sinfulrelations


Love is chain 〜3〜



ホテルから出た私達は、車で新婚旅行へと出発した。
青は、海外も考えたらしいけど、それはいずれまた行こうということで国内でゆっくりしようということになり温泉へ行くことになったのだ。
新婚旅行にしては少し地味かもだけど私は、式と同じくらい旅行を楽しみにしていた。
今までで一番遠出かもしれないそこは高速を使っても3時間かかる。
半分ほどの距離を進んだ所で、途中のパーキングエリアで車を止めた。
「お疲れ様」
「不思議と眠くならなかったよ」
青は微笑んで、私を抱き寄せる。
「休むんでしょ」
「休むよ? 俺にとっての休憩を取るだけだ」
「……ん……んっ」
唇を割って舌が滑り込んでくる。
熱い感覚が体中でざわざわと蠢き始めた。
「昨夜したばかりなのに」
「俺はいつだってお前に飢えてるんだよ。お前を見ると獣になってしまう」
「……青」
青の台詞に鼓動が高鳴る。反論する気力を失いかける。
「でも何考えてるのよ! まだ運転してもらわなきゃいけないんだからね」
だが私は理性を保ち、青に言い放った。
「腰にきたりしないけど?」
「わ、もう馬鹿っ。変なことばっかり!」
顔を真っ赤にして私は車のドアを開けた。
青は珍しくまだ乗ったままだ。
「冗談だって」
横を見やればクスクスと青は笑い続けているようだ。
「青のは冗談に思えないのよ」
私をからかって遊んだだけって気づくのはいつも後になってから。
未だに勝てない。否、多分一生勝てないんだわ。
「9割本気の冗談だったしな」
「何それ、まあいいけど。コーヒー買ってくるわね」
「ああ頼む」
冷めない頬の火照りを抑えつつ、私はパーキングエリア内の売店に入った。
コーヒーとココアの缶を手に取りレジに向かう。
後ろを振り返れば青がいつの間にかやって来ていた。
って他のお客さんが青を見てる。見過ぎかもって思うけど
やっぱり、見ちゃうわよね。私もこんなカッコイイ人が夫で自慢だもの。
お金を支払い終えると、青の横を並んで歩き車に戻った。
「青はいつでもどこでも注目浴びる存在なんだから妬いちゃうわよ。
でもすっごく嬉しかったりするわ」
「そりゃ良かったな」
青は手渡したコーヒーを開けて缶を傾けてる。
「自信ないほうが嫌味だからあった方が自然かも」
「そうか」
青は目を細めてこっちを見つめている。
私はその視線を受け止めると、ココアの缶を開けた。
「美味し……」
「本当にお前って甘い物が好きだな。苺ミルクキャンディーやらココアやら」
「口に入れた瞬間甘さが溶け出すのが好きなの。心を落ち着けたい時甘い物っていいのよ」
「眠れない時、シナモン入りのミルクもいいよな。よくお袋が作ってくれてた」
「シナモン入りミルクってお洒落な感じする。
でもよく覚えてるわよね。お母様亡くなられたのって小学校上がる前でしょ?
そういえばラブシーン目撃したのも幼稚園くらいの頃じゃない?」
「人並みはずれた記憶力持ってるからな」
「ぶっ……いや信じられるけど。私達はそんな場面を子供に見せないようにしましょ!」
「愛を教えるにはうってつけだと思うが」
「冗談と本心は区別してよね。グレて非行に走ったらどうするのよ」
青は破顔した。失礼な反応だわ。
「クックッ……そうだな。偶然見られた場合は仕方ないけども」
「……やだ」
「お前も、子供が生まれたら女じゃなくなるわけじゃないだろ?」
「……いつまでも青の側で女でいたい」
「じゃしょうがないということで」
私にとっても青は永遠に男だわ。いくつになっても。
口に出すの照れるから喉の奥にしまい込む。
「行くぞ」
「はい」
エンジンをかける青の隣でシートベルトをつける。
慣れた仕草で彼はアクセルを踏み込み車を発進させた。

温泉旅館につくと、女将さんと仲居さん達に出迎えられた。
部屋へ案内される。
「海外旅行へ行くことに比べたら全然贅沢しなかったな」
部屋へ着いた途端、青はそう言った。私からしたら充分贅沢だと思うんだけど。
広い部屋が2間くっついていて部屋に付いているにしては大きな露天風呂があるのよね。
露天風呂は景色がすごい良い眺めで見渡せるの。
「青、見て、圧巻だわ」
障子戸を開け放ち、私ははしゃいだ。青はポーカーフェイスでこっちを見ていた。
「本当だな」
「全然楽しそうじゃない」
「楽しいさ」
青が荷物を部屋に置いて、歩いてくる。
「本当?」
気付けば肩に腕が回されていた。
「当たり前だろ」
ぎゅっと腕の力が強くなる。私がそろりと見上げると青は穏やかな眼差しをしていた。
「早くお風呂入りたいな」
「どうせ誘ってるって自覚ないんだろ」
低い声が頭上から降ってきてドキリと胸が高鳴った。
「な、そんなつもりじゃ!ただお風呂入りたいって言っただけ」
「早く一緒に入りたいともとれるが」
「……口に出して言わなくても」
顔を真っ赤に染めてしまう。それでも入りたい気持ちを隠すつもりはなかった。
「可愛いやつ」
私の顔は熱を持って火照りだした。
真顔で照れもせず言う青。
相変わらず私を操縦するのが上手い。
だって綺麗って言われるよりも可愛いって言われる方が嬉しかったりするのよ?
「ご飯食べてからでしょ」
俯いて、後ろ手に青の服の袖を掴んだ。
青の顔を正面から見れない。
私の心中を見抜いている青はぐいと体を反転させてしまうんだけど。
「いじらしい反応されるとそそられるんだよ」
真っ直ぐ見つめてくる青は笑ってはいない。
「青の頭の中はどうなってるの?」
「教えて欲しい?」
「いい!」
旅行に来てもこの調子なんだわ。相変わらずの自分たちに呆れた。
部屋の中へ戻り座卓の前に座る。
未だ障子戸を開けたまま露天風呂の向こうの景色を見てる青。
どうしたんだろうと思いつつ和風のテーブルに頭を乗せて横を向く。
この冷たい感触が好きだったりする。
景色を見つめている青を暫く見つめ続けていた。

「沙矢」
頬に触れる指先。いつのまにか青が隣に座っていた。
「青、さっき、ずっと何処を見てたの?」
「来て良かったなって思ってさ」
意味が掴めなくて戸惑う。きょとんと首を傾げて青を見てしまう。
「やり取り一つ一つが想い出になる。家で一緒に過ごすのも記憶に残り思い出になるが、旅行はまた特別だからな」
青の手がさらりと髪を撫でる。私はテーブルから顔を上げて、青の肩に頬を寄せた。
「素敵な旅行にしようね」
上目遣いで微笑んだ。
「そうしよう」
降り注がれる視線は優しさを含んでいた。
「写真撮ろうか、青」
青から離れ、バッグの中をごそごそと探った。
「デジカメ持って来たのか」
「うん、思い出は形にして残したいじゃない」
「心の中だけじゃなくてか」
「そうよ」
「所で誰がシャッター押すんだ? 一人で写るのは御免だからな」
青が苦笑している。私は曖昧に笑うしかなかった。
「あはは……私も一人で写るのは嫌」
「明日の朝、外を散歩でもしながら撮ろう」
「うん」
クスクスと笑う青。私はデジカメを手に彼の隣に戻った。
テーブルの上にデジカメを置く。
壁の時計を見れば午後6時を指していた。
「今日、煙草吸ってないね」
「あ、ああ。別に欲しくなかったしな」
「青って決心揺らいだりしないのね。強くて凄いなって思う」
決めたことを曲げないし、よほどことがない限り約束を違えない誠実な人。
「お前に比べたら全然そんなことないよ」
青は真っ直ぐに私を見つめた。深い瞳を見つめ返すと、何度となくドキドキする。
「買い被りすぎだと思う。あんまり褒めると調子に乗っちゃうわよ」
「乗っても構わないぞ。どこまでもついていってやる」
うわあ、恥ずかしい。でもかっこよすぎる。
バカップルって苦手だったはずなのに、バカップルになってしまってるんだもの。手遅れね。
他愛もないお喋りは、食事の時間まで続いた。
物が口に入っている時は絶対喋らないから、食事中は必然的に会話は減る。
合間合間に会話が繰り出されるのだ。
「美味しい」
お刺身、吸い物など料理が一品ずつ目の前に並べられている。
飲み込んでから喋る。
「美味いな」
青も満足気に笑みを浮かべる。
美味しくてどんどん箸を進めていると、食べながら口元だけを器用に歪めている人がいた。
そんなにおかしかった?
「子供生まれたら大きくなるまでは旅行、行けないわね」
「旅行行っても子供の世話に追われるし、楽しむ余裕はないな」
「でも少し大きくなったらいっぱい色んなところに連れて行ってあげようね。写真も撮って、ビデオカメラ回して」
食事を終えた後、子供の話題で語らう。
私が子供の話をする日が来るなんてと内心驚いてたりした。
ああいつの間にか子供の話をする年齢になったのねってしみじみしてしまう。
「お前も子供も一人ぼっちにはさせないさ」
「青……」
胸が仄かに温かくなる。
青の言葉は嘘じゃないって信じられるの。
「私ね、子供ができたら仕事やめようかと思ってるの。青、賛成してくれる?」
「その方が俺も安心だからな」
「え?」
「いやいや何でもないよ」
クククと笑う青。何が安心なのかしら。
「そろそろ温泉入ろうか?」
待ち遠しいのは青じゃない。
「……じゃあ先に入ってて。後から行くわ」
私は青を部屋の向こうの脱衣場に行くよう促した。
「いつも一緒に脱いで入ってるじゃないか」
青の妙な呟きが襖の向こうから聞こえてきたのはその直後。
私は赤い顔を押さえていた。

温泉に浸かっていると、疲れが癒えてゆく。
個人の部屋についてるにしてはかなり広い露天風呂。
この旅館は、親父の行きつけらしい。
たまにはあの変人親父も役に立つものだ。
一応、ここを教えてもらったこと感謝しなければならないな。
湯船に浸かっていると、ガラガラと音がした。
体にしっかりタオルを巻いた沙矢が、こちらにやって来る。
「体洗うけど、見ないでね」
釘を指して沙矢は、湯船の隣でタオルを脱ぐと体を洗い始めた。
「この距離で見るなって方が無理あるぞ」
「そこはツッこんじゃ駄目。いいから見ないでね」
「見なくてもお前の体がどうなってるか全部覚えてるけどな」
「……あ、そう」
沙矢はばたばたと落ち着きない仕草になってきた。
「一人で洗えないなら手伝ってやろうか?」
「……まだ見てるでしょ。背中をこっち側に向ければすむ話じゃない」
ばしゃばしゃという水音と共に甲高い声が放たれた。
「はいはい」
お前は罪な奴だよ……まったく。
俺は沙矢に背を向けて、彼女が来るまで待つことにした。
「青、今日疲れたわ。だから明日ね明日」
沙矢の声が聞こえる。
一瞬、何のことだ?と訊ねてやろうかと思ったが、さすがに性質悪過ぎるか。
大体お前も大胆なこと言ってるんだぞ。
「子作りは明日だな。了解」
「馬鹿馬鹿っ!もう少し抽象的に言って!」
しれっと言ったが、これもお気に召さなかったのか。
「口悪いぞ、すぐ馬鹿とか口に出すのやめろ。抽象的? 愛の結晶をこの手で作ってやるからな」
「抽象的じゃないわ!」
随分賑やかな風呂だよな。ここが離れであったことにほっとするけれど。
「恥らわなくていい。別に人間として当たり前のことじゃないか」
「……だから疲れるの」
沙矢が再びタオルを纏ってこちらにやって来た。湯船に浸かる時もタオルを脱がない。
「こんなやり取りが?大体お前が声荒らげて過剰な反応するから疲れるんだぞ」
「ううう」
沙矢はずぶずぶと顔の半分まで湯に浸かった。
「ごめんな。言い過ぎたよ」
「うん。ふざけ合うの好きだけど、一日中は疲れるわね」
「ふざけてるつもりはないけどな」
「明日はお土産買いに行こうね」
沙矢が湯の中から顔を出した。
「何買えば喜ぶんだろうな。親父も姉貴も」
「そうねえ」
沙矢はハンドタオルを湯の中で膨らませている。
「何やってるんだ?」
「青、やったことないの?ほら風船みたいでしょ」
湯で膨らんだハンドタオルを風呂敷のように包んで俺に見せる沙矢。
「信じられないくらい無邪気だな」
「そうかなあ」
愛しさはどこまでも込み上げてくるから、俺も重症だな。
沙矢病にかかってる。だが完治は望まない。
ハンドタオルを広げると、水が流れてぶくぶくと泡が立った。
露天風呂を出ると、布団が敷かれてあった。
ご丁寧に二つの布団が並べられ、枕も寄せてある。
浴衣を着た沙矢が、布団を捲り先に横たわった。
「青、どうしたの?早く寝ましょうよ」
何故か笑いが込み上げる。今日は安らいでるな。
「変なこと言ってないよね」
沙矢が不思議そうに、俺を見上げた。
「いや?」
俺はそっと広げられた布団に入り込んだ。
「俺がこんなに普通に笑えるようになったのもお前のおかげだな。ありがとう」
「急に何、変な青」
沙矢は嬉しそうに微笑んだ。その頬にキスを軽く落す。
「お休み」
「お休みなさい」
抱きしめ合った格好で瞳を閉じた。
薄い生地越しに柔らかな温もりを感じる。
甘やかな匂いに包まれて眠りについた。

朝、早起きした私達は外へ散歩に出た。
景色を見ながら歩きたかったのだ。
「いいところね」
「ああ」
紅葉が少しずつ色づいていた。空気が清らかでおいしい。
「都会の喧騒の中にいるとこんな静けさに時々触れたくなるわね」
「田舎臭さは否めないがな」
「あはは」
青の言いように、けらけらと笑ってしまう。
「都会の人が休息を求めて来るのよね」
ふっと目を細めて青は笑う。
「あ、写真」
バッグからデジカメを取り出した。風景を写すと昨日言っていた。
「ちゃんと撮れよ」
「任せといてよね」
風景を10枚程撮って、今度は自分達を撮ることにした。
「二人で撮りたいんだけど……外じゃあ無理よね」
都合よく歩いている人を見つけられないし。
「私、青の写真って一枚も持ってなかったわ!
写真好きじゃないの知ってるけど……お願い、撮らせて」
「いいよ」
「私の部屋に置く用と、持ち歩き用と予備の3枚欲しいの」
「わかったわかった」
青、呆れたのかしら。苦笑してるわ。
「いい?撮るわよ」
青は優しく笑っていた。そこを逃さず3枚連続で撮る。
「写真屋さんで現像してもらおうか。あ、パソコンでプリントアウトすればよかったわね」
「もう少しカメラの腕上げろよ」
デジカメの中の自分の写真をチェックした青から不満そうな呟きが漏れた。
あっちゃー少しピンボケしてる。近づきすぎたかしら。
「う、今度は頑張るから、リベンジさせてね! 」
「その代り、お前のも撮らせろよ」
「はい? ……え、いいけど」
「大丈夫だ。ちゃんと撮ってやるから」
青が淡く微笑むから、つい見惚れてしまった。
その瞬間、シャッターを押される。素早い。
「こんな顔で見られて正気でいられる男がいると思うか」
「な、何」
どぎまぎした。
「俺も携帯用と、パソコンに残すデータ用、予備用の3枚撮るから、あと2枚な」
「あ、うん。分かった」
青がこっちを見て笑ってくれるから、私は自然に笑った。
3枚撮り終えた所で青が私にデジカメを渡した。
「綺麗!自分じゃないみたい」
「大げさだな」
「青、上手いのね」
「デジカメは普通のカメラより扱いが簡単だぞ」
「今度はちゃんと撮ってみせる」
「頑張れよ。きっと沙矢は力み過ぎなんだ。リラックスすればちゃんと撮れる」
「うん」
「あ、青、買い物行こう。お土産」
「親父の分は俺が選ぶから姉貴の分はお前が選んでくれないか」
「私の趣味で選んでいいかしら? 」
「ああ、意外に乙女チックだからな。お前の趣味で選んで正解だろう」
「お、乙女チック!? 」
大きな声を上げてしまった。青の口から乙女チックなんて言葉が出るなんて。
「行くぞ」
「はい」
返事するとくしゃっと髪を掻き混ぜられた。
楽しくて、笑顔が消えないの。
旅館に戻って一階のお土産屋さんに行った。
キーホルダー、テレホンカード、置物、一般的なものから妙な物までたくさん並んでいる。
「温泉水に決めたわ」
家でもここの温泉気分が味わえるというアレ。
巷に売ってる温泉の素と違ってこれは本家本元だ。
乙女チックな物でもないわね。
「そうか。俺はこれにした」
私はふふふと笑った。
青は温泉饅頭やらお菓子を3箱ほど手に持っていた。
あ、意外に普通に選ぶんだと思った。何だか可愛い。
レジでお金を支払って部屋に戻る。
外を長い時間歩いていたから既に夕方になっていた。
緋色の陽射しが部屋を照らしている。
テーブルの前に座って一息ついた頃、食事が運ばれて来た。
私と青が戻るのをチェックしてたのかと思うほどタイミングがいい。
食事を食べ終えて、お風呂の時間。
「今日は私が先に入るね」
青が頷くのを見届けて脱衣場に行く。
バサリと服を脱ぐと籠に入れて露天風呂の扉を開いた。
体を洗い、お風呂に浸かる。
腰にタオルを巻いた姿の青がやって来た。
「私も向こう見てるから気にしないで」
「別に見られても構わないが」
青らしい淡々とした口調。
「え、いい……というかこのままじゃ昨日の繰り返しになるわね」
私が呟くのを聞いていないのか青は黙って体を洗い始めた。
答えを期待してなかったのかな。
体を洗い終えて湯船に入ってきた青と他愛もないお喋りをして、露天風呂から出た。
昨日と同じで1時間ちょっと入ってた。
温めの適温だったので上せることはなかったけれど。
青が私の手を取って敷かれていた布団に潜り込む。
独特の甘い空気が二人の間には流れていた。
しゅるりと帯を解き合って、互いにキスを交わした。
長い夜の幕が開く。


モドル ススム モクジ


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