sinfulrelations


a bittersmile



とある夜、突然、電話が鳴り響いた。
タイミングが悪すぎる電話に沙矢に気づかれぬよう舌打ちをする。
(ったく誰だよ……こんな時間に)
無視しようとしたが10コール過ぎても鳴り止まない電話に
鬱陶しさを感じてしまい、しょうがないから出ることにした。
沙矢も、電話が気になっているようだった。
雰囲気もへったくれもないよな。
露になった肌を隠すためにシーツを腰に巻きつけ、受話器を握る。
「もしもし、藤城だが」
地を這うような低い声で応対する。
こんな時間にかけてくる輩にろくな奴はいない。
「お久しぶりね、青くん」
語尾にハートマークがついている弾んだ声。
俺は、有無を言わさず電話を置いた。
聞きたくもない声が耳に聞こえた気が。
「青……どうかしたの?」
沙矢がこちらを見ている。
「何でもない」
なくはないのだが、気づかれないようにしなければ。

暫く時が止まっていた。
何をするでもなく、呆然とやり過ごした。
「……はは……青、私、寝るわ」
曖昧に笑う沙矢に何も言えない。
「萎えたな……」
「また電話鳴るかもしれないし」
恥ずかしそうに布団を引っ被り、沙矢は横を向いた。
床に散らばった衣服を拾い上げ、布団の中で着始めたようだ。
「電話線なんてぶち抜いとけば良いんだ」
苦笑し、俺は立ち上がる。
壁に差し込まれた電話線を目指して。
だが、天は俺に味方をしなかった。
立ち上がり部屋の入り口にある電話線の差込口を目指していた時、電話は鳴り響いた。
「……しつこいな」
ぶつぶつ呟くが、電話の子機は、ベッドサイドにあることに気づくが時は既に遅く。
案の定、シーツの中から顔を出した沙矢が受話器を手に取ってしまった。
「もしもし、藤城ですけど」
「まああ、あなたが沙矢ちゃんね」
楽しげな姉の声が聞こえてくる。
「え、えとどちらさまですか?」
「青のお姉さまの翠です」
「ええええっ!!」
沙矢が驚愕の声を上げている。
もう手遅れか。
俺は大人しくベッドに戻り縁に腰掛けた。
「ふふ、驚いたかしら。ついでにいえば青には10程しか違わない
甥もいるのよ。あなた、いくつ?」
「20です」
「まあ、あの子にお姉さんができたみたい。若いわね。
青も隅に置けないわね!8つも年下の子ゲットするなんて」
電話口から聞こえてくる声にぷちと何かが切れる音がした。
「……沙矢、電話代われ」
そういうや否や受話器を奪い取る。
「青、怒ってる?」
「翠! 唐突に電話してくるな。電話する前に連絡しろ。
今、何時だと思ってるんだ」
「あら、青くん、お姉さまを呼び捨てなんてしていいと思ってるの?
時間は仕方ないじゃない。いつ掛けても留守番電話だし、
こうなったら夜中なら絶対いると思って」
(親父そっくりだな)
いけしゃあしゃあと言い放つ姉。
神経の図太さは父親からの遺伝に違いなかった。
「電話する前にこれから電話するからねーって予約入れろと?
そんなおかしいことできないわよ。やあね」
クスクス笑う声。一体なんの用だよ。
「で、何の用なんだ。何か用があって掛けてきたんじゃないのか。
まさか、こんな時間に掛けといてただの悪戯とか言ったら本気で怒るぞ」
「矢継ぎ早によく言葉が出てくるわね。用があるから掛けたに決まってるでしょ。
いくら私でもこんな深夜に
何の用もなしに掛けたりしないわよ」
翠は一旦言葉を切って、続けた。
「お父様が一度こっちに帰って来いって」
「そんなことか」
「そんなことかじゃないでしょ。親に黙って結婚しておいて。
あなたもそろそろ後継者としての自覚を」
沙矢に話してなかった実家のことをそろそろちゃんと話さなければな。
「未だ医学部を卒業して三年だ」
「いつまでそんな我儘言ってるつもり? あなた一人しかうちの病院を
継ぐ人はいないんだから」
「誰も継がないなんて言ってないだろう」
「とにかく一度戻ってきなさい。
結婚したのに何の挨拶もなしってどうかと思うわ。
あ、そうだ沙矢ちゃんに代わってくれる」
く。思い切り聞き流された。
沙矢は気を使っているのかこちらに背を向けて横たわっていた。
俺は顔の横に受話器を差し出す。
「お前に」
きょとんと首を傾げて、沙矢は受話器を受け取った。
「もしもし」
「あ、沙矢ちゃん、あなたに早く会いたいわ。
絶対青連れて来てね、待ってるから」
「あ、はい」
「青のこといっぱい話してあげるからね」
「わあ楽しみです」
「じゃあね!」
ガチャン。唐突に会話は終わりを告げた。
「お姉さんいたんだ」
「あ、あ」
「どうしたの、何か動揺してる?」
こういう時の沙矢はとてつもなく鋭い。
「いや、いきなりで驚いただけだ」
「ふーん」
「何だよ、その目は」
「何でもない」
慌てて表情を取り繕う沙矢の唇を奪う。
「……ふ」
きつく抱き寄せ、ベッドに腕をつき見下ろした。
「逃がさないからな」
「青、可愛い」
沙矢のネグリジェのボタンを無造作に外してゆく。
「もう寝ましょうよ」
「明日、覚えておけ」
不敵に笑ってやると沙矢は目を大きく見開いた。
「な!?」
「行こうね、ご実家。私ずっと気になってた。何にも話してくれないんだもん」
「いずれ話そうと時期を見てたんだ」
「私の方は、お母さんしかいないし。青とのこと逐一報告してたから、
全部知ってるし。全然大歓迎よ。お母さん青に会いたいだろうな」
沙矢は俺の家の話に便乗したのか、自分の家の話を始めた。
懐かしそうに目を細めるその様を見てると無性に会わせてやりたくなる。
「じゃあお前の実家は今度の土曜日に行こうか」
「……嬉しい」
「俺の実家は後回しで良いから」
「行きたくないの?」
「どうだろうな」
誤魔化しは利きそうにないと思えば自然とそんな言葉が漏れていた。
苦笑いばかり浮かぶそんなある日の午前3時。

翌朝、昨日の夜の分も含めて朝から青は私を貪った。
あまりに激しすぎて、終った後暫く起き上がることが出来なかった。
青はけろっとしてて少し悔しかったわ。

そして。土曜日、青と一緒に私の実家に行った。
マンションから一時間ほどの場所に母は住んでいる。
「あなたが青さんね」
お母さんは初対面の青にいきなりがしっと抱きついた。
「初めまして」
「格好いいわね、きっと可愛い子が生まれるんでしょうね」
「俺と沙矢の子どもですから当然可愛いに決まってます」
「ちょ、ちょっと。お母さん、青」
嫌だ、この二人。もしかして息ぴったり!
いい事だけど。
「早く孫の顔見せてね」
 かあっと顔が赤くなる。
「次に来る時は沙矢のお腹の中にもう一人いるかもしれませんね」
「この次はお盆に来るんだけど?」
「あと一月半あるじゃないか。誰もお腹が大きくなってるなんて言ってないぞ」
そ、そうですね。
「負けました」
「仲良くて羨ましいわ。ここまで来るのには色々あったんでしょうけどね」
お母さんはクスクスと邪笑した。
青は気まずそうに目を逸らしてる。
「お母さん、もう過ぎたことだから! 何にも言わないでね。青も
反省してるのよ。数え切れないくらい謝ってくれたもの」
「今日はゆっくりできるんでしょ。良かったら泊っていきなさいな」
「……うん、ありがとう」
「大丈夫よ、邪魔はしないから」
「お気遣いありがとうございます」
青はにっこり微笑んでいた。
いくらなんでも、無理よ。お母さんもいるのに。
それから、夕食は久しぶりにお母さんの手料理を食べて、
空き部屋に布団敷かせてもらってそこに二人で泊まることになった。
「今日はありがとう」
「礼言われるようなことしてないよ……それより」
すごい力で押し倒された。
「ふ……っ……お母さんいるのに」
唇を塞がれ、熱を送り込まれて、抵抗する力が奪われてゆく。
「夫婦が同じ部屋に寝るのに我慢しろというのは拷問じゃないか?」
「やっぱ別々に寝た方が。私、自分の部屋に戻るから」
「折角気を利かせてくれたのに、不義理なことはできないな」
耳に息を吹きかけられ、青の唇が触れる。
「っ」
声が漏れそうになったから慌てて唇を噛み締めた。
ゾクゾクと快感が駆け上がってゆく。
「私決めたことがあるの」
掠れ始めた声で呟く。
「なに?」
「青がご実家に連れて行ってくれるまで……拒むことにしたからね」
「どういうことだ」
「そういうこと。だからしないでね」
「抵抗できるものならしてみろよ」
「そのつもりだから……っ」
首筋に強く口づけが降る。
甘さと痛みを伴ったそれは止むことを知らない。
「……明日、お母さんに見られるな」
「青の馬鹿」
恥ずかしすぎるわよ。
「俺は馬鹿じゃない」
「そうよね」
「お預け食らわせられるくらいなら、覚悟決めるべきか」
どうやら彼は苦手な実家へ行くことを考えているみたい。
欲望には勝てないというか、そこまで私を想ってくれてるなんて嬉しい。
そのまま抱き合わずに眠って朝が来て、ご飯食べたあと、マンションに戻った。
私は彼が実家へ行くと言い出す日まで同じ部屋で眠ることは出来ない。
こういう時、広くて便利よね。
早速その日から私は自分の部屋で眠ることにした。
以前暮らしてた部屋から持ってきたベッドが部屋に入れてあるんだけど
、そういえばこの部屋で寝るのって初めてだ。
いつもは青と一緒に寝室で寝るから。(してもしなくてもね)
次の日の朝、会社へ行く前、青は言った。
「今日は早く帰るから」
「そうなんだ」
「いつものように会社の前で待ってろ。そのまま実家へ行く」
「分かった」
嫌がっていたのが嘘のようだ。
青、一晩中考えてたのね。ますます好きになりそう。


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