え終わったし、青はジャケットを脱いでシャツにスラックス姿だ。
あの隅に置かれたバッグに、着替えが入っているに違いない。
ぼうっとベッドの端に座っていると、正面に青が立っていた。
「狭いとより密着感が味わえるって、このベッドでお前を抱いて知ったんだ」
「真面目な顔で言うわね」
青は、ひょいと私を押し倒すと私を抱っこして横になった。
横向きの体勢で向かい合う格好となって、微妙に照れてしまった。
伸びてきた腕が頭を引き寄せ、髪を梳き始める。
胸元に寄り添えば、あったかくて、包み込む腕に吐息を零す。
「昨日、楽しかった」
「……はい」
「添い寝は初体験かもしれないな」
ちょっと吹きそうだった。
「紳士に徹するから、誘惑するなよ? 」
宣言しないとなれないのかしら。
額から頬に軽くキスの音。唇は濡れた音を響かせて離れる。
「……誘惑してるのはどっちよ」
「身をよじるな。落ちるぞ」
「わわ」
がしっと腕を回されて、青の体に縛りつけられる。
こんな束縛なら、されてもいい。
抱きついて、頬を摺り寄せたら彼も頬を寄せ返してくる。
「ゆっくりおやすみ」
青の声が、子守唄のように響く。
とんとん、と背中を撫でてくれて甘やかされた気分。
うとうとと微睡んでいる内に本格的な眠りに誘われた。
「……や」
「ん? 」
「沙矢」
甘い声は、目覚ましにはふさわしくない。
しっかりと抱きこまれた格好で、耳元に名を呟かれ、慌てて飛び起きようとした。
押し戻されてまたベッドに沈んだけれど。
「……起きなきゃ」
「送っていくから、もう暫くこうしていよう」
「えっと、ご飯作りたいの」
「お前の会社の近くにファミレスあっただろ。割と早く開いたはずだ」
「どちらにしろ、早めに出るんでしょ」
突っぱねている風に聞こえなければいいけど。
私だって必死に理性で抵抗していること分かってるの。
「それでも、俺の車だから、いつもよりはゆっくりできるだろ」
「……そうですけど」
抵抗できなくなったら、たまに丁寧語になる。
青は、器用に片手で枕元に置いていた携帯を取り時間を確認した。
「6時か。まだ時間あるじゃないか」
「お弁当と朝ごはん作るだけならもっとゆっくりしてもいいんだけど。
シャワーしたいのよ。昨日あのまま寝ちゃったんだもの」
青は苦笑いして、私の体を離してくれた。
「あ、青も使ってね! バスタオルが籠にあるから」
「一緒がいいんだけどな」
「……時間かかっちゃうかもしれないでしょ」
他意はない。狭い浴室内に長身の青と一緒に入るのは無謀だ。
青は、言っておいでと頭を撫でてくれた。
本気ではなかったらしい。
「にぎやかな朝だわ……」
シャワーを浴びながら、くすっと笑う。
体を洗い、頭を洗ってタオルでまとめる。
体を拭いて、洗面スペースへと出る。
着替え終わって部屋に戻ったら彼はバッグを手にしていた。
「終わったから、どうぞ」
青は、涼しげな微笑を向けて洗面スペースに消えた。
「頭ぶつけないように気をつけてね」
「了解」
天井が、特別低いというより、青の身長が規格外なのだ。
テーブルの上のハンディーミラーで確認しながらドライヤーで乾かし始めた。
くるくると髪にあてて丁寧に乾かす。
頭をタオルで拭きながら青が戻ってくる。
髪が濡れているのを考慮してか、上半身裸だ。
「ブラシの方から温風出るから」
青にドライヤーを渡すと彼は手早く乾かし終えた。
「私、あっちで待ってるわ」
台所を指さしてそそくさと逃げた。肌の匂いが、直接漂ってくる。
マフラーを彼がしてくれたのを思い出しながら巻いて、手袋はしない。
「危ない、危ない」
台所兼玄関に座って靴を履いた。シューズケースの上から鍵を取る。
そう時間が経たないうちに彼はやって来た。
「行こうか」
「はい」
玄関を出たら朝の冷気が肌にしみ込んできた。
ジャケットはそのままで、新しいシャツに、ネクタイをしている。
「その色も似あうね……藍色」
青は、深い色も淡い色も上手に着こなしてしまう。
「お前に褒めてもらえたら、何よりだよ」
差し出された手を繋いで車に向かう。
彼は、年齢差のある分大人なのだけど、尊大ではない。
不器用で、優しい。愛情たっぷりの俺様。
レストランで朝食を取った後、会社に送ってもらう。
「明後日まで会えなくても、俺の心は沙矢と共にあるから」
「私もよ」
大げさな物言いにお互い笑った。
車が小さくなるまで見送ってから、背を向けて歩き出した。
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