シーツに残る温もりに微笑んだ。
朝まで共に過ごせたことを改めて実感する。誘われて旅行に来てよかった。
嬉しすぎて、じんわりと心に温かい気持ちが広がる。
温もりを確かめたくて頬を寄せると
力強い腕がそこにはあった。
こうして抱きしめられていると安心する。
いつもは彼がベッドから、離れて衣服を身につける姿をぼんやりと見ているだけだった。
「沙矢」
名を呼ばれる。
「……どうしたの? 」
恐る恐る聞く。
一緒に帰るのだと分かっていても置いて行かれそうな恐怖がある。
一度ホテルの部屋に放って置かれたのはトラウマだった。
「カーテン開けてくれないか? 」
昨夜は彼が閉めたカーテンを今度は私が開ける……。
「ええ」
するりとシーツを肌に巻きつけると寝台から立ち上がる。
カーテンを開けると朝焼けに照らされた海が見えた。
眩しくて、目を細めて景色を眺める。
彼を振り返ると、サイドテーブルに置かれたシガーケースから
煙草を取り出しているようだ。
私と視線を交わし、煙草に火をつける。
この姿を見るのは別れの瞬間と決まっていた。
眠ったフリをして薄い瞼であなたの仕草を見つめていたの。
今日はそうではない。
共に朝を迎え、一緒にいるということを実感している。
彼は煙草を口にくわえ、シーツを巻つけて立ち上がる。
昨日から二人で泊まっているホテルの部屋は。
互いの部屋にいるよりも、二人きりに感じる。
ここには誰もいないから。
私達を邪魔する人なんて誰一人として……。
他には誰もいないと知っはているけれど、
彼がどこを見つめているのは分からないままだ。
隣に立つ彼にもたれかかると、抱きすくめられた。
もうすぐで、この時は終る。帰ったらまた一人に戻る。
儚い泡沫の夢は、あっという間に消えてなくなるのだ。
時間を止めて共にいられたら。
悲しみを抑え、願いをかけるように彼の手を握る。
心のどこかでは危険な恋とわかっていた。
手を引かれ甘い罠の中に引きずり込まれ、
這いずりだす事もかなわないったけれど。
痛む胸は、治まることを知らず、
行き場のない想いを持て余し、これからどこへゆけばいい?
彷徨った先には何があるの。
瞳の奥が熱くなる。
(泣いては駄目。折角の二人の旅行なのよ)
言い聞かせても、涙は溢れ出す。
彼に抱きしめられ、額に唇が触れた。
残酷すぎる優しさに触れていると、切なくなった。
私を離さないで。見つめていてと言えたらどれだけ楽だろう。
でも言えはしない。
物想いにふけっていると、傲慢な言葉が聞こえてくる。
「チェックアウトは昼前だからな」
彼が心なしか寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
思い込みでもそうだと思っていたい。
肩を抱いていた腕が急に離れる。
(あっ……)
手を伸ばすが捕まえられない。
足早に部屋の中に戻っていく。
「待って……」
「どうかしたか? 」
怜悧な瞳が私を刺し貫く。
「またここに連れてきて。もう一度だけでもいい」
最上級のわがままを強請る。
これが精一杯。
彼の顔がくしゃりと歪み、笑みの形を作る。
「きっと連れて来てやるさ」
彼はそう言い、部屋にしつらえてある浴室に向かった。
とても嬉しかった。
まだ苦しみからは逃れられなくとも、
側にいられることが約束されたのだから。
私は部屋の中へと戻り、ベッドのサイドテーブルに
置かれた灰皿の中から、煙草を一本取り出し口に銜えた。
湿って冷たくなって味もしない煙草。
(元より煙草の味など知らないけれど)
彼が吸って時間が経ち、冷え切った煙草を口にしていると、また切なくなる。
仕草を真似て吸う振りをすると空しさが募る。
ライターで火を付けても火がつかない煙草は、私達の関係のよう。
最初から私達の関係はこの煙草と同じだった。
彼に見られたら訝しむであろうその行為に浸る。
湿っているのは確かに彼が吸っていたという証だ。
確かな温もりと痕を刻み込んで欲しい。
あなたが触れた証しとなるから。
カーテンを閉め、ベッドの所に纏っていたシーツを放り投げて、
浴室に向かった彼を追いかけた。
ガチャリ。
ザアザアとシャワーの音がする浴室へと忍びこむ。
私が来るのがわかっていたから、彼は何も言わない。
隣に立ち、シャワーの飛沫を浴びる。
彼が、くすっと笑い、唇を重ねてきた。
腰を引き寄せ、深く口づける。
腕に絡め取られると、幸せな気持ちに浸ってしまう。
触れ合う肌に火が灯る。
シャワーが降り注ぎ、体が熱り始めた。
「……もっとキスして」
息が苦しくなるくらい口づけをかわし合っていても、満たされない。
次の過程を求めて、強請った。
舌を挿し入れられ、口腔が侵されていく
妖しくうごめく舌に、自らのそれを絡め、熱を奪い合う。
彼の指は耳を掠め、頬を辿り、首筋へと降りている。
口内を吸い尽くされ、体の温度が急上昇する。
濃厚なディープキスに、全身の力が抜けていく。
彼の背中に腕を回した。
シャワーを後ろ手に止めると、浴室にむせ返る様な熱気がこもる。
未だ互いの唇を貪り続けている。
気が遠くなりそう……。
シャワー音の消えた浴室内に、口づけを交わす音だけが、艶かしく響く。
どれだけそうしていただろう。
力の抜けた体は段々と傾き始めていた。
彼の背中にしがみつき、爪を立てて掴まる様子を見て、彼が浴槽に運んでくれる。
お湯の張られたその中へ。
向かい合うような形で、座り、足を伸ばす。
二人の足が互いの方へ伸びている格好。
私はぼんやりと彼を見つめている。
虚ろな視界の中に映る端正な顔。
細身だけど、均整の取れた肢体。
まじましと見てしまうと、今更ながら照れてしまう自分が何だかおかしい。
今まで、何度彼とこうして見つめあった?
身を任せ、体を重ねたのも一度や二度ではないのに……。
刺激的な気分になるのを抑えられない。
だってこんなにも愛してる。
彼もそのスベテも好きで、
身も心も全部捧げている。
甘いキスが、心を溶かしていく。
大きな手が肩を掴んで、私の中で何かが弾けた。
自然と彼の方に体が近づいていく。
密着した体と体に興奮が高まる。
彼が口づけを止め、唇を下へと下ろしていく。
それと同時に、胸を捉え、撫でるように触れてくる。
唇は、首から鎖骨にかけての辺りを行き来し、痕を刻んでいた。
強く吸い上げられ、鬱血痕が浮かび上がる。甘い花が咲く。
背を反らすとお湯がざぷんと音を立てた。
浴槽に、腕を伸ばし掴まる。
頂を指でこすられ、ひねるように持ち上げられる。
「……っ」
つままれ、指先で弾かれた。
びりびりと電流が全身を駆け抜ける。
背筋がぞくぞくした。
先程までの行為の名残の上に、新たな印をつけられている。
やがて唇も胸へと辿りついた。
胸に触れていた手は、浴槽を掴んでいる私の手を掴む。
手が繋がれている事が無性に嬉しい。
彼の唇は胸の頂を含み、吸っている。
右の頂から左の頂へと交互に、移動しながら、きつく吸われ、感じている自分。
既に正常な思考ができなくなってきていた。
心地よすぎる快楽に支配され、骨抜きにされている。
狂おしくて仕方ない。
舌で舐められ、ふくらみごと口に含まれてしまう。
「……ん……ふ……っ」
甘い声が出てしまう。
例え本気じゃなくても、こんなに愛されて私は幸せだ。
じわと瞳の奥が熱くなった。
彼は私の手を掴んでいたその手を放し、胸へと触手を伸ばす。
両の手で両胸をやんわりと揉みこまれる。
しばらくは撫でられ、揉まれるだけの静かな動きが続く。
「……く……う……ん」
本気で気持ちよくて悦びを感じる。
やがて、ふくらみの感触を確かめていた彼が、野性的に
行為をエスカレートさせてゆく。
二人の体がヒートアップする。
再び交わされるディープキスは先ほどよりも情熱的だった。
「……ふっ」
くちゃくちゃと淫靡な音が響く。
彼の指が下腹へと伸ばされる。
全体を撫でたりして私を焦らす。
「気持ちいいんだな? 」
「やぁ……んっ……せ、い」
浴槽の中で何度も跳ねる私を見て彼が満足気に微笑む。
指先を滑らせるのは、蕾の部分。
彼はそこを弾き、指の動きを速めた。
びくんと跳ねる私は、水槽の中の魚だ。
決して大きな海を泳ぐことは出来ない。
「あ……は……あ……っ」
息が上がりかけてしまう。
昨夜もどれだけ求め合ったか分からない。
けれど彼の動きは緩むどころかより官能的になる一方だ。
私はそんな彼にただ翻弄される。
肌に彼の息がかかり、背中を反り返らせてしまう。
唇が胸から下腹へ、指は背中に人差し指を上から下ヘと滑らせることを繰り返す。
私は今、どんな表情をしているのだろうか?
彼は熱っぽくこちらを見ているのが分かる。
両の手でもう一度下腹を撫でた後、左手で腰を掴む。
奥底が熱を帯びる。
たえられない……。
彼の背中に腕を回し、抱きつく。
その時、ふいに彼が笑った。
色香を滲ませたあの微笑。
「……欲しいのか? 」
彼の卑猥な言葉に、敏感に反応してしまう。
自然と腰が持ち上がる。
「あ……ん……や……っ」
こんな風にしたのはあなた。
あなた以外を知らない。
彼が腰をぎゅっと掴む。
唇に深く深く口づけを落とし、空いている方の手で胸に円を描くように揉む。
開いた唇はとめどなく喘ぎをこぼしている。
足が勝手に開いてゆく。
淫らな姿があらわになる。
背中を舌で舐め上げられていた。
彼は私を高みへと導くけど、決して無茶を強いたりしない。
痛みが快感に変わるまで体中を愛撫され、
少しづつ昇りつめることができる。
今までも決していきなり入り込んできたりしなかった。
初めてのあの夜も強引に見えて、実はちゃんと
私の事を考えてくれていた。
お互いが望んだ上だったのだから。
あの日のことを悔やみ、嘆いたことなど一度もない。
避妊具の封を破る音がした。バスルームに持ち込んでいたのだ。
昨夜も愛し合っていたこともあってか、
体が柔らかくなるのも早い。
彼を受け入れるための準備ができてしまう。
私は足を高く抱え上げられ、彼の肩に乗せられる。
そんな不安定な体勢で温もりが入ってくる。
鋭く貫かれる。
「あ……あん!! 」
たまらず嬌声を上げる。
彼は私の足を肩から下ろし、体ごと引き寄せ
足の間に腰を入れる。
抱えられ、全身が彼に纏わりついている状態。
そして新たな熱が、私の中へ侵入する。
がしがしと揺さぶられ始めた。
波音が高くなる。
浴槽からお湯が溢れ、こぼれていた。
私は彼の肩に頬を埋め、背中にしがみついている。
膜は、とても薄いので、つけていないように感じた。
脳内に浮かんだ言葉を喉の奥に飲み込んだ。
いや……そんな事は言えない。
整えた長い爪を突き立てる。
彼がくれた真紅のマニュキュアを塗った爪を。
離れたくはない。
このまま……。
胸を揉みこまれ、口づけを与えられ、
揺さぶりをかけられて。
彼の動きは止まらない。
こんなに情熱的に抱かれたなら、
いっそ死んでもいいかもしれない。
胸の奥、微かな想いが芽生える。
何度も喘いで、啼く。
痴態を見せてしまうのはあなただからよ。
私を何処までも快楽の淵へ連れて行けるのは、青だから。
「好き……愛してるわ……青」
淡い声で呟くと、
「俺も愛してる」
と答えが返ってくる。
同時に緩く、激しく突き上げられ始めた。
熱くなっしまっている体はいつになれば、冷めるのだろうか。
唇と肌へ降る口づけも終わりを知らない。
幾度となく胸を揉みほぐす優しい手も。
私は、自分の中にいる彼をいつまでも感じながら
夢の世界へと誘われていった。
幾度となく甲高い声を上げ続けたけれど、
いつ絶頂を迎えたのかは分からない。
それほどまでに満たされていた。
あんなに激しく愛されるなんて、
気が触れるかと思ったくらいだ。
モドル ススム モクジ
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