ぼんやり身を起こす。瞼が重い。
 シャワーを浴びるために起きようと思ったのだが、
 絡みついた腕が、肩を抱いていて身動きがとれない。
 そっと抜け出そうとした時腰を強く掴まれた。
「っ……何するの」
「まだ早い」
 私の体を羽交い締めにし、再び組み敷く。
 当然ながら朝日の中、裸身を晒してしまっている。
「シャワー浴びたいの」
「じゃあ一緒に浴びようか? 」
 下心ではなく、性欲を隠していないだけ。
 情欲だろうか。愛したいという本能だ。
 彼は、仕事に支障をきたすこともなくすっきりとした顔で出かけるのだ。
 私も私生活(プライベート)のことで仕事に悪影響を及ぼしたりなんてしない。
 陽香にいじられるのに耐えられるならば、
 もっと、求め合ったっていい。
 朝まで眠れないなんてことはないのだ。
「……お風呂ではしない」
 理性的になるのなら、今日は無理だ。
「ああ……ここで愛しあうのが最適だな」
 唇は塞がれた。
 舌が歯列をなぞる。
 唾液を混ぜるように激しく舌を絡めた。
 乱暴に揉みしだかれたふくらみが、揺れる。
「んん……ふ……ああっん」
「乾いてなかったのか、また溢れたのか」
 つぷ、長い指が、秘所に沈む。
 彼の指を難なく飲みこむのが分かった。
「絡んでくるよ、お前の襞」
「っ……だめ、同時に触(さわ)らないで」
 敏感な蕾を軽く押されて、しびれた。
 ちゅく、ちゅくと水音が溢れて彼をまた受け入れる準備が整っていく。
「欲しいなら、お前が上になれ」
「……え」
 体勢を入れ替え、彼が横たわる。
 渡されたものを見て、昨日の私の言葉を意識した。
 初めてつけてあげるわけではない。
 それに、抱かれたいなら目を背けていられない。
 お互いに愛撫し合った時、彼の感じた姿に自分も欲情した。
 いびつでも醜悪でもない欲の塊。
 大きく、鋭い切っ先で、はけ口を求めているソレは、指で触れたら、びくんと震えた。
 ふいに、愛しさがこみあげて彼の腰の間にまたがった。
 ふくらみに挟んで、唇にくわえる。
 頬張りながら、手でさすった。
「したくなったのか」
「青が好きだから、したくなったの」
 唾液を絡ませて口の中で愛撫する。
 大きくなったソレをくわえているのは苦しくなった。
「んん……ぐ」
「もういい。俺はお前にさせたいじゃない。
 するほうが好きなんだよ」
 冷静なようで、息が荒い。
 感じている証拠に、彼の欲からは苦い雫がこぼれている。
「イカせたいのか? 」
 ぶるぶると頭(かぶり)を振って、唇を離した。
 フィルムを破って、空気を抜く。
 猛った彼自身に装着させていく。
「青……」
 欲情が、滾る瞳でこちらを見上げている。
 彼はしょうがないなと言う風に笑って私の腕を引いた。
「ああっ……! 」
 突き上げられて、お腹の奥まで彼を感じる。
「さて、次はどうするんだったかな」
 余裕たっぷりの彼は、私の膣(ナカ)で動きを止めた。
 体を倒すと、ふくらみを揉みしだかれる。
「動いてもないのに締める。本当に胸が弱いな、お前」
「やっ……わかんない」
 頂きを指に挟んで弾かれ、電流が走った。
 腰を振ろうという意識もなく、揺らしてしまう。
「まだ疲れるには、早いんじゃないか。俺より若いのに」
「青が疲れ知らずなんじゃない……っ」
「そうかな」
 絶対そうだ。
 何度でも復活してみなぎり続けるのではないか。
 恐ろしい想像にめまいがした。
「お互い善くなろう」
「んんっ……あ」
 彼の動きが、早くなる。
 腰を繰り出され、高みへと誘う。
 無我夢中で腰を振ったら、意識が焼ききれそうになる。
「青、青っ」
 半ば、彼の上で横たわるような格好になり抱きつく。
 自ら、舌を絡めたら、嬉しそうに彼がキスを返してきた。
 腰を押しつけあいながら、同じ動きで舌を交差させる。
「最高だ……」
 陶酔(うっとり)とした彼の言葉を聞きながら、まばゆい光を眼裏に感じた。
 どく、どくと避妊具越しに熱が注がれる。
 悲鳴に近い声をあげて、私はのぼりつめた。
 腕の中の心地よさにまどろむ。
 バスタブの中で後ろから腕を回されくっついていると、お湯の温度以上に温(あたた)かかった。
 甘く見ていた。
 抱きつくされてしまった私は、知らぬ間に彼と浴室(バスルーム)にいた。
 半ば寝ぼけている状態で体も頭も洗われていたみたい。
「ちゃんとケアもしてくれたけど」
「責任は取るさ」
 お風呂に浸かったおかげで、気だるさは拭いされていた。
 むしろ、抱かれて、肌が活性化している。
「毎日細胞は生まれ変わるし、愛し合ったら、余計に肌もつやつやになるし」
 ぴかぴかしたお肌の人が言うから間違いない。
 ちら、と振り返れば、彼の顔こそつやつやしていた。
「……青、もしかしてなんだけど」
「ん? 」
「愛を確かめ合うのって、若さを保つ秘訣なの!? 」
「愛しあう者同士のセックスならな」
 胸の下に回された腕の力が強くなる。
 大きな手が心臓の音を確かめるみたいに胸元を覆った。
「私が、綺麗になったんだとしたらあなたのおかげね」
 顔から火が出そうだ。
 自分でこんなこと言うのも変だけど、確実にそうだ。
「そう言ってくれて嬉しいよ」
 前も言ったかもしれない。
 どんなに切なくても苦しくても彼を想うことで強い自分でいられた。
 好きになってほしかったから魅力的になりたかった。
「俺は最初からお前の虜だったよ」
 ずるい。
 その一言で私を捕らえてしまう。
「キスして……今日も頑張るから」
「おや、可愛らしいおねだりだ」
 向かい合うとちゅ、ちゅ、と額や頬、唇にキスの雨が降った。
「沙矢はありのままで、俺を変えてくれたんだよ」
 結納が終わったから?
ストレートな言葉ばかりくれるから、また泣けてくる。
 抱きついたら、背中を抱きしめ返してくれた。

「うむ。親友が、らぶらぶで余は満足である」
「……もう」
 決して自分で言い出したのではない。
 就業後、バス停までの帰り道を二人で歩いていると、
 陽香が週末のことを尋ねてきたのだ。
「もう春日みたいなのは現れないと思うけど、
 沙矢ったら、とんだフェロモン醸し出してるから危ないわあ」
「醸し出してないわよ」
「結婚式まであと三ヶ月くらいだっけ。
 一緒に住んでるのにもどかしいわねえ」
「ちゃんと段階踏んでの結婚だから」
 藤城家側がしきった豪勢(ゴージャス)な式になるようだ。
 その時は、もちろん陽香にも招待状を送る予定だ。
「そうね」
「陽香こそ、最近どうなの? 」
 彼女の時間を拘束する権利はないのだが、
 昨日一緒に帰るのを断られて、驚いたのだ。
 青は帰りの私を心配してくれるが、彼も仕事の都合上毎日迎えに来れない。
 会社で待っていると一人になってしまうので、
 それくらいなら、さっさと帰ったほうがいいと思った。
 青も納得してくれている。
 朝、送ってもらうだけでもありがたいことだ。
 陽香が、断ったのはもしかしたらと勘ぐる。
 最近、やけに色っぽくなった気がする。
「そのことなんだけど」
 急に恥ずかしそうにした彼女は、私の耳元でささやいた。
「えっ……本当に? 」
「うん。昨日飲みに行ったのよ」
 驚きすぎて、言葉が出てこない。
 櫻井部長と付き合い始めたなんて。
 会社では一切気づかなかった。
 陽香と櫻井部長は、上司と部下の関係で社内恋愛(オフィスラブ)をしている。
 周りに気取らせてはいけないのは当然だけれど。
 私だったら、青が同じ職場にいたら隠しきれただろうか。
 たとえ、会社では恋人の素振りはしていなくても、
 近い距離で働いていたら、意識してしまっただろう。
「お互い独身だから問題ないと思うけど……」
「バレたら居づらくなるわね。寿退社以外でやめたくないから気をつけないと」
「私、櫻井部長に結婚してもやめないでほしいって言われたのよね」
「……私の場合、相手がその人だから無理かもね。それまで続いてればだけど」
 陽香は、てへっと舌を出した。
 こんなふうな素を櫻井部長相手にも出せてたらいいな。
 彼女はしっかりものだけど、お茶目で可愛い人なのだ。
「じゃあね、沙矢。気をつけて。
悪い人に遭遇したら大声上げるかブザーを鳴らすのよ」
「ば……バイバイ」
 幸いながら、青から持たされているブザーを鳴らす機会はまだ一度も訪れていない。
 別れ際、常に同じ言葉を言われるが、そんなに隙があるのだろうか。
 陽香こそ気をつけてほしい。
 今日も櫻井部長と待ち合わせているのかもしれないけれど。
 大きく手を振ると、振り返してくれ足早に駅へと向かって行った。
「ただいま」
 お風呂から上がって、部屋着にエプロンをつけて調理を開始した。
 もう少しで夕食の準備が整う頃、ブザーが鳴った。
 ぱたぱた、と駆けつけて鍵を開けるとスーツ姿の青が、
「ただいま」
 と微笑んだ。
 疲れた姿も、どこか艶っぽくてドキドキするのは、
 私がどうかしているからかしら。
(藤城先生は、今日も活躍したのね)
「おかえりなさい」
 背をかがめて頬にキスをくれた彼が、目を細めて私を見た。
 ダイニングへと歩く後ろをついてくる。
「お風呂から上がった頃にはできてるわ」
 浴室へ向かう彼を見送り調理の続きをする。
 好きな人のために料理を作る時間はとても好きだ。
 心とお腹を満たしてあげるものを作りたい。
「簡単なものだけどね」
 テーブルを整え綺麗に皿に盛る。
以前はお腹に入れば同じだと思っていたけど、彼と過ごすようになって違うと思い知った。
 見た目から食欲をそそられるものを作らなければ。
 お風呂から上がり、手を洗ってきた彼が美味そうだと言う。
「今日は、お酒飲む? 」
「一杯だけもらおうかな」
 一人寝の夜は、飲んでいたのだろう。
 ワインのボトルが空になっていたのを見た。
 冷蔵庫に冷やしていたビールをグラスに注いで差し出す。
 似た色だが、私のグラスはお茶だ。
 いただきます、と手を合わせ、グラスを傾けた。
 かちん、と軽やかな音が涼やかだ。
「お疲れ様」
「ああ。沙矢もお疲れ様」 
 ゆっくりと食事を進めながら、ふと頭に浮かんだことを口にする。
「翠お姉さまって、ブラコンよね」
「……かもな」
「青もシスコンじゃない? 」
 きょとん、と首を傾(かし)げると、彼がわずかに表情を変えた。
「……自分の思ったことを口に出せるようになったのはいい事だな」
 禁句だったのだろうか。
 不敵な笑みに、びくっと震えた。
「ごめん。そういうのとはまた違うわね。
 お父さま見てたら、ファミリー・コンプレックスじゃないかとも思うし」
 それが、ぴったりだと思った。
 仲良しだから、憎まれ口を叩いてしまう。
 仲違(たが)いしてたら、遠慮して言えないはずだ。
「……情が深いのは確かだろう」
 案外、的を得ていたのだろうか。
 苦笑いに似た表情を浮かべた彼が、アルコールで口を湿らせていた。
「沙矢、ここから大学病院に通うのも藤城総合病院に通うのも、
 距離はさほど変わらない。車で10分程度だが、
 方向も変わるし、やはりお前を送って行くのは難しくなりそうだ。
 今も少し早めに出ているだろう」
「そんなこと気にしないで。私の会社とも離れているわけだもの。
 今までだって一人で通ってたのよ。
 バスじゃなくて電車に乗ることもできるし。
 陽香と都合が合う時は、時間を合わせるわ」
「心配だから、せめて送るくらいはしたいんだが」
「子供じゃないんだから」
「大事な女のことは、とりわけ心配だ。何かあったらメールしてくれ」
「はーい」
 目を細めた彼に明るく応える。
「ふう……週末しかお前を食えなくなるのは残念だ」
「……あはは」
 結局そこなのかと思ったら、真面目な目になった。
「親や家の影響もあったが、結局自分で、選んだ職業だからな。
 これからも、半端に投げ出したりはしない」
これが、私が恋して愛した男性(ひと)。
 自分の仕事には人一倍責任を持っている。
 スーパーで子供連れのお母さんに会った時の彼は、お医者様の眼差(まなざ)しだった。  
 



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