「……待ったか」
「ううん。ケーキもさっき焼けたところよ」
「荷物、後ろに置けばいい」
こくん、と頷いた沙矢は、後部座席に荷物を置いて助手席に座った。
トランクに入れているので、プレゼントには気づかれなかった。
「何してたの? 別に無理に聞きたいわけじゃないけど」
意味深に唇をゆがめると、沙矢は、きょとんと首をかしげた。
「電話、本当にうれしかったの。8月はまだ会ってなかったでしょう……」
「忙しかったんだ……そっちは変わりはないか」
「変わりないかな。仕事も順調だし」
「そうか……」
シートベルトをしたのを確認してエンジンをかけた。
ギアを入れて出発させる。
何気ない会話を普通にできる。
ただ、お互いの笑みが硬いだけで。
車を停止させた時、ふ、と視線が絡んだ。
揺れる瞳に、胸が締めつけられる。
無垢な表情があまりに美しく、危うくハンドル操作を誤ってしまいそうだった。
マンションにたどり着き、地下駐車場に車を入れる。
トランクから箱を取り出して抱え、後部座席の荷物も箱の上に重ねて持った。
助手席を開け、先に降りると手を差し伸べた。
こわごわと掴んでくる右手に自分の左手を重ねる。
掴んで、歩きだす。
隣を歩いてくれることが、嬉しかった。
俺の方に視線を向けてきた沙矢の意識を反らせたくて、強く手を握りしめる。
幾分、早くなった歩くペースに引きずられるように、ついてくる。
エレベーターの中でも、やはり気になるようで視線をそわそわと泳がせていた。
「あの、自分の荷物は自分で持つわ」
「俺が好きでしていることだから気にするな」
言い含めれば、口をつぐむ。
内心別の言い方ができないのかと悔やむが、後の祭りなのだ。
片手で荷物を抱え、空いている手で沙矢の手を
掴んでいる状態だが、特に不便さは感じなかった。
エレベーターを降りた後のことまで考えていなかったのだが。
「……すまないが、鍵を開けてくれないか? 」
「あ……それなら私が荷物を」
「いいから、開けてくれ」
鍵をポケットから取り出し、渡す。
沙矢が鍵を開ける姿を見守る。開けさせてみたかったという気持ちもあった。
かちゃりと開き、沙矢がドアを開ける。
先に中へ入るのを促し、後から入り鍵を閉める。
明日、彼女を送っていく時名残惜しさとともにドアを開けるのだろう。
リビングに行き、ソファの上に荷物を置く。
手渡すと、沙矢が笑顔で頷いた。
「ケーキ切ってもいい? 」
「ちょうど甘いものが欲しかったんだ」
紙袋を手に提げて、ダイニングキッチンに向かう姿を見送り、ソファにある箱を抱えた。
箱を抱え、寝室へと向かう。
戻ってくると、リビングのテーブルの上にはケーキの入った皿が並べられていた。
「お茶を入れるよ」
そう言い置いてソファに座らせる。
手持無沙汰になった沙矢は、膝の上で手のひらをこすりあわせて宙を見上げていた。
トレイに乗せたカップとソーサーを手に戻ってきた時、
ハンドバッグを抱きしめている姿が目にとまった。
テーブルの上に置く音で、こちらに気づいたらしく、恥ずかしそうに頬を染めた。
「ありがとう……」
「礼を言うのはこっちだ。ケーキ作ってくれただろう」
くし型にカットされたりんごが生地の表面に浮き出ている。
「男の人にケーキとか作ったことなかったの……」
その告白は、単純に嬉しかったが、唇からは裏腹な言葉がこぼれた。
「その初めてのケーキを食べるのが俺でよかったのか」
「な……それこそ好きで作ったんだから、あなたが気にすることじゃないわ」
決然と強い口調で沙矢は言う。
「だな……食べていいか」
「どうぞ」
お茶で口を湿らせ、同じタイミングでケーキを口に運んだ。
ぎごちないムードは、それでも以前よりは格段にマシだと思う。
りんごの風味を感じられる程よい甘さのケーキは、素朴でとても美味だ。
「美味い……」
「よ、よかった」
ほっと息をつく姿。
「紅茶は、どうだ? 」
「ケーキと合ってる……やっぱりすごいセンスね」
「センスという程のものじゃない」
「……でも私じゃ思いつかないわ」
「なあ」
冷えた眼差しで問う。
「え? 」
「お前はこのままでいいのか」
鳴り響く心臓の音を確かに聞いた。
うろたえて、俯いている。
「……あなたにそれを言う資格があるの? 」
顔を上げた沙矢がこちらを射抜く。
どこまでも、見透かされているのではないか。
気持ちを隠していることを察している?
逃げているくせにと、責められている気がして、苛立ちを覚えた。
身勝手すぎるのに、どうにも抑えられなくて。
「ふっ……」
いきなり鷲掴んだ胸元。声を漏らした沙矢は非難をこめて見つめてくる。
「お互い様だろう。俺もお前もずるいんだからな」
表情を見ながら荒々しく揉みしだく。
形を変えるほど揉みくちゃにすれば、表情も変わり鼻から抜ける甘い吐息が聞こえ出す。
「……悪かった」
あっさりと手を離す。
潤んだ眼差しに理性も打ち砕かれてしまいそうだ。
「嫌じゃなかったの……心の準備ができてなかっただけ」
「……ゆっくりしてろ」
置き去りにしてダイニングキッチンを抜ける。
シャワーを浴びて頭をすっきりさせたかった。
浴室に入り、シャワーを浴びていると、暫くして不審な物音がした。
扉を薄く開けば、タオルで肌を隠し、佇んでいる沙矢がいた。
そういうつもりなら、受け入れようじゃないか?
腕を伸ばして、浴室の中へと連れ込む。
浴室の床に、タオルがひら、と落ちた。
照明の中、白い肌がいっそう鮮やかだった。
「っ……あ……あっ」
赤く色づいた実に噛みつく。
歯を立て、吸い上げ、唾液をこすりつけた。
正面から、降り注ぐシャワーが肌を濡らしていく。
上唇を舌でなぞって、唇を合わせる。
角度を変えながら、啄ばむように、掠めるように。
口腔を探り、舌を絡ませて突く。唾液が、いやらしく糸を引いた。
瞳を閉じて、キスを受け入れる沙矢は、本能に突き動かされている。
背中に回ってきた手に力がこもったのを感じた。
「……どんな風に汚されたい? 望み通りにしてやる」
背中を抱いて、頭に手を置いて問いかける。
まだ本気ではない。試しているだけ。
「……あなたの思うようにして」
「無意識でやってるとしたら、相当だな」
感じている表情でも、俺への眼差しは強いままで、身ぶるいがした。
流されてなどいない。全ては、彼女の意思なのだ。
激情の裏に隠された素の顔を知らない自分が、許せなくなる。
見せられないのだ。
「私の望みだもの……」
泣きそうな声で、呟いた沙矢を、ただ包み込むように抱きしめた。
柔らかな弾力が、俺の堅い胸に触れる。
はっとして、肩を押して避けた。
不味い。
沙矢は、大きく眼を見開いている。
照明の下で見える表情は羞恥に染まっていた。
彼女には簡単に欲情する。煽られて陥落してしまう。
他の女だったら一時で醒めていた熱が、未だ引いていないのだ。
理性を総動員させて堪えたことを僅かに悔やむ。
抱いてほしい時に抱けもしない。
こっちが欲しい時には与えてくれるのに。
疲れている時、肌に触れれば癒された。温もりに、生を感じた。
「……先に寝室で待ってる」
首を揺らした沙矢は、俺の手を離した。
扉を開けて立ち去る瞬間、彼女の頬に光る涙が見えた。
シャワーの飛沫で誤魔化せなかったのだ。
浴室を出て、乱暴に髪を拭う。
肌を適当に拭いて、バスタオルを腰に巻いて寝室に向かった。
せめて、抱いている間は、泣かせないように、優しくしてやりたい。
そう言い聞かせても、思うようにはいかないのだろう。
ベッドの縁に腰を下ろして、宙を睨みつける。
足音の次はノックの音。
「入っていいよ」
思わぬ柔らかな声音に自分で驚く。
泣いていたことが嘘のようにすっきりとした表情で、歩いてくる。
隣を勧めれば、距離を取って座った。
じれったくなって肩を抱く。
「……最近、前より優しいよね」
「そんなつもりはないが」
「気づいてないのね」
(本音を吐きもしない男を優しいだなんて評価するな)
押し倒して、真上から見下ろす。
戸惑いに揺れる瞳と、震える指先。
バスタオルの上からでも分かる豊満なふくらみ。
照明をリモコンで消して、ベッドサイドのライトを点けた。
瞳を閉じている様子に、了承を得たと感じバスタオルをはぎ取った。
シャワーを浴びた肌は淡く色づいていた。
互いの唇を吸い合う。
舌で唇をこじ開けて、深く口づける。
舌先を絡めて、唾液が顎を伝うほどに、口腔を侵した。
指先を、秘部まで滑らせれば十分潤っていた。
指にまとわりつく蜜。
耳が、おかしくなる卑猥な音。
「っあ……」
首筋に息を吹きかける。
「素直すぎるんだよ」
肌に直接言葉を投げて、唇を寄せる。
きつく吸って、痕の残す。
無数に刻んだ痕は、幾日で消えるものなのか。
七日目には既に消えているからこそ、同じ場所に痕を重ねる。
じりじりと、熱が上がる肌は甘く香っている。
髪を振り乱し、体を丸める姿に、萎えかけていた欲望の塊が一気に勢いを取り戻した。
タオルの下で張りつめて天を向いている。
膨らみをもみしだく。下から押し上げ、
手のひらの中に納めて、押し返してくる弾力を楽しんだ。
のけぞった首を舌で舐める。
耳たぶを噛んで、側面に舌を沿わせる。
恥じらいながらも声を出しているのは、距離が狭まったということか。
頑ななつぼみが、開かれていく。俺の為に。
側に置きながら、真実欲しいものを差し出さず、繋ぎ止めている。
他の男が彼女を抱くのは想像するのも身の毛がよだつ。
独占欲は尊大だ。我儘で一方的な想い。
指と指を絡めて、下腹へと移動する。
茂みに髪が触れて、背が反った。
「っ……あっ……ふ……ん」
ちら、と見れば爪を噛んで快感を堪えている。
いじらしい。こんな女会ったことがない。
足の間から、肌を辿る。
つま先まで、指の腹で撫で口づけて、舌で啜った。
喘ぎが呻き声になり、自ら大きく足を開いていく。
茂みの側に、唇を寄せてキスを落とす。
ひとしきり高い声。それでもまだ登りつめない。
滴る泉の奥に舌を忍ばせると、くったりと体を弛緩させ動かなくなった。
荒い息遣いが聞こえてくる。
「沙矢……」
肘をついて顔を見れば、官能的な表情が目に飛び込んでくる。
髪を撫でて、ベッドサイドの抽斗を開けた。
避妊具を取り出し、口の端で切る。
自身に纏わせて、沙矢に向き直った。
愛おしい。口に出せない想いをこめて、キスを重ねる。
「っん……」
吐息の甘さに、くらりとした。
ゆっくりと体を寄せて、腰を抱える。
何度か蜜を絡め、擦り合わせて、一気に突き上げた。
「はあ……あっ……ん」
少し動きを止めた後、反応を見ながら動きを再開する。
奥を擦り、出這入りを繰り返す。
恥骨にあたるよう角度を調節し腰を使う。
「だ、……め……あ……あ」
「イイって言えよ」
腰を揺らして、淫らに問いかける。
突きあげながら、つ、と指で蕾を押しつぶす。
激しく腰を揺らして、こちらにリズムを合わせてくる。
絡んで、閉じ込められる。
全部持っていかれそうで、呻いた。
俺が開いた体は、柔軟に受け入れ、こちらも翻弄する。
背中を抱えて、正面から抱きしあう。
真下から突けば、全部が見えているけれど、
快楽に身を任せている沙矢は、気にする余裕はない。
せり上がってくる熱。
動きが早くなる。
中に吐き出した瞬間、背中に腕が絡んだ。
立てられた爪が弧を描いている気がした。
繋がりをほどいて、互いの処理をする。
沙矢の髪を梳く。
意識を飛ばした彼女の頬には大粒の涙が伝っていた。
「……泣かせたくなかったんだけどな」
感じさせすぎたからだとしたら、優越感が浮かぶが。
肩を抱くと、腕が伸びてくる。
それを背中に回させて、しっとりとした肌の感触に酔った。
何度謝っても足りない。
離したくないのは、孤独への恐れゆえだろうか。
相手を独りにさせたくないと思えた時には必ず……。
送っていく車内で、ルームミラー越しに見た彼女は昨日よりも輝いて見えた。
「……次は私の部屋に来て」
「ああ、分かった」
無邪気に笑いかけた姿に、本当の彼女が透けて見えた。
その先にあるお前にいつか触れることができるのか?
あと一度と、願い夜を重ねる度にはまり込んでいる。
これで、体の関係のみと言い切れるのだろうか。
嘘はたやすくつけるのだと思っていた。
それこそ大間違いだったのかもしれない。
結局、渡せなかったワンピースは、いつ渡せばいいのやら。
次の夏になって、このままの関係が続いているとは思えない。
彼女との関係が新しいものになっていたとしたら、
自然と渡せる時が来るだろう。
日々の忙しさにかまけて忘れていないことを祈った。
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